エセ勇者はイヤホンのために戦う
下らないことで怒る主人公、第一段です
「……ぶっ殺す!」
俺は怒りを露わに泥の巨人を睨み付けるが、どうすれば良いんだろうか。
「……とりあえず、死ねよこのクソ野郎がっ!」
俺は怒りに身を任せ、『言葉の兵器』を発動させる。今まで一番殺意と憎悪が込められた一撃だ。
勿論、視えない刃がアンファルを真っ二つにするが、泥だからか直ぐに元通りくっ付いてしまう。
「……風陣」
一見威力がなさそうな名前だが、その威力は『神風魔法』の一つなのでかなり強力だ。
風神と掛けられたこの魔法は、アンファルの足元(?)全域に巨大な黄緑色の魔方陣を展開すると、突き上げる風が巻き起こり、アンファルを蹂躙していく。
旋風に切り裂かれ、風に煽られて乾くアンファルは八割が一気に崩壊した。
だが自身の泥で地面の土を吸収し続けているアンファルは、直ぐに十二割程度まで大きさを取り戻す。
……チッ! もしもの時用に泥を蓄えていやがったか。
俺は忌々しげに舌打ちしつつ、既にこいつの攻略法を見出だしていた。
「……本当は火系統が良いんだが……。烈風竜巻」
何の捻りもない名前だが、さっきの風陣と同じく巨大な――いやそれ以上の大きさでアンファルから発生している泥の範囲全てにそれを広げる。
黄緑色の超巨大魔方陣から、竜巻が巻き上がった。俺が解除しない限り、一定の時間敵を蹂躙し続ける。
「……風牙輪」
更に俺は四つの魔方陣を同時に展開し、烈風竜巻の範囲外に出ている触手を切断する。……切り落とされた触手はただの泥の塊と化して落下していく。
一分程度経った頃、烈風竜巻は次第に威力を弱めていく。
そろそろ解除される時間らしい。
「……ふーっ」
俺は大きく息を吐き、全身に竜巻を纏う。
「ァ……」
アンファルは既に土の塊と成り果てていた。
烈風竜巻は切り裂く事も可能だが、やはり風なので強力な風を巻き起こす。切り裂き風を送り中までカラカラに乾燥させてやって、動きを封じたのだ。
「……これで、終わりだ!」
俺はヒビ割れ痛々しい姿になっているアンファルの頭上斜め上まで飛んで近付く。そして俺は左脚に風を凝縮させていく。
「……おらあああぁぁぁぁぁ!!」
俺は叫び風で加速しながら、ライダーキックのような蹴りを放つ。
左脚はアンファルの一撃をくらって痛みが残っていたが、そんな事はお構い無しだ。
だってこの野郎は、俺の貴重なイヤホンをぶっ壊してくれやがったんだからな!
俺の蹴りがまともに動けないアンファルの頭に直撃する。
泥だった頃の柔軟さが全く感じられない土の塊と化しているアンファルは、成す術もなく最高威力の蹴りをくらって崩れ去っていく。
「……敵は、取ったぜ」
俺は決して人間には見せる事のない穏やかな笑顔を浮かべて、落下しながら呟いた。
……あれ? 落下してる? まだ『風神雷神』は解いてない筈なのにな。そう言えば身体に力が入らない。脱力感と虚無感に苛まれている。
「……せめて、イヤホンと音楽プレイヤーだけは……」
俺はボーッとする頭で音楽プレイヤーとイヤホンを全て左ポケットに集中させ、最後の力で風を纏わせ防護する。
落下していく真下に、泉のようなモノが見えたのだ。何やら水だけの場所にしては不思議な光が漂っているが、適当に『観察』してから疲労からの眠気に目を閉じる。
……ああ、落ちていく。
俺の意識が掠れていく。
暫くして水に叩き付けられる。……痛いな。だがもう、眠い。
……ああ、沈んでいく。
俺の身体は水に叩き付けられた次の瞬間には泉に沈み始めて、俺は目を開けられなかった。
……眠い。何でかはよく分からないが、力が入らない上に溺死しそうなのに足掻く気力もない。ただただ、沈んでいく。瞼も重いしゴボッ、と水中で空気を吐き出し大量の水を飲み込んで苦しいのに、何もする気が起きない。
……ああ、冷えていく。
身を震わせる程に冷たい水だったのが、段々と温かくなっていく。いや、俺の身体が冷たくなっているのだろう。
瞼の裏から見える闇の明るさが、段々遠ざかっていく。
……ああ、死んでいく。
苦しさもなくなり、安らかささえ感じ始め、俺は自分の死期を悟った。俺が死ねば音楽プレイヤーとイヤホンを防護の風もなくなり俺と一緒に死んでくれる。俺と心中してくれるのは音楽プレイヤーとイヤホンだけと言う事か。こんな誰も居ない中でひっそりと死んでいくとは、全く。
俺らしい。