ぼっちは空を夢見る
寝落ちする前に予約更新してみました
きちんと出来てますかね?
そうだ、空を飛ぼう!
緒沢から『模倣』した雷と風を操る二つのスキルは、ぼっちが一度は夢に見るかもしれない空を飛ぶと言う行為を実現させたのだ。
空を飛ぶ、への憧れはぼっちに限った話じゃないだろう。何か悩み事を抱えた時、ふと空を見上げると一羽の鳥が悠々と空を飛んでいるのだ。
……ああ、あの鳥みたいに自由に空を跳び回れたらなぁ。そう思った事はないだろうか(要するに現実逃避だ)。
俺は小学生の頃にあったと思う。中学生になってからはこの世の俺の人生と言うモノに諦めを覚えていたので逃避する必要もなかった。
俺はまず『風神雷神』のスキルから全身に風を纏って飛行するモノを使う。
そして『疾風迅雷』で速度の調整をしつつ、風を切って空を舞う。
「……くっ!」
俺は滲んできた涙を袖で拭う。……因みに血だらけになって乾いてしまったのでもう染みが落ちることはないかと、制服のブレザーは雷で跡形もなく燃やし尽くしてチリにした。
……別に空を飛べた感動で泣いてる訳じゃないんだからね? ちょっと速く飛行しすぎだせいで風が目に染みただけだ。
「……」
武空術と同等程度の速度で空を飛んでいると、空を飛んでも辺り一面森林だったが、やっと遠くに街が見えた。周囲を壁に囲んだ、大きな街だろう。一分ぐらい飛行したがどれくらい進んだのかはよく分からない。大体時速何キロで飛んでいるのやら。
街を向いて左側の森が隆起している。きっと山なんだろう。山しかない土地で生まれ育った俺から見れば丘程度にしか見えないが。
森林が終わると草原が広がっていた。……むっ? 馬車と甲冑を着た集団が居るぞ? あれは森に向かっているのか? 何のために?
……。
…………。
俺は森の上空を飛ぶのではなく、森の上ギリギリを飛んで森の入り口付近にソッと着地する。……集団の進行方向から少しズレた位置だ。
やがて、ガラガラと草原に車輪を滑らせ馬車とその他が到着した。……武装は統一されていないが、皆一様に鎧を着て兜を被り腰に剣を携えている。一部の者は弓矢を手にしているが、それは遠くのモンスターに対する牽制だろうか。騎士のような格好をした者が馬車を囲むように歩いていて、弓を持った騎士がちょっと内側に居る。
たまに革鎧を着たヤツも居る。
御者席に座るのは髭の生やしたおっさんばかり。装備は良い性能そうだが様々だ。……どっかの騎士団って訳じゃなさそうだな。
よく見ると馬車の中にも何人かローブを着込んだ魔法使い風のヤツらが居る。……チームがいくつか合同したかのような集団だな。
『観察』してみると、護衛しているような騎士達の行進の馬車と馬車の間辺りで乱れが見て取れる。……ふむ。何か強力なモンスターでも出たんだろうか。百人は居ると思われる。
「止まれ!」
戦闘の馬車の更に前を先導する威厳の風格を纏った白くなった髭と髪を蓄えた壮年の男が大声を張り上げて号令をかける。
バラバラだったが行列は森の手前で止まった。
「これよりアンファルの森に入る! 以降は警戒を緩める事なく進んでいく。各自メンバーの体調を見て馬車に乗せるなり休息を取らせる事! 森の中で休憩すればモンスターに囲まれ全滅も有り得る。我らの目的はただ一つ! ガザラサイの討伐だ! ヤツの攻撃は一撃で木々を薙ぎ倒す程の威力を誇っている! ミノタウロスと似た姿をしているが、ガザラサイは更に格上だ! 死んでは元も子もないが、このままでは森が荒らされてしまう! 至急討伐しなければならない!」
「「「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
森に入ってそのガザラサイとやらに遭遇する前に、士気を高めるつもりだったのか、先頭のおっさんが勇ましく叫び、それに集団が呼応する。中には無視しているヤツらも居るが。……ってかそのミノタウロスみたいな――牛魔人とかって呼ばれる俺の知っているミノタウロスで良いならだが――サイって、俺が倒したあいつじゃね? いやいやいや。森を荒らしまくるようなヤツがあの程度な訳ないよな。いくら勇者とその仲間達のスキルの『模倣』スキルを使ったとは言え、あんな簡単に倒せて良いものなのか? いや、そんな筈はない。あれはガザラサイより一個下の格下だったんだろう。
「なっ……! ガゼイン、あれを見ろ!」
ガゼインと言う名前らしいリーダー格のおっさんを呼び、一人の騎士が――いや後ろを見ていたガゼインと言うおっさん以外のヤツは全員、空を見上げて驚愕していた。……ん? そういや、ゴゴゴゴ……ッ、と言う音が地響きと共にしてるな。
……どうしよう。
このまま出て行ったら何でこんな場所に居るのかと怪しまれるかもしれない。かと言って地響きする程の何かが現れた今、逃げるしかないのも事実。……いや、待てよ? 今この近くには勇者様一行とその仲間達が居るじゃないか。それなら俺が戦わなくても大丈夫。ただ一目散に逃げれば良い。
「……な、何だと……!? アンファル!? まさか猿帝ロギウとガザラサイとファングファングの群れが殺られたのか!? そんなまさか、誰がそんな事! 猿帝ロギウは神殿近くに住んでるから勇者様がやったとしても、ガザラサイには手を出さないように言っておいたのに! 我らがガザラサイを討伐してもファングファングの群れが居ればアンファルが怒り出す事もなかったのに、一体誰が!?」
ガゼインは唖然としつつも誰かに説明するような長ったらしいセリフを吐きながら、矛先を向けられない怒りを露わにして怒鳴り散らした。……ああ、それ俺かも。
猿帝ロギウってのは神殿で倒した猿帝だろうし、ガザラサイは俺が焼いたヤツだろうし、ファングファングってのはあの二メートルぐらいの狼が子供だったらしく滅茶苦茶でかくて親とか引き連れて襲って来たあれだろう。……全部俺が殺りました、すんません。
名前から察するに、今出現しているらしいアンファルってヤツはこの森の主なんだろう。……あっ。木の葉の間からでもその姿が見えたわ。全長どれぐらいかな。軽く三十メートルってとこか。背中に木々を生やした泥の巨人だろうか。巨人と言うには腕が普通にでかい埴輪みたいな身体をした、上半身だけの怪物だ。頭と思われる部分に、人間で言う白目の部分が黒く黒目の部分が赤い瞳があった。口はない。
「アンファルが目覚めたとなれば、俺達では太刀打ち出来ない! 逃げて街に居る上級冒険者達に声を掛けて討伐してもらうぞ! 引き返せー!!」
ガゼインのおっさんが再び声を張り上げて、一斉に踵を返し来た道を引き返す討伐隊の皆さん。……まああの大きさじゃあ、倒せるヤツは少ないだろうな。
そしてやや遠くに物凄い速度で森から離れていく一つの馬車を見つけた。……ここから見ても分かるくらい毛並みの良い馬が無様に必死の形相で全力疾走してるよ。あれは勇者一行の馬車だ。馬が危機を感じて一目散に逃げたんだろう。そのまま馬車を乱暴に引きながら直ぐに去って行った。
……おい勇者一行。初陣に最適の相手じゃねえの? 何でめっちゃ速く逃げてんの?
馬のせいかもしれないが、何と情けない事だろうか。
「……」
泥の巨人は街のある方向に歩み(?)進んでいく。
「……俺がやったって言っても、バレないだろうしな。黙ってれば良い。それに、他のヤツがどうなろうと俺には関係ない。……よしっ、逃げよう」
俺は声に出して自分に言い聞かせ、逃走を決意した。既に他のヤツは逃げているので、後から街に行っても周辺をウロチョロしてたらあんなでかいヤツが見えたから逃げてきた、とでも言えば良いし。
「……ん?」
俺は逃走心が掻き立てられていたので『疾風迅雷』を発動しようとしていると、不意に影が差した。
「……なっ」
俺は巨大な泥の手が頭上に迫っているのを見て焦りを覚える。
「……チッ」
俺は小さく舌打ちしつつ風と雷を纏って素早く移動――しようとした。
「……っ!?」
雷が、発動しなかったのだ。そのせいで思ったよりも速度が出ずに右足が少し泥濘に捕らわれ、更に次の動作が遅れる。……クソッ! 油断した!
俺は無表情を崩し苦々しい表情をしつつも、風で足に纏わり付く泥を吹き飛ばし急いで飛行し逃げる。
「……」
俺は出来る限りの最速で手から距離を取り、相手の隙を見るため後ろを振り向く。
すると、
「……っ」
泥の触手が何本も俺に向かって伸びていた。その太さは巨大な手の指程度で、直径一メートルくらいだ。
「……何で俺を」
愚痴を吐き捨てて、俺は滑空し逃げ続ける。だが俺がどれだけ街の方に逃げても、泥の触手が追ってくる。……チッ。面倒なヤツだな。しつこいヤツは嫌われるんだぞ。
後ろをチラチラ『観察』しながら飛行していると、直径一メートル程の泥の触手が、更に十分の一程度の太さになり素早さを上げて俺を追って来たのだ。
「……雷が使えないのは面倒だが、こいつの効果だろうな。泥だから土属性で、周囲における雷属性を全て無効化するとか、そう言う類いの能力か。泥の触手もスキルなら、俺でも真似出来るが……泥に泥とか吸収されそうだな」
俺は『観察』結果を独り呟きながら、どうするか決めかねていた。……もし俺がこのまま街に入ったとしたら、泥の触手も一緒に連れて行ってしまう。そのせいで誰かが死のうと俺が無事なら良いとは思うが、そのせいで俺が恨まれこっちで目立つぼっちになってしまうのは面倒だ。影薄く細々と生きていきたいのに。
「……」
俺は下から伸ばされていた触手が俺を先回りして前から迫って来たのを避ける。……マズいな。風だけじゃあこいつの触手から逃れられない。『疾風迅雷』が揃えば分からないが、今のままではいつか捕まる。
……迎撃するにしても、段々と数が増えていって手に負えそうもない。本体がちょっと膨らんでいるのは、きっと地面から土を吸い上げているのだろう。地面にいる限り、こいつは不死身って事かよ。
「……」
そして遂に、俺が避け切れない速度で泥の触手が左側に振られ、吹っ飛ばされる。
……ああ、もう無理だな。これから楽しい異世界ぼっち生活が始まる筈だったのに、もう死ぬのか。
俺は内心で諦めていた。人生諦めが肝心なのだ。
左太腿辺りに走る激痛に顔を顰める事もなく、ただただ吹き飛ばされていく。
……ん? 左側の太腿?
俺は何か、重要な事がそこに隠されている気がした。
……ああ、音楽プレイヤーとスマートフォンが入っているポケットの方だ。
「……」
俺は吹き飛ばされながら左ポケットに手を突っ込んでみた。……スマホは無残に折れている。まあこっちでは使えないから良い。音楽プレイヤーは……無事か? スマホの犠牲あってか無傷のようだ。イヤホンは……壊れてる?
「……俺の、イヤホン」
俺は呆然と呟く。こんな異世界にイヤホンがあるとは考えにくいし、音楽プレイヤーを聴くためにイヤホンは重要だ。俺はもしもの時にイヤホンを十個予備に持っているが、それは内ポケットに入っていたので右ポケットに入れていて無事。だがイヤホンは音楽プレイヤーを聴くために重要なアイテムだ。それが初日で一つ壊れたとなれば、寿命を考えてもいつ全部壊れるか分からない。
その、貴重な一つを壊してくれやがったのだ。
「……てめえ、俺のイヤホンをよくも……!」
俺は諦めていた心から一転、イヤホンを壊された怒りで立ち直り、風で体勢を立て直す。
「……ぶっ殺す!」
俺は最近では滅多にない怒りの表情を露わにし、全身から逆巻く風を吹き荒れさせた。