新たな幹部は魔王から任務を言い渡される
存在を喰われて薄くなった女性、フォビナは宿に置いてきた。最初はついてくる気だったようだが、俺が魔王城に住んでいると伝えると諦めたのだ。魔王城に彼女を知る人物がいると見ていいだろう。
とはいえ今は詮索する必要はない。行方不明になった有力悪魔のことをアンにでも尋ねられば一発でわかってしまいそうだが。
相手の嫌がることをしてはいけない。常識だ。
ただし、相手が魔王の敵でなければの話だ。
俺が一番に協力を取りつけるべき相手は、勇者一行と単独で渡り合うことのできる魔王。となると他のヤツの協力は二の次ということになる。優先順位が下がるわけだ。魔王よりも強いヤツがいれば話は別だが、今のところ確認されていない。滅茶苦茶強そうだった古龍も、おそらくあいつの手によって殺されているかなにかしているだろう。五体満足ってことはないと思っている。
フォビナについての現状の予想としては、一応魔王の敵対者ではない。ただし魔王軍である可能性は低いというところだ。
そもそも悪魔であるという情報すら信じるのは難しい容姿をしているが、魔王城城下町に来ていたのだから魔王の庇護を受けているのは間違いない。フォビナ自身の家や家族はここにないのか、それとも家族に認識されないことを良しとしなかったか。なんにせよ彼女は存在を喰われてから一番人通りの多い城下町に来た。それは彼女が他の大陸の都市を知らない、この魔大陸で生まれ育った者であることを示している。
ただ、それなりに有名な悪魔であっても魔王や幹部のところに行っていないということは、普段から関わりのある悪魔ではないのだろう。絶望した時に、もしかしたら幹部や魔王様ならという考えに至らなかったということは、そういうことだと思う。
まぁただの予想なので外れても構わない。予想を前提に動くといった愚かなことをするつもりもない。俺が来るまで絶望していたヤツを傷つけるような真似はしたくない。フォビナを気遣うと言うよりは俺がクズになりたくないという話にはなるが。
ともあれ、一旦彼女のことは置いておこう。魔王軍の重要幹部だったなら最優先にしても良かったが、そうでもなさそうなので放置せず時々様子を見に来るというくらいで。向こうもすぐの解決を望んでいないようなので、それでいいだろう。
「それで、昨夜はどこに行っていたの?」
「……いたの」
「いたのー?」
現実逃避に耽ける俺の思考が、身体を揺さぶられることで強引に戻される。なんの連絡も入れずに帰ってこなかった俺をメランティナが咎め、ニアとミアが真似をするという状況になっていた。
「……ちょっと色々あってな」
例えメランティナが相手であっても下手なことは言えない。悪魔みたいな姿をしていない有名な悪魔というだけで、おそらく特定できてしまう。彼女が仮名フォビナのことを知らないとは限らないのだ。
「また女じゃないでしょうね」
メランティナのジト目が更に細められた。……待って。なんで俺がハーレムモノ主人公みたいなこと言われてんの? いやまぁ確かにフォビナは女だけど。
「……間違ってはないが、そういうんじゃない。色々と事情があって面倒なんだ」
ただ後ろめたいことはないので正直に告げた。
「クレトがそこまで言うなんて珍しいわね。とりあえず、聞かないでおいてあげる」
メランティナはそこで引き下がる。有り難いが、余計な誤解を招きそうで怖いな。
「……だっこ」
「だっこー!」
「……ん、ああ」
双子姉妹にせがまれて、屈み二人を抱え上げる。両側から柔らかな頬で頬擦りをされた。
「……においしない」
「においしない!」
「……なんだそれ」
「知らない人の匂いがってことよ」
俺から知らない人の匂いがしないことを嗅ぎ分けたということらしい。……まぁフォビナは存在が薄いからな。匂いもないのだろう。俺はある程度感じ取ることができたのだが。
「お風呂入ってもわかるからね」
メランティナが釘を刺すように言ってくる。そこまでして隠そうと思うような関係のヤツいないんだが。要はそういう店に行くとバレるわけだ。
「クリアはいいけど、他はダメだから」
やや鋭い口調で更に釘を打ってくる。あいつとも保留になったし、もう候補になりそうな人はいませんが。というか俺とメランティナの関係ってなんて表現するのが正しいんだろうな。
「……きょうはいっしょ」
「いっしょ!」
両腕に抱えた二人から言われてしまえば断る理由などない。
「……わかった。一緒にいような」
言うと嬉しそうにしてくれる。だからこそ俺も甘やかしたくなってしまうわけだが。
「どうしてニアとミアには素直なのかしらねー」
メランティナからは皮肉を言われてしまったが。
◇◆◇◆◇◆
三日後。
俺は魔王様に呼び出されて謁見の間に来ていた。長い脚を組んで堂々と玉座に居座っている。
いつもながら玉座の横にはアンが控えており、他の幹部はいないようだった。
「……なにか用か?」
「簡単なことよ。お主が魔王軍の一員として協力してくれると聞いての。いよいよ妾自らがお主に指令を下そうというわけじゃ」
言ったのはもう少し前だったのだが。アンが伝えるまでもなく聞いていたとは思うのだが、指令の内容を決めるなど準備が必要なのだろう。いや、こいつのことだから事前に決めてはいたはずだが。自ら命令を出したいとかそういうことだろう。眠りに着いていたからその間空いたのだろう。
「本当なら幹部になった時点で部下を当てがうのじゃが、お主は特例中の特例。しかも人間となれば好き好んで下に就く者などおらぬ。まぁ、お主には仲間もおることだしそのままで良いじゃろう」
いきなり新しいヤツと組んでくださいって言われてできるほど人間が出来ちゃいないんですねぇ。俺にとっては有り難い。いや、フォビナのこともあるし段々改善されてきているのかもしれないが。とか言って調子乗ってやらかすのが俺なのでやらなくて正解。
「それに、聞いたところによるとお主はなかなか面白い玩具を持っているようじゃのう」
魔王の笑顔が嫌らしく変化した。……まさかPCのこと言ってるんじゃないだろうな。あれはやらんぞ。くれと言われたら全面戦争が勃発するまである。
「お主の創った、神のダンジョンコアを基にした巨大ゴーレムじゃよ」
なんだそっちか。
「……移動拠点として創ったあれをどう使うっていうんだ?」
俺の『模倣』を使うことで形を自由自在に変えられるので、戦闘に使えなくはない。ただ実践したことがないのでどこまで機能するかわからなかった。
「お主はディルトーネからコアを求めていると聞いておるのだろう? 神のダンジョンコアで創ったゴーレムの内側に、神のダンジョンと同じく装備を入手できる部屋を作れば大幅な戦力増強となるのは間違いない。……残念じゃが、妾が勝手に創ろうとしても無駄じゃったからの」
「……他人のモノ勝手に使おうとして使えなかったからやらせるってのは都合が良すぎないか」
「妾、魔王故に」
ドヤるなそんなことで。……イルミナにはできるかもと言っておいたことだしやれるかどうかは試すつもりだったが。あわよくば奪おうとしてたらしいヤツに提供するのとか遠慮したいんだが。
「故に、お主にやって欲しいことは神のダンジョンコアを使用して強力な装備品を獲得できるかの確認。あと新たな幹部として顔を広めるためにも魔大陸や他大陸の魔王軍が突き当たっている障害の解決を行うように。この時、移動は巨大ゴーレムを使うのじゃ。目立つモノがあれば強さを見せずとも幹部の噂が広まるからの」
魔王軍にとって幹部の数というのは重要な支柱となっているのだろう。強さもさることながら、軍の士気としても。だからこそ噂だけでも広める必要があると。
「……まぁ、実現できるかはまだわからないんだ。やってはみる」
「うむ。それで良い」
「……で、実際実力云々は置いておいて、人間の幹部ってのはどんな感じだ?」
「元々多種族共存してるからなんの問題もなし。……とはいかんの」
魔王は少し眉を寄せた。魔王城だけでも色々と陰口が叩かれているのかもしれない。
「魔王軍幹部というのは、ある種のカリスマですからね。魔大陸で生まれた生物以外が就くと反感を買うのは仕方のない部分ではありますが」
アンが嘆息して言った。彼女の耳にも色々と入ってきているのかもしれない。
「しかも『憂鬱』と『虚飾』の二つ持ちともなれば、一気に幹部最強とまで言われることにもなる。実際、イルミナとの戦いを評価する者は多い。だが、ただでさえ人間の幹部。面白く思わない者は少なくないというわけじゃ」
「……当然だろうな」
嫌ではあるが不思議ではない。
「というわけで、お主の人望獲得のために奔走してもらおうというわけじゃ」
人望なんて俺が獲得できるわけないだろ。いや、クレトは無理でもあいつならいけるんじゃ?
「……詳細な任務内容と、もう一つ欲しいモノがある」
「任務の詳細はアンにまとめさせておく。で、なんじゃ?」
魔王は聞き返してくる。……アンは「えっ? まだなにも聞いてないんですけど?」みたいな顔してるんだが。苦労人だな。
「……素顔を隠せるいいアイテム持ってないか?」
「うん? 隠す?」
俺の質問に魔王がきょとんとしていた。
「……ああ。魔王城内は兎も角、まずは正体を隠しておいて評判を高める。次に、ちょっとずつ正体が人間っていう噂を流す。これで受け入れさせるってのがいいと思う」
「ふむ……。まぁ妾としては、お主が働いてくれるのであれば問題はない。アンはどう思う?」
「私も構いません。隠さずとも問題はないと思いますので、クレトさんのやりたいようにやっていただくのが良いかと」
二人からの許可が下りた。
「……で、なにか持ってるか?」
「うむ。確か宝物庫に良いモノが……おぉ、あったあった! 長い間使われていなかったが、それで錆びるような代物でもないじゃろう」
改めて尋ねると二人共考え込んでいたが、魔王がなにか思いついたようだ。虚空に手を突っ込むとなにかを引っ張り出す。
彼女の手に握られていたのは、黒い仮面だった。形状はどこか狼を模したようであり、目の部分だけが青色になっている。
「ま、魔王様!! それは魔大陸の秘宝では!!? 神が世界を創りし原初より存在していたザレの力が込められているという……!!!」
アンが大きく動揺していた。……そんなヤバい代物なのかそれ。日曜朝に変身する仮面を被っている人達の敵キャラみたいな見た目してるのに。
「大丈夫じゃ。ザレの力を引き出せるようなことはあるまい。なにせ妾も方法がわからんからの」
魔王は笑っているが、それは盛大なフラグなのではと思わずにはいられない。
「顔を隠すだけなら他にもあると思いますが?」
「もしザレの力を解放できたなら大幅な戦力増強となるじゃろう? そうなれば魔王軍も万歳、クレトも妾に感謝して然るべき。つまり妾も万歳というわけよ」
万が一力を引き出せたとしても俺に貸しを作れるからいいってか。このクソ魔王め。
「顔に装着すれば頭が覆われる。フルフェイスの仮面というわけじゃ。因みにこれまで装着した者は死んでおるからの」
「……笑顔で言うことじゃねぇだろ。なんで死んだんだ?」
「知らぬ。妾は死者の記憶を読み取ることができるが、装着した瞬間に頭が消し飛んではなにも得られぬ。尤も、角があるから大抵の者は装着すらできんがの」
軽口で済まされないぞ。……というか魔大陸で生まれたモノなのに悪魔や魔人が装着できない仕組みになってるとか矛盾してるだろ。
「……一応その仮面の由来とザレってヤツについて聞いていいか?」
「良かろう。そもそもザレが何者かというところから。ザレというのはアンも言ったように神が世界を創った、世界の始まりから存在している原初の生物の内一つじゃ。原初から存在していた生物は人、鳥、蛇、狼、龍の五種。中でもザレは狼の祖として最も早く創られた存在だった」
この辺りは元の世界と全然違う。まず地球が出来て、生命が誕生し、その進化樹の過程で類人猿が生まれるわけだが。
「ザレは黒毛に青色の瞳をした、一見小さな魔物じゃが。その力は凄まじく、全盛期の妾でも倒せんほど。毛皮ある獣全ての祖とも言える存在じゃからの、当たり前じゃ。特殊な能力をあまり持たず、爪と牙で敵を殲滅できる力を持っておった。知性を兼ね備えたザレに目をつけた妾は、前回の戦争でも手を借りようとしたが断られてしまったの。勝ち負けはどっちでも良かったようじゃ。自分の縄張りが荒らされなければの」
超強い魔物だと思っておけばいいか。どちらかと言うと神獣味はあるが。
「……そんなザレがなんで死んでるんだ?」
「まぁ、色々とあっての。嫌気が差して自ら命を絶ったのじゃ」
深くは話さなかったが、余程重い事情があるのだろう。
「妾にはどうすることもできなかったのでな。止められぬとわかってなんとか力だけでも遺してくれぬかと頼み込み、ザレ亡き場所に現れたのがこの仮面というわけじゃ。おそらくザレの意識や想念は遺っておらん。ただ力だけの塊というわけよ。ただし、ザレの力には及ばんと思うがの」
なんにせよ、その仮面を装着できれば途轍もない力が手に入る、かもしれないと。しかも命の保証はないと。……顔隠すだけにしては大袈裟じゃね?
「まぁ今は持っておくだけでも良い」
魔王に言われ、装着しなければいいだけの話だしなと思いつつ仮面を受け取った。
「……っ!?」
仮面に触れた瞬間、なにかが自分の内側を駆け抜けていったような感覚がした。かと思うと青黒いオーラが仮面から立ち上る。外側になるにつれて青から黒へ変化していくような色合いだ。
「これは一体……?」
「ほう」
驚くアンと面白いとばかりに笑う魔王の前で、オーラを纏った仮面が俺の方へ飛んできた。……あの、フラグ回収早くない?
予想以上の速さに避けられず、仮面は俺の顔の表面に張りついた。思わず目を瞑ってしまう。念のため復活できるように構えておく。かしゅっという音が聞こえたかと思うと仮面がヘルメットのように俺の頭をすっぽりと覆ってしまった。
……俺死ぬの? というか今の俺が反応できないとかどんな速度で飛んできてたんだこの仮面。化け物かよ。
呆れつつもあまり焦りはなかった。頭を潰されるだけなら生き延びることはできるからな。
『目を開けよ』
耳元から声が聞こえてきてはっとする。だが気配は魔王とアン以外存在しない。声で性別が判断できない。少なくとも人ではなさそうだが。
『目を開けよ』
再び声が告げてくる。どこか威厳のある声ではあるが、感情は感じられない。抑えているのかないのかはまだわからないな。
『眼を開け。瞼を上げよ』
表現を変えてきた。言語能力もあるようだ。なぜかまだ死んでいないが、目を開けたら死んでしまうかもしれない。見ると即死するなにかが映っているとか、可能性は捨て切れない。
『殺さぬから早よ目を開けよ』
なぜだろう、若干呆れが混じっている気がする。まさか思考が読まれているわけでもあるまい。そう言って油断させたところを、というのはよく聞く話だ。残念ながら俺は人と話す機会に恵まれていないので聞いたと言ってもネットでの情報になるのだが。
『……うぬは随分と寂しい人生を送ってきている』
余計なお世話だ。じゃなくて、これはもう完全に心を読まれているのでは? プライバシーの侵害が著しい無法地帯なのでは?
いや、落ち着け。真面目に冷静に思考を回せ。俺はザレの仮面を被った。今の状況はよくわからないが、身体は動かせるか? よし、動かせる。なら装着された仮面を外すことも可能なはずだが……外れないんだけどこれ。『液体化』して無理矢理脱ぐこともできないし。
『故に、目を開けよ。安心せよ、命は取らぬ。命を取る条件を満たしておらぬ』
やはり頭の中で会話してしまっている。考えられる正体は一つだが、魔王は意識は残ってないとか言ってなかったか? あいつまさか嘘吐いて嵌めたんじゃないだろうな。
考えていても埒が明かない。俺はゆっくりと目を開いてみた。いい加減話を進めなければ。
「……」
視界は青かった。だがやがて俺が普段見ているような色彩豊かな世界に変わり、仮面を被っているはずなのに聴覚と嗅覚、触覚がよく働いている。むしろ世界がより鮮明に感じられた。
そんな俺の立っている場所は、果てのない草原だった。見渡す限り木のない大草原。
そして、俺の目の前に黒い狼が座っていた。濡れたような艶やかな黒毛に光を帯びているかのような青色の瞳。大きさこそ俺の知る狼に近いが、身に纏う雰囲気が違っていた。見た目のカッコ良さ、美しさとは別に神々しさにも似たモノを感じる。特に不思議だったのは、じっと見つめられているのにいつものように逸らそうと思わなかったことだ。なぜだか、嫌な気分にならず気まずいとも考えない。落ち着くと言ってもいい。
「不思議な者だ。狼ではなく、狼でもある。余の条件を突破する者が現れるとは」
狼の方から声が聞こえてくる。ということは、この狼こそが仮面を生み出したというザレ。
「その通り。余こそ、世界で最初に創られた獣、狼の祖ザレである。崇め奉れ、とは言わん。既に死した古きモノ故」
意外にも尊大ではなかった。そこがあの傍若無人魔王との違いか。あいつは「幹部にしたのだから妾に従え」という雰囲気だったし。
「それだけならまだ良い方だ。完全復活を果たした彼奴はその比ではない」
あれより酷いってなんだよ。有無を言わさず強制させるってことか? とんでもねぇな。
「魔王は己が持つ力を使い、大罪を実行、他者に強制できる。いくらうぬと言えど逆らうことはできぬ」
そこまでか。とはいえ俺が強制させられる大罪なんてないだろうし、きっと大丈夫。大丈夫だと信じたい。
「さて、魔王の真意など余は知らぬ」
ある程度予想しているような雰囲気ではあったが、教えてはくれなかった。まぁザレにもそこまでする義理はないか。
「灰原暮人。事情は知っている。顔を隠すのに余の仮面を使いたいそうだな」
話題が切り替わる。……まさか本名が出てくるとは。これは、今の心内だけじゃなくてこれまでのことも読み取られてるって考えた方が良さそうだな。
「うぬの生は仮面を被ったその時に把握している。異世界からの迷い人とは珍しいことこの上ない。所持しているスキルも随分と稀有だ。『虚飾』を司るだけはある」
アンからも聞いていたが、『虚飾』はそもそも候補になること自体が稀らしい。その特性上仕方がないとはいえ。
「しかしうぬは『虚飾』の範囲に入っている『模倣』を封じられてしまうと大半の能力を封じられるも同然のようだ。故に発動していないようだが、余の仮面を手にしたからには『模倣』がなくとも充分戦えるだろう」
結構な手札の数が魅力なのだが、それを補って余りあるメリットがあるのだろうか。というか、もう仮面を手にした扱いなんだな。
「余の設けた条件は、狼であることと、狼でないこと。この条件を満たす者は現在うぬを含めて二人しかおらぬ」
なんて意地の悪い条件なんだ。いや、それだけ仮面を装着させる気がなかったということか。
俺以外に該当しそうなヤツと言うと……誰だろうな。
「うぬも知っておる。同じ異世界から召喚された者。人でありながら『一匹狼』と『孤狼』を持つ緒沢結香」
ああ、あいつか。最近見てないから記憶に残っていなかった。確か雷と風の徒手空拳で戦うスタイルだったはずだ。今は勇者一行として華々しく活躍している頃だろうか。
「余の条件を突破したからには力を貸してやらなくもない。ステータスの強化のみではあるが、充分戦えるだろう。元々うぬはステータスが高い方だ」
ステータスの高さでごり押せるくらいにはなれるということか。と言っても今とそう変わらない。結局のところ俺は複数のスキルを使うことでごり押ししているだけだからな。スキルを組み合わせて工夫を凝らすとか一切していない。
「『虚飾』を解放した後の利を確認しておくが良い。では、余はこれで失礼する」
必要なことは言ったのか、ザレはそう言った。俺としても死なずに強化されるなら利点しかないし、仮面を貰うのは吝かではない。
ただ、最後に聞いておきたいことがあった。
「……」
なんだと聞かないのも当然か。心が読まれているなら、俺が思いついた時点でわかってしまう。
あえて頭に浮かべるのなら、二つの疑問だろう。
ザレはなぜ仮面に残留思念? を残したのか。
意思があるならなぜ俺を拒絶しないのか。
「……下らぬ。どちらも似たようなモノだ。そして、うぬは答えを思い浮かべている」
ザレは言うと青い瞳を閉じた。
俺が思い浮かべた、となるとやはり絶望し切れなかったということだろう。絶望があったとしても、希望が消え去るわけではない。なにより魔王より早く生まれたザレは清濁どちらも理解してしまう。
「もう一つ、うぬに言っておこう」
ザレが声を発した。
「祖とは、全ての始まり。余から全ての狼は始まった。故に余にとっての狼とは、我が子同然。力が欲しくば余を喚ぶが良い」
言い切った途端、意識が一瞬途切れる。それからは魔王とアンがいる謁見の間に戻ってきたようだ。
……なんだったんだ、最後の。ラノベ的脳内変換だと「余のことを母親だと思って、いつでも頼るが良い」って感じか? いや、性別とか知らないけど。
流石にそれは要約しすぎだとしても、無碍にするつもりはないらしい。後は実際にどう強化されるかだが。
「……クレトさん? 死んでいないなら返事をしてください!」
「そう焦らずとも死んではおらん」
「……みたいだな」
どれだけ時間が経っていたのかはわからないが、声を出す。驚くのがよくわかった。
「おぉ、流石はクレト。やはり生きておったか」
「……ああ。とりあえず、装着は問題なさそうだな」
「よ、良かったです。新たに加入した幹部がまた減るんじゃないかと……」
「クレトなら大丈夫と思っておったぞ。これで妾への貸しが増えたの?」
「……ああ。勝手にコア奪おうとしたのが帳消しになったな」
「むっ!?」
「クレトさんの言う通りですよ、魔王様。人のモノを奪っておいて、図々しい」
「おい、お主はどちらの味方じゃ?」
「私は客観的に見て正しい方の味方です」
「それでも魔王補佐か!」
「流されるだけの補佐が欲しいなら代えてもいいですよ」
「うぬ……っ」
アンはおどおどしている部分もあるかと思っていたが、魔王を言い負かしていた。ある程度抑制できるヤツじゃないと務まらないだろうからな。普段『傲慢』でなくとも譲れないところはあるか。
「そうじゃ。クレトよ、ザレの力は引き出せそうかの?」
魔王はあからさまに話題を変えた。
「……強化はされてるみたいだな」
自分の身体を見下ろすと、青黒いオーラを纏っている。仮面を装着している間は常時強化されるのだろう。
強化の詳細は後で確認しておくとして、これで謎の仮面を被った幹部が誕生したわけだ。これなら顔バレせずに動ける。まさか“外套の剣士”様から着想を得るとは思わなかったが。
「なら良し。ザレもお主なら悪い気はせんだろう。任務の詳細は追って伝える。精進せよ、妾のためにな」
魔王はそう言って話を締め括った。
横暴な物言いではあるが、これ以上なにもしないでいるとニートになりたくなってしまいそうだったので、ある程度の仕事は必要だ。いずれ仕事もなにもない状態になってのんびり過ごしたいが、そのためにも働こう。
アンから任務の詳細が届くまで、俺はとりあえずゴーレムを拠点として成立させる必要があるかと思い、部屋に戻るのだった。




