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エセ勇者は捻くれている  作者: 星長晶人
第一章 最初の街
23/104

借金取りは女将を狙う

 ……。

 …………。


 ふむ、もう朝か。


 俺は浮上してくる意識によって起こされ、窓から差し込む眩しい日差しに目を細める。……いや、朝にしては光の塊の位置が高い。昼ぐらいか。


 ……寝すぎたか。十一日しか猶予がなく、更に武器も何もない。ゴブリン装備の一つぐらい残して置いた方が良かったか? いや、あんな鈍ら、いくつあっても剣術がしっかりしていない俺では直ぐに損壊してしまうだろう。

 ちゃんと金持たせてから探しに行かせれば良かったな。いやそれだと死んだし金を取りに行かないといけなくなる。もしかしたら黒魔人に奪われていたかもしれないし、良かったのかもしれない。


「……」


 俺は欠伸をしながら目を擦って眠気を追いやり、ベッドから降りて靴を履く。……昨日(?)は部屋に入って直ぐ寝てしまったからな。朝風呂でもするか。


 俺はそう思い立って、靴を脱ぐと木の板が敷かれた床を歩き部屋の奥にある扉を開け脱衣所に入る。……何と脱衣所の床は畳だった。これは驚きだ。


 脱衣所で中に着ていたアンダーシャツとズボンとパンツを脱ぎ、更に扉を開け風呂へと入っていく。Yシャツはゴブリンの血が染みすぎていて気持ち悪かったので寝る前に脱いでいる。


 風呂は巨大な風呂桶だった。下の方で火が灯っていて張ってある湯からは湯気が立っている。……『観察』完了。風呂桶の内側に設置された水系統の魔法と湯を沸かしている火系統の魔法を『模倣』出来るだろう。


 俺は風呂桶の手前横に設置されたシャワーと木製の小さな椅子と小さな桶が見やり、続いて棚に置かれた石鹸を見つける。……シャンプーやリンスはないか。まあそこまで美容に気を使っている訳ではないので問題ないだろう。

 俺はシャワーのスイッチを押して湯を噴出させると頭から順に濡らしていく。一旦全身に湯を浴びてからシャワーのスイッチを再び押してシャワーを止めると、湯が滴る髪を掻き上げる。それから桶にシャワーから湯を溜めて置いておき、湿らせた手で石鹸を擦り泡立てていく。充分泡が立ったところで石鹸を元の石鹸置きに戻し、まずは頭から洗っていく。俺は正しい髪の洗い方なんて知らないし知っていても面倒なのでしないが、適当に泡の付いた手で髪を洗い、流す。身体も同じようにして一応身を清めると、やっと風呂に入る。


「……」


 俺は深い溜め息をついた。


 風呂の大きさは俺が座って脚を伸ばせる程度。深さは俺が座って首まで浸かれる程度。丁度良い。


 ……あー。もう金とかクリアとかどうでもいい。風呂はリラックスの場だよなぁ。生き返った気分だ。しかも汚れていたので尚更風呂の有り難みを実感出来る。


「……はぁー」


 あまりの気持ち良さに、再び溜め息が零れる。


 三十分程浸かったところで、そろそろ腹が減ってきたのを思い出すように鳴なり、風呂から上がった。


 風呂から出て脱衣所でタオルを手に取り頭から順に拭いていく。

 拭き終わってパンツ、アンダーシャツ、ズボンの順で着ると、Yシャツをどうするかと言う事になる。……流石にもう着たくないな。折角風呂入ったんだし。


 俺はそう思ってステータス、と念じステータスの『模倣』一覧の内『火魔法』の技を見て、


「……ファイア」


 一番最初にあった一番弱そうな魔法を使い、赤い魔方陣を展開するとボッと火が出たのでYシャツを燃やす。……これでゴミ処理完了。


「……」


 俺はYシャツを焼却して処理すると、壁際に置かれた木棚に置いておいた部屋の鍵を持ち部屋を出る。

 鍵を閉めてから床を軋ませて歩き、三階から一階へと下りていく。


「あら、おはよう。って言ってももう昼だけど。ご飯は作ってあるから、食べて行って」


 昨日の美女が上機嫌に微笑んで奥に消えていく。何か良い事でもあったのだろう。まあ俺には関係ないが。


 俺は丁度腹が減っていたので大人しく誰も居ない食堂の一席に座る。


「はい、お待ちどう様」


 美女は直ぐに盆に料理を載せて運んでくる。カウンターの一角に押すと開く仕切りがあってそこからの登場だ。


「……豪勢だな」


 俺は素直な感想を漏らす。ご飯、汁物、焼き魚、漬け物、牛乳、焼き肉と野菜炒め。……朝食と昼の一メニューを足したような感じだな。


 『観察』しても知らないモノが分かる訳ではないので食材は分からないが、それっぽいモノが並んでいる。仮にも宿屋を営んでいるので食べられる美味しいモノなんだろう。美味しそうな匂いがしている。


「そう? 久し振りのお客さんでちょっとおばさん張り切っちゃったわ」


 自称おばさんは照れたように頬を赤らめて言った。……どこがおばさんなのか、全く分からないな。


「……どれくらい客が来てないんだ?」


 俺は箸があることに若干驚きつつも左手で箸を持ち、しかしまずは汁物をすする。……これは味噌汁に近いな。となると和食っぽいんだが。


「そうねえ。一ヶ月ぐらい前に知り合いの冒険者が数人ご飯を食べに来てくれたぐらいかしら」


 美女は頬に手を当て、困ったように笑う。……そんなんでよく潰れないな、この宿。


 俺は妙なところで感心しつつ食事を進めていく。……どれもこれも美味い。何で客が来ないのか更に分からなくなった。


「……それでよく潰れないな」


 こんな事を言っては失礼かもしれないが、維持費や買い出して結局誰も来ないとかで、赤字を招く事があるかもしれない。


「まあ、昔冒険者やっててその貯金があるから」


 美女は俺の率直な物言いに苦笑しつつ答えてくれた。


「……そうか」


 貯金があるならもっと楽な生活も出来るんじゃないかとも思ったが、何かこの宿を手放せない理由があるんだろう。


「何も聞かないのね」


 美女は変わらぬ無表情で食事を続ける俺に言った。昨日の物憂げな表情と言い、何かあるのは明白だ。


「……他人の事情にはあまり突っ込みたくないからな。どうせ旦那が死んだからとかなんだろうが」


「っ……!?」


 俺は美女の方を全く見ずに食事を進めながら言う。美女が息を呑む音が聞こえた。……しまったな。他人の事情に首を突っ込まないとか言っといて、早速突っ込みかけたぞ。


「……あなた、知っててここに――」


「ちょっと邪魔するぜ」


 美女が驚き目を見開いて言うのを遮るように、宿の扉が蹴破られた。蹴破られたと分かったのは、扉からヤクザキックの形で脚が入っていたからだ。……また随分と悪ぶった登場のし方だな。


「っ……!」


 ニヤニヤとした笑みを口元に張り付かせた男二人がズカズカと宿に入り込んできて、美女が苦虫を噛み潰したような顔をする。……美女にこんな顔をさせるとは、余程嫌なヤツらだろう。こう言うヤツをぶっ倒して女をたぶらかすのが主人公だが、俺は面倒なので関わりたくない。どうせ旦那との思い出が詰まっているこの宿を潰そうとしているヤツらだろうし。


「よぉ、奥さん。相変わらず客居ねえなぁ」


 ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて扉を蹴破った方の男が食堂を見渡して言った。……俺の存在をシカトしやがったぞ、こいつ。まあそりゃあ金を払えなければ潰すみたいな事を言っていれば客がいない方が都合が良いだろうしな。独りが泊まったところで補える金額じゃないのかもしれない。


「あなた達には関係ないわ」


 客の俺と応対していた時とは違い、突っ跳ねて言う。


「関係ねえ訳ねえだろ? だってここの土地はまだ俺達のもんなんだからよぉ。一週間にアルクブル貨幣五枚、きっちり支払ってもらうぜ」


 ……一週間で五万? 取り立てるには随分と優しいな。恐らくジワジワと追い詰めてあわよくば身体を――って言う発想でもしているんだろう。美女だしな。


「……まだ猶予はあるわ。だからもう少し待って」


 美女は唇を噛んで言った。……まあこれだけ客が来ないなら集まる金額じゃない。冒険者をやっていたって言う貯金も底を尽き始めているのか。


「はあ? これでも一週間でアルクブル貨幣五枚にしてやってんだぞ!? 払えないってんならこの宿潰せんだぞ、分かってんのか!?」


 男は美女を睨んで威圧する。……だがその視線は美女の胸、尻、股間、脚をチラチラと移動している。ゲスいな。そう言う視線って、相手からだと丸分かりらしいぞ。今も美女は嫌そうな顔を一層強めた。


「分かってるわ。だから約束通り一週間でアルクブル貨幣五枚払ってるでしょ。前回払ってからまだ一週間経ってないわ。まだ猶予はある筈よ」


 美女は毅然としてそう言うが、不利は目に見えている。人質に取られているモノが多すぎる。このままでは美女が身体を売るところまで追い詰められるのにそう時間はかからないだろう。

 美女を救えるのは俺だけ。だが俺は肩代わりなんてしない。だって残りの金貨五枚以上は俺の大事な財産だし。そんな無駄遣いをしてたまるか。


「猶予? そっちの都合なんざ知らねえよ! 今直ぐ払えねえと、この宿潰すぞ!」


 男は怒鳴り散らす。……もう直ぐ念願の美女にあり付ける――そんな欲望が見え隠れしていた。


「……っ!」


 美女は一層強く唇を噛み締める。……自分が追い詰められていくのが読めるだけに、絶望が混じった表情だ。


「どうした? 払えねえのか?」


 男は憤っていたフリを止め、ニヤニヤ笑いを浮かべる。


「……じゃあ、その長く持て余した身体で払ってもらうしかねえなぁ……!」


「……っ!」


 男二人がわざとらしく溜めを作って言い、歓喜と欲望に塗れた笑みを浮かべ、美女が顔を青褪める。……遂に言った、言われてしまった。こうなればもう逃げ場はない。


「いや……っ!」


 美女は一歩踏み出してきた男二人から怯えて一歩下がる。……旦那と経営してきたらしい宿を何とかして守ってきたこの人の事だ、旦那以外の男となんて、嫌に決まっている。


「へへっ。何で逃げんだ? この宿がどうなっても良いってのかよ!」


 そう言うと今まで発言も何もせずに後ろからついて来ていただけの男がカウンターを蹴り砕いた。


「……っ」


 その言動と行動により、美女は後退するのを止めて唇を強く噛み締める。そのせいで一筋の血が流れた。……そしてそんな怯えた美女を見て、野蛮な男二人は更に欲望を沸き立たせた。

 ……あれだろう。こう言う相手には何も反応しないのが一番効く。敢えて気丈に振る舞う事も、怯える事もない。それらは相手の欲望を掻き立てるのみだ。そそる、と言うヤツだろう。


 男二人が立ち止まった美女に下卑た笑みを浮かべながら近付いていく。


「……」


「……あ?」


「えっ……?」


 その間を、食事を終え皿を空にした盆を持った俺が通った。

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