ぼっちはぼっち故に一つの手がかりを発見する
ミスティ、ユニ、ナヴィと話をすることができた。取り急ぎやろうと思っていたことはこれで済んだだろうか。
PCでアニメ観ながらのんびりしてもいいのだが、折角だからこの魔大陸というモノを把握してみるか。
人間側で言うところの暗黒大陸には、太陽? の光がない。だから一日中夜のように暗く、しかし魔力などによる明かりによって昼夜を判別できるようにしている。人間と戦争をする時に、時間帯によって相手の行動が変わるので、向こうに合わせる形にしたというのが始まりだ。人間は貧弱なので一日に一度は睡眠による休息を必要としてしまう。夜目が全員利くわけではないので夜は行動しにくい。という方に合わせているようだ。
なので、人間よりも頑丈で逞しい魔大陸の人々は、一日という概念が薄い。人間で言う一日を五割増し、十割増し周期で活動しているようだった。睡眠時間が倍になるということもないようなので、単純に人間よりも長く動き続けられるということのようだ。……いや、マジで人間勢というか、勇者一行はよく前回の大戦で勝てたよな。
俺は時間感覚が狂うのも面倒なので人間と同じ周期で生活している。特に問題はないが、どうやら店の休みがこの日という決まりが存在しないため、やっているかいないかが店主の生活リズム次第になることくらいか。とはいえ、今の今まで城の外に出たことはないのだが。
ということで、折角の機会に城の外を回ってみようと思う。
特に誰かを連れて出たわけではないので、少し久し振りな気がする独りの時間だ。
魔王城の城下町。暗黒大陸の名に相応しくないほど賑やかで活気のある街だ。人混みに『同化』して、人とぶつからないようにすいすいと歩いていく。
人間の活動時間を計る目的で、魔大陸にも時計が存在している。現時刻は六時半ちょい前。人間の俺としては夕方なので折角だし魔大陸特有の食べ物とか食べてみるか? とも思うのだが。粗方魔王城で食べたような気がしなくもないので、物珍しく思うようなモノはもうゲテモノが多そうだった。
空腹を感じているわけではなかったのでしばらく城下町を歩いてみたのだが、本当に数多くの種族が暮らしているようだ。悪魔や魔人といった魔大陸特有の種族はもちろん、獣人やエルフらしき種族もいた。俺がまだ出会ったことのない種族も多い。正確にそういう種族かどうかはわからないが、魚人やドワーフといった種族もいそうだ。他種族だけでなく人間もいることを見ると、魔王の多種族共存という道はここにおいては実現できているようだ。
ただしユニの話もそうだが、人は簡単なことで他人を傷つける。利益、保身、趣味……理由はなんでもいい。人は人を傷つける理由さえあれば平気で他人を傷つけられる生き物だ。そしておそらく、それは人間だからではない。知的生命体である限り逃れ得ないモノなのだろう。だから魔王も理想は理想だと知っているはず。戦争のきっかけが人間にあったとして、魔大陸側が同じことをしないとは限らないのだから。魔王はその特性上、間違いなく理解しているはず。だからこそ自分の守れる範囲、魔大陸だけでも平和にしようと試みているのだろう。
人間は裏切り者かもしれない。悪魔であっても人間に組する者もいるかもしれない。戦争のいざこざに紛れて魔王と勇者両方を殺すつもりかもしれない。そういった疑念が尽きることはない。
世界が真に平和になる時があるとするならば、それはきっと全世界の人々が争いに疲弊して嫌気が差している瞬間だろう。全人類が漏れなく平和の大切さを知ってからでないとならない。
というのは、まぁ戦争を経験したこともないガキの言い分だが。
……とりあえずは、平和そのモノだが。この平和が勇者一行の手によって破壊されていくわけだ。あの勇者サマは、果たして覚悟を決められるんかね。
聖女ことメフィストフェレスが傍にいる限り、なんらかの誘導を受けていきそうな気はするが。最終的に決めるのはあいつ自身だ。精々バッドエンドにならないよう頑張って欲しい。俺は俺のバッドエンドを回避するために忙しいので。
「……?」
しばらく街を歩いていると、ぽつりと冷たい雫が頬に当たった。雨の予兆はなかったのだが、と空を見上げると雨雲もないのに雨が降り出す。……魔大陸には雲のできる気候がないのか? だからなにもないところから雨が降っている、と。だとしても急すぎる。予兆がないと傘持ってくるとかできないんですけど。
とか考えている内に大雨になってきて、すぐびしょ濡れになってしまう。周りの人も慌てて雨宿りをしようとしていたり、準備のいい人が傘を取り出したりしている。
今から雨宿りしてもずぶ濡れには変わりないし、適当な宿にでも入るか? 流石に店に入るには失礼な状態だろうし。魔王城に戻ってもいいが、ずっとこのまま歩いていくのも面倒だしな。
どうしようか、と思っている内に人がかなり減ってしまっていた。中に入ったり雨宿りしたりしているからだが、どうしようかと思って辺りを見回してみると、目についたモノがあった。モノというか人のようだが。
「……?」
傘も差さず、土砂降りの雨の中突っ立っている女性がいた。
それだけなら俺もあまり変わらないので気に留めないが、一つだけおかしな点がある。
大雨の中にいながら、一切濡れた様子がないのだ。雨が女性を透過している。よくよく見ると存在が希薄で背景が透けて見えていた。
俺が注視していると、丁度傘を差した人が女性のところを通った。が、一切気づく様子はなく干渉もせずに通りすぎていった。……なんだあいつ。
魔力も気配も限りなく零に近い状態で、魔大陸の植物の方が魔力を持っているのではないかとすら思うくらいの弱さ……いや、希薄さと言うべきか。
――ミスティ?
俺は心の中で契約している精霊に呼びかける。
『なに? そこにいるヤツなら私には見えないわよ。クレトの契約者だから辛うじてそこになにかいる、くらいには感じ取れるけど』
俺が尋ねたいことを先読みして返答してくれた。……精霊であるミスティにも見えないのか。ミスティと出会った時、他の人には見えないとかなんとか言っていたから、精霊ならワンチャンあるかと思ったんだが。
――幽霊とかそういう類いだと思うか?
『さぁ、どうでしょうね。幽霊でないことだけは確かだけど。霊体というだけなら私達精霊にだって感知できるはずよ』
なるほど。つまり霊体ではなくただただ存在が希薄なだけと。なにその俺みたいなヤツ。……あぁ、そうか。俺が見えてるのって、俺が存在すら認知できないように『同化』できるからか。つまりあいつは今の俺と同じくらいの程度にいるということになる。だが俺と同じスキルを持っているようには見えない。意図して溶け込んでいる、存在を薄くしているならあんな風にどんよりとして空気を身に纏ってはいないだろう。
女性の風貌はミスティにも見えていないようだが、喪服のような漆黒の装いを纏っていた。髪も黒く腰まで届くほど長い。前髪が顔の左半分を隠してしまっているようだ。変わりと言ってはなんだが、生気がないほど肌が白かった。瞳も黒いが虚ろで隈も出来ている。幽霊でなかったらなんだというのだろうか。
装いもアクセントが少なく地味な印象を受けるが、グラマラスな身体つきをしている。逆に言えばそこに目がつきやすいくらいには印象が薄い。俺と似たような、と言うと失礼か。俺には人の目を引くような特徴がないからな。だからこそより『同化』しやすいのだが。
さて。じっくりと『観察』してみたが見た目上悪魔っぽくはない。どういう種族かもわからない。存在を操るというと神族が該当するが、神族ならもっと存在感があるような気はする。少なくともあんな世界に絶望したような状態にはなっていないと思う。
問題はなにか行動をするかどうか、だ。
どうやら現時点であいつの存在を認知できているのは俺だけだ。あの様子だと今日だからここにいるというわけではないのだろう。ずっと誰とも関われていなくて、存在を無視され続けてしまう。意図していないモノだとしたら精神的苦痛がするだろう。
人間に姿が近いのに人間であるとは思えないのだが、魔大陸の者なら助けておいて損はない。魔王軍幹部関係者なら思いも寄らないコネが手に入るかもしれない。のだが、誰かにやられたのだとしたら必ず敵が存在していることになる。つまり厄介事を招き入れることになるのだ。
「……」
少し考えた後、俺はそいつの方に近づいていった。
俯き気味に呆けている彼女の目の前で立ち止まり、真っ直ぐに見下ろしてみる。すると目の前で立ち止まった俺に気づき、ゆっくりと顔を上げて目を合わせてきた。だが目に光が宿ることはない。もし長い期間この状態になっていたとしたら当然の反応だ。偶然自分を認識したと思ったら実は勘違いだった、とかありそうだ。そのせいで期待できなくなってしまっている。ということは、俺から話しかけるしかない。
「……お前、何者だ?」
なんて声をかけようか迷った結果、そう尋ねることにした。
「……っ」
真っ直ぐに目を向けて話しかけた俺に、ようやく彼女は自分が話しかけられていることを自覚し、驚いて目を見開く。光のない黒の瞳に一瞬光が宿ったかと思うと、涙が溢れ出てきた。彼女の瞳から流れ出た涙は地面へと滴り落ちて、雨とは混じらずに弾ける。完全に世界から拒まれているようでありながら、地面には接することができている。非常に危うく、薄氷の上に立っているような状態だ。
「……とりあえず、お前と違って冷たいから宿行っていいか?」
彼女が泣くばかりで声を上げなかったので、場所を移すことにした。……まぁ感情が動きすぎて話せる状態じゃないのも当然か。
「……ぁ、はいっ!」
声を出すのも久し振りなのか、震える声でただとても嬉しそうにはにかんで、彼女は頷いた。いきなり男に宿へ行くことを提案されて深く考えずに頷いてしまうくらいには、追い詰められていたのだろう。俺にはそういう下心はないんだが。一応コネが出来るかもという下心はあるので似たようなモノか。
というわけで、とりあえず彼女を連れて宿屋を探し入ることにした。ただし他の人には彼女のことが見えていないので、俺一人分の金額になるようだ。
移動中ミスティに尋ねてみたところ、俺が話しかけたことでようやく姿が視認できるようになったらしい。どういう理屈かはわからないが、それはこれから聞く彼女の話で多少なり明かされるだろう。
雨宿りのために入ったのでタオルをくれたのだが、流石に全身ずぶ濡れだったので一旦シャワーを浴びてくると言って温かいシャワーを浴びて置いてあったバスローブ? に身を包んだ。
「……じっくり話のできる状況になったことだし、事情を聞いてもいいか?」
女性がベッドに腰かけたので、俺は椅子に座って尋ねる。
「は、はい……。その前に、少し聞いてもいいですか?」
女性が俯き気味にこちらを見てくる。わざとやっているわけではないようだが、上目遣いになっていた。
「……なんだ?」
「えっと……私のこと、知らないんですよね?」
「……? ああ」
彼女の問いに、俺は頷いた。するとどこかほっとしたように息を吐く。……どういう意図の質問だ? まるで自分の素性を知られたくないというかのような……。『観察』を最大限に活かして探ってみるとするか。あまり露骨にならないように注意して。
「……知らないと不都合か?」
「い、いえ! むしろその、好都合と言いますか……いえ、なんでもないです」
俺が彼女のことを知らないというのが嬉しいようだ。これは思っていたよりも厄介なヤツを拾ってしまったかもしれない。余程の事情がなければ自分のことを知らないで喜ぶ人なんていない。悪評でも広まっていなければそうは思わないだろう。
「……とりあえず色々事情を聞こうと思うんだが、種族は?」
「わ、私は悪魔です。見えないかもしれないんですけど……」
「……まぁ、角とか翼とか尻尾とかなさそうだからな。なら、なんの悪魔だ?」
「そ、それは……」
「……言えない、いや言いたくないか」
「は、はい。ごめんなさい」
こいつが悪魔だと言うのなら、当然のことだろう。ディルトーネから聞いた話では悪魔とは「〇〇の悪魔」というのが個体名称になって、そこから固有の名前がつくかどうかで格差が出るらしい。要するに、悪魔にとってどんな力を持っているかはそいつのアイデンティティに等しいわけだ。
しかし炎の悪魔とか水の悪魔とかなら数が多いと思うので、かなり有名な悪魔ではあるのだろう。俺が魔大陸事情に詳しくないせいでピンと来ないが、最近見かけていない有名悪魔なら該当してしまうのかもしれない。言えないということは、言ってしまえば素性がバレてしまうということでもあるのだ。
「あ、あなたも悪魔には見えませんけど……?」
「……ああ。人間だからな」
「に、人間!? 珍しいですね、城下町に最近来た人間なんて」
驚いてはいたが、それで反応が変わることはなさそうだ。その上で自分のことを知らないという情報から最近来たということまで理解している。おどおどしていて自信なさげだが、バカではなさそうだ。
「……まぁな。それより、悪魔だったら今のその状態はなんだ? 存在の悪魔とかそういわけじゃないのか?」
「えっと……それを説明するのはちょっと難しいんですけど、今の状態は私の能力によるモノじゃないんです」
推測はしていたが、事実確認が取れた。
「……じゃあ、どうしてそうなった?」
俺が尋ねると彼女は少し逡巡して、ゆっくりと話し出す。
「実は、敵に襲われてしまって、それで存在を喰われてしまったんです」
「……存在を喰われた?」
「はい。私も詳しい理屈まではわからないんですけど、そういう能力を持っているようでして……。それこそ、存在の悪魔みたいな相手でした」
存在を喰う悪魔、か。みたいってことは悪魔でない可能性もあるんだな。とりあえずそういう能力を持つヤツがいて、こいつを襲ったと。……なんかこの時点である程度推測できてしまうような気はするが、とりあえずもう少し話を聞いてみよう。
「……それで、存在がほとんど奪われて見えない触れられない状態になったわけか」
「はい……。持っていた魔力もほとんどなくなってしまって、声をかけても相手には届かないし、触れないから気づいてもらうことができなくって……」
そうして意気消沈しているところを、俺が発見したというわけか。
「そ、そういえば! ど、どうして私が見えてるんですか?」
「……多分だが、スキルで似たような状態になれるからじゃないか? それ以上のことはわからないが」
「そうですか……」
「……存在を喰われたってことは、元々持っていた能力も使えないのか?」
「は、はい。悪魔にとって存在とは、力と密接に関わってるモノですから」
「……因みに存在が喰われたから翼とかがないわけじゃないんだよな?」
「はい。角とかは元から、生まれた時からなかったんです」
少しだけ彼女の表情に陰が差した。本来あるはずの特徴を持って生まれなかったとなると色々あることは容易に想像できる。あまり深くは突っ込まないでおこう。他人の事情には深く入り込まない、浅い人間関係を広めるコツである。……いや俺はぼっちなので浅い人間関係すらなかったんだけど。
「……わかった。で、次に聞きたいんだが。お前を襲って存在を喰ったってのはどんなヤツなんだ?」
「えっと……悪魔みたいな見た目をしているんですけど、私の知る中にはいない悪魔でした。というより、多分悪魔じゃないと思います。なんて言うか、根本的に私達とは違う感じがしたので」
……うーん。この時点で心当たりがあるのが奇妙な縁と言うかなんと言うか。
「その敵は、メフィストフェレスと名乗ってました」
やっぱり。
なんとなく察してはいたが、まさか本当にそうだったとはな。いやまぁ、悪魔っぽいけど悪魔じゃなさそうなヤツって言ったらあいつしか思い浮かばなかったもんな。しかも存在を、ってところが肝だ。あいつは本来の姿がメフィストフェレスだとして、聖女という全く違う姿を持っている。あれが仮に聖女の存在を被っているのだと仮定すれば、存在を喰らう能力というのも納得がいく。
「……あー、あいつな」
「し、知ってるんですか!?」
俺の呟きに、彼女がぐいと顔を近づけてくる。近いので少し仰け反った。
「……ああ。なんやかんやあって、俺の敵でもある」
「そうなんですか! 良かった、私を見つけてくれた人が私の敵じゃなくって……」
少しほっとした様子だった。最悪の場合も想定していたのかもしれない。とはいえ俺が敵だろうが味方だろうが、他に話せる相手がいない以上話すしかない状況ではあったのだろうが。
「……となると、破滅の悪魔か?」
「えっ!? い、いえ、違います……。私と戦った時もそうですけど、多分ノクアレスさん、破滅の悪魔さんの存在を喰らって力を得たんだと思います」
驚いていたが、否定されてしまう。俺が持つ情報で鎌をかけてみたが、外れてしまった。残念ながら俺が知る中だとそいつぐらいしかないので見当もつかなくなってしまったな。だがこれで、俺がメフィストフェレスを知っているという確定情報を与えることはできたはずだ。
「……それで、俺としてはここが一番の問題なんだが」
話題を変えて一歩踏み込んだ質問を投げかけてみる。
「……存在を取り戻したいって気持ちはあるのか?」
俺の質問に彼女は少し言い淀んでいた。それこそが俺の懸念である。
「……その、取り戻したい気持ちは、あります。でも、今すぐじゃなくても、いいかなって」
結局彼女の答えはそういったモノだった。
「……わかった。とは言っても、今のままじゃできることも少ないだろ?」
「それはそうなんですけど、今じゃないとできないことがあるんです」
「……それやって満足したら、取り戻したいってわけか」
「は、はい……」
贅沢なことだが、ヒトとは得てしてそういうモノだ。悪魔もそう変わらないのだろう。
「あの、あなたは私の存在を取り戻させたいんですか?」
「……ああ。俺だってずっといるわけじゃないし、このままだと困るだろ?」
「それは、そうですね」
表面上は納得してくれたようだ。……気になるのは今じゃないとできないこと、だよな。わかっている情報を並べても、本来の能力を失っていないとできないこと、存在を喰われながらも今までやっていなかったということは間違いなく俺の協力が必要なこと、だとは推測できるが。
「……とりあえず、今の状態でやりたいことってのを聞こうか」
「いいんですか……?」
「……ああ。多分だが、俺が手伝う必要はあるんだろ?」
「は、はい!」
勢いよく頷いていた。
「あ、でも、私だけお願いを聞いてもらうのも不公平ですよね……。あの、私になにかできることはありますか? 私にできることなら、なんでもやります」
“なんでも”、ねぇ。じゃあ遠慮なく俺の要望を伝えさせてもらうとしましょうか。
「……じゃあ、俺の敵を倒すのに協力する、ってのはどうだ?」
「敵? メフィストフェレスですか?」
「……いや。あいつはお前の存在を取り戻す過程、若しくは取り戻したとしても仕返しに倒すかもしれないだろ。もっと強い、厄介なヤツだ。俺は、なんて言うか、相性の問題で絶対勝てないからな」
「? まぁそういうこともありますよね。いいですよ、力を取り戻せたら協力します」
幹部でないにしろ悪魔の中では有名だった破滅の悪魔をさんづけで呼ぶくらいだ。しかもメフィストフェレスが狙ったということは、かなり強力(または悪質)な能力を持つ悪魔に違いない。協力を取りつけておいて損のない相手だろうとは思う。ただ約束したからには、俺も相手に協力しなければならないのだが。
「……で、お前の願いって?」
「あ、はい。その、不躾なお願いなんですけど……」
もじもじと身体を揺らしながらこちらを窺うように視線を送ってくる。
「わ、私と一緒に寝てくれませんか……?」
「…………」
ふむ。一体どういう意味だろう。
「……え、えっと、その、今まで私、誰かに触れていたことがあまりなくて! それでその、今なら能力も発動しないですし……」
俺が無言だったからか言葉をつけ加えてくる。……つまり元々持っていた能力は、触れるだけで相手に影響を及ぼせるような能力ってことか。それにしては手袋をしていないが、意味がないのか違う理由かはわからないな。
「……なるほど。とりあえず、見えはするが触れられるかどうかまではわからない。手を出してくれるか?」
「は、はいっ……」
彼女は恐る恐る手を差し出してきた。能力が使えなくなっていると理解していても、不安に思う部分はあるのだろう。どんな能力が発動しても即座に腕を切り離せばなんとかできるので、俺はすっと彼女の手を掴むように動かした。
妙な緊張感が漂っていたが、俺の手は彼女の手に触れることができた。
「っ……!!」
確かに手を握ることができたからか、彼女は瞳を潤ませて涙を溜めている。その上でなんの能力も発動していないようで、俺の手にはなんの影響もなかった。
「……問題なさそうだな」
「は、はい……。良かった、良かったです……っ」
彼女はぼろぼろと涙を流しながらこくこくと頷いている。なんの問題もなく触れられるというのは存在が喰われる前から叶いづらいことだったのだろう。だから感動もひとしお、と。
「……そういや、お前のことはなんて呼べばいいんだ? 名前からバレる可能性もあるから、無理にとは言わないが」
「あ、そうですよね。えっと……じゃあ、私のことはフォビナと呼んでください」
彼女――フォビナはそう言った。おそらく本名ではなく名前をもじったのだろうが、元がわからないので意味はない。
「……わかった」
ということで、彼女が落ち着いてから宿屋のベッドを借りて抱き合ったまま眠ることになった。いかがわしくなりそうな状況だが、互いにその気がないのでただ触れ合うというだけの行為でしかない。
「もう少し、強くお願いできますか?」
香りという存在感が薄いので妙な感じではあるが、なにも考えず寝て過ごそうと思っていたところに声をかけられた。優しく触れるだけじゃ満足できないらしい。気にするほどのことでもなかったのでぎゅっと少しだけ力を込めてみる。
「……これくらいか?」
「は、はい。できればもうちょっと……」
もうちょっとと言われてもな。結構強めてるとは思うんだが。ステータスも存在と一緒に奪われているのなら、あまり強くしすぎるとへし折ってしまいそうだ。だが相手の要望を聞いて満足してもらわないことには話も進められないので、強めていった。
「……痛くないか?」
かなり強くしているので少し不安になって尋ねてみる。
「はいっ。痛いのって、気持ち良くないですか?」
フォビナから返ってきた答えは予想とは違うモノだった。少し照れたように頬を染めている。
「…………そうか」
なんにせよ、こいつがヤバいヤツだということだけはわかったのだった。




