ぼっちはミスティとユニの話を聞く
アンに魔王城を案内してもらった後、俺は魔王城の中に戻った。夕食を済ませて湯舟に浸かって部屋に戻ってから、俺は武器として使っている黒い剣を手に取る。
「……ミスティ」
この黒い剣に宿る剣の邪精霊・夜魔烏のミスティを呼び出す。剣を挟んだ対面にミスティが出現した。
が、少し前と姿が違う。
いや烏のような翼を生やした女性なのは間違いないんだが、服装が違っている。以前までは漆黒のドレスを着込んでいたので露出が多いわけではなかったのだが、袖がなくなって肩が出ていたり胸元に穴が開いていたりスカートの丈が短くなっていたりしている。
薄っすらと頬に朱が差していて、赤い瞳からは光が消えていた。
「……なんか、変わったか?」
『ええ。あなたのおかげでね』
どこかうっとりとした様子で妖しく微笑む。
「……まぁいい。で、今日のあれはどういうことだ?」
『なんのことかしら?』
惚けているわけじゃなさそうだ。まるで本気でわからないといった風である。
「……今日お前の力を解放しただろ。それで、これまで以上の異常な力を発揮した。確かにお前の力は奥の手みたいなところはあるが、あれほどの強化じゃなかったはずだ。どうしてああなった?」
今のこいつは様子がおかしい。慎重に話を進めていきたい気持ちもあるが。
『ああ、そのこと。それなら簡単よ。あなたから喰らった心が多すぎて、邪精霊として一段階進化を遂げたの』
「……進化?」
『ええ。通常の精霊は精霊にも満たない微精霊、意思を持った魔力程度の存在でしかないそれらを生み出し、呼び込み、育て、自らの司るモノを維持、広めていくことで徐々に自らの魔力許容量を増やしていくことで成長していくの』
精霊の詳しい生態なんてそこまでの興味はないが、クリアで言うと水辺→池→泉といった風に広めていくことで進化するのだろうか。確かに剣となると片手剣→両手剣→大剣みたいに進化されても困るしな。
『その点、邪精霊は人の心を喰らうことで成長していくの。本来ならもっと少しずつ時間をかけて、長い間人の手を渡り歩くことで成長、進化していくモノなんだけど』
「……それが、一気に溜まった結果進化したってわけか」
『そういうことよ』
なるほど、まぁ理屈はわかった。俺の心を喰らいすぎたせいで、急激な進化を遂げてしまったと。
「……で、その結果が能力を使った時の異様な身体強化か。進化したにしても効力多くなりすぎじゃないか?」
『ええ。通常なら一段階進化するところを、二段階進化させてもらったわ』
……マジかよ。道理で一回進化したにしては異常な強化だと思った。腕振るってタイムタグあんまりなかったからな。マジで自分が人間辞めたかと思ったわ。まだ辞めてないと思ってますがなにか?
『進化ってとっても気持ちいいモノなのね。初めてのことだったから知らなかったわ』
陶酔したような笑みを浮かべて、ミスティは言う。声音も相俟ってどこか妖艶に聞こえた。
「……まぁいい。事情はわかった。出力の調整ができないんだったら極力使わないようにするが」
『それはダメよ』
自分で思っている以上の威力が出るというのはメリットもあるが、デメリットも大きい。俺がこれ以上強くなった上であいつと会ってしまったらと思うと、気が気でない部分もある。
だがミスティは即首を振った。
「……なんでだ?」
『決まってるじゃない。私がもっと進化するためよ。あなたは普段抑えている反動か、爆発した時の差が大きいの。それこそが私の使い手に相応しいところだけど。あなたの感情が昂った時こそ進化のチャンス。ならもっと感情を昂らせてくれないと。あなたの妹にまた、会いに行きましょう?』
陶酔という表現は合っていたようだ。完全に自分本位、俺の都合なんて考えちゃいない。邪精霊っぽいと言えば邪精霊っぽいが、これまでのミスティはもう少し大人しかったはずだ。あまり表に出ることもなく、他のヤツとの交流を深めるでもなく、俺の支援に徹していたと言っていい。
自分本位に変わってしまったのは、俺の心を喰らって過剰摂取みたいな状態になり、元々持っていた自分の心が呑まれてしまっているのだろう。
……白い悪魔との戦いの時でも、ミスティは「これ以上無理」と言って強化を止めていた。それなのにその時以上の心を喰わせたのは俺だ。ミスティの都合を気にせず無理矢理押しつけたのだから、俺の責任なのは間違いない。今のこいつの状態もその時の俺の心が影響しているのだとしたら尚更だ。
「……ダメだ」
『どうして? もっと強くなれるのよ? あなたにとっても悪い話じゃないわ』
ミスティは心底不思議そうにこてんと首を傾げている。俺の心を喰らっていながら、俺があいつと会った時にどういう感情を抱いていたか一番理解しているはずなのに、なにもわかっちゃいなかった。
「……あいつとは、会いたくないんだよ」
『ダメよ。私がもっと進化するために、あなたは感情を昂らせないと。それが嫌ならもっと深い契約を結びましょう? あなたが一定以上の感情を抱いた時に、私が心を喰らうようにするの。取り乱すこともなくなるし、いいこと尽くめでしょう?』
少しずつ心を喰らっていくことで進化までの道のりを縮めていこうというわけか。聞いた感じでは特に問題ない気もするのだが、今のこいつとそういう契約を結んでしまうのは些か以上にマズい気がする。一定以上とは言っても実際にどれくらいの感情を抱いた時に喰われるかわからないので、今のミスティと契約した場合こいつが欲を優先して契約内容を改変、俺の心を常にほとんど無の状態にする。なんてことも考えられる。
それくらい、今のミスティは信用ならない。
「……今のお前相手じゃ、無理だな」
『どうして?』
「……それがわからないからだろ。あと、今の俺に必要なのは俺自身の力じゃない」
自分の心理状態も把握できていないヤツに身を委ねる気はなかった。
それに今言った通り、あいつを倒すという目標を達成するなら俺自身の強さはあまり必要ない。必要なのは俺以外、つまり他人の強さ。それも俺のために裏切らず戦ってくれるヤツの強さである。場合によっては命を懸けて。
『ダメ、そんなの許されないわ。あなたには私の契約者として、私を強くする義務があるの。私に心を喰わせて、私を強くして、私のために――』
ミスティの言葉が熱を帯びていく。彼女にとってそれほど強くなる、「進化する」ことは心地良かったのだろう。これまで使い手がいなかった反動もあり、初めての進化。それも二段階一気にとなれば影響が出るのも無理はない、と思う。
「……なら、お前との契約を切って倒すしかないな」
だが、俺は今のミスティを受け入れる気がなかった。もう少し正気のままだったなら、考慮はしたと思う。受けるかどうかは兎も角として。
『え――……?』
返ってきた俺の言葉に、彼女は呆然としていた。目を丸くして少し呆けた顔を見せた後、困ったような笑みを見せる。その時の瞳には光が戻っていた。
『……あなたはそういう人だったわね、クレト』
興奮、高揚していたところに冷や水をぶっかけられたような気分なのか、陶酔状態から正気には戻ってきたらしい。そういえば名前を呼ばれたのも今回初めてだな。俺に対する認識も曖昧になっていたかもしれないのか。俺を契約している使い手として支援するという感覚から、自分が進化するための糧ぐらいの感覚に陥っていたのかもしれなかった。
「……ああ。それに、お前が単独で戦うならまだしも、あいつを倒すためには俺以外のヤツの強さが必要だ。俺がこれ以上強くなることの意味は薄れたんだよ」
『わかってるわよ。私はあなたの感情がよーくわかる立場だもの。無理は言わないわ。強がりな弱虫さん』
「……」
ミスティは以前の調子に戻ったのかそう言って姿を消してしまった。とはいえ遠くに行ったわけではなく、会話はこれでお終いという意思表示なのだろう。
陶酔状態からは戻ったようだが、正気に戻っても尚進化という蜜を得られなくて残念という雰囲気は感じられた。ある程度は影響を受けてしまっているようだ。とはいえ、一旦落ち着いてくれたらしい。とりあえずのところはこれでいいだろう。
もしミスティが単独で戦ってくれるのなら、俺も進化を手伝うという点で異論はない。むしろ推奨したいくらいだ。だが自分が強くなりたいから、という点で考えると別にミスティの進化は必須ではなくなった。なにをするにしても、まずはあいつの存在を消さなければ。
そしてそのためには、クリアに言われた通り他人を頼ることを覚えなければならない。
難儀なことだが、やる以外の選択肢がないのが面倒なところだ。
一つ嘆息して、今日はもう思考放棄して寝ようと思っていたところで、扉がノックされた。……こんな時間に誰だ? と訝しんで感知すると、どうやらユニのようだ。クリアだったなら眠い帰れで終わったのだが、ユニなら話は別だ。彼女とは少し話をする必要があった。
「……どうした?」
中から声をかけると、震えた声が返ってくる。
「あ、あのっ! 少し、お時間大丈夫ですか……?」
「……ああ、まぁ。今開ける」
「は、はい!」
なぜだか凄く緊張している様子だ。他のヤツと違って夜伽に来たわけでもあるまいしな。ただ確かにユニとはあまり話をしたことはない気がする。あまり積極的に動くタイプではないからだろう。
ユニは寝間着らしき簡素な服装に着替えていた。薄手のパジャマのような衣服だ。ただ薄手のせいか背丈に見合わぬ胸部の盛り上がりがはっきりとしている。身長差のせいで見下ろすような形になってしまうこともあり、谷間が見えてしまっていた。
「……で、急にどうしたんだ?」
「えっと……クレトさんと、少し話がしたくって……」
「……そうか。じゃあ部屋入るか?」
「は、はいっ。お邪魔します」
で、ユニを招き入れた俺は話があるというので聞こうとしたのだが。
なぜかベッドに腰かけたユニの膝を枕にして耳かきをしてもらうことになった。……なぜだ。いや、ユニの方から頼まれたからなんだけど。
「……どうして耳かきしながら?」
「他のことをしながら話したいと思って、です。耳かき得意なんですよ、私」
部屋に来る時から持ってきていたらしい耳かきを使って、左耳から掃除されていた。言われてみれば、確かにこの世界に来てから耳かきなんてことをした覚えもあまりない。偶に自分でしていたかなぐらいだ。どうしても耳が痒くなるからな。ただこうして誰かに耳かきをしてもらうなんて、ほとんど初めてのことだったかもしれない。やる側はよく妹に言われてやっていた気はするが。何度あのまま鼓膜を破ってやろうと思ったことかわからない物騒な耳かきだったし。
「痛くないですか?」
「……ああ」
痛くないどころか、心地いいくらいだった。自分で上手と言うだけはある。ただ上手なのはいいのだが、眠くなってしまいそうなところはある。
「良かったです。それで、話したいことなんですけど……。――人を殺すのって、悪いこと、なんですよね?」
随分とヘヴィな話の切り出し方だった。
「……一般的には」
「そう、ですよね」
「……ただ、場合によっては別にいいんじゃないかとも思う。俺もあるし」
「えっ?」
俺が初めて人を殺したのは、確かクリアが誘拐された時のことだ。特に罪悪感とか抱かなかったが。それは俺が、元々他人をどうこう思う性格じゃなかったからというのも大きい。
「クレトさんも、人を殺したことがあるんですか?」
“も”って言うのは他に誰のことを指してるんだろうな。ユニ本人か、または他の誰かなのか。
「……ああ。何回かな」
「……後悔とか、罪悪感とか、ないんですか?」
「……特には。元々情に厚いわけじゃないし、今同じ状況でそいつらと会っても、多分俺は殺すだろうから」
「そう、なんですね」
他人を好き勝手してなんとも思わないヤツに生きている価値はない。とするならば俺もないが。兎も角、何度同じことに遭遇しても、俺が勇者サマのような人格に改変されていなければ、何度だって殺すだろう。例えそいつらに家族がいて、家族を養うために仕方がなかったんだと言われたとしても。
他人を犠牲して自分を優先するのなら、ある程度の報復、因果応報は覚悟しておくべきだ。
撃っていいのは撃たれる覚悟のあるヤツだけだ、という話だな。
「クレトさんは、そういう人なんですね」
「……ああ」
幻滅しただろうか。したならしたで、ユニを送り出す理由にはなる。
「良かったです」
と思ったのだが、彼女の言葉は予想に反したモノだった。
「……知っていますか? 一角獣の獣人は、もう私だけなんですよ」
繋がっているようないないような、そんな切り出しからユニの話は始まった。
白い悪魔との戦いで見ることになったというユニ最大のトラウマ。彼女の住んでいた一角獣の獣人が暮らす村が盗賊に襲われ、ユニ以外全員が殺されたという話だった。
耳かきなどというほんわかした行為の最中に聞く話でもないが、そうでもしなければ重すぎてどうにもならない話でもある。
そこで彼女は、村を守護していたホーンペガサスと契約を交わして盗賊を殲滅、冒険者ギルドに拾われて最終的には受付嬢になる、予定だったようだ。
ギルドはギルドで安全を確保していたが確実とは言えず、ユニコーンの獣人という目立つ種族であることから不安は募るばかりだったそうだが。途中で俺達と出会ってしまい、ギルドマスターからの勧めもあって同行することにしたという。
ただしいくら獣人がギルドマスターを務めているとはいえユニコーンの獣人ともなると奇異の視線があるのは仕方がなかったようだ。
「だから嬉しかったんです。クレトさんが特に気にしないって言ってくださって。……クレトさんからしたら、別の世界から来たので知らなかったというのもあるんでしょうけど」
そんなことも言っていたっけな。確かにユニコーンの獣人でも気にしないと言うよりは、なんの獣人だろうが獣人っぽいが獣人ではなかろうがなんでもいい、という意味合いで言ったような気はする。
「……で、なんで急にそんな話をする気になったんだ?」
「私にも、できることを増やしたいと思ったんです。力はあっても、戦う術も戦いの経験もない私が、どうしたら皆さんの力になれるのかなって思って」
「……無理に戦う必要はないだろ。ある程度の制約はあるだろうが、同行するのをやめて平和に暮らすっていう選択肢もある」
「……正直、戦うのはあんまり好きじゃないです。でも、平和に暮らしているだけじゃダメなんです。ちゃんと、戦えるようにならないと」
不安は見え隠れしているが、確かな覚悟は感じられた。……平和を享受していたところを破壊されたというトラウマが、ユニが戦う術を求めるきっかけになっているのだろう。ホーンペガサスとユニの種族に追加された神格と守護の聖獣・ユニコーンはまた別物のようだが、守護を司る聖獣がユニの身体を借りて盗賊を滅したという話だから、相当に酷い状況だったんだろうな。守るだけでは守れない、時には敵対者を滅ぼすことも必要だと一角獣の獣人を守護していたそいつ自身が身を以って示したわけだから。
「……そういや、ユニの種族になってる神格と守護の聖獣・ユニコーンと、ユニが契約したホーンペガサスは別の聖獣だよな」
「はい。私が元々一角獣の獣人なので、ホーンペガサスと契約をしてもユニコーンになるんです。と言っても、契約の深度? の問題だそうなので私が望めばホーンペガサスの種族に変わるようですよ」
私の頭に生えている羽はペガサス由来なんです、とつけ加える。そういえばユニコーンに翼が生えているイメージはなかったな。
「怖くて戦おうって思えなかった私に、ずっと契約を深めて戦えるようにって言ってきてくれていたんですけど、これまでは前向きになれなくって」
「……優しい聖獣だな。戦う術を身につけるのは、ユニを守るためだろ」
「はい、とっても。ニアちゃんとミアちゃんも頑張ってるのを見て、身の振り方を考えなきゃって思ったんです。それで、戦うよりも怖いことがあるって知ってるから」
それで意を決して戦おうと思ったわけか。
「……戦う術は学べるかもしれないが、こっちは魔王軍だぞ。ギルドマスターのいるところの方がいいかもしれない」
「かもしれません。でも、皆さんといるのがいいんです」
家族のいないユニにとっては、安らかに過ごせる場所となりつつあったのかもしれなかった。……本人がそう言うなら、強制はしないでおこう。気が変わってもっと平穏に過ごしたいのであればそれでもいい。
「……そういえば、もう終わったのか?」
いつの間にかユニの手が止まっていた。
「えっ? あ、はい。もう片方の耳もやりますから、反対に寝てくれますか?」
「……ああ」
ここまで来たら最後までやってもらおうと思う。丁寧にやってくれたおかげか左耳がすっきりしているし、今度は右耳を上にして寝転んだ。
「クレトさん、もしかして私が離れたいって言い出すと思ってました?」
「……まぁな」
「ふふっ。だと思いました。クレトさん、ずっと離れる方の言い方してましたから」
「……それならそれで、構わないからな」
「そうですよね。私これまで、クレトさんとあんまりお喋りしてないと思いますし」
「……そうだな」
ユニの能力は魅力的だと思う。俺が『模倣』できない類いの能力を持っているため、そういう意味でも存在価値は高い。ホーンペガサスとの契約に関するスキルは『模倣』しても実際に契約していないから無意味だしな。彼女自身にいて欲しいかと言われれば、正直そうでもない。獣人という点でアドバンテージはあるが、ニアとミアが一強だしな。
「だから私も、傍にいて欲しいって思ってもらえるように頑張りますね」
「……そこなのか」
「はい。やっぱり私達がいるのって、クレトさんを中心としてだと思うんです。だからもっとクレトさんとその、親しくなりたいなって」
「……そういうもんか」
俺を中心……まぁ客観的に見ればそうか。俺は別に中心人物であるつもりはないし、好きにすればいいと思っている。離れたいなら離れてもらっても構わないつもりではあるのだが。
「はい。だから、私にできることから始めようと思いまして」
あぁ、それで耳かきなのか。
重い話を緩和する目的もあったのだろうが、まずは行動に移したわけだ。
それからはあまり会話もなく、耳かきが続いた。俺は別に会話したいという気持ちもないし、ユニに聞こうと思っていたことも聞けたので無言の時間でも構わなかった。
「はい、終わりましたよ」
「……ああ」
ユニに言われて身体を起こす。無言の時間があったからか若干睡魔が襲ってきている。少し身体が重く感じた。
「クレトさん。その……少し、ご褒美と言いますか、お願いがあるんですけど」
身体を起こしてベッドに座る体勢になった俺に、ユニは少しもじもじしながらそう言う。
「……? まぁ、難しいことじゃなければ」
貸しを作るのは好きじゃないので、お返しという意味でなら大抵のことは問題ない。あまりにも突拍子もないことだと断るかもしれないが、ユニならそこまで変なことは頼まないだろうと思う。
「えっと、その……角を、撫でてみてくれませんか?」
頬を赤らめて、意を決したように告げたにしては「なんだ、そんなことか」といった内容だった。そういや最初会った時ついつい角を触ってしまった気がする。今思い返すと恥ずかしいくらい無遠慮だったが、獣人に会ってテンションが上がっていたのだろう。そう思うことにしている。
とはいえそこまで気にすることでもないと思うので、受けることにした。
「……わかった」
頷いて、上目遣いにこちらを窺うユニの額に生えた白い角に触れる。前の時にわかってはいたが神経が通っているらしく、びくりと肩を震わせていた。……相変わらず滑らかな手触りだ。一角獣の獣人はこれを折られてしまうと絶命するという超重要器官。ユニコーンも同様らしく、ナヴィなどの色魔人であってもそこまで角に依存していないとされるので、その価値は計り知れない。そんなモノを二度も触る機会があるとは思っていなかったが。こうしてよくよく『観察』してみると、かなりの硬度を誇っているようだ。角が折れたら、と言っても武器などで砕けることはないらしく、生えている根本から折れてしまうようだ。どうやら頭蓋骨から角が突き出ているわけではなく、額から生えているという表現が正しい構造になっているようで、実際に角を奪うとなったら折ると言うより引き千切るというのが正しい表現になりそうだ。とはいえ結構難しそうな気はする。ある程度角の周りも固定するため頑丈になっているだろうし、知識がなければ角を奪うことはできなさそうだ。俺が色々スキルを使えば力尽くでもなんとかなるかもしれないが。
とそんなことを考えながら角を撫でていると、
「……ぁ、んっ、ふぁ……」
ユニがとろんとした恍惚の表情でびくびくと身体を震わせていた。……あまりよろしくなさそうだな。角が敏感なのかわからないが、角を撫でられることに集中しすぎている気がする。
「……そろそろいいか?」
「……ふぇ? ま、まだもう少し、お願いします」
声をかけてから返事をするまでにも間があった。だが手触りが凄くいいので触っていたい気持ちがなくもないと言えば是と答えるかもしれないので、断る理由はない。それにこれはお返しも兼ねて聞いていることだ。ユニが満足するまで付き合うことにしよう。
とりあえずユニの反応には目を瞑り、しばらく角を撫で続けてみた。
あまりにも蕩けた様子を見せてよろしくない絵面になってきたので、そろそろやめようと思う。口端から涎が垂れそうになっていたことだし、もういい時間だ。
「……そろそろ、部屋に戻って寝た方がいいんじゃないか?」
許可を貰わずに手を放して、諭すように告げる。ぼーっとしていたようだが我に返ると俺に思い切り抱き着いてきた。いきなりの行動に驚いていると、ユニが恍惚とした表情のままこちらを見上げてくる。
「ダメです。今日はクレトさんと一緒にいますから、責任取ってください」
責任ってなんだよ。と思ったが流石に獣人なので力が強い。言っても聞かなさそうな様子なので無理矢理剥がすか受け入れるか、だが。
「……わかったから離れてくれ」
「嫌です」
ぎゅーっとより強く抱き着いてくる。……最近は俺の鋼の理性を信じられなくなってきてるんだぞ。まぁでも正常な様子でもないから、気にしないでおくか。
と柔らかく押し潰れる感触を無視するようにして、宥めながら横になることにした。
結局体勢も変えてくれず、そのまま眠る形にはなってしまったが。
ただし翌朝ユニが起きた時に、顔を真っ赤にしながら慌てて立ち去ったので本意ではなかったようだ。
しかし俺が部屋を出るとメランティナが仁王立ちしていた。
「まさか、ユニちゃんに角を触って欲しいって頼まれてないわよね?」
咎めるように目を細めた彼女に尋ねられる。……頼まれたと言えば頼まれたが、やっぱり良くないことだったのか? ここは白を切って探りを入れるのが吉か。
「……いや。なんか意味があるのか?」
「ええ。一角獣の獣人にとって角は命にも等しいモノだから。一角獣の獣人が角を触らせるというのは、私の全てを捧げますという意味合いがあるのよ」
「……ふぅん」
そんなの聞いてないんですが? いや、ユニも多分そこまでは考えていないはず。責任がどうのと言っていたが、そういう意味合いで角を触らせたわけではないだろう。ユニだって俺が一角獣の獣人の風習みたいなのを知らないということは理解していただろうし。そんな既成事実みたいな真似はしないだろう。というかユニがそこまでする理由がない。
だからメランティナが懸念しているようなことはない、はずだ。
一番の根拠はユニにとっての俺の立場。そこまで親しくもないので、彼女にとって俺の存在がそこまで大きいモノだとは思えない。メランティナやクリアの時とは違って、俺はユニの窮地を救うこともなく普段から優しくしていたわけでもない。そういった意味合いを込めて角を触らせるような理由がない。
だからなにも問題はない、はずだ。




