エセ勇者は腐り切っている
「オァ!」
闇夜に包まれた主不在のアンファルの森にて、革鎧の上にボロボロの上着を羽織り丸太のように太い両腕で二メートルもある斧を大上段に振り上げる三メートルの巨体をしている深緑の鬼が、その手に持つ斧を地面に振り下ろした。
力任せの一撃。だがその威力は見た目通り破壊力満載だ。
ドォン! って地面が爆ぜて小さなクレーターが出来上がる。
「……何て威力だよ」
俺はそれを後ろに軽く跳んで避けながら、忌々しげに呟く。
……ステータス。
俺は心の中で念じてステータスを開く。……戦闘中に何やってんだって言われそうだが、今の俺には必要な事だ。魔力の残量を確認し、残りの魔力でこいつを倒さなければならない。
俺はチラリと半透明なステータス画面で魔力を確認すると、直ぐにステータスを閉じる。
……残り七百か。節約しないと帰りが普通に歩いて行く事になる。それは嫌だな。
出来るだけ魔力の消耗が少ないスキルを重ねて倒すか。ただの『模倣』ならそれなりに節約出来るし、何とかなるだろう。
「ガァア!」
巨大ゴブリンは俺が避けたのを見て「避けるな!」とでも言いたげな怒鳴り声を上げてゴブリンの死体を踏み付け進み斧を横薙ぎに振るってくる。それも普通に後ろに跳んで避ける。……パワーはあるが素早く移動は出来ないようだな。明らかに脚短いし、それも仕方がないか。だからと言って油断していると斧を振るった風圧に怯んで次の一撃を避けられず――みたいな事になりかねない。
俺は『観察』により構えた時点である程度の軌道予測を立て避け始めているので、万が一と言う事はない。
……だが『神風魔法』も『風神雷神』も消費魔力が高いためあまり使いたくはない。よって一時的な『疾風迅雷』と『破砕拳』とその他『模倣』した身体シリーズを中心に戦うしかない。
正直厳しいが、黒魔人を『模倣』すれば斧を受け止め黒魔導でトドメ、と言う事も出来なくはない。ただ黒魔導が消費多い部類になるからな。トドメは他で代用すれば良いだろう。
「……黒魔人の体躯」
俺は全身で黒魔人の身体能力と頑丈さを『模倣』し、斧を振るった巨大ゴブリンの懐まで一気に距離を詰める。……普通のゴブリンよりは知能が高いようだが、力任せの大振りばかりなのでその直後は隙だらけだ。
「……っ」
俺は左腕に白く半透明なオーラを纏い、巨大ゴブリンの腹を殴る。
「ッ……!」
絶叫を上げる余裕さえ与えず腹が『破砕拳』により陥没した巨大ゴブリンは、ゴボッと青い血を吐き出す。俺はそれを避ける意味も含めて背後に回り、黒魔人の腕力で背骨があると思われる腰の真ん中を殴る。
……ボキッ! と言う鈍い音が響き、骨が折れる感触が手から伝わる。ビクッと下半身が痙攣すると、そのままドシンと尻餅を着く。
「――っ」
俺は大きく息を吸い、呼吸を整えて両腕に白く半透明なオーラを纏う。
尻餅を着いたとは言えまだ俺が頭を殴るには高さが足りないため、少しジャンプしながらまず右拳を振るい、後頭部を陥没させる。
その威力たるや、巨大ゴブリンを絶命させるには少し足りなかったようだが(頭潰されて生きてるとかどんな生命力だよ)、前のめりになり既に身体がピクピクと動いているのみだ。
俺はほんの一瞬、風で自分の身体を斜め前に送り、巨大ゴブリンの頭に再び近付く。
そして、白く半透明なオーラが残った左拳を、半分以上潰れている巨大ゴブリンの頭に叩き付けた。
「……」
巨大ゴブリンの頭は完全に粉砕され、爆ぜるように弾け散った。
俺はそのせいで飛び散った青い鮮血を全身に浴びながら、ゆっくりと前のめりに倒れていく巨大ゴブリンをいつもの無表情で見下ろしつつ、地面に降り立つ。
……ふぅ。消費は最低限に抑えられたかな。及第点ってとこだろう。それよりも、早くゴブリン達と巨大ゴブリンの死体と装備を回収しなければ。血の臭いに誘われて新たなモンスターがやって来ないとも限らない。今まで何も来なかったのは、恐らくこの巨大ゴブリンが周囲に目を光らせていたおかげかもしれない。折角見つけた獲物を他のモンスターに取られては敵わないからだろう。まあ、その結果が全滅と言う訳だが。
俺はそんな事を思いながらもテキパキと手を動かし装備を外し死体と別々で道具袋に入れていく。巨大ゴブリンの手を道具袋の入り口に触れさせると、スルスルと、明らかに容量オーバーだろう巨大ゴブリンを飲み込んでいく。
この収納力の高さについては最初に甲羅を剥がれたアルマジロで驚いているので眉一つ動かすことなく次々と道具袋に放り込んでいく。
……腹減ったなぁ。
俺は青い血に染まった大量の死体の中で、そんなことを思った。仮にも人に近い姿をした生物が死んでいると言うのに食欲が湧く俺は、やはりどこか腐っているのだろう。だがそれでも良い。寧ろ、この世界ではそれが普通なのかもしれない。いや、流石にこの惨劇を見て食欲が湧くヤツは居ないだろう。居たらきっとそいつは死体を漁りに来たモンスターとかだ。俺の食欲はこいつらを見て、ではなくこいつらとは関係ないところで、ってのが肝なんだが。
要するに、人の死体を平気で踏み付けて歩けるような俺が、こんな異形の化け物の死体に囲まれていようと、心に何ら響いて来ないと言う事だ。人間を手に掛けたとしても無表情無感動が揺らぐ事はないと断言出来る。
平和ボケした日本で暮らしていたにしては、確かに腐り切っている。
俺はそう思って、手を止めないまま自嘲気味な笑みを浮かべた。