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エセ勇者は捻くれている  作者: 星長晶人
第一章 最初の街
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エセ勇者は空気を望む

「それで、いい加減名前くらい教えてくれない?」


 いい加減飽きてきたのか、しかし依然腕を絡め合ったまま、アンファルの森から少し離れた位置で門を発見し、そこから中へと入っていた。本当にモンスターと遭遇しなかったのは良かったが、街に着く頃にはすっかり日も暮れて、オレンジ色になっていた。


 ……俺みたいな何の身分証明書もないヤツがあっさり入れたんだが。ここの警備システムに不安を感じる。門番らしき衛兵二人は気分良く通してくれた。どうやら勇者一行が居れば犯罪者が混じっていようと大した問題にはならないと思っていて、しかも今日は勇者一行をおもてなしするため、犯罪者が居ないか巡廻している兵士も居るらしい。

 ……だからと言ってサボって良い理由にはならないとは思うが。


 因みに誤解されることがないようにクリアと一旦別れ、別々のタイミングで街の中に入っていった。

 門は街を囲む壁に四つある。アンファルが眠っていた場所から真っ直ぐ行くと一つ門があり、その裏にもう一つ、その二つの門を結ぶように大きな道があり、そこに垂直になるようにまた大きな道があり、そこの端にも門がある。


 大十字路の先四つに門があるって訳だな。


 アンファルが居た場所の正面の門から見て左側の門だ。東西南北になっているのかは分からないが、綺麗な十字だ。


 大十字路は綺麗に整備された土の道だが、最初は畑や牧場があり、暫く行くと四つに区分されたレンガ造りの住宅街になる。そこの地面はレンガを埋め込んだようになっている。


 街全体の広さは大体長野市(八万平方キロメートルぐらい)だろうか。内側が街の本体となっているが、畑と牧場もかなりの広さだ。割合は上から見ないと分からないが。


 誤解させないために別々に入ったと言うのに、入った途端同じように、俺の腕がひんやりしたモノに包まれるんだから困ったもんだ。俺の目論見もくろみは見事に失敗した訳だな。流石に人前で水になるのは控えているが、身体自体がひんやりしている。


 ……相変わらず理性を刺激しやがるから、尚性質(たち)が悪い。


 クリアの格好は自由自在に形成出来るようだが、今は最初会った時から一貫して透き通った水色の浴衣のようなモノを着ている。何故か和服っぽい。細く白い紐を腰で結び、細い腰が強調されている。


 まるでカップルのようなイチャつきっぷりに、俺の目立たず平穏に暮らすと言う目論見まで失敗しそうだ。


 だってこいつは聖泉の精霊とは言え、スタイル抜群の美女である。


 それに対し俺は腐った性根荒んだ心廃れた精神濁った瞳を持っているようなルックスイマイチの男だ。初対面時クリアに言われた通り、俺は眼を閉じていればなかなかのルックスだと思う。自分で言うのも何だが、子供の頃は比較的可愛かったんだろう。

 ……比較対象にあいつさえいなければ。


 ルックスは眼以外そこそこと言う俺だが、今は濁った眼を開きダルそうに背筋を曲げて歩いている。


 ……よって、俺が非難の視線を向けられるのは必然と言って良いだろう。


「……クレトだ」


 俺は無愛想に答える。


「えっ……?」


 クリアは何を言われたか分からなかったのか、キョトンとして俺の顔をを見上げてくる。……二度は言わないからな。


「……二度は言わないからな。あと離れろ」


 俺は自分の中で二回言ったが、腕を振りほどくように言って軽く払うと、クリアは大人しく離れてくれる。


「クレト……。変な名前ね」


 そう言ってクリアは無邪気に微笑む。……見蕩れそうになるから止めろ。


「……余計なお世話だ」


 片仮名表記だとどうしても日本名は変になっちまうんだよ。特に俺の名前なんかは変になる。暮人は別に変な名前じゃないんだけどな。


「でも、良い響きだわ」


 クリアはまた笑う。……だから止めろって。


 音楽プレイヤーとイヤホンは無事だ。俺が気を失ってから死ぬまでの間にクリアが助けてくれたおかげで、俺の生き甲斐は守られた。……だからこそ、俺は強く出られない。

 悔しいが、俺の音楽プレイヤーとイヤホンを助けてくれた恩人には払うべき礼節と言うモノが存在する。

 だからこいつから離れる、こいつを殺す、と言った選択肢は控えなければならない。少なくともしばらくは、こいつの好き勝手させれば良い。


 俺はまず人間をどう言うモノか理解しているため、基本俺に笑顔で話し掛けてくるヤツを信用しない。聖女とかが良い例だが。正体を隠しているのが分かったから良いものの、俺じゃなければ――例えばあの勇者君とか――立派な聖女に見えるだろう。だからこそ、人間かは分からないが俺に笑顔を向けてくるヤツは信用ならないのだ。何か裏があると思えてならない。こいつの場合、強気に出られないのだから放っておくしかないのだが、裏があると思われる。人間と居る事で自分が人間じゃないと言う事をバレないようにしているのかもしれない。


 ……もうこいつ瓶詰めにして置いておこうかな。


 その瓶を持ち歩けば、一応一緒に居る事にはなる。問題ないだろう。だがこいつを入れるような大きな瓶を持ち歩けば、否応なく注目を集めてしまう。……瓶を買って置いておく場所も金もないな。今はまだ無理か。


 とりあえず、冒険者だか何だかになって金を稼がないと。


 ……今から考えると、あのサイの化け物を持って来なくて正解だったな。持ってきていたら俺がアンファルを倒したんじゃないか、そうじゃなくてもガザラサイを倒してアンファルを目覚めさせたのはお前か、ってなる。


 俺が知る異世界のほとんどでは、ギルドと言うモノがあってそこで依頼をこなしつつ金を稼いで生計を立てる。ここもそうなら楽なんだがなぁ。ガザラサイが強い方なら簡単に生計が立てられるだろう。課題もなく面倒な人間関係も――ないとは言えないが、こっちの世界の方が住み心地は良いに違いない。だが過度な期待を持ってはいけない。過度な期待は裏切られた時の差が大きくなると憂鬱になるからな。


「勇者様、万歳!」


「アンファルを倒すなんて、流石勇者様のお仲間です!」


 街の大十字路を歩いていると、そんな喜色の強い声が口々に聞こえた。


 『観察』してみると、どうやら勇者様(笑)が街の人々に囲まれていて、何やら歓迎されているようだ。野次馬が毛並みが良すぎるくらいに良い二頭の馬が堂々と立っていて、その二頭に甲斐甲斐しく世話を焼いているのは神殿にいたメイド長だ。……可愛くて巨乳で世話焼きか、良いな。しかもモノホンのメイドと来た。俺の隣に美女がいるが、こいつがメイド服を着ようと何も思わない。メイドはメイド精神があってこそだ。

 野次馬に囲まれていない馬車と馬とメイド長は見えたが、野次馬に囲まれている三人は視認出来ない。


 きっと民への対応は勇者様達に任せるんだろう。


 国でも大臣が政治を行っていて、国王が手を振って民に応えるとかはありそうだ。


 だから、俺が果たした筈のアンファル討伐も、勇者達が横取りしようと何も思わない。


「……ありがとう」


 勇者様(笑)がぎこちない笑みを浮かべてそう言うのが野次馬達の間から見える。……イケメンさがぎこちなさを、『観察』を持つ俺以外には分からないレベルまで誤魔化しているため、周囲の者(特に女性陣)は見蕩れ、完全に誤魔化せている。


「……」


 俺が勇者達を見ようと四苦八苦していると、緒沢と目が合った。……今はクリアが居るせいで『同化』の効果が薄れるため、普通に見つかる。


「ユカ様万歳!」


 勇者、緒沢、と来て紫園はない。つまり、アンファルを倒したのは緒沢にしたんだろう。元々緒沢のスキルを『模倣』して戦った訳だしな、別に構わない。俺の目論見通りにいったのだから、寧ろ感謝するべきなのかもしれない。感謝なんてしないが。だってこいつら、真っ先に逃げやがったんだぜ?


 『疾風迅雷』さえあれば高速移動なんて容易い、何とでも言えるだろう。


「……」


 緒沢はプイッとそっぽを向く。「……これで良いんだろ?」とでも言いたげだ。


 ……ああ、これで良い。偽善者の唐澤君は手柄を横取りするのに反対らしいが、俺にとっては有り難いことだ。


「何あいつら。勇者だか何だか知らないけど、クレトが倒したアンファルの手柄を奪うなんて……。文句言ってくる」


 クリアは憤慨した様子で野次馬に向かって歩き出そうとする。


「……止めろ」


 俺はクリアの手首を掴んで引き止める。


「でも」


 クリアは怒っていたからか顔を赤くし、拗ねたように俺を見る。


「……良いんだよ、あれで。俺は勇者とは関係なく生きたいんだ。邪魔するならお前も同類だぞ」


 音楽プレイヤーとイヤホンの恩人から、無関係の他人へと変わる。そうなると俺はこいつを記憶の中のモノとして処理し、金輪際関わりにならないと決め込むことになる。ならば今からでも遅くはない、対クリア用の言葉を選出するべきだろう。


「分かったわ。理解のある方が良いわよね」


 何の話だ。


 兎に角、クリアは納得してくれたらしい。……相変わらず謎なヤツだ。

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