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「お嬢様には驚かされましたな。まさか私とシェルティの授業にここまで短期間で完璧に覚えていただけるとは、このじいや少々目が曇っていたようですな。」
明日7歳の誕生日を迎えるこの日、唐突にじいやに言われました。
じいやの地獄のスパルタダンス授業が終わって、内心ぐったり外見へっちゃら顔で料理長が手ずから作ってくださった桃のコンフォートムースを、ばあや特製フレバードティーと共にウマーと頂いていたところでしたので少々反応が遅れてしまいましたが、じいやは感慨深げにそういいました。
「じいや、どうかして?」
「もうお嬢様にじいやがお教えすべきことございません。お嬢様のことですから学んだことをお忘れになるということはないでしょうが、ぜひ精進なさってくださいませ。」
つまり、マナーの授業は合格ということですの?
「本当ですの?マナーの授業は終わってしまいますの?」
「左様でございます。今までお嬢様のためとはいえ随分厳しい事を申しました。しかしながらお嬢様は落ち込むどころか翌日には負けてなるものかといったお気持ちで授業に臨まれておりましたご様子を見てじいやは何度感激しましたことか。順位をつけるのもおこがましいのですがお嬢様が一番模範となるべき生徒でございました。」
泣いてもいいですか。ですが淑女たるもの常に前を見て感情をあらわにすることは良しとしません。
私は今までの授業の集大成として淑女のお辞儀をしました。
背筋をピンと伸ばし顎を引き相手の口元あたりを見つめます。スカートを軽くつまみ、片足を斜め後ろの内側に引きもう片方の足の膝を軽く曲げ女性としての最上級の礼をいたします。
「今までありがとうございました。これからもじいやとばあやに教えて頂いたものは私の血となり肉となり儚くなるまで私を守る武器となってくれるでしょう。今におごらず精進し続けてまいりますわ。」
「お嬢様、ご立派になられて。ばあやは嬉しく存じます。」
「お嬢様は私の誇りでございますな。」
ばあやは目に涙を浮かべ、じいやは満足そうな微笑みを携えて褒めてくださいました。
私もじいやとばあやの存在は家族以上に家族と思っていますわ。今までもこれからも。
「なんだか今生の別れみたいな物々しい雰囲気になってんだが。」
「ええ、まぁ。お嬢様やシェズ様シェルティ様はこういった事がお好きですから。」
後ろからクロエ先生とアルフレッドの呆れた声が聞こえましたが綺麗にスルーさせていただきます!
「はいはいそれぐらいでやめときましょうや、イリーナ嬢。そろそろ授業始めていいか?こっちの授業はまだまだやることが詰まってんだ」
感動を見事にぶった切りましたわね。少々恨みがましい目で見てしまったのはご愛嬌ですわよね。
「んじゃぁまぁ、ぼちぼち始めますかね。おらアルフレッド行くぞ。」
アルフレッドの首根っこをつかんで魔術の授業をすべく中庭へ引きずって行きました。
私も後を追いかけます。じいやとばあやのはにっこり微笑んで見送ってくれました。
なんともやる気のない先生ですが、これでかなり優秀なのです。
「せっかくだし、こっちも第三段階の修了テストをするかな。イリーナ嬢は魔術方面に興味があるみたいだしそっちの適性を見てみっか。アルフレッドはもちろん魔闘士だよな。めんどくせぇからお前らここでちょっと得意分野で模擬戦闘してみろや。俺はめんどくせぇからそこら辺で審判してやるから。はい、はじめ〜。」
優秀だと思いたいのですが、最近だんだん自信がなくなってきましたが。
「あ、そうそう、お互い手ェ抜いてるとわかった時点で俺からのありがたい私刑と罰ゲームが、で、その後シェズとシェルティからのありがたーいお説教がまってるからな。」
鬼畜がここにいます!
アルフと顔を見合わせ無言で意思の疎通を図るとお互い同時に頷きました。
本気で戦らないと殺られる・・・!
「炎よ我が刃に宿りし敵を滅せ!」
「水よ!」
アルフレッドが得意な火炎系の魔法を愛剣に宿らせるのに対し、私は火に強い水で対抗をします。
一般的にはきちんと詠唱した方が威力が強いと言われていますが、私の潜在魔力値はゲーム設定なのか転生チートなのかは不明ですが、ズバ抜けて高い値が出ておりまして、詠唱省略や破棄をしても同等の威力を発揮することが可能になりました。
そうなるまでにおなじみの、血反吐を吐く思いで、鬼畜先生による鬼畜授業に食いついて何とかようやく最近合格点を頂いたばかりですけれど。
「ハァッ!」
「くっ・・・!」
アルフレッドは刃の火力を格段に上げ、水流を一刀両断しさらに炎の渦を剣から放ちました。
私は水流を消しシールドを張り、その結界を変形させて炎を包み込んでから結界を消滅させることで炎を消すと、そのままの勢いで無数の氷を地上から生やしました。
しかしアルフレッドも私の手を読み尽くしていますのでなんなくかわします。
彼の身体能力は目を見張るものがありまして、普通の人間なら百舌鳥のはやにえ確定ですが、我が従僕の反射神経は鬼畜教師陣のおかげで、人外までに鍛え上げられました。
片方が属性展開で攻撃すればもう一方が反対属性で打ち負かすというそんな攻防戦を繰り返すこと数度。
「お前ら不毛すぎ。なぁ〜んで相反属性で遊んでやがんだよ。面倒臭すぎ。」
クロエ先生が欠伸とともに指をちょいっと動かすと、私の足元から先生の魔術で作られた獅子が牙をむき出しにして襲いかかってきました。
「砕破! アルフ!」
炎を吐く獅子の片腕を砕くも形無き炎のためすぐに元の獅子の形状に戻ってしまうのに、なぜか攻撃の際は触れるとかいう摩訶不思議魔術。
若干反則だと思いますが先生に文句を言った暁には、私たちの未熟さを滔々と語りライフポイントをゼロにしてくださるに決まってます。
触らぬ鬼畜に祟り無しですわ。
アルフレッドに物理的に獅子を食い止めてくれている間に、この魔術に打ち勝てる魔術のイメージを構築して錬成します。
「濁流よ!落雷!」
大量の水で獅子を包み込み、だんだんとその水の玉を小さくさせ、動きを完全に封じ込じこめたところに高電圧の雷を落とし獅子に込められた魔力を力づくで抑えこみました。
そして弱ったところでアルフレッドが炎の刃を水の刃に変え獅子の体を両断しました。
そこに大量の水を凝縮した水弾を一気に浴びせかけ消化しました。
「遅ぇ。もっとチャラっと消せよ。お前らの実力なら出来るだろうが。ホレもう一回。」
鬼畜教師がもう一体、今度は電流を纏わせバチバチ放電している大きな鳥を作り出しました。
鬼畜!と叫ばなかった私たちを褒めて欲しいものです。余談ですけれど。
私たちは視線をかわすし頷きあうと無言で鳥にむかいました。
「・・・まぁ、こんなもんか。新しく課題出すのも面倒臭ぇし、それを評価する俺の姿を想像すると更に面倒臭ぇ上に寒気がするから第三段階合格でいいわ。おう、お前らの次の授業までこれ読んで頭に入れとけ。んでもってイリーナ嬢は自分の能力の範囲内で可能な召喚術からなんか呼び出しとけ。くれぐれも、くれぐれも!自分の手に余るような召喚獣だけは喚ぶなよ。アルはイリーナ嬢が無茶しねぇように見張っとけ。命令に反したらお前ら揃って連帯責任でお説教と罰則な。」
あれから十何回も、鬼畜教師が魔術を出しては消してを繰り返し、その合間にアルフレッドと否応無く打ち合わせさせられ、今までにない位ヘトヘトです。
へたり込んでしまった私に比べ、肩で息をするもののその場に立っていられるアルフレッドの体力が腹立たしい限りです。
「クロエ先生、今この状況でその分厚い本を投げるのは十分殺傷能力があるかと思いますが。お嬢様に当たったら確実に怪我をします。」
鬼畜教師に対して抗議できるなんて、なんて素晴らしい騎士なのでしょう!
しかも私のことを本気で気遣ってくれるなんて、厚い絆の表れですわね!
嬉しすぎて涙が出そうです!
「はん、そうならねぇように阻止すんのが従僕で護衛のお前の役割だろうが。主を守れない従僕なんざ屑だクズ。ちっと能力が上がってきたからって俺に逆らうたぁいい度胸だなアル。そんなに余裕があるんならまだまだ課題が足りなかったみてぇだな。もう少し特別課題を増やしてやろうか?」
ああ、アルフレッドが完膚なきまでに叩きのめされています。
助太刀したいのですが、私のライフはもうゼロですのよ、不甲斐ない主人でごめんなさいね。
「ったく、面倒臭ぇヤツだな。だが騎士道精神としては上出来だな。自分の利益よりも主人の利益を守ることが無意識的に優先できないヤツは根本的に終わってるからな。じゃぁ、課題サボるんじゃねぇぞ。今日は体がガタガタだろうからきちんと休ませろよ、特にイリーナ嬢は貧相なんだから休まねぇと明日が辛ぇからな。アルはシェズ殿からの課題こなしてからじゃねぇと休むなよ。」
「ありがとうございましたわ。」
「はい、かしこまりました。ありがとうございました。」
二人でクロエ先生に礼をしますが、鬼畜教師と心の中で呼びかけるのは譲れません。
「だが、そんな鬼畜が好きだろ、イリーナ嬢?」
「なっ!?好きなわけありませんでしょう!いつもいつも私の心の中を読まないでくださいと申し上げておりますでしょう!」
「ならおいそれと簡単に読まれるような表情すんじゃねぇよ未熟者。」
ケラケラと笑って去って行くクロエ先生に対して殺意を抱いても文句は言われませんわよね。
隣からもっと強い殺気が漂ってきているのはスルーした方がよろしいでしょうか。