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繋がる事は無い筈なのに。

作者: 矢光翼

ツイッターにてお題をいただきました。

お題「小粋な皿」

将来の夢はなんだっけ。あぁそうだパイロットだ。

将来の夢はなんだっけ。あぁそうだサッカー選手だ。

将来の夢はなんだっけ。あぁそうだパティシエだ。

将来の夢はなんだっけ。あぁそうだ先生だ。

将来の夢はなんだっけ。あぁそうだアナウンサーだ。

将来の夢はなんだっけ。あぁそうだ冒険家だ。

将来の夢はなんだっけ。あぁそうだ宇宙飛行士だ。


ぱっと、目が行くその先に置かれていたのは何の変哲も無い皿だった。

それ自体は何のおかしさも孕んでいないんだけど、なぜだか異様に気になった。

ありえないけど、皿が僕に話しかけている気がした。ありえないけど。

僕はバッグから携帯を取り出して時刻を確認する。待ち合わせまで時間がある。

僕はその皿を細かく見ることにした。

縁には金色のライン、中央から伸びる模様はツタを模してあって、小粋であった。

皿に詳しい人が聞けば怒るだろうが、僕から見てその皿は小粋な皿、としか認識できなかった。


ガラス張りのケースで守られたその小粋な皿を観察していると、なんだか心が絡め取られていく。

今まで僕は一度だって皿に心奪われたことはないし、そもそも芸術作品の良さがわかったことすらない。

そもそも心奪われる、というか皿に描かれたツタに足と心を引っ張られているようで、決してこの皿に深い興味を抱いたりしている訳ではなかった。

思うに、この皿は物を食べるために作られたものではなさそうだ。もしこれで何かを食べようものならツタの凹凸が邪魔をして満足に食事などできないだろう。

大きさこそ一般的であるものの、よく日本家屋などに飾られている大きな皿と同じような観賞用の皿なのだろうな、と僕は勝手に納得した。

カランッ、と、心の中で音がした。気がした。

さながら皿にスプーンを落としたような、無機質で軽快な音。

そういえば、まだご飯を食べていなかった。


数分皿を見続けて気づいたことがある。

それは、この皿に僕は価値を見出せないということ。

小粋な皿であることは充分にわかったけど、どれだけ褒めるところを探しても、小粋は粋にならなかった。

まぁ、僕だって好きでこの皿の前を通ったわけじゃない。

ショッピングモールで時折開かれる掘り出し物を売り出すコーナー。それが今僕が立ち止まっているところなのだけど、待ち合わせの場所に行く最短ルートにこのコーナーが隣接していただけで、全くの偶然だった。

他にも様々な骨董品のような品が置かれている。

いかにも古そうなオルゴールや、ギリギリ使えるけれど使うには適していない感じの腕時計など。

アンティークを深く知らない僕が語るには深すぎる品々だった。

だからこそ益々、僕がこの皿を気にする訳がわからなかった。

バッグから携帯を取り出し時間を確認する。とうに到着時間は過ぎているけれど、僕は性格上待ち合わせの三十分前には待機してしまう。だからまだこの皿を見る時間はある。

待ち合わせはこのショッピングモールの中だから、少し急げば数分もかからない。


無言を貫き皿を見つめる僕を店員は訝しげに見つめていた。

違うんです、僕はこの皿が欲しいんじゃありません。ただ気になるだけで。

そう思うだけで言葉には出さなかった。

金色の縁はショッピングモールの電灯に反射してキラキラと輝いている。

この輝きに傷一つ付けないために、ガラス張りにしているんだろう。

先ほどのオルゴールや腕時計は布を敷いたテーブルに置くだけで何の防御もしていない。

この皿は、特別なのだろうか。


小粋な皿を見続けて、最初僕が感じた、皿から喋りかけられたような感覚が、いつの間にか消えていることに気づいた。

まぁ、当たり前すぎるんだけれど、あの時は確かに声を聞いた気がする。声なき声を。


ふと、少年時代を思い出した。きっかけは目の端に写った少年が持っていた飛行機のフィギュア。

僕は皿を見つめながら過去のことを思い出していた。

まだ小学生の頃、飛行機が主人公のアニメがやっていて、僕はそれが大好きだった。それのグッズも買って、主人公を操作するパイロットの真似もしていた。

それが、僕がパイロットになりたいという夢を抱いたエピソード。

しかし、成長するにつれ航空関係に対する興味は段々薄れてしまっていた。

あの時買ってもらったグッズも、いつの間にか埃を被ってしまって、今となってはどこにあるのか見当もつかないほどだ。


懐かしさを頭の中で感じながら皿を見続けていた。

数分でもずっと見ていると、見方が変わってくるようで、僕は金色の縁も緑色のツタも見ず、それらを乗せている皿本来の白色を見つめていた。

僕が今まで見てきた皿の過半数は白い皿だから、この皿も元は白かったんじゃないだろうか。

真っ白で真ん丸のキャンパスに、二つの色が彩られたのではないだろうか。

この白は、抗うことなく潰されてしまったのだろうか。

そんなことを思いながら、僕はまた少年時代を思い出していた。


当時、飛行機の他にサッカーも好きだった。自分の足から蹴りだされたボールが誰かの足に渡って、そのボールは弧を描きながらコートを選手以上に奔り回る。

そんなボールを見るのが好きで、ボールをもっと動かしたくて、僕はサッカー選手を夢に見た。

しかし中学生の頃、僕は足を負傷した。一生残る傷ではなかったけれど、それが癒えるまでの間、サッカーが出来ないのが辛すぎた。

もし僕がサッカー選手になったなら、一度や二度は怪我をするだろう。その時僕はこの苦痛に耐え切れるだろうか。

僕はサッカーと切り離されるのが嫌だったから、サッカーを手放した。

奪われるくらいなら、元から無いほうが。


気分はどっと暗くなってしまった。

百八十度間違えてもいい思い出とは言えないからだ。

僕は無意識に、その思い出を払拭するために皿の白色から目を放して、全体を今一度見た。

細部、というか漠然と細々と観察した後に改めて見ると、中々綺麗な彩であることに気づく。

白色のキャンパスを縁取る金色に囲まれた緑色。案外素敵なものだと思った。

それと同時に、僕の脳裏に若き日の思い出が蘇る。


当時、飛行機とサッカーの他にお菓子も好きだった。それも、スナックとかではなく、スイーツの方だ。

サークルに広がる小さな色彩を、僕は食べることなく凝視していて、いつでも家族の中でケーキを食べるのが遅かった。

僕は母親とケーキを選びに行く度によりどりみどりなショウウインドーを右往左往していた。

そしてケーキの色彩に目を艶めかせていくうちに、自分もこんなケーキを作りたいと思い始めていた。

それが、僕がパティシエになりたいと思った理由。

しかし当時同時に好きだったサッカーの影に押されて、実は今の今までパティシエになりたかったことを忘れていた。

僕は自分の夢によって、いつの間にか夢を潰していたのだと気づいた。


そんなことを皿の色彩は思い出させてくれた。

まぁ、これもいい思い出とは言えないのだろうけど。

今となってはケーキは美味しいものとしての認識しかなくて、あの頃の情熱は取り戻せそうになかった。

気づけば僕は皿を見るためにずっと屈んでいた。

数分の腰の疲れをどうにかするために僕は直立し、体を反る。

すると固まった腰が動きを取り戻す感覚がうっすらとした痛みとともにやってきた。

同時に不意の欠伸が出たことで、視界が滲んだ。

目を擦りながらバッグの中の携帯を手に取り時間を確認する。

メールが一件入っている。それを開くと、待ち合わせている友人が少し遅れるという旨のメールだった。

僕はどこか安心して携帯をしまった。そして目を皿に向け直そうとした時、見覚えのある人が目の前を通った。

小学校の頃の先生だ。

これもまた偶然で、一昨日友人と僕の小学校の卒業アルバムを開く機会があり、その時に見た顔と酷似していたから、すぐにわかった。

けれど、声をかけることは出来なかった。僕はあの先生と多く交流を持っていたわけではなかったし、サッカーをしていたにも関わらず社交性には欠けていたから。

でもそれでも、一つ確実に言える事がある。

それは、先生が少なくとも数年の間、僕の指標となっていたこと。


当時、飛行機とサッカーとお菓子の他に授業も好きだった。授業内容よりもそれを教えてくれる先生のユーモアが、とても僕は好きだったのだ。

当時から内面的に活発でなかった僕は、こうやって誰かに楽しく物を教えられる人になりたいと思っていた。

それが、僕が将来の計画に先生の二文字を書き加えたきっかけ。

これはサッカーによる影響で潰えたわけじゃないし、興味がなくなったわけでもない。

単純に、無理だなと思ってしまったからだ。

サッカーの夢を手放した時、先生の道が一番明るかった。

しかしその時僕は客観的に自分を見てしまった。

あの時からずっと内気な僕を。先生のようになりたかったのに一歩も進んでいない僕の姿を。

ろくに喋らず生徒に振り回される様を想像してしまって、僕は自ら先生を夢見る扉を閉じた。


だからだろうか、急激に閉じた扉が揺れたように思えたのは。

先生を見てしまったからこそ、今僕の夢に再び先生が現れてしまいそうだ。

だから僕は、客観的な自分の意見を思い出して、口の中に嫌な味を広げながら皿に目を戻した。

この皿さえ見ておけば僕はもう悩むことは無い。

先生が近くに居たとしても。僕は先生の姿をわかったけど、先生は成長した僕を認識することなど出来ないはずだから。

そうやって皿に逃げていると、どこかからアナウンスが聞こえてきた。迷子放送だ。

そして僕はそれによって、潰えた夢を思い出す。


当時、飛行機とサッカーとお菓子と授業の他にニュースも好きだった。といっても暗いニュースではなく明るいものに限られたが。

僕が見る画面の向こうには、画面のこちら側に語りかけるアナウンサーの姿があって、その当時僕は画面を隔てて僕だけに話してくれているのではないかと錯覚するほどに、画面に集中していた。

僕も画面の向こう側へ行きたい。そうすれば、僕の声も届くかもしれないから。

それが、軽率にアナウンサーを目指し始めたきっかけ。

その夢は着々と自分の中で育っていった。にもかかわらず、この夢は潰えることとなるのだ。

育ったとは言えど、そのとき一番自分が夢見ていたのは先生であり、それは譲れない現実だった。

だからこそ、先生の夢が自己の客観で否定された時、同時にアナウンサーの夢も闇に引きずり込まれていった。

職業体験でアナウンスをしてみた時、誰に見られているわけでもないのに異様に緊張していたのを思い出して、無理の言葉が僕の心を突き刺した。

ニュースのアナウンサーはカメラを向けられて、同時に世界に発信されながら平静を装って、もしくは本当に平静に情報を伝える。

僕にはその作業が、エヴェレストを登る作業よりずっと難しく覚えた。


僕は皿を見つめながら、自分の過去を思い出す自分を客観的に考えようとしたけれど、それをしようとすると近くに居るであろう先生と、いつまた流れ始めるかわからないアナウンスに過敏に反応してしまいそうで、いまいち自分の今の状況がわからなかった。

誰に問い詰められるわけでもなく目を泳がせていた僕は結局皿に目を落とすことになった。

不思議と、飽きない。

もしかしたら深層では皿が好きなのかもしれない。そんなことはないかもしれない。

僕はふと、この皿を作った人がどういう人なのかが気になった。これは何を思って作られたものなのだろうか。

いやもしかして、このコーナーは掘り出し物を展示し販売している所だし、この皿も掘り出されたのかもしれない。それにしては綺麗過ぎる気もするけれど、そこまで考えるのは流石に細かい。

そして同時にふと、自分がまだ夢を抱えていたことを思い出して、物思いに耽る。


当時、飛行機とサッカーとお菓子と授業とニュースの他に冒険映画も好きだった。未知の地を開拓する冒険家たちの雄姿に日夜目を輝かせていた。

だから僕も開拓を試みたい、と軽率に思ってそれが夢に昇華したのだ。

しかしそれは身の危険を考えた末、そしてそれによって生活が潤沢になることは無いという現実を知った時にしなしなと萎れてしまった。

それだけではない。映画は映画、現実は現実。その衝立がいつの間にか僕の中に出来てしまっていたからだ。

映画で見たような謎の扉は現れない。光る鳥は見れない。旧文明のメッセージは見つけられない。

そういう重さ無き圧が僕の冒険家になる夢を形骸化させてしまい、終いには夢とすら語らなくしてしまった。


この皿が掘り出し物として寄贈されたものなら、これを掘り出した人は何者なのか。もしかしたら僕が若き日に夢見た冒険家かもしれない。

でも今はもうすでにそんなことどうでも良くて、ただただその皿によって引き出されてきた夢の抜け殻を反芻していた。

僕の夢は結構案外夢になって、結構案外現実との摩擦でなかったことになってしまう・・・

今になって、皿に描かれたツタが何を絡めとっているのかがわかった気がした。

あのツタは僕の心に絡まっていたんだ。それと同時に僕の足に絡み付いていたんだ。でもそれだけじゃない。そのツタは、僕の中に眠る数多く抱いてきた夢を絡めとって引き出しているんだ。そんな、不思議なものなんだ。

気づけば僕は、何の脈絡も無く自分から少年時代を思い出し始めていた・・・


当時、飛行機とサッカーとお菓子と授業とニュースと冒険映画の他に宇宙も好きだった。無限に広がると言われて、理解は出来なかったけれどとっても胸が躍ったのを覚えている。

そんな広がる宇宙に一歩足を踏み入れてみたい。そして、その宇宙の中で思う存分生きてみたい。

そうして自ずと僕は宇宙飛行士を目指していた。

虫歯があるとダメだって知ってたから僕は虫歯を作らないようにしてきた。

そのお陰で今僕の歯に病気は一つもない。

だから僕が宇宙飛行士を諦めた理由はそれじゃない。

じゃあ何か?単に、怖くなったんだ。

育つにつれて無限の意味が段々わかってきた。

無限という漠然とした言葉の意味の怖さが、段々と身に沁みてきて、そんな空間に足を踏み入れるのがある夜とても恐ろしくなって、僕は宇宙飛行士を目指すのをやめたんだ。


将来の夢はなんだっけ。あぁそうだパイロットだ。

将来の夢はなんだっけ。あぁそうだサッカー選手だ。

将来の夢はなんだっけ。あぁそうだパティシエだ。

将来の夢はなんだっけ。あぁそうだ先生だ。

将来の夢はなんだっけ。あぁそうだアナウンサーだ。

将来の夢はなんだっけ。あぁそうだ冒険家だ。

将来の夢はなんだっけ。あぁそうだ宇宙飛行士だ。

でもパイロットになれなかった。

でもサッカー選手になれなかった。

でもパティシエになれなかった。

でも先生になれなかった。

でもアナウンサーになれなかった。

でも冒険家になれなかった。

でも宇宙飛行士になれなかった。

じゃあ今僕は何になりたいんだ?

じゃあこれから僕は何になるんだ?

じゃあ今まで僕は何になるため生きてきたんだ?

じゃあ僕が今目指せるものってなんなんだ?

もう何度も諦めてるんだ。

憧れなんてとうに無いんだ。

今だって皿を見てるだけなんだ。

何かになる努力をしてこなかったんだ。

諦めるだけでそれを正当化してきたんだ。


僕は、何だ?


「・・・い・・・!・・・おい!!」

「!?」

急に視界が戻ってきた感覚。

背後からの声に顔を向けると、そこには友人の姿があった。

僕は咄嗟にバッグから携帯を取り出して時間を見る。

・・・一時間が経過していた。

「おい、今までなにしてたんだよ」

「い、いや、ちょっとボーっとしてて・・・」

僕は、見始めてから一時間以上もここに居たというのか?

「ロビーに居なかったから帰ったのかと思って電話したのに出ないしよ・・・」

僕はもう一度携帯を見る。すると数件の通知。友人からの電話だ。

「あ、あぁ。ごめん」

「ったくよー、まぁ無事だったからいいけどさ」

「無事?」

ショッピングモールの中に危険など無いのに、何を心配することがあるんだろう。

「いや、最近ここらへん不審者多いじゃんか」

「え、なにそれ初耳」

「多いんだよ。お前はひょっこり連れてかれそうだからなぁ、結構本気で心配してた」

よく見たら友人の額にはうっすらと汗が滲んでいる。余程僕を探してくれたのか。

「ごめん、心配かけた」

頭を下げると肩に手をかけられて無理矢理頭を上げさせられる。

「別にいいって、とりあえず行こうぜ。遅れといてなんだけど早く観たいぜ」

「そうだね、行こうか」

僕は友人と踵を返して映画館へ向かっていった。


その後、彼が小粋な皿を思い出すことはなかった。

いかがでしたか?久々に納得のいった出来となった気がします。

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