ぼっちは黒魔人に目を付けられる
寝落ちしました
「黒魔人……っ!?」
そいつが扉を蹴破ってギルド内に足を踏み入れると、衝撃が走る。……そりゃそうだ。遂さっきまで虐殺を行っていた張本人がギルドを訪れたともなれば、驚くだろう。
……黒魔人は一直線に俺を見据えていた。なかなか鋭いな。どうやら最強の種族ってのは間違いないようだ。まさかこの短時間で俺の『同化』逃走に追い付くとはな。感覚が人間とは違って鋭いため、対人間用に鍛えてきた俺のぼっちスキルの効果が薄くなっているのかもしれない。
「……見つけたぜ、てめえ……!」
黒魔人は驚くギルド内を他所に、俺だけを真っ直ぐ見つめどこか面白そうに笑いながら俺にツカツカと歩いて近付いてくる。
「……」
俺は怯えているかのように見せるため、後退してカウンターにまで下がる。
「やっぱり、良い眼をしてやがる! なあ、オレと戦えよ」
戦闘狂の女は、鋭く尖った犬歯を見せて笑い俺の目の前まで来た。
「……悪いが、これからクエストに出掛けるんだ。後にしてくれ」
「ああ!?」
俺はチラリとクエストボードの方を見ながら言った。……どうやって切り抜けようかな。一応虐殺していたので『観察』は終えている。身体能力の面で真っ向から戦って劣る事はない。もっと言えば『風神雷神』や『疾風迅雷』があるため俺に分があると言っても良いだろう。だが魔導とか言う魔法より上のモノがあるとなれば、油断出来ない。
だが人前で俺のスキルを見せびらかす訳にもいかない。
黒魔人は睨んでくるし、あんまり関わらないで欲しいんだが。しかも何か周囲が驚いたような顔で俺を見てくるし。
「……その後でなら良いから、後にしてくれ」
俺は黒魔人にそう言ってクエストボードの方に歩いていく。……ふむ。流石に一番低ランクだけはあって難易度が低そうなクエストが多い。
探し物とかペットの世話とかまであるんだが。だが今は俺がなるべく金を稼げるように比較的報酬の良いモンスター討伐が良いかな。ペットの世話とかやりたいが。俺の心の友を見つけなければ。
「……」
黒魔人は少し困惑したように黙る。……分かってくれたのか。
「……これって千切って良いのか?」
「……えっ? あ、はい。接がしてこちらに持って来ていただければ」
俺が誰にともなく尋ねると、さっきまで俺の対応をしていた受付嬢が戸惑うように教えてくれる。……戸惑っても仕事はこなす。良い人だな。
「……」
俺はゴブリン十体の討伐クエストの紙を雑に下から引っ張って接がすと、意外と綺麗に接がれて少し驚くが、顔には一切出さず紙を受付嬢の方へ持って行く。
「はい、ゴブリン十体討伐ですね。ご武運を」
受付嬢は黒魔人に見据えられているからか、ぎこちない笑みを浮かべて受注、と書かれた赤い判子を紙に押す。
「……」
「お、おい! 待てよ!」
俺が紙はギルドの方で預かってくれるらしい事が分かったのでさっさとギルドを出ようとすると、黒魔人に呼び止められた。……何だよ。
「……俺はこれからゴブリン討伐に向かわなきゃいけないんだ。邪魔するな」
「オレがそんな雑魚瞬殺してやるから、今から戦え!」
「……それじゃあ俺がクエスト受けた意味なくなるだろ」
何だこいつ。何で俺とそんなに戦いたいんだよ。俺なんか、ただ死体の山を踏み付けて野次馬に消えていったようなヤツだぞ。
「煩え! 良いから、戦えよ!」
黒魔人は遂にキレて、俺の頭を掴んで思いっきり、投げた。
「……」
おいおい、力強すぎるだろ。されるがままに吹っ飛んでいくじゃねえかよ。
俺は風圧が強くて抵抗出来ずにいて、レンガ造りのギルドの壁に叩き付けられ、しかも結構あっさりと貫いて道まで吹っ飛ぶ。片手だったからか壁にぶつかったからか、道までで済んだ。
……痛いな。特に首と壁にぶつかった背中側が痛い。激痛で涙が出そうだ。
だが、無視出来る。
「……」
俺は痛む身体に鞭打って、何とか起き上がる。平然を装って、なるべく平気そうに。
別に黒魔人に目を付けられたい訳じゃない。ただの、強がりだ。孤独故に、無様な姿を晒す事を嫌ってきた俺の意地と言える。
「あっさり終わっちゃつまんねえからな。ちょっと手加減した甲斐があったもんだ」
俺が吹っ飛ばされて開いた穴を、邪魔な壁は蹴り砕いて悠々と歩いてきたのは、勿論黒魔人である。……あれで手加減したって、どんな化け物だよ。
俺は首を左右に振ってコキコキと鳴らす。……あー、首が痛い。
「良いじゃねえかよ、行くぜ!」
首を左右に振ってコキコキ鳴らすと言う仕草をどう受け取ったのか、黒魔人はニヤリと笑い俺の右に突っ込んでくる。……速っ!
「黒魔導!」
黒魔人は拳を構え、そこに赤黒いモノを球体として纏った。……これが魔導。ヤバいな、まともにくらったら死ぬ。出来ればこう見立てた俺の『観察』スキルが間違っていると思いたい程だ。
「……防護雷……っ」
俺は咄嗟に腕を交差し、雷の防御壁を展開する。そして迫り来る拳に合わせ、後方に自分から跳んだ。
「……黒魔人の腕」
俺は相手に聞こえないように、小さくほぼ口の中だけで呟く。『観察』した黒魔人の腕力と腕の頑丈さを『模倣』し防御するためだ。
「はっ! そんなんでオレの黒魔導を防げると思ってんのか!」
黒魔人は嬉しそうに笑い、黒魔導をわざとか、腕に向かって振るった。。
「……っ」
黒いモノが俺の腕を消し飛ばさん程の威力で雷の壁が消し飛ぶと、俺は同じ黒魔人の腕の筈なのに軋む腕の痛みを堪え、しかし合わせて後方に跳んだ事もあり、勢いよく門の方へ吹っ飛んでいく。
黒魔人の腕を発動した事により、何とかガードを弾き飛ばされずに腕を交差したまま吹っ飛べたので、何度か地面に叩き付けられるように転がっても腕で被害を最小限に抑える事が出来た。かと言っても痛いものは痛く、無様に土剥き出しの道に叩き付けられ、終いにはゴロゴロと転がって、ようやく止まる。
……あー、いってぇ。全身が痛い。特に腕はかなり駆使したのでダメージが大きい。くそっ。黒魔人ってのはこんなにも厄介なのか。よく立ち向かっていく気になったな、殺された数名の内の冒険者一人。もし俺がこいつの正体を知っていれば、真っ先に逃げていただろう。被害を受けない場所で傍観するよりも安全だ。
「……何だよ、オレの勘違いか」
俺は薄目を開けてギルド前辺りにいる黒魔人を見ると、感情のないつまらさそうな瞳で、無様に地べたに這い蹲る俺を見下ろしていた。
黒魔人は俺が大した事がない事にガッカリしたのか、俺の生死を確認しないまま踵を返し去って行く。……ふぅ、助かった。
「……っ」
俺は痛む身体に鞭打って、ゆっくりと起き上がる。一部始終を見ていた野次馬達はギョッとしたような反応を見せたが、無視だ。……ちゃんと防御したんだから、生きていても不思議じゃないだろうに。
俺は、この世界の人間がどれ程の微温湯に浸かっているのか、その一端を垣間見た気がした。
まあそんな事は俺がどうこう言うべき事じゃないと思うので(実際は関わるのさえ面倒なだけだが)、周囲の事は気にせず街を出る。
……広大な牧場が広がっていた。俺が入ってきた方は畑が多かったが、ここは牧場が多いらしい。
牧場で地面に生えた草をムシャムシャと食い漁っているのは、牛や馬や羊まで、ほぼ地球と同じ家畜達がのんびり過ごしていた。
どうやら動物は居るようで、猫も居るかもしれない。まだ会った事はないが、居るんだろう。俺の心の友の同胞。……飼いたいなぁ。猫が居れば、生きていける。
俺はほのぼのとした牧場を眺めながら、そんな事を考えて長い門までの道のりを歩いていた。




