ぼっちは孤高の存在である
「そう言えば、名前を聞いてないんだけど」
クリアはニコニコと微笑みながら腕と腹部の一部を水にして俺の右腕を捕らえ、上目遣い気味に聞いてきた。腕はひんやりとしたモノに包まれているので気持ちが良いかと言えば良い。
今、クリアの申し出により森から出ずに森を歩いている。
何故ならば、俺がアンファルを殺ったとバレるかもしれないからだ。
森の中を迂回しアンファルが出現した場所とは全然違う方角から街に行こうと言うクリアの申し出に則った形になる。クリアが言うには精霊達が援護してくれて、モンスターとは遭遇せずに済むそうだが。
俺もどうにかして移動しようと思っていたが、森の中を進むのはモンスターに遭遇する確率が高いので遠慮したいところだった。かと言って草原をのんびり歩いていればアンファルはどうなったかと見に来たヤツらと鉢合わせしてしまう可能性が高い。最悪『疾風迅雷』で高速逃走をしてやり、緒沢に罪(?)を擦り付ければ良いかと思っていたんだが。まあ風をめっちゃ使ったから擦り付けは可能だろう。
ってか、擦り付けてやるし。
「……そう言えば、魔力って減ったら何もする気なくなるんだな」
俺は現状とこれからを確認し終え、クリアに尋ねる。……異世界人だとバレないように、確認っぽく言ってみた。そんな事も知らないのかと言われそうだが。
「……私の質問は無視した癖に、そんな常識を確認するなんて酷いわ」
クリアは不満そうに唇を尖らせて言う。……そんな事より、水に腕を抱えられているせいで肉体的接触ではなくひんやりしたモノに包まれているような感触だが、絵はエロい。だって俺の腕が中に入ってるんだぜ? 内臓とかない分グロテスクじゃないし。
「……それは悪かったな。俺、他人の話は聞かない事にしてるんだ」
重要じゃないことなら尚更に。
「はぁ。良いわよ、もう。そう言うところもあなたの魅力だものね。受け入れてこそよ。魔力はなくなったら虚脱感とかそんな感じのに苛まれるわ。だから魔力の上限を正確に記憶して魔法やスキルでどれくらい減るのかをちゃんと覚えてないと、さっきのあなたみたいに死に掛ける事になるわ」
どうやら俺が調子に乗って魔力――恐らくステータスでMPと書かれたモノだろう――を使いすぎたのを見ていたらしい。……まあ、こいつの住処に落下した訳だからな。
「……魔力の回復って個人差があるのか?」
日(?)の傾きからして俺が気を失っていたのはほんの少しの間だろう。どれくらい傾いたらどれくらいの時間が経った、とかは分からないので詳しくは分からないが。
魔力ってのは精神力を現している、のかもしれない。だとしたら、俺の体力――HPって書かれてるヤツな――が二桁だったのに対し、魔力が五桁だったのも頷けるんだが。それとも俺は根っからの魔法使いタイプと言う事か。ぼっちの俺には図書館に籠って独り研究でもしてろと。
ざけんな。
誰が根暗で何考えてるか分からないヤツだよ。俺は確かに無表情に努めているが、ちゃんと効率的な事を選んで行動している。言っておくが、教室に発生するぼっちの多くは自分で何とかしようとする(しなければならない)ため自分の事は自分で出来るようになっている。勿論何かしようと行動している時も何かしらの常識に則った行動だと思われる。
ぼっち故に、我あり。
ぼっちとは孤高の存在であり、皆でカラオケ、皆で勉強? 勉強は独りでやるもんだ。寧ろぼっちこそが正しい。カラオケも独りでやるもんだ。アニソン歌っても引かれないぞ、だって独りだからな!
最近のアニソンはカッコ良いので歌っても引かれない事もあるだろうが、声優がカバーする歌は歌いにくいだろう。
そこで登場独りカラオケ。
因みに俺はカラオケにさえ行った事がないくらい家でのんびりしている。
「個人差は勿論あるわよ。でもあなたは私の泉に入ったんだから、魔力が回復するのが高まるのは当然よ」
クリアは説明しつつ、何故かカァ、と顔を赤く染めていた。「でもあなたは~」のところからだ。何故かは『観察』しても分からない。
「……そうか。つまり水自体が魔力回復薬みたいな感じか」
「そうね。厳密に言えば魔力を回復させるか魔力の回復を促進させるかの違いはあるけど」
魔力回復薬と言うモノがあるかは分からなかったが、上手く話を合わせられた。
「……つまりお前を分割して売り出せば儲けられると?」
俺は戦わずして金を稼ぐ方法を思い付き、腐った眼をクリアに向ける。
「嫌よ! 私の本体はこれなの! 切り離されても感覚はあるんだから、見ず知らずの他人に身体を飲まれるなんて嫌!」
今まで比較的落ち着いていたクリアだが、遂に感情を爆発させた。流石に自分の身体が飲まれる(人間で言えば食われる)事を想像すれば、それもそうか。
クリアは俺の腕を水から離すと、抱き着くようにして腕を絡めた。
詳細に言えば、右手に左手を恋人繋ぎし、右腕で俺の腕を引き寄せるようにして、その豊かな胸に抱いていると言うような状態だ。
……こいつ、本体がこれって事は、元々女として存在していると言う事だろうか。精霊も交配で繁殖するらしいし、男と女が居るんだろう。
だとしたら、この柔らかい感触も頷ける。
俺が久し振りに普通の状況で異性に触れるにしては、刺激が強すぎる。異性に優しいスタイルであれば「……まな板が」と切り捨てられるんだが、隙が出来てしまう。
別に貧乳が嫌いと言う訳ではない。だが貧乳にはトラウマがあるので嫌なだけだ。
貧乳自体にトラウマがある訳ではない。貧乳は悪くない。胸は個性だ。
だが、俺のトラウマの数々を引き起こしてきたそいつ――いや、あれと言った方が俺の嫌い度を表すには良いかもしれないが――は、俺の人生を語るためには必要な登場人物でありながら、最も思い出したくない人物であり、そして最も俺の記憶に焼き付くトラウマを植え付けた。
そいつがツルツルのペッタンコだったため、貧乳はそいつの事を思い出させるのだ。
「……そうか」
俺はクリアの手と身体が少し震えているのを見て、本当にそのシーンを想像してしまったんだろうな、と他人事のように思いながら、それだけを言った。
「……良い案だと思ったんだが、数量も限定してるしな。最終手段にしよう」
だが俺は独り言を呟く。
人気商品と言うのは、長く続いてこそだ。売れてもその日限りじゃあ金は稼げない。それに俺の『模倣』スキルじゃあ、物作りだと後出し後出しになってパクリと揶揄されかねない。全てをパクれる俺じゃあ、パクリ野郎と罵られて破綻する。その後は生活が儘ならなくなりスラム街みたいな場所で一生を過ごすに違いない。
「っ!」
すると、右手がいきなり強く握り締められた。……ちょっと痛い。クリアを見ると、パァ、と顔を輝かせていた。
……何だよ。
何かよく分からないが、嬉しそうだ。
「♪♪♪」
クリアはあろう事か俺の肩に頭を預けて上機嫌そうだ。……こいつ、本当によく分からないな。『観察』してもここまで謎なヤツは初めてかもしれない。