ぼっちは世界を理解する
イケメン君の背後には純白の石を切り出したように綺麗な断面をした建物が立っていた。
周囲に集まっている人達と俺の経験(ラノベ等で得た)によれば、ここは神殿だろう。
しかも勇者を召喚するような高位の神殿だ。
高位な神殿かどうかは推測の域を出ないが、ここが神殿だと言うのは間違いないだろう。
そして勇者(笑)を召喚した筈が余計なモノまで付いてきてしまって困惑しているのは王女、巫女、聖女のいずれかに該当する美少女だ。
……何で驚いているのかは分からないが、恐らく勇者だけを召喚したかったからだろう。
ここは手っ取り早く状況を理解するため、話を進めるか。
「……こっちに来る前、ぶつかったからそれじゃないか?」
俺は濁った瞳をイケメン君に向けて呟く。……何故イケメン君の方を向いているかって? そりゃだって、美少女と目を合わせたらキョドって喋れないじゃん!
「あ、ああ。そうかもしれないな」
イケメン君は急に話し掛けられた事に戸惑いつつも頷く。……流石超リア充のフレンドリー族、こんなぼっちで孤立した哀しい、青春って何? 美味しいの? って聞けるような腐ったヤツとは違うね。
僻んでなんかいないぞ? これが通常。寧ろ正常。
「そうでしたか。それは巻き込む形になってしまい、申し訳ありません。……こうして受け答えしている事を見るに、翻訳は正常に行えているようですね」
美少女は微かに俺に向けて頭を下げ、勇者様(笑)に向かって微笑みかけた。……うわっ、態度違うなぁ。流石は巻き込まれた脇役の俺。ただでさえ脇役感が否めないのに、本当に脇役になったら居る意味ねえよ。今日か昨日の深夜に放送されたアニメを観なきゃいけないってのに、帰らせて欲しいんだが。昨日一昨日と頑張って最近のアニソンは音楽プレイヤーに入れたから良いものの、アニメを観なければ俺の一日の疲れは取れない。アニソンはあくまで応急措置なのだ。
「あ、はい。それで、どう言った事情ですか?」
勇者(笑)は美少女に頷き、真剣な表情をして聞いた。……流石勇者(笑)。困っている人が居たら放っておけないんですかな?
「……はい。それではご説明いたします」
美少女はイケメン君に真剣な眼差し見つめられて頬を赤くしコホン、と咳払いして場を整えると頷いて語り出した。
まず美少女が語ったのは、ちょっとした歴史だった。
十年前、圧倒的な力を誇った魔王が現れ、それを封印したこの世界の勇者の話だ。
買い摘まんで言うと、突如現れた最強の魔王。それに対抗するべく神に力を与えられた勇者とその仲間達。そして始まる世界の命運を賭けた戦い。勇者は魔王を神から授かった能力を犠牲にして何とか封印し、世界に平和が訪れた。
その後力を失った勇者とその仲間達は姿を消し、行方知れずになっている。
最近魔王の封印が解け始めている事を世界のどこかにいる勇者本人が千人程を通じてここに伝えてきたとか。
ここは神を崇める神殿で、自分は神に仕える聖女だとか。
神が魔王の封印について言い、先代勇者でも倒すに至らなかったが、先代勇者を越える力を持つ異世界人が居るとの事で、召喚の儀を行ったらしい。
召喚の儀による勇者召喚は、勇者だけを召喚出来る場所に設置され、発動する時も周辺の人は隣を自転車で並走していたヤツだけだったらしい。……俺は? 俺、目の前にいる勇者様より先にその場所に居たんだけど。
……まあ、そんな感じで勇者召喚が行われた、と。
因みに元の世界に戻る方法はないそうだ。
その点に関して、聖女は俺に軽く(会釈レベルで)頭を下げて謝った。……いや、謝ってないだろ。誠意が感じられない。勿論形だけの誠意も要らないが。
まあ俺は完全に邪魔者なので雑な扱いも仕方がないのかもしれない。……ホント、どうでも良いが。それよりここがどんな世界なのか、がイマイチ伝わってこない。
剣と魔法のファンタジー世界と言えば聞こえは良いが、イマイチ世界観が伝わらない。
……仕方がない。少し観察してみようか。
俺は内心で溜め息をつき、周囲の観察は一通り終わったので空を見上げてみる。
……ふむ。今居るここの周辺は神殿と草むらと森林なので見渡しが悪くどうなっているか分からない。
だが空を見る限りでは、様々な大陸が浮かんでいる。
空島とかそう言う規模ではなく、本当に大陸が浮遊しているのだ。
オーストラリアぐらいの大きさの大陸そのものが浮かんでいると思ってくれれば良い。遠目なので目測でしかないが。勿論オーストラリアの面積を知らないので縮小版ぐらいだろう。大きさではなく、形がオーストラリアっぽいと言うだけかもしれない。……墜落してくることがなければ無視しても構わないだろう。
しかも視認で四つ程。
見える四つの内、俺が今いる大陸の真上、遥か上空に位置する暗黒色をしたドス黒い大陸が、一番大きい。……小規模の太陽のような存在は、その大陸の下を通る。よく見ると大陸が纏う何かに光が吸収され、途切れている。
恐らく太陽のようなモノは燃えているのではなく、光の塊なのだろう。
そして浮遊するいくつかの大陸の頂点に君臨する闇の塊には、日が差さない。
……あそこに魔王とやらの根城があるのかもしれない。
見える他三つは樹海が大陸規模で広がったようなモノと、氷で出来た大陸、真っ赤に燃え盛る炎が上がり溶岩が流れる大陸だ。
……見えないのは恐らく五つか四つ。聖女の話によると、勇者は神から最強の魔法を授かったと言う。
それの元々の基本属性と呼ばれる九つの種類が存在しているので、闇、木、氷、炎と言った基本の属性の内の四つがあるので、もしかしたら他の五つもあるのかもしれない、と言う推測だ。若しくは残り四つだな。あの光の球に見えるモノが何なのかによるが。
基本属性とは、魔法を語る上で外せない種類の分け方の一つらしい。
魔法を分けるにはいつくか分け方があるらしいが、攻撃防御補助等に使うか、規模の大きさで区別するか、同じような系統で分けるか、らしい。
らしいが多いのは俺がこの世界のことを目の前の聖女からしか聞いていないからで、聖女が俺達に都合の悪い事を隠そうと思えば隠せるからだ。……そんな事を言っていたら話が進まないので進めるが。
火、水、雷、土、木、風、氷、光、闇。光と闇は俺のいた世界でもよく用いられるように、対の属性だ。攻撃されると弱く、攻撃すると強いってヤツだ。他の属性は俺が並べた通りに――例えば火は水に弱いと言う風に――強弱が決まっている。
他に重要なのは規模の大きさだろうか。魔法においてたまにある階位で分けられている。第何階魔法と言うヤツだ。
全部で拾階あるのだが、使える者は存在しないらしい。一般的に超一流と呼ばれる魔法使いが伍階までしか使えないんだから、それも当然か。
どんな基準なのか、雷、風、木、氷の使い手は少ないと言う。……勇者は全ての属性の最強魔法を使ったらしいんだから、どんな強さなのか想像も出来ない。その勇者が倒すに至らない強さだった、封印するしかないまで追い詰められた魔王ってのは、途轍もない強さなんだろうな。まあ、話を聞く限り俺は邪魔者でしかないので魔王とやらと戦う事もないだろう。
……おっと。更に聖女が話を付け足し始めたな。何々? 人間が住むこの浮遊大陸は大陸の中でも最下層にあって、他九つの九属性を司る大陸には様々な種族とモンスターが暮らしていて、その強さは人間やこの大陸にいるモンスターの比じゃないと……。ふむふむ?
……えっ、モンスター居るの……?
俺は聖女を話を真剣に聞いているフリをしながら、内心で焦りを感じていた。……嘘だろ? モンスター居るとか聞いてねえよ。マジ俺死ぬんだけど。俺とか勇者の正反対にいるどころかエクストラ級の影の薄さを持っているし、最悪エクストラすら凄いって思うくらいの雑魚キャラだぜ?
RPGで言えばレベル-1000でレベル1のスライムとかゴブリンに負けるレベルだぜ? やり込めばやり込む程レベルが下がっていく脅威の廃人っぷり。しかしシステム的異常は感知されなかった。……俺マジ廃れ神だわ。
それは兎も角、モンスターが居るとなれば俺はナイフで突いて地道に倒しつつ生活費稼いで過ごすしかねえじゃん。若しくはその時点で死ぬ。
「それで、どうされますか? 勇者でない以上、無理に戦ってもらう必要はありません。その場合、保護と言う形を取るか、普通に暮らすか、になりますが」
聖女は俺に尋ねてきた。……保護、ねえ。聞こえは良いけど要するに、監視して監禁して観察するって事だろ? 俺、観察するのは習性だけど観察されるのは嫌なんだよね。自分がやられて嫌な事はするなって言われたけど、俺って自分がやられて嫌な事を相手にするタイプだからさ。大体他人と関わる事自体少ないし。
「……別に、どうしようと俺の勝手だろ」
俺は濁った腐れ眼を聖女に向け、言った。……勿論監禁なんてされたくないので普通に暮らすが、ここは嫌われるような事を言って出来るだけ俺を追い出す方へ聖女の心を向けようと言う魂胆だ。
「……そうです、ね」
口の端を引き攣らせながらも、何とか笑みを作った聖女が言って、直ぐに俺から視線を外す。……ヤバい。めっちゃ怒ってるよ。まあ別に女子に嫌われるのには慣れてるから気にしないけど。
嫌われる事十七年=年齢の俺が、嫌われる事に慣れていない訳がない。
身内でさえ嫌う俺の凄さは、俺が最も理解している。寧ろあんな居心地の悪い家から逃げられて気分が良いくらいだぜ。
……俺の人生、人間関係が散々だったからな。
人間関係で救われた事なんて、一度もない。
辛酸舐めティングな日々、と言う訳ではないが、人間関係でのトラブル(笑)は多い。ギネスブックに載せてやろうかな。
家族に、友達だと思っていたヤツに、教師に、人間に裏切られた回数のギネス記録。まあ世界は広い。俺よりも凄いヤツが居るかもしれない。一年に百回裏切られているヤツがいたら、俺も流石に勝てないだろう。だって俺、もう人間と親しく関わるの止めたし。最近出来た友達? 野良猫だよ。
……人間じゃなければ良い。そう言う点では動物園水族館は俺の心のオアシス。野良猫めっちゃ可愛い。流石俺の心の友よ。
「それでは、勇者様の仲間を召喚させていただきます」
聖女の言葉から、俺は新たな敵を感じ取った。……背中にゾワゾワと虫が這うような、嫌な虫の知らせだ。




