ゴブリンはいっぱい居る
「ギギィ!」
「ギッ!」
「ギッギギギィ!」
何やら騒がしく、数十体の体長一メートル程で手に各々様々な武器を持ち革鎧を身に着け、角が生え深緑色の体表をした黄色いギョロ目の鬼が襲い掛かってきた。
「……もういい加減、面倒だ」
俺は若干やつれている気がしながら、次々と襲い掛かってくる深緑色の小鬼――ゴブリンを雷やら風やらでボコボコにして倒しまくる。
……どれくらい時間が経っただろうか。すっかり日は暮れ、俺が危惧していた夜が訪れている。だがゴブリンの群れは一向に減った気がしない。いや、実際には減っているのだろう。だがもう数えるのを止めたので、目に見えて減っていないと減った気がしないのだ。
ゴブリン十体の討伐は、夜になるギリギリまでには終わっていた。ゴブリンは基本群れで行動するらしく、十三体いたゴブリンを適当に蹂躙して装備を奪い、爪と耳を剥ぎ取って残りはそのまま道具袋に収納した。
だがゴブリンを蹂躙し、その場に留まっていたのがいけなかった。
血の臭いを嗅いでか、大量のゴブリンが現れたのだ。
その後、大量と言っても直ぐに終わるだろうと高を括っていた俺は、それが間違いだったと思い知る。
いくら討伐しても、ゴブリンの群れが集まってきて、途切れないのだ。そればかりか四方八方を囲まれるまであった。
結果、俺は片っ端から向かってくるゴブリンを討伐しながら、足止めをされていた。
……流石に疲れてきたな。魔力が切れるのも近いかもしれない。
アンファルと対戦した時は飛行やガザラサイやファングファングとの対戦により魔力を消費した状態だったので、しかもそれなのに我を忘れて大規模な魔法使っちゃうしで消耗が激しかった。
だが今は違う。雷を落としたり風で切り裂いたりしている内に、面倒になった俺は最も簡単に倒せる部位はどこかと探すようにした。
やっぱり一番鎧に傷を付けず殺せるのは頭だったので、時折『言葉の兵器』を使いながら、黒魔導を散弾のように飛ばしながら頭を集中的に狙って幾分か効率を上げていた。
……やっと、最後尾が見えてきたな。
俺は雷で頭を貫き絶命させる網を展開しながら、周囲を見渡してゴブリンの群れの最後尾を視認出来るところまで来たか、と安堵する。
俺の足元には、ゴブリンの死体が無数に転がっていた。ゴブリンは青い血をしているので、森の草むらが青色に染まっていた。
「……消えろ、クソ共が」
俺は冷徹な声で呟く。すると、突っ込んできていたゴブリンの群れの一部が爆ぜる。勿論俺の狙い通り、頭だけを吹き飛ばした形だ。
『言葉の兵器』の真骨頂。視えないミサイルである。
元々兵器と名付けられているので、刃や槍だけではない筈だった。だが俺は紫園とイメージを重ねることで言葉の刃を生み出すスキルなのかと思ってしまった。槍も、言葉が突き刺さると言うイメージに基づくモノだ。
だが、兵器なのだから、そんな戦国時代の兵器のようなモノばかりではない筈だ。
と言う事で色々な言葉を試した結果、消えろがミサイルになる事が分かった。いや、ミサイルかどうかは分からない。視えない攻撃は俺にも視えないし、もしかしたら手榴弾と言う線も有り得るのだ。
だが、爆発物である事には変わりない。
それだけでも分かったのでまた戦略の幅が広がる。
黒魔導については、様々な実験の結果、色々な形で放てる事が分かった。特に拳に纏わせて近接、と言う制限はないらしい。
自分のイメージに沿った攻撃が出来るらしい。
拳に纏い爆発的に威力を上げる事も、散弾のように放つ事も、光線を放つ事も、そのまま球体として放つ事も、全ては自由自在だ。基本の形は球体なんだが。
「……アンファルの腕」
俺は虚空から泥の巨大な腕を出現させ、腕を横に伸ばし右回転でゴブリン達を呑み込んだ。
俺の腕と連動して回転した泥の巨大な腕はゴブリン数体を巻き込んで旋回する。
……あともうちょい。
仲間が殺られているせいか、一直線に突っ込んでくるだけのゴブリン達を見据え、泥の腕を消す。
残り三十体。
それを確認すると、徐にゴブリンの死体から木を雑に削ったような棍棒を奪う。
そして黒魔導を棍棒に纏わせる。纏わせると言っても球体のため先に付いているだけだが。
俺は右肩に担ぐように棍棒を両手で構え、横薙ぎに振るった。丁度ゴブリンの頭に直撃するくらいの高さだ。型も何もない力任せの一撃だが、先に付いた黒魔導から棍棒が振られるのに合わせて光線が放たれる。
黒い光線はゴブリン七体の頭を両断し死に至らしめる。
まだ黒魔導の力加減は下手なので、一発で黒魔導の球体は消えてしまう。加減すれば何発かいけると思うんだが。
……耳はもう諦めても良い。あんまり耳ばかり集めてもキモいだけだしな。
「ゴアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!」
ゴブリンの群れが二十三体に減った途端、闇夜に劈くような怒号が響いた。
……鈍い色をした王冠を被った、巨大なゴブリン。いや、小鬼と書いてゴブリンと呼ぶなら、そいつは最早ゴブリンではないだろう。だが黄色いギョロ目と深緑色の体表と小さな角は健在だ。
動きを止めたゴブリン達は一メートル程の大きさしかないが、そいつは三メートル程の巨体だった。腕も非力そうな細い腕のゴブリンとは違い丸太のように太い。武器も棍棒や鈍らっぽい刃物ではなく、二メートルはあるかもしれない大きさの斧だ。大きさは違うがゴブリン達と同じように革鎧を身に着け、その上にボロボロになった上着を羽織っている。身体の所々に傷があるのが、歴戦の猛者をイメージさせる。その身に纏う気迫もゴブリンとは全く違う。俺の心から余裕が消え、ピリピリとした空気が張り詰めていく。……チッ。厄介なヤツに出会っちまったな。もしかしたらこのゴブリンの群れを率いているのはこいつなのかもしれない。だとしたらこいつを倒せばもう終わるんじゃないか?
俺にそんな希望が差す。
「……なら、さっさと殺るか」
「ゴァウ!」
「ギッ!」
「ギギィ!」
巨大なゴブリンが何やら怒鳴ると、ゴブリン達が急に統率を見せ始めた。
巨大なゴブリンが居る方に集まっていき、列を成し前列十五体と後列八体に分かれ、ただ周囲を取り囲んで突進から一変、連携を取り始めたのだ。
前列は武器を両手で構え右に左にステップを踏んで突っ込んでくるし、後列は石を投げてきたりと邪魔臭い。
……あの一声でこんな指示が出されていたのかと思うと、ゴブリン語だかモンスター語は理解出来ない。
「……消えろ。いい加減ウザいんだよ、てめえら」
俺は本心からそう思って冷酷に呟く。俺の言葉は視えないミサイルを生み出し突っ込んできたゴブリン三体の頭を吹き飛ばす。……チッ。やっぱり動かれると、いくらミサイルとは言え倒せる数は減るか。
だが俺が放ったもう一つの言葉は横薙ぎに巨大な刃を生み出し、一気に五体の首を切り落とした。青い鮮血が宙を舞い、他のゴブリン七体に降りかかる。
「……後ろのヤツも面倒だ」
石ころを投げられようが大してダメージはない。だがイラッとする。
「……っ」
俺は全身に雷と風を纏い、高速移動をして前列の七体の頭を手刀で刺し貫き、絶命させる。肉と頭蓋を破壊する嫌な感触とぬめっとした血の感触が伝わってくるが、気にしない。一々気にしていたらキリがないだろう。それに、もう「うわっ、この感触嫌だなぁ」と思う時期はとっくに過ぎている。かと言って全く気にしない訳でもないが、気に掛ける事はない。
一体一体を手早く仕留めると、次は後列のゴブリン達だ。
「……」
俺は両手に黒魔導を展開し、拳を振るう事で球体を飛ばし、ゴブリン達の近くで黒魔導を広範囲に拡散させる。
しかも二つだし、残るゴブリン八体の頭を一気に消滅させる。しっかりと首から下は残してある。
「オアアアアアアァァァァァァァァ!!!」
指示を出したっきり全く戦闘には参加しなかった巨大なゴブリンが、大きく咆哮し斧で木を一本薙ぎ倒した。
……さて。こいつは一体、どれ程の強さなのかね。
俺は魔力を無駄に消費しないように雷と風を一旦収めて巨大なゴブリンを注意深く『観察』した。