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ふっふっふ。精神年齢熟女の私でも流石に堪忍袋の緒が緩んできましたわよ。
セルアがこの屋敷に来てはや三ヶ月が経ちました。
この三ヶ月毎日押しかけ会話をしてきましたが、今だに一言も発声してくれていません。
そろそろムキーッってなりそうです。もうそうなってもいいかしら?
そういえば、一度目人生の時に子供が拗ねて捻くれて、どうしようも無くなった時にしていたことを思い出したので、せっかくですし私はそれを実行することに決めました。
「おはようございますセルア様!今日はとてもいい天気でしてよ!」
淑女には程遠いほど勢い良くノックもせずドアを開け放ちました。
バーン!としたかったのですが、オーク材で出来た無駄に重厚な扉は幼女の私には無理でした。
クッ、力不足と筋力不足に涙がにじみます。
「ということで、さっさと行きますわよ!」
無抵抗のセルアの腕をわしっと掴み勢いのままグイグイと廊下を突き進みます。
引きずられないようにセルアも歩いてくるので、状況判断はできるようです。
そのまま中庭と回廊を突っ切り、屋敷の裏手にある湖まで引っ張ってくると、そのままぐっと足を踏ん張り砲丸投げの要領で遠心力を使って勢いを加算させ、パッと手を離しました。
ええ。投げましたとも。
勢いをましてぶん投げられた無抵抗のセルアは湖に落ちました。
それはもう気持ち良いくらいバッシャーンと水しぶきをあげました!
「!?プハッ・・・!がぼっ!ごほっ。」
バタバタと湖面をたたきながらもがきます。
はやり王都に住んでいた貴族ですので泳いで遊ぶということはしてこなかったようです。
田舎の貴族だから泳げるわけでは無いでしょうけれど、鬼畜教師と鬼執事に鍛えられた私たちは遠泳ぐらいはちょろいものです。
「げほっ、ぼく、泳げなっ、い!がぼっ!死ん、じゃう!」
溺れながらも必死に手足をバタつかせ湖面に上がるたびに噎せながらも必死に喋ります。
やっぱり失語症と言ってもほぼ自発的に口を閉ざしていただけでしたのね。
むしろ5歳のちびっ子が、三ヶ月も喋らないようにしていたことに驚くとともに賞賛にします。
お馬鹿すぎて。いえ、子供の浅知恵すぎて。
必死にもがいて助かろうとします。が、まだです。私が手を貸して助けるにはまだ足りません。
セルアには申し訳ないのですが、心を鬼にして待ちます。
「な、っで!死んじゃう!ガボがぼっ・・・ごぼっ!たすっ、助けっ・・・!ごぶっ、助けて!!」
まぁ、こんなものかしら。
「ぴーちゃん、くーちゃんお願いしますね。」
ぴーちゃんがセルアの周りの水を持ち上げて、くーちゃんが湖畔の土をセルアまで伸ばして橋をかけてくださいました。
まあいくら勢いがあったからといいましても、所詮子どもの力で放り出したのでそんなに湖畔から離れてもいないので二、三掻きすれば湖畔に手がつく距離ですが。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
濡れ鼠になって肩で息をするセルアをよそに、協力してくれた小鳥のぴーちゃんと子犬のくーちゃんの体を撫でてお礼をします。
「なんなんだよ、あんた!殺す気か!」
あら、喋るどころか怒鳴れましたのね。
「別にあのままの状態でこれから過ごすのでしたら死んでも一緒でしょう?喋らないし感情も出さない。死んでいるも同然なのに食事だけはきちんと摂るだなんて、そんな食費の無駄遣いするならいない方が我が家の家計の助けになります。」
「あんたんチの家計なら僕一人分の食事ぐらい余裕だろうが!ふざけんな!」
「はあ?ふざけているのはあなたではなくて?」
イリーナ、六度目人生初と言って過言では無いぐらいキレておりましてよ!
「甘えるのも良い加減になさいませ。その歳で両親とも一気になくしてショックを受けるのはもちろん当然でしょう。ですが、茫然自失としていて良い期間はとっくのとうに過ぎておりましてよ!一ヶ月程度なら年齢も加味してしょうがないと納得出来ますが、もうすでに事故より三ヶ月の月日が流れています。現場に遭遇したとしてもそろそろ前を向いて生きようとしても良い頃なのに、あなたはいつまで経ってもウジウジうじうじと!あなたこの三ヶ月間何をしてまして?日がな一日ボケーっと座って人形のように微動だにせず、時間が来たら食事をして寝て!何の覇気もなくボケッとしているだけなのに食事だけはきちんと朝晩召し上がるだなんて、どれだけ甘ちゃんなのですの?人をバカにするのも良い加減になさいませ。あなたの専属でついている侍女のメイナーは心底心配していますのよ!あなたがいつか必ず自分を取り戻してくださる、以前のようにはち切れんばかりの笑顔を見せてくれる、亡くなったアッシェンクラン伯爵の後を継いで下さる、と!!アッシェンクラン家に仕えて下さった方々は各々の事情を踏まえ、希望者は全員このメルティウスで仕えていただいております。それもひとえにあなたが伯爵の家督を継いだ時に不自由が起こらないようにと考えたメルティウス侯爵夫婦の好意です!他人様の好意や心配を一身に受けながらあなたは現実逃避に走り自己陶酔と自己憐憫に浸るだけ!両親が僕をかばって死んじゃった。僕がいなければ両親は生きていたのに僕かわいそう、とかアホで愚かな妄想を繰り返しているのでしょう。ほんと浅知恵というか、子供染みたというか、呆れて物も言えませんわね。私も最初は見守るつもりでしたし毎日話しかけることで少しでも興味関心を持ってくださればと思っていましたけれど、もうその時期ではありませんよね。なので少々喝を入れようと思いましたの。」
一息で言い切ってやりました。もう一方的にべらべらと。
だって止まらなかったのですもの。
「だからっていきなり水の中に突き落とすことはないだろう!死ぬところだったんだぞ!」
「おだまりなさい!むしろそのまま死んでしまってもよかったのです!あんなウジウジと自分かわいそう思考でもっていつまでも前を向こうとしない人間、生きていても良いことがないのでしょう?あなたご自身もそう思ってたのではありませんか。僕なんか生きていたってしょうがない。僕が両親を殺したんだ。僕が死ねばよかったんだ。どうせそんな幼稚なことを思っているのでしょう?ハッ、バッカじゃありませんの?」
「なっ!お前に何がわかる!?両親は僕をかばって死んだんだぞ?両親が元気で好き勝手してるあんたに何がわかるんだ!わかってたまるかよ!」
「フンッ、わかるわけなくてよ。むしろわかりたくもありませんわね、そんなネガティブまっしぐらのナルシスト思考だけのお花畑のお子ちゃまの考えなんて。」
「っ!!」
「怒るならどうぞ。手を出すならお好きになさいませ。ですが、出した時点であなたの負け。そんなあなたをかばって亡くなったご両親はまさに犬死ですわね。こんな根暗な子供を持って泣きご両親はさぞかし悔やんでいるでしょうね。愚かなことをしたと。無駄に寿命を縮めてしまって同情差し上げます。」
「貴様ぁ!父と母のことを悪く言うなぁ!」
バシンッと頬に熱い痛みが走りました。
「お母様は僕をかばってくれたんだ!お父様はお母様と僕をかばって守ってくれた!お父様とお母様は僕の誇りだ!誰にも無駄だったと言わせない!!」
・・・できるじゃないですか。
「・・・そうやって自信とプライドを持ってご両親の行為を誇れるのに、どうしてご自身はそんなに内内にこもっておしまいになるのですか?」
先ほどまでのヒートアップ口論を急に鎮めて、語りかける口調でセルアに向かいます。
「あなただってわかっているのでしょう、ご両親が守ったんだと。親は愛情を持って子に接しますわ、それがどんなに厳しいことを言われたとしてもそれは愛情のこもった言葉に他なりません。子供を優先にして愛するものを守る行動を取るのはごく自然な行為ですわよね。ご両親はあなたのことを愛していたから、それこそ命をかけても惜しく無いと思っいたからこそとっさの事故に際してもあなたを守るという行動に出たのでしょうね。子を守る親の思いはいつの時代もどんな種族にも当てはまる、一番強い思いだと思いますの。だから子供は親にその愛情の恩返しをするために成長するのだと私は思いますの。」
「でも、僕の両親は死んでしまった。ぼくを・・・」
「僕をかばってなどと言う戯言を言うのでれば、今度は本気で張っ倒します。」
「う・・・・。」
「そうですね。確かにあなたのご両親はすでに儚く、触れ合うことは不可能です。でも、そうしてあなたがうじうじグダグダしていて何になります?ご両親が生きていたらさぞ嘆かれますわよ。」
「死んでしまったのだかわかるわけ無いだろう。」
まだそう言う屁理屈をこねますか。
「・・・ふぅ〜。まったく、本っっ当に呆れかえる程ガキですわね。」
「なっ、僕のどこっ、むぐっ。」
「どうせ口を開けばそのような、くだらないマイナス思考と屁理屈が出てくるのですから少しの間口を閉じていてくださらない?あなたのその屁理屈を聞いているとイライラして来ますの。まだまだ精神鍛錬が足らない証拠ですね。ともかく、あなたはご両親を誇りに思っていながら自己憐憫に浸っているのは理解出来ました。理解したくも無いですが。ですが誇りに思っているのでしたら、どうしてその誇りにかけて前を向いて立派な人間に成長しようと努力しませんの?たとえご両親が亡くなっても親孝行は可能でしょう?お父様の爵位を継げるように立派な人間になるとか色々あるのでは?ママのミルクを飲まなければ生きていけない赤ちゃんではなく、あなたはもう自分の足で立ち自分の足で歩いていけるでしょう?もうよちよち歩きで親の後を追いかけるのは卒業しませんこと?いきなり一人でどうぞと言う訳にはいかないでしょうから微力ながらも私個人やメルティウス家も助力は惜しみません。生きて子の成長を見届けたかったご両親のためにもセルアは生きなければなりませ。ご両親の人生の倍以上生きてから、ご両親への誇りとお土産話を持ってお待たせいたしました、とご両親に逢いに行きましょう。でも、今ではありませんよ。まだまだ何十年も先のことです。」
差し出した手を凝視して、それからそっぽを向きながら嫌々手を重ねました。
拗ねた表情をしてますが、頬は赤く染まっていましてよ。
「・・・変な女。」
ツンデレ決定ですわね。なんてブレない子なのでしょう。