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達也のアドバイス

 その日の午前中、僕は文化部の企画展示会場を順次見て回った。 君はクラス企画のメイド喫茶の調理担当なので、昼過ぎまでそちらの方の仕事をしなければならなかった。三年生で教室を会場にした催し物を行うクラスは君がいる3―Bだけだ。他のクラスは合唱発表や演劇発表を行う予定だ。

 さて僕は三階の三年生の教室を巡回することにした。この階は囲碁部や将棋部、写真部など、文化部の中でも地味な奴らが企画展示している。

 一番西側の教室、3―Aは囲碁部と将棋部の合同の会場だ。囲碁部と将棋部は教室を半分に分けて、それぞれ対局の場を確保していた。教室には展示物など何もなく、碁盤や碁石、将棋の駒があるだけだった。普段の部活動と何ら変わりない。(この企画はいったい何なんだ!)ただ囲碁部の方では年配の男性が部員と対局していたので、そこだけは一般開放している文化祭っぽかった。

 隣の3―Bは賑やかだった。メイド喫茶といってもメイド役は男子生徒で、僕はその発想がどうもよく理解できない。しかしこの企画は女子には受けているようで、お客の大半は女子高生だ。そして他校の生徒もいる。彼女らは面白がってメイドに命令したりしている。メイド姿に女装した男子生徒も嬉しそうに対応している。僕は廊下に突っ立って開け放たれた窓から、その異様な光景を呆然と見ていた。するとチョコレートとクッキーを運んでいる君と目があった。君はペロッと舌を出し、右目で僕にウィンクした。僕は動揺し反射的に周囲をキョロキョロ見回したが、周りには誰もいなかった。君は小さく笑うと仕事にもどった。そのおかげなのか僕は少しリラックスでき身体が軽くなったような気がした。(ボランティア部の事件で僕はやはり緊張していたのだ)そして引き続き巡回を続けることにした。

 3―Cは写真部の会場だ。展示ボードには様々な写真が展示されている。ここはポスターやボランティア部の展示物を切り裂いた犯人が狙いやすい場所だが、今のところ被害はない。教室内では部員らしき生徒が二人、高級そうなカメラを持って熱心に何やら話している。展示物は風景写真が多いと思いきや、モノクロのポートレートや街中で廃墟になった家屋の写真など、なかなか渋い作品もあったりする。希望者にはポートレートを撮る企画もあり、マイナーな写真部もしっかり活動しているのだ。

 僕はこの会場も被害がないことを確認して次の会場に足を進めた。

 3―Dは僕とヒグチが在籍しているクラスだ。僕のクラスは文芸部の会場となっている。そこには文芸部の女子部員がつまらなそうに一人座っていて、自分たちが出版した本を販売していた。年に二回発行しているらしく、その内容は詩、エッセイ、小説、俳句、散文と様々だ。一冊二百円だが、もちろんほとんど売れるわけはなく、在庫はたくさんある。そのバックナンバーをすべて陳列してあって、全部で二百冊はある。これだけ見れば文芸部も地道に活動していることはわかる。だけど教室にあるのはこれら自主制作した本だけで、展示物も何もない。

 こんな殺風景な会場だから訪問者は誰もいないかと思ったら、一人いた。黒縁眼鏡の奥に鋭い眼光、細くて高い鼻と薄い唇に少しこけた頬、そして肩までかかる長髪の男はこの高校の生徒ではなかった。だが僕は彼をよく知っていた。同じ中学出身で、僕の数少ない友人である石川達也だ。

「達也、来てたのか?」

「ああ」達也はそう答えながらも、視線は文芸部が出版した本の文章をなぞっていた。

「変な奴がいるそうだな」

 達也は本を閉じながら静かに僕の方を見た。

「変な奴? ああ、文化祭のポスターとか展示物を切り裂いた奴がいるんだ。あっ、香織がら聞いたのか」

「まあな。しかし、どこにでも歪んだ人間はいるな」

「うん」

 達也の話した内容から推測すると、すでにこいつは香織と会ったようだ。優しくて配慮のある達也だから、妹も気分的に楽になっただろうと僕は少し安心した。

「そのポスターを破った奴と香織ちゃんとこの展示物を破った奴は同じ人間なのか?」

「おそらくそうだ」

「何故そう思う?」

「ポスターも香織のところの車椅子も鋭い刃物で×印に切られていたんだ」

「香織ちゃんの話を聞くと、ただのいたずらじゃないって感じだな」

「うん、でもどうして文化祭みたいな楽しいイベントを敵視するのかなあ。もっともこんなチャラチャラしたことが嫌いな人間もいるとは思うけど」

 達也は僕の話をあまり真剣に聞いていないみたいで、両腕を組んで床に目を落とし何事か考えていた。

「河村、犯人は案外個人的な感情でやってるかもしれないな」

「ん、どういう意味だ?」

「つまり文化祭というイベントがターゲットじゃなくて、文化祭に関わる人間を攻撃しているってことだ」

「あっ!」僕はその瞬間、頭の隅に釣り針が引っか掛かったような感覚を覚えた。

「考え方としてはそういう方向性もあるってことだ。どうした?」

 僕は達也に問いかけられるまで自分の思考に没頭していた。

「いや、なんでもない」

 僕の曖昧な返事に対し友人は何も言わなかった。彼は再び文芸部の本を手に取り、ページを適当にめくった。それから手に取った本を元の場所に戻して、僕の方を振り向いた。

「じゃあ俺、他のところ見て回るよ。世間一般の高校生が何を感じ何を思い何をしているのか、知っておく必要がある」

「何だよ、それ」

 達也は僕の言葉を聞き流し、左手を上げ「またな」と言って教室から出て行った。僕は頭の隅に引っか掛かった疑惑が徐々に拡がっていくのを感じながら、友人の後ろ姿を見送った。



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