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絵葉書ラビリンス

「絵葉書送ってくれよな。僕、君の絵結構好きなんだ」


「うん。分かった。じゃあ、元気でね」


彼がいなくなってから、もう何年たつのだろう。私は少し感傷的な気分に浸り、絵筆に絵の具を少し染み込ませた。


小高い丘の公園からは街の風景がよく見える。私は時々顔をあげながら、黙々とキャンパスに色を着けた。


「あっ」


下書きからかなり筆がずれてしまった。まぁいいか。どうせあとから絵葉書の大きさにするのだ。どこかが綺麗に描ければそこを切りとればいい。


「オッケーオッケー。微々たるものよ」


全部上手く描けるなんて最初から思っちゃいない。彼に送る絵葉書は私のキャンパスに描かれた一番出来の良い部分だけ。私は見栄っ張りなのだ。


「あらら。またやっちった」


また筆がずれてしまった。どうも彼のことを考えると上の空になってしまう。このままでは今回彼に送る絵葉書は切手サイズになってしまうかもしれない。


少し疲れてしまった私は気分転換をしようと画材を脇に置き、辺りを見回した。


絵描きには有名なスポットだからか、まばらに人が見える。私の後ろでも青年がキャンパスを広げ始めていた。


鞄からお弁当を取り出して少しつまむ。固まった体を思いっきり伸ばしながら欠伸をした。


右手が背中合わせで座っている青年に当たってしまったので、すぐさま「あっ、すみません」と謝る。


後ろの彼は振り替えることなく右手を挙げ、「いえいえ」といったように軽く振った。その仕草はどこか彼を思わせるもので、私は少し懐かしくなった。


彼は画家を目指し、上京した。別れ際に「必ず帰って来るさ、約束するよ」なんてかっこいいことを言っていたけど、私が大学を卒業し、働き始めた今となっても彼は帰って来ない。


自分のキャンパスをじっと見つめる。全体に淡く色が塗られた街の風景は、所々納得のいかない部分はあるものの、概ね良い出来映えだ。少なくとも彼ならばそう言ってくれるだろう。


高校の時、同じ美術部だった彼は、私の描く絵をいつも褒めてくれた。それは離れ離れになった今も変わらない。


電話越しの彼は、いつも絵葉書ありがとうと述べた後、いつだって「君の絵は本当に伸びがあるね」と評する。そのあと決まって、「自由で美しい絵だ」と続ける。


私はいつも笑いながら「そうでしょう」と返す。そして無駄だと知りながらも「いつ帰ってくるの」と聞く。


「描きたい絵があるんだけど、まだ僕にはそれを描ききる自信がないんだ。後少し腕を磨いてから帰るよ」


彼は何時だってこう答える。


帰って来るなんて、そんなのたかが口約束だ。だけど約束には違いない。身勝手だと分かっちゃいるけど、なんだかフェアじゃない気もする。私はこうして約束通り絵葉書を送り続けているというのに。


お弁当を食べ終えた私は再び彩色にとりかかった。今度こそ集中して絵筆を動かす。淡く塗った下地の上に色を重ねていく。その度に私の街に命が宿る。


日が傾いて来た頃、ようやく私は絵筆を置いた。ほぼ、完成だ。キャンパスを体から離して少し遠くから見てみる。うん、悪くない。いつも通り彼に伸びのある絵だと評価してもらえると思う。


私が凝り固まった体を解そうとベンチを立った時だった。


「伸びのある良い絵だね」


背中の後ろから声が聞こえた。


声の主は「自由で美しい」と続けながら、私を安心させる声で笑う。


「直接話すのは久し振りだね、なんだか気恥ずかしくてさ、なかなか声をかけれなかったよ」


「描きたい絵は、描けるようになったの」


私は後ろを振り返らずに尋ねた。


「うん、結構頑張ったからね。」


「そう。描き上がったら今度見せてね」


「いや、もう描き上がってる。今見せるよ」


「えっ」


振り向いた私を見て、彼は自分のキャンパスが見えるように体をどけた。


「これ、私」


目を見開いて驚く私を見て、彼は満足気に微笑んだ。


「どうだい。上手いこと描けてると思わないか」


私はバカ野郎!と彼を一発ひっぱたき、すかさず脇にあった筆を掴む。彼が「痛いじゃないか」などとぼやいている隙に、彼のキャンパスにでかでかと『おかえり』の文字を書いてやった。


彼は「酷いじゃないか」と言った後、私のキャンパスにのんびりした文字で『ただいま』と書いた。

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