エセ勇者は冒険者になる
「……」
外で騒動が起きているせいか、冒険者が集うギルド集会所と書かれた一際大きな建物の中は閑散としていた。
数人の冒険者らしきヤツらが木製の丸テーブルを囲んで雑談している。独りでのんびりしているヤツも居る。
ギルド集会所の入り口は普通のドアで、中は丸テーブルといくつかの椅子、奥にカウンターのような配置になっている。カウンターは薄い木の板でいくつかに区切られており、三つ受付がある。受付三つが入ってきた俺から見て左から並び、その横には天井から換金所と書かれたプレートが下がっている。
俺から見て左側の壁には巨大な掲示板のようなモノがあり、何やら紙が貼られている。上にS、A~Gのアルファベットが書かれ区分されているのも見ると、これは冒険者のランクか何かだろう。
……アンファベットSの横に、千年級と神級と書かれた区切りがあるのは、無視しておこう。嫌な予感しかしない。
……どこもかしこも日本語だらけ。違和感ないのが逆に違和感になるが……。気にしても仕方がないな。
「……」
俺は受付三つにいる三人の受付嬢を見比べる。……作り笑いが上手そうな美少女と、眼鏡をかけたキツいイメージを持たせるスーツ姿の秘書っぽい美女と、あわあわと忙しく動き回っては依頼書っぽい紙を散らかすドジッ娘の美少女。
……誰にしようか悩むな。いや、待て。ドジッ娘の方に溜め息をつきながら秘書っぽい美女が歩いていったぞ。説教されるな。じゃあ一択か。
「……冒険者登録をしたいんだが」
俺は作り笑いが上手な美少女の方へ向かっていき話し掛ける。
「はい。ではこちらにサインをお願いします」
美少女は俺に話し掛けられても眉一つ動かず満面の作り笑いで応え、羽根ペンとインクと紙をカウンターの上で差し出す。……名前、種族、出身地、得意武器、得意属性、モンスター討伐経験の欄がある。
……しまったな。文字は日本語で大丈夫なようだが、出身地がどうしようもない。どう書けば……。
「あの、ドルネギア語は大丈夫ですか?」
受付嬢は少し心配そうに俺を見上げてくる。……心配しているのは俺ではなく、自分が失態をしていないかと言うモノだったが。
「……ドルネギア語……」
俺は呆然と呟く。……日本語と全く同じ言語なのか、それとも日本語の名前を変えて使っているのか。
「はい。勇者様の使う言語と、偶然全く同じ言語があると言う事で、発音は違いますが一年程前から全般的にドルネギア語を使うよう指示されました。共通の言語の一つでもあるので特別違和感はありませんが……。読めますか?」
「……ああ、問題ない」
俺は頷く。……要するに、勇者召喚のため言語を統一させたって事か。それの意味するところはつまり、勇者召喚を少なくとも一年前からは計画しておきながら、魔王復活半年前と言う今になって召喚を行った。それはどう言うつもりなのか。この街の人間達を『観察』しても、神殿に居るだろうあいつらと同じような違和感は得られなかった。
「……」
俺は何故一年も間を空けていたのか、それに懸念を感じてはいたが、それを指摘したところで何も変わらない。
俺は黙って羽根ペンの先をインク瓶に浸け、縁で余分を落とし紙にサラサラと記入していく。……名前はクレトで良いとしても、出身地はどうするか。種族は人間、武器は剣で良いし、属性は特になしって書いておこう。いや、得意属性は一応、雷って事にしよう。音楽プレイヤーの充電に使っているところを万が一見られても、問題ないだろう。モンスター討伐経験はあり、と。
「……出身地は、必ず書かなきゃいけないのか?」
俺は出身地以外を書き終え、顔を上げずに聞く。
「いえ。最低名前さえ書いていただければ問題ありません」
……何だよ。真面目に考えてた俺がバカみたいじゃん。
「……じゃあ、これで」
俺は羽根ペンを紙の横に置き、紙を百八十度回転させ受付嬢に向ける。
「はい。承りました。それでは支給品を用意しますので、しばらくお待ち下さい」
受付嬢は作り笑いを浮かべたまま、カウンターを離れ奥で何かゴソゴソとやり始める。……支給品があるのか。致せり尽くせりって訳じゃないだろうが、冒険者として必要なモノは貰えるんだろう。
何を貰えるかは後の楽しみにしておいて、俺は周囲を再度『観察』する。
新入りの冒険者は然程珍しくないのか、俺に見向きもしない。聞き耳を立ててみると、話題は魔人のこと――あの虐殺を行った女の事だろう――で持ち切りだ。
……魔人ってのは何なのか、聞いてみる必要があるな。あの程度で目を付けられる事はないが、あれを見てしまえば誰でも聞きたくなるだろうから、大して不思議に思われないだろう。
「お待たせしました。こちらが支給品のギルドカードと記録の腕輪と剥ぎ取りナイフと道具袋になります」
俺がギルド内をボーッと見渡していると、受付嬢が声を掛けてきた。
カウンターの上に差し出されたのは四つのアイテムだった。受付嬢が言った順に俺から見て左から並んでいるようだ。
ギルドカードは持ってみるとプラスチック製かと思うくらい軽い白のプレートに紺色で名前とギルドカード発行場所なのか、アンファニアとランクだろうGが書かれていた。
記録の腕輪とやらは、黒の腕輪に青いヒビが数本走っているかのようなデザインの腕輪だ。
剥ぎ取りナイフは刃渡り十五センチくらいのナイフで、刃は微妙に反っている。革の鞘に収まっており、腰に提げるためか紐が着いていた。
道具袋は茶色い巾着で、白い紐が着いている。これも腰に提げるためだろう。
……確かに、必需品と呼べるモノが揃っている。
ギルドカードは身分証明書にもなるし、記録の腕輪は恐らく不正防止のためそいつが倒したモンスターの数を記録する類いだろうし、剥ぎ取りナイフはモンスターの素材を剥ぎ取るのに必要だし、道具袋はアイテムを入れるために必要だ。
「ギルドカードは持ち主が自在に出したり消したり出来るようになっています。念じると消えますよ」
受付嬢の説明を聞き俺は消えろ、と念じてみる。するとギルドカードが直ぐ様消えた。……ほほう、便利だな。これならなくす事もない。
「万が一落とした場合も消えろ、と念じて消してから現れろ、と念じて手元に出現させる事が出来ます」
……なんて、なんて便利なアイテムなんだ! これさえあれば世界中のド忘れ多きぼっち達が頼るヤツが居ないのに忘れ物をしてしまった場合、呼び出す事が出来る!
「次に記録の腕輪ですが、モンスター討伐履歴を記録する効果があります。不正防止のためですね。記録は持ち主かギルド職員しか見る事は出来ません。一度嵌めるとギルド職員しか外せないので注意して下さい」
俺がギルドカードの便利さに感動し打ち震えていると、受付嬢は次の説明に移った。……もうちょっと余韻に浸ってたかったんだが。
俺は少し不満に思いつつも顔には出さず、記録の腕輪を左手に嵌める。すると手をすぼめて入れられる大きさだった腕輪が、俺の手首に応じて縮んだ。……凄いな。大きさを自動調整出来るのか。
「記録の腕輪には装備品にあるのと同じく大きさを自動調整する魔法がかかっています」
魔法なのか。じゃあ今俺が『観察』すれば手に入るのかね、その魔法。
「剥ぎ取りナイフはその名の通りモンスターの素材を剥ぎ取るためにあります」
他に説明はないようなので、俺は制服のズボンのベルトの部分に括り付けた。勿論左腰だ。
「道具袋は亜空間魔法が使われているため、どんな量どんな重さどんな大きさのアイテムでも収納する事が出来る便利なアイテムです。収納出来る数は無制限です」
凄い便利アイテムだな。ついでに『観察』して亜空間魔法ってのを『模倣』してやろう。
「次に冒険者とランクについて説明しようと思いますが、よろしいですか?」
俺が右腰に道具袋を括り付けていると、受付嬢が言った。
「……ああ」
説明してもらえるのは有り難い。俺は直ぐに首肯した。
「まず冒険者についてですが、あちらに貼り出されている依頼――クエストを受け報酬を貰って生計を立てる職業です。報酬は危険度と共に上がっていきますが、成り立てのGランクなら薬草採集やお遣いレベルのモノ等、手軽にこなせるクエストが中心ですね。ランクが上がるにつれて討伐クエストが多くなる傾向にあります。冒険者はギルド職員に集めたクエスト素材や記録の腕輪を見せる事で達成したかどうかを確認します。記録には日付も表示されるので不正は出来ません。クエストで納品する素材以外は隣にある換金所で換金するか鍛冶屋に持って行って装備にしてもらうか自分で調合等をするか等、人によって用途は様々ですね。薬草採集のために図鑑を購入する事も出来ますが、買いますか?」
「……いや」
俺はそれは必要かもな、と思ったが、そう言えば俺の知っているヤツに、薬草に詳しそうな精霊がいるじゃないか、と思い直して断った。……どっちにしろ金ないから買えないしな。
と言うか、結局クリアの力を借りる事になるのかよ。あいつも冒険者登録させた方が楽だったな。……チッ。しくったか。あいつを遠ざける事ばかり考えていたせいで、失念してしまっていた。
「そうですか。それでは改めて、ランクの説明に入ります。あちらのクエストボードを見て下さい」
受付嬢は「……チッ。買えよ、貧乏人が」と言う表情を作り笑いで巧妙に隠すと、右手でクエストボードと言うらしい掲示板を示す。
「冒険者のランクはGからSの八段階で、クエストボード左端にある神級と千年級はSランクの冒険者でも実力が逸脱した者でなければ受注許可が下りません。Gランクのクエストについては先程説明して通りの難易度ですが、数をこなす事で昇級するに値する実力だと判断された場合、昇級試験用のそのランクでは最高難易度のクエストを受けてもらいます。それに合格して昇級となります。Gランクからの昇級は勿論簡単なのでモンスター討伐経験のある方なら直ぐに昇級出来るでしょう」
スラスラと説明を行っていく。「どのランクがどの程度か説明しますね」と前置きしてから、更に続ける。
「C、Dランクの冒険者が多く、Bランクが一流、Aランクが超一流、Sランクが英雄等と呼ばれるレベルですね。普通の冒険者では一生かかっても辿り着けないとは思いますが、神級と千年級について説明します。千年級は簡単ですね。千年以上誰も達成した事がないクエストです。彼の先代勇者様は魔族との戦いが中心だったので分かりませんが、千年以上前から一度も達成されていないクエストです。神級は神か神と同等以上に戦える者か神を殺した者か神に力を授かった者でも難しいとされるクエストですね」
……おい。最後の二つ、難易度高すぎんだろ。千年も達成されてないクエストと神レベルのヤツでも難しいクエストって……。神って言うんだから相当な力を持っているんだろうが、先代勇者や二代目勇者でも難しいって事だろ? そんなの誰も達成出来ないじゃん。千年経っても世界が破滅してないならもう放って置いても良いと思うんだが。
「因みに、この街最強の冒険者でギルドのマスターを務めているのはSランク冒険者なのですが、全盛期は千年級クエストと神級クエストを二つずつ達成している、人間界が誇る英雄です」
半端なっ! ここにそんなめちゃ強の冒険者が居るのか!? それなのに魔王を倒せないとかどう言う事!?
「……一応聞くが、魔王をランクに当て嵌めたらどれくらいになる?」
俺は若干声を震わせ、受付嬢に聞いた。
「……。魔王をランクにしたら、それは勿論、神から力を授かった先代勇者を楽に退けていた強さを持っているのですから、神級クエストや千年級クエストなんて楽にこなせるのではないかと思われます」
受付嬢は作り笑いを止め真剣な表情で言った。……おいおい。魔王ってもう、魔神とか呼んでも良いレベルなんじゃねえの? 強すぎるだろ。もう世界は諦めて傘下として生かしてもらえば良いんじゃねえの? ってかよく先代勇者は封印まで持っていけたな。きっと仲間が居たからとかそう言う感じなんだろうけど。
「他に、何か質問はありますか?」
受付嬢は作り笑いで尋ねてくる。……そうだな。魔人の事でも聞いてみるか。
「……ここの近くで問題になってる魔人について、聞きたいんだが」
「魔人ですか。ギルドにも報告は受けていますが、まあ種族的に人間では太刀打ち出来ません。魔人とは大陸の頂点に君臨するヘルヘイムが生んだ、魔王を除いて最強の種族です。大陸は上に上がる程宙に漂う魔素の濃度が濃くなるのは知っているとは思いますが、そのせいで生まれてくる種族に差が出来ると言われています」
それは大陸の説明として重要なことだな。頭の隅にメモっておくぐらいはしておこう。
「そのためヘルヘイムでは――極端に言えば魔王のような――力の強い者が多いのです。そのヘルヘイムでも魔王のような突然変異と思われる者を除けば、種族としては魔人が最も魔力が高く最も身体能力が高く、魔導と言う魔法の上位のようなモノを使います。魔人は色で才能に微妙な差があるんですが、あの女性は角等が黒いので黒魔人と言う魔人でも最強の魔人です。しかも髪や目が赤いと言うことは黒魔人赤種。最強の魔人ですね。止めるなんて、無茶無謀も良いところですよ」
受付嬢は作り笑いを解いて本音の溜め息をつく。……あの駆け付けて五秒で殺された冒険者の事だろう。止めても無駄だから放って置いたって事なのかもしれない。
ドカァン!
その時、扉の方からギルド全体に衝撃が響く程の破砕音が聞こえ、カウンターまで扉が吹っ飛んでくる。
「……ここに居やがったか」
噂をすれば何とやら。全種族の中でも最強で、更にその種族の中でも最強の女、登場である。