変転する世界
白っぽいアーケードに覆われた商店街は、平日の夕方でも多くの人が行き交っていた。彼らは何かに追い立てられているのか、一様に足早に移動している。また進入を許されていない自転車が、コービー・ブライアントのドリブルのように人の間をぬって通り過ぎる。
僕たちは諸星さんから渡された地図を頼りに、ポスターの貼ってある店を一軒一軒訪問した。といっても貼ってあるポスターを確認し、週末の土曜日と日曜日が文化祭だということを告知するだけだったので、時間のかかる仕事ではない。ポスターは店頭に貼ってあるところがほとんどで外から確認できる。
二人で分担して店を訪問したので、一時間ほどで任務は終了した。
僕らは自動販売機が数台並んでいるスペースで休憩した。自動販売機の横に一メートルくらいの高さのテーブルがある。その上に僕らはそれぞれのデイバッグを置いて、ゆっくりと缶コーヒーを飲んだ。
「やっぱり商店街に貼ってあるポスターは破られていなかったね」
君はさも当然といった風に口を尖らせた。
「ふーん、秋山さんはそう思っていた?」
「だって宮田さんも言っていたでしょ。ポスターを破ったことはメッセージだって。そう考えると、学校内が攻撃の対象のような気がするんだ」
君は敏腕刑事が推理するように右手人差し指を眉間に当てた。
「なるほど」
僕は同意して缶コーヒーを一口飲んだ。
「だけど大野君はひどいよね! 河村君ひとりに、こんな仕事を押し付けるなんて」
「うん、まあ、ちょっとびっくりしたけど」
「やっぱり雪乃が言ったように、ジェラシーなのかなあ」
君が真剣に考えているので、僕はなぜかおかしくなった。
「ん、私、何か変なこといったかな?」
君はきょとんとしている。
「いや、だけど、こうして二人でいられるし」
「あっ、そうだね。大野君の陰険な陰謀も裏目にでちゃったわけだ」
君は僕の方を横目で見てニヤリと笑った。
「でもさ、秋山さん、時間いいの。いろいろ忙しいんじゃないの?」
「うん、文化祭までは、ちょっと時間つくってもらったんだ」
「じゃあ商店街をちょっとブラブラしていく?」
「うん! ねえ河村君、CDショップに行こう。案内してよ。私、河村君に訊きたいことがあるんだ」
君は飲み終えた缶コーヒーを空き缶用ゴミ箱にポイッと正確に投げ入れた。それから僕の手をとって早く行こうと催促した。僕は慌てて缶コーヒーを飲み干すと、君に引っ張られるように歩き出した。
僕もときとどき行くCDショップは、神経質そうな中年の男が経営している。店主は身長百六十センチくらいで痩せていて、分厚いレンズの眼鏡をかけている。頭髪は薄く、服装はいつもシャツの上に灰色か茶色のベストを着ている。店の商品はクラシックとジャズが中心でロックもかなりある。一応ポップスの新譜もあるが、それらは適当に入荷した感じだ。店内のレイアウトも趣味的で、貼ってあるポスターも今人気のあるアーティストのものはなく、マイルス・ディビスだったり、ブライアン・ジョーンズがいるザ・ローリング・ストーンズだったり、松田聖子だったりする。だからそんなに繁盛しているわけではなく、僕が行くときはいつも客は他に誰もいない。僕はその店に入るたびに、これでよく潰れないなあと思う。ひっとしてこの無愛想な店主は謎の大富豪で、趣味としてこの店をやっているのかもしれない。
僕たちがこのCDショップに入っても、店主は挨拶ひとつせず、ジロッと一瞥しただけだ。僕ひとりのときはそんなことは気にもしないのだが、君と二人で入ったときは、(挨拶くらいはしろよな、俺たちお客だぞ)と思ってしまう。
「河村君、癒される音楽って何だろ?」
「癒される音楽? ヒーリング系とかクラシックかなあ」
「それからちょっと落ち込んだときとかに聴くと、元気が出るやつとかはないかな?」
「ふーん」
「それであんまり値段が高くないのね」
「やっぱりモーツァルトあたりがいいかな」
「モーツァルト?」
「うん、それも室内楽とかヴァイオリン協奏曲とかがいいよ」
「ふーん」
僕たちはクラシックのコーナーに行って、モーツァルトのCDをあれこれ引っ張り出した。ヴァイオリン協奏曲、ピアノ協奏曲、室内楽、ヴァイオリンとヴィオラの二重奏曲とこの店の規模に反して、結構な品揃えだ。(店主の趣味かもしれない)
「うーん、いっぱいあるね。私わかんないし、河村君のお勧めは何? 私、それ買うし」
「うーん、モーツァルトの楽曲はほとんどはずれがないから難しいなあ」
「そっかあ」
「あのさ、僕の持っているCDを何枚か秋山さんに貸すよ。その中から気に入ったやつを買ったらどうだろ」
「あーっ、それいいねえ。うん、そうしよう」
さっきまで、難しい顔をしてCDを選んでいた君の表情は一転した。
そのとき僕の背中に何やら視線を感じた。振り返るとレジの奥に立っている店主と一瞬目が合った。彼は僕たちの会話が聞こえたのだろうか?
(地獄耳!)そう思いながら僕は店主のほうを見つめたが、彼は知らん顔をしてカタログのようなものを読み始めた。
「河村君、どうしたの?」
「あっ、そろそろ帰ろうか」
「うん」
僕らが店を出るときにに「アリガトウゴザイマシタ」と店主が言った。僕がCDを買っても、「どうも」としかお礼を言ったことのない店主がそう言ったのだ。僕の目に映る世界の風景は日々変わり続けている。




