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エセ勇者は捻くれている  作者: 星長晶人
第一章 最初の街
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女将は何かを抱えている

「ああ、それはですね」


 深夜にも関わらず騒がしいギルド集会所で、端の丸テーブルの突っ伏す黒い角と赤い髪を持つ美女が、酔っているのか顔を赤くしてニヤけながら、大きないびきを掻いて寝ているのを苦笑して見た受付嬢。


「クレトさんが殴られた後、どこかへ去ったんですが、何でもそこそこ強い相手と戦えたようですが、お腹がいてもお金がないようなので冒険者になると言って戻って来ました」


 はぁ、と溜め息をつく受付嬢。問題児が居るクラスの教師みたいな苦労だろう。俺は味わった事も味あわせる事もないが。


「なって直ぐにアンファルの森とは反対にあるガールディン山のロックゴーレムの討伐を、ランクを無視して行い、十体討伐を百回分――つまりは千体討伐していました。剥ぎ取るのが面倒だとか言ってロックゴーレム全体を持って帰って来たのですが、七万を稼いでここで暴飲暴食を巻き起こし、今に至ります」


 ……俺より後に出て俺より早く帰って来て俺より多く稼ぐだと? やってくれやがる。俺が今日稼いだのはアルクブル貨幣六枚銀貨四枚銅貨二枚銭貨八枚石貨四枚。七万セン――アルクブル貨幣七枚には達していない。討伐した数が違いすぎる。元々ゴブリン十体だけを討伐する気でいた俺と、強いヤツと戦えてテンションが上がり腹いっぱいになるまで飯を食いたかった黒魔人の意欲の差だろう。


「……で、その強いヤツってのは?」


 俺は何となく聞いてみる。黒魔人を満足させられる程のヤツならかなり強いんだろう。そいつが生きていれば度々相手になってもらって、フラストレーションを溜めないようにすればコントロール出来ると思うし。


「正体まではよく分かりませんが、上機嫌に自慢していたのでどんな相手だったのかは分かりますよ。何でも、水で出来た身体をしていて殴っても効かなかったそうで、黒魔人だけが使える魔導の種類で黒魔導と言うモノ――クレトさんを受けてましたあれで水を蒸発させて倒したそうですが、かなり苦戦したとの事です。良い戦いだったそうで、殺すのが勿体なかったとか」


 全部黒魔人が言っていた事だったのでイマイチ信用出来ないのか、曖昧な物言いだったが、言っている事に嘘は見えなかった。……水で出来た身体、ねぇ。結局鍛冶屋だか武器屋に向かわせたっきり会わなかったが、まさか黒魔人に殺られているとはな。


「……その相手と戦った場所は?」


「ここから裏に真っ直ぐ行った辺りですが?」


 ……ちょっと様子ぐらい見てやるか。存在さえもあやふやなまま死ぬってのも俺好みだし。俺とかマジ孤独死するだろうし。存在を知っているヤツが見つけられるまで死んだことさえ知られない俺の凄さな。それに比べると大分マシだ。

 ちょっと調査するくらいしてやるか。埋葬は出来なくても精霊達に死を伝えるくらいはしてやったら良いと思うし。


「……そうか」


 俺は頷いて、しかしもう今日は暗いので行きたくないし、次思い立ったらで良いだろう。死んだヤツを直ぐあれこれやっても別に状況が変わる訳じゃないしな。


「……ここから一番近い宿は?」


 俺は面倒になって受付嬢に宿を聞く。


「一番近い宿ですと、向かいの左三軒目の裏にある宿が安くて良いと思います」


 受付嬢が宿の場所を教えてくれる。


 ……安くて良いと思う宿を教えてくれるとは、仕事とは言え怪しんでしまうな。きっともう満員とかだろうか。


「……」


 俺は礼を込めて軽く会釈し、騒がしいギルド内を誰にも話し掛けられる事なく後にした。


 ……向かいの左三軒目、裏か。ギルドから歩いて一分ぐらいだな。


 宿の看板を見ると、メナードと書かれていた。……どう言う意味が込められているのか。俺は生粋の日本人なので日本語じゃないとどんな意味かは分からない。適当に付けたのかもしれないしな。


「……」


 俺はギルドとは違い静まり返ったメナードと言う宿に足を踏み入れる。ギルドとは違い完全な木造の宿屋だ。俺がドアを開けるとカランカラン、と来客ベルが鳴る。入って直ぐの一階は食堂になっているようで、四角い木製のテーブルと椅子が並んでいる。右側にカウンターがあり、そこに一人の美女が立っていた。クリアとは違うタイプの美人で、美熟女と言うのが正しいだろうか。物理的に湿ったクリアとは違う、妖艶さがある。栗毛色をした髪は長く腰まで届き、栗毛色をした瞳は誰も居ないからか、独り物思いにふけっているのか、物憂げな色を映している。スタイルは長身のせいもあってかクリアよりも良く見えて、ムッチリとした美女と言った感じだ。何かこう、リードしてくれそうな雰囲気があって若く可愛い男が好きそうだ。その割りに誠実で堅実な男と付き合い、未亡人となってしまったような雰囲気がある。……俺の人間『観察』もここまでいくと職人の域だよな。『模倣』に限界がなくなったのと同様、『観察』も進化しているらしい。

 ……いや、何か違和感がある。見た目は完全に人間なのに、人間だと思った瞬間、『観察』に違和感を覚えた。姿を偽っている訳ではないが、人間でもない。そう言う事なのか。


「……あら。ごめんなさいね、ボーッとしちゃって。お客さんも少ないもんだから、ついね」


 この宿を仕切っているらしいその美女は、来客ベルにより俺に気付いたようで、儚げな笑みを浮かべて言った。……表に立って宿を切り盛りすると思われるので笑顔に転換した早さは良い。だが直前までの悲壮感が拭い切れてなかった。


「……いや。それより風呂付きの一人部屋を借りたい。空いてるか?」


 俺はそれを指摘せずにカウンターの前まで歩み寄り、尋ねる。……他人の事情なんて、聞くだけ面倒だ。話すだけでも楽になるとか、そんな気休めを言われても困る。逆に同情されるかその弱みに付け込まれるのがオチ。


「ええ。お風呂が付くとなると、ちょっと高いけど良いの?」


 美女は少し驚いたように目を見開いて聞いてくる。……視線が俺の腰辺りに行った。きっと武器も何も持っていない冒険者が、そこまで稼いでいるとは思えないのだろう。


「……問題ない。とりあえず、これで泊まれるだけ」


 俺はあまり長居する気はないのだが、道具袋に入れていた硬貨入りの巾着を念じながら取り出し、アルクブル貨幣一枚を差し出す。……一万あれば何日か泊まれるだろう。


「えっと、ご飯はどうするの?」


 美女は驚いたようにカウンターに出されたアルクブル貨幣と俺の顔を見比べながら聞いてくる。……飯か。特に食べてないし、明日は朝一番で食べたい。朝と夜付きにしようかな。


「……朝と夜の二食で」


「そう。じゃあ一泊八百五十センだから、一万センで十一日分ね。はいこれお釣り」


 美女は暗算でサラッと計算して、カウンターの下にあると思われる硬貨の入った箱(?)から銅貨六枚と銭貨五枚を取り出して手渡ししてくる。……俺はそれを手に触れないよう受け取り、金貨を取り出した巾着の中に入れる。

 ……一泊二食付き風呂付きで八百五十? 安いな。何で客が少ないのか分からないくらい安い。俺だったらずっとここに泊まる。


「あとこれは部屋の鍵よ。三階にある二〇五号室を使って」


 更に美女は二〇五と書かれたプレートの付いた鍵を手渡ししてくる。


「私は買い出しの時以外カウンターの奥に居るから、何かあったら声を掛けてね」


 美女は少ない客を確保するためか、パッチリと色気のあるウインクをして上機嫌にカウンターの奥へと消えていく。……サービス精神旺盛だな。どこかの滝川さんよりおもてなしが出来そうだ。


 俺は少し若い精神を揺さ振られながらも、平静を装い入り口から真っ直ぐ行ったところにある階段を、ミシミシと軋ませて上がっていった。

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