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月曜日の朝の衝撃

「河村君、大変だよ! 文化祭のポスターが破られている」

 君は瞳を大きく見開いて憤慨している。

「え、うそっ」

月曜日の朝、高校の教室に行くと君と宮田さんが固い表情でやってきた。

「ホントだよ。校内に貼ってあったのが何枚も破られているんだ。もう!」

「職員室の前と玄関前、それにこの校舎の階段踊り場に貼ってあるポスターと合計三枚が破られている」

 宮田さんはこんなときでも冷静だ。だけど、あのシュールなデザインのポスターは君と宮田さんの合作なので、二人ともショックは大きいだろうと想像した。

「おう、遥、朝っぱらからどうした?」

 珍しく始業前に通学してきたヒグチが不思議そうに訊いてきた。宮田さんを名前で呼ぶことができるのは、男子生徒の中では僕の変な友人だけだ。

「ツヨシ、文化祭のポスターが校内で三枚も破られていたのよ」

(ヒグチは剛ーツヨシという名前だ)

「へぇー、いたずらにしちゃひどいな」

「あれはいたずらじゃないですよ」君は心外だといった表情を浮かべた。

「うん、あの破り方は悪質ないたずらよりもっとひどいもの」

「どんな風に破られた?」僕も口を挟んだ。

「ポスターの真ん中をナイフで×印なんだよ。ねえ河村君、信じられる!」

「何だか悪意を感じるな」僕は嫌な気分になった。

「そうね、面白半分でやったのではなくて、悪意をもって意図的に行った。それに刻まれた×印は何かのメッセージかもしれない」

「ふむ」ヒグチが真面目に頷いた。

 君と僕は俯き加減で熟慮している宮田さんの様子をぼーっと眺めていた。そういえば今朝の宮田さんは眼鏡をかけてなくコンタクトレンズを装填している。そのためなのか、その容姿はびっくりするくらい美しい。その宮田さんが右手を顎の下に当てて深く考えている姿は、上質なミステリー映画のワンシーンを見ているようだった。

「ん、どうしたの?」

 僕たち二人の視線に気づいた宮田さんが急に顔を上げた。

「い、いやっ。別に」僕はちょっと驚いてしまった。

「宮田さんって考えているだけでも絵になるんだ」

 君が感心していると「ふふっ、ありがとう」と宮田さんはさらっと答えた。

「遥、その×印っていうのは、よくないメッセージという意味か?」

「おそらく」

 宮田さんの言葉は説得力があるので、僕らは少しの間考え込んでしまった。

「でもさ、どうしてこんなことするの? 文化祭って楽しいのに」

 君は口を尖らせている。

「秋山さん、私も確かにほとんどの生徒は文化祭を楽しみにしていると思う」

「うん、うん」君は首を縦に数回振った。

「しかし、なかには文化祭というイベントが大嫌いな人間もいるかもしれない。その理由はわからないけど」

「そっかあ」君は宮田さんの説明にかなり納得したみたいだ。

「世の中、変な人間が結構多いんだよ」ヒグチが真面目にそう言ったので僕ら三人は噴き出してしまった。

「何だよ。俺、変なこと言ったか?」

 ヒグチはみんながなぜ噴き出したのかわからなかった。

「ううん、ツヨシの言っていることはそのとおりよ」

 宮田さんが珍しく笑いをこらえていた。それから息を吐き出し呼吸を整えて言葉を続けた。

「ともかく今後は気をつけたほうがよさそうね。私も実行委員会のみんなには注意するように言っておくから」

「私、絶対犯人見つけて捕まえてやるんだから、ねっ河村君!」

 君は腕を組みピンクの頬を膨らませて言い切った。

 その日の放課後、生徒会室に行くと実行委員長の大野が難しそうな表情をつくってみんなに語り始めた。

「今朝、文化祭のポスターが数枚破られるという大事件が起こった。俺たちが必死で準備している文化祭を妨害している奴がいる」

 大野はそこまで言うと、周囲の実行委員たちの反応を確かめるようにあたりを見回した。僕たち実行委員は黙って彼の話を聞いていた。大野は僕たちの反応に満足したようで話を続けた。

「文化祭まであと数日に迫っているが、俺たちはこんな妨害に屈しない。何としても文化祭を成功させなければならない。みんな,わかったか!」

 いつものように大野の話は無内容だ。その話にアリバイ的に頷いたのは副委員長の小杉と企画部長の藤本だけだった。

 そのあと大野は僕を指差してこう言った。

「河村、お前ポスターを貼らしてもらっている家とか店とかをチェックして来い。破られてないかどうか」

「俺が? 全部?」

「そうだ、全部チェックして来い」

 こいつはいつも高圧的な口調だ。隣にいる小杉は神経質そうに唇を歪めて笑っている。

「じゃあ同じ会場係として私も行きます!」

 君は右手を上げて名乗り出た。

「葵は行かなくていい。他にやることがあるだろ」

「大野君! 一人で貼ってある全部のポスターをチェックできるわけないでしょ。それから私のこと葵って呼ばないでくれる!」

「そうそう、つきあっているわけじゃないし。大野君はデリカシーに欠けているのよ」

 文化祭パンフ作成担当の諸星雪乃がフォローした。彼女は意志的な黒い瞳とチャーミングな微笑みをもつ実行委員会のムードメーカーだ。幼い頃の事故で左足の膝から下が義足だけど、彼女の周りにはいつも暖かくやわらかな空気がある。

「大野君、パンフレットに広告を出してくれたところだけ確認したらどう? そこにはポスターを貼らせてもらっているし、当日の案内もできるし」

「さっすがあーっ遥。それだったらポスターのチェックと宣伝と一石二鳥だね」

 諸星さんと宮田さんは親友だ。

「まあ、じゃあ、そういうことにしろ」

 大野は不満げに言い放った。

「葵、河村君、パンフに広告を出している会社とお店は地図に落としてあるから」

 諸星さんは自分の席から僕と君を手招きした。それから僕たち三人が検討した結果、主に商店街を回ることとなった。

「そんなに厳密に回ることないよ。適当な時間になったら切り上げちゃったら」

「うん、そうしよっか。それから雪乃、さっきはアリガト。大野君はどうしてあんな言い方するんだろ?」

「ジェラシーよ、ジェラシー。男の嫉妬は醜いねぇ」

 諸星さんは声をひそめ、それからにっと笑った。

「二人で仲良くデートしてきたらいいじゃん!」

「真一、そうしようか?」

「おっ、真一と呼んだね」諸星さんはなぜか嬉しそうだ。

「河村君と真一ととっちが呼ばれるのがいい?」

 君がときおり見せる悪戯ぽい瞳が輝いた。

「いやっ、別にどっちでも」

 僕は動揺した。

 小悪魔のような女子高生二人は楽しそうに笑い合っていた。



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