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満月の夜  作者: 旅わんこ
10/15

File6 衝突目前

 そして。

 いよいよ、満月を迎える日が訪れた。

 その日の昼、クリシュナはラボを臨時休業し、とある場所に向かっていた。

 交通手段は、たくさんの荷物を搭載したウォーターエンジン式のグライダー。ラングが使っているものと同じタイプだが、翼として使われている帆のカラーリングは、スカイブルーだった。地上から見上げれば、まるで空に溶け込んでいるようだ。

 向かう先はミミル湖方面。だが、地上からはかなりの高度がある。捕り物前に湖で遊んでリフレッシュするつもりは、ないようだ。

 見下ろせば、いつもならたくさんの遊泳客がミミル湖に訪れているはずが、今日はとても少ない。この季節なら泳ぐよりも、キャンプやバーベキュー、ボートなどを楽しむ人々でにぎわっているはずなのに。

 それもそうだろう、怪盗・満月の夜が流した予告文によって大陸規模の混乱が生まれ、誰もが遊ぶどころではない。だが、まったくいないことはなく、彼らは満月の夜を信じて冷静に成り行きを見守っているか、楽しむなら今しかないとやけになっているのか。

 元気なのは子どもたち。特に小さな子どもたちは、誰かが満月の夜の格好をして、黒い上下の服に赤いマフラーを巻いて、悪役を決めて戦っている。今ではすっかり、子どもにまで満月の夜の名は浸透している。

「のどかだなぁ。今度の盗みが終わったら、エルメスと一緒に遊びにくるのもいいなぁ。」

 そうつぶやくと、クリシュナはハンドルを急に傾け、更に高度を取った。向かう場所はどうやら、英知の庭園ヴァイスガルテンのようだ。


 世界樹をぐるりと取り囲む、円形の人工の町。

 空中城砦都市、ヴァイスガルテン。

 そのうちの、アクアリウス州管理区域、シェアトがい

 エルメスはその空港に向かい、機体認証端末にて着陸許可をもらい、翼を折りたたんで乗用車のようにして、とある施設に向かう。

 そこは倉庫のようで、特に門や塀などで囲われてはいない。クリシュナはとある倉庫の前でグライダーを停めると、個人認証式フィラフトで開錠し、自動の門を開ける。

「さーてっと……」

 クリシュナは再びグライダーに乗り、機体を倉庫の中にしまいこむ。

 倉庫の照明を付ける。そしてクリシュナの目に飛び込んできたものとは。

「よ~し…… これさえあれば、今日の襲撃は成功間違いなし!」

 黒く大きな袋状の布にエンジンを取り付けた、ひとり乗り用の漆黒の気球が無数。

 子ども用工作のカートイに、マギア・フィラフトと小型機関銃を搭載したものが無数。

 黒い幌布の翼にそれと同色の機体、ランチャーを載せた、1機の搭乗式グライダー。

 小型エンジンに両翼とバーをくくりつけただけの、超小型グライダー。

 目にしたものを前に、クリシュナはグッと手を握る。

 ――標的はオルドー。警備体制は過去最大レベルに違いない。

 ――エルメスやラングたちが力を合わせた警備、突き崩すのは簡単なことじゃない。

 ――地道に作り上げてきたものを今夜一気に壊すのは悲しいけれど、これも作戦成功のため。

 怪盗・満月の夜こと、クリシュナ・レグルス。

 いよいよ、動き出す。






 そして、

 訪れた、闇夜。


 トクソティス州、カウス・アウストラリス州。

 国会議事堂オルドー敷地内。

 日が沈んでから、議事堂本堂の周囲には、未曾有みぞうの警備体制が敷かれていた。その警備体制を確認するために、アクアリウス州知事のアーサーが、今回の作戦責任者、ラングに問う。アルカウスも一緒だった。

「ラング。オルドーの警備体制はどうなっておる?」

「はい。敷地内外に渡り、トラス構造の鉄骨と、強固な城壁、運搬式のやぐらを、娘さんが提案した防衛陣の形状に設置しました。前の美術館で娘さんが取った作戦を応用し、総員、2人1組となって警備体制についております。

 また、提供される食事も、各々、自前の弁当を用意してもらい、他には密封式の即席固形食を、飲み物はグリップタイプの一般販売飲料を配給しております。満月の夜に、食事面から毒を仕込まれることはありません。」

「ん。武装はどうか?」

「はっ。銃士隊、槍術隊、空中遊撃隊に隊を編成し、全てに魔法武装を施してあります。以前のように、花火の火薬と摩り替えられ、盛大に花火を打ち上げ、敵の登場を演出するような真似はなくなりました。

 空中遊撃隊に関しては、5人乗りの気球にて、空中で標的を迎え撃ちます。これによって、標的が地上、空中、どこから現れても対処可能です。」

「成る程。……しかし、あれほどの人数を、ラング、きみひとりで指揮するのかね?」

 その問いに答えたのは、アルカウスだった。

「いいえ、班制を取っています。」

「班制?」

「はい。5班に分けた隊、すべてに班長を置き、その人物がその班の指揮を執ります。班長には、各州の自衛団の団長や大陸共同軍の兵士を配置しました。ラングと私も、班長のひとりです。また、緊急事態や統率が取れなくなった場合、ラングが総指揮を執ることになっています。」

「成る程、分かった。では、ラング、いやレグルス総指揮。そしてライル団長。頼んだぞ。」

 アーサーは現状の報告を終えたふたりに、静かに言った。ラングとアルカウスは、ともに姿勢を正し、敬礼をする。

「うむ。それにしても……」

 すると、アーサーはラングたちではない、オルドー敷地内に設けられた巨大な防衛陣、その一部を眺める。

 それは、まるで城壁。

 木材とレンガで組まれた壁に、銃撃および砲撃魔法を無効化するアンチマジック・アース、回廊のように渡された頑丈な足場、その足場と地面をつなぐ階段といった具合。

 陣形は、5つの突起のある、星の形をしている。また、星型の本陣の外側に、三角形の形をした陣が、本陣の引っ込んだ部分に設けられている。上から見てみれば、五芒星ごぼうせいがふたつ重なっている、そんな風に見える。

「こんな形をした陣、初めて見るな……!」

「はい。戦争が盛んだった中世に考案された、城砦だということです。こんなの、俺が通っていた学校では教えられませんでした。はっきり言って、ビックリです。」

「そうか。して? エルメスが提唱したこの陣の名を、何と言う?」

「はい。……『五稜郭ごりょうかく』と申します。」


 五稜郭。

 それは、『星型要塞』と呼ばれる陣形に属し、時代や国によって様々な星型要塞がある。今回は、本陣が5つの尖端せんたんを持つ星の形をしていることからこう呼ばれ、またオーソドックスな星型要塞でもある。

 この陣形の利点は、攻略されにくく、迎撃しやすいという点にある。とある、突き出た陣が猛攻に遭おうとも、隣接した陣がフォローに回ることもできるからだ。余程、城壁ごと吹っ飛ばすような大火力に襲われない限り、これは高度な戦略的防衛陣と言える。

 もっとも、火器の発展、戦略の近代化に伴い、またこれを本格的に作るとなると莫大な予算と土地と材料が必要となるため、使われなくなってゆく。

 しかし、今回はそれをあえて採用した。

 怪盗・満月の夜は、大規模な破壊を好まない。人はもちろん、建物も極力傷つけることなく、スマートに盗みを働き、退散してゆく。敵がそのような破壊工作をする心配がない限り、城壁にかけるコストと材料は少なくて済む。

 問題は、すでにたくさんの設備がある土地に陣を設けるわけで、『堀』を作ることができない。堀とは、城壁の周囲に設けられる溝であり、また池のように水を張ることも多い。これは、敵の城砦攻略を遅らせる、あるいは阻む目的がある。

 しかし、エルメスはその対策も、ちゃんと考えていた。

 何とエルメスが用意したのは、大陸共同軍が17年前の戦争でも使った、装甲に鋼鉄のとげが無数に敷きつめられている戦車だった。

 戦車は大火力を必要とするため、人間が持つアークルでは威力など到底期待できず、実弾と火薬を必要とする。だが、満月の夜のことだ、火薬の流通ルートを変えられていては、戦車はただの頑丈な車でしかない。火薬のすり替えは、過去に何度も味わわされている。

 それでも、戦車で五稜郭城壁を星型に取り囲めば、堀としての役目までは及ばなくとも、敵は正面突破することができず、城壁の本陣に近付くまでの時間は稼ぐことができよう。わずかに隙間を開けて人が通れるようにしているのは、あえて城壁と戦車の間に誘い込み、狭い場所で迎撃することと、偵察要因が城壁の内外を行き来できるようにするためだ。




 時刻、23時18分。

 ラング指揮下、オルドー警備組。

 2人1組という、自由にトイレにも行けないこの状況下、警備のために借り出された自衛団員は、相棒を連れてトイレに行く。その際、武装を置き去りにすることは許されない。緊張とストレスが高ぶって下痢を起こす男性団員に付き合わされる相棒は、たまったものではない。

 食事の際は、腰に提げた弁当箱を広げ、一気に食べてしまわないよう、主食と惣菜を少しずつついばむか、おにぎりをひとつだけ食べるというスタイルの者が多かった。また、弁当やタンク式の大量供給品ではない、市販の密封固形食糧やボトル飲料なら安心して受け取ることができ、無料で配られているそれは、自由に注文することができた。

 怪盗・満月の夜は、きっかり深夜0時にならないと、人々の前に姿を現さない。だが、事前準備のために怪しい動きをするかもしれない。満月の夜登場まで、決して気を抜くことが許されない。ストレスやプレッシャーなど、様々な苦痛とも、彼らは戦いを強いられている。


 時は、刻々と差し迫る。

 誰もが、満月の夜との戦いよりも、ストレスと、それによる体の不調との戦いを強いられている。そんな彼らに、エルメス自らが、激励の言葉をかけたり、同時にストレッチやツボ押しなどのケアをしたりして回っている。さすがに、全員の緊張をほぐすことはできないものの、エルメスも待機している間、誰かの役に立ちたいのだろう。

 時刻を確認するために、エルメスはインバネスコートの下から、懐中時計を取り出した。時刻は、23時47分を指し示している。

「そろそろね……」

 エルメスのその言葉に、ひとりの大陸共同軍の兵士が、彼女の時計を覘く。

「おっ! とうとう出番ですかい。血が沸きますねぇ。」

「ええ。よろしくお願いします。あたしも、そろそろ持ち場に戻らなければなりません。」

「はい。現場は俺らにお任せください、エルメスさん!」

 兵士は、自分より明らかに年下のエルメスにさえ、敬礼をする。エルメスも、政府直属の探偵とはいえ、自分の年齢が下であることから、彼女もお辞儀する。

 そしてエルメスは、華麗にインバネスコートの裾を翻すと、五稜郭の形状に組んだやぐらから、地上に続く階段を降りてゆく。自衛団員や兵士に向けていた笑顔も、すぐに鋭い目つきへと変わっていた。

 ――あと少し。

 ――あと、もう少しで、大陸の運命が動き出す。


 時刻、23時54分。

 オルドー中央棟、小会議室。

 その名のとおり、本来は会議室であるはずのその場所に、3つの人影があった。クリシュナでもエルメスでも、州知事アーサーでもない。

「……いいんだよな、殺して?」

 そうつぶやいた男の声は低く、息遣いはまるで獣。その口調は、高揚感を隠し切れない様子。そう、まるで、得物を前にして、狩を始めたくてうずうずしている、獅子や虎のように興奮している。怪しい眼光が、見るもの全てを恐怖させる。

 そんな彼に、わずかに距離を置いた、ふたつの影のうちひとつが答えた。背の高い男だった。赤銅色の髪に切れ長の目、すらりとした細身、大陸共同軍の軍服、十字架に絡みつく蛇を模した黒いバッジといったいでたち。声は澄んでいる。

「ええ、構いません、上からのお達しです。ただし、怪盗・満月の夜以外の人間を殺してはいけません。いつも言っていますが、命令に背けば、僕たちの権限にて、」

 男の言葉に続き、別の女性が、右手にあった端末を掲げる。漆黒の真珠のように輝く、マギア・フィラフトだった。彼女のいでたちは、真っ黒なスーツに、胸元のボタンを外した白いシャツ。ネクタイは巻いていない。

「あなたの首に巻いた首輪に埋め込んだ、神経断裂爆弾で、あなたを殺します。」

「うぉーうぉー、おっかねぇ。あんたらは本当に、権力で人をいたぶるのが好きだよなぁ。」

 獣のような男に、女性が答えた。

「所詮、この世で一番惨酷な生物は人間ということよ。あなたが身を以って証明してくれているわ。……合法的に人を始末できる『イレイザー』、ヴリトラ。」


 時刻、23時57分。

 オルドー中央棟1階、大広間。

 その空間は、1階から3階までの高さまでが吹き抜けとなっている。天井からは大きなシャンデリアが3つ吊り下げられている。

 大広間には、金箔で彩られた美麗な彫刻が施され赤いクッションを持つ豪華な椅子がひとつ、最奥に鎮座し、その前に、牛の皮を用いた座り心地のよいソファーが、向かい合って2列に並んでいる。

 豪華な椅子に座るのは、言わずもがな、この国の首相アル=ファルド・ヨルムンガンド。そして彼の前、2列のソファーに座るのは、やはりヨルムンガンド政府の重役を担う役人たち、各州の自衛団長、大陸共同軍の左官や将官たち。

 また、壁際にもずらりと、大陸共同軍の兵士、オルドー直属の警備兵たちが、ずらりと並ぶ。彼らが構えている武器は、銃剣を装着した魔法ライフル。そのほかにも小銃や短剣などを腰やブーツなどに装備し、ロングレンジ、ショートレンジ、ともに対応できる武装だ。

「さて諸君。」

 ヨルムンガンドは、すだれ構造になっている、彫刻といろどりが豪華な舶来品のうちわを扇ぎ、一同に言う。

「怪盗・満月の夜と名乗る賊も、今日でお仕舞いだ。過去に例なき厳重な警備体制を敷き、さらには、大陸共同軍からも強力な人材を召集した。今日は皆で、今日までこの国の貴重な財産を脅かしてきた賊の、哀れな姿を拝み、祝杯を挙げようではないか。」

 ヨルムンガンドのその言葉に、誰もが、拍手をした。




 そして。

 時は、至る。

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