地上の星
「なんなんだよ、お前…。どうして俺が異世界人だってわかったんだよ!」
「………」
二人の視線が絡み合う。だが声を出すのは朔夜一人だけだった。
「黙っていたら何もわからないじゃないか。そっちから絡んで来たのならまず、お前が誰なのか説明するのが道理だろ!」
朔夜の怒鳴り声で赤マントに言うと観念したのか、溜め息をして朔夜に向き合う。
「……そうだな。ある程度の“情報の示唆”をしてやらなければならないだろう」
「やっと話す気なったのか? で、まずお前は…」
「…待て。話すのは構わないが、ここでは誰が聞いているかわからない。場所を変えるぞ」
確かに今のびているゴロツキが目覚めたり、騒ぎを聞きつけた兵士が介入してくるのは、色々と面倒になる。
朔夜は赤マントの提案に応じた。
「分かった。俺もいつまでも裏道には居たくないからな。で、場所はどうする?」
流石に酒場とかで話す内容ではない。誰にも聞かれたくない内容なら、もっと一目のない場所で話をしなければならない。
「いい場所がある。ここから、すぐの場所だ」
「え、そんな場所があるんだ。なら…ぐっ!! なんで俺の首元の服を掴むんだよ!」
話が終わると赤マントは朔夜の首元の服を掴む。そして…
朔夜の体は一瞬で空高く舞い上がる。
比喩ではなく本当に、朔夜の体は地上から一気にロケットのようなスピードで、星空が輝く夜空を駆け抜ける。
「うわあああああああああああああああああああああ………!!!!!」
突然の事に朔夜は今起きている現状が理解できなかった。
空を飛んでいる。ただそれだけの事をきちんとり、するまで時間がかかった。
その間に朔夜は大きな雲を突き進む。雲は水蒸気の塊のため服が少し濡れ、突き進む時は生じる風が朔夜の体を冷たくしていく。
雲を突き抜けた所でやっと減速し、朔夜の夜空の散歩は終わろうとしている。
「……はぁ…ぃ…っ…息ができ…なぃ…い…」
激しい風圧により、朔夜は数分間は息をする事すら難しかった。更に気圧の急激な変動により鼓膜が破れるような痛みが生じていた。
「…あの…野っ郎…。なに……しやぁ…がっ…、!」
文句を言っていると、朔夜はふと下を見下ろした。そこには地上の星という名のいくつもの光が輝いていた。
光は所々に散らばっているが大きな光の集まりがあるのが見える。
大きな光の集まりは全部で六つある。そして朔夜の足下の方にある光の集まりが、さっきまで朔夜がいたエメライト王国の王都であるのがわかる。
「これが、俺が来た異世界…ステンシア」
この世界に来て、朔夜はどことなく「本当に異世界に来たのだろうか」と考える時は幾度もあった。果てしない地平線をみたり、不思議な光景をみたり、魔物のをみたりする度にここが異世界なのだと知る。
それでも…心の隅には否定している自分がいた気いた。
「綺麗…だな」
それが異世界からやって来た十六夜 朔夜の率直に思ったステンシアの感想だった。
こんな綺麗な世界を守ってみたい
例え力が無くても、才能が無くても、勇者じゃなくても、救い出せる命があるなら救いたい。
それが朔夜が感じた思いだった。
「よし! 頑張っ…え…」
そう思った瞬間、朔夜を浮かし続けた勢いがなくなった。そして勢いが止った朔夜は……
夜空に流れ星が流れたのか、と思うほどのスピードで大地に向かって急降下した。そのスピードは約300キロを超えるスピードだったという。
「しまったあああああああああーーー! 忘れてたああああああーーーー」
空からまっ逆さまに落ちる朔夜。それはこの世界から来る時に空間から落ちたスピードとは比べ物にならない。まだジェットコースターの方が楽しめる絶叫系アトラクションだった。
少しずつ地面が近付き、あと数分後には地面と大激突は避けられなかった。
「どうする!? どうする、俺!? 特に手があるわけじゃないし…あれ…もしかして本当に終わり?」
朔夜の頭にはこれまで体験した、見てきた映像が頭をよぎる。先程は体験せずに終わったが、朔夜は人生で初めての走馬灯を迎えていた。
「ああ、本当に短い命だったな…」
と、諦めかけていた瞬間、朔夜の体が急に落下を停止した。よく見ると朔夜の右足を誰かが掴んでいた。
そしてその右足を掴んでいるのは…
「で、どうだった? 夜空の散歩は?」
軽い調子で聞いてくる。さっき朔夜を空中散歩させた張本人…赤マントの男がいた。
彼は朔夜の足を力任せに横の屋根に放り投げる。朔夜は受け身も取れず頭をぶつける。
「! …痛っ! テメェ…?」
朔夜は立ち上がろうとするが、足が震えて上手く立ち上がれない。立ち上っても、上手く歩く事が難しく千鳥足のように左右に揺れていた。
「…そんな状態で動くな。動くと落ちるぞ」
「もう、落ちるところまで落ちているんだよ! 今更どこに落ちるんだよ…」
と、不意に朔夜は周りを見た。何処かの屋根だろうと朔夜は思っていたが、間違いではなかった。
朔夜達がいる場所は…
エメライト王都を代表するグローブ時計台の上
高さ二百㍍超の王都にそびえ立つ時計台の屋根に朔夜と赤マントがいる。
「ぁっ!」
「…ここなら、会話を聞かれる事はない。それに眺めもいいだろ?」
「だからって、気軽に行ける場所じゃないだろ、ここ!」
「だからあの高度まで放り投げる必要があったんだよ。まあ“それだけ”ではないがな」
赤マントはその辺に座る。本当に彼はここで話をする気らしい。何を言っても無駄だと朔夜は悟り、赤マントに向かい合うように朔夜も座る。
「……あとでちゃんと降ろせよ」
「そんな心配などする必要ないが、まあいい。それでどうだった? “この世界の景色”は?」
未だに顔が見えない赤マントは朔夜に質問する。
さっきの景色がよぎる。とても綺麗な地上の星とも言うべき光の集まりが…。
「ああ、見たよ。まさか、あれを見せるために…」
「そうだ。お前には一回あの景色を見ておいた方が良いと思ってな。分かったか?。あれが“お前が守る最低限の人数”だと思え。見えるだけの数なら、最低限あれだけの幸せがあるのだろう」
「あれだけの…」
「ああ。実際『世界を守る』と言うのは簡単だ。だが実際の勇者がどれだけの人を守るかを知るのは難しいらしい」
勇者が世界を救う。だが、勇者は世界を救うということはどれだけの生きとし生ける者達がいることを知らない。
風が強く、赤マントがなびくが、それでも男の顔は見えなかった。
「…お前は何なんだ? 俺に何を伝えようとしているんだ?」
「“今”のお前には知る必要がない。ただ俺は、お前が知るべき内容を最低限教えるだけだ…」
「俺が知るべき内容…」
「明日、いや、もう今日か。…この国、いやこの世界で歴史に残る出来事が起こる…」
赤マントは言葉に真剣身が帯びる。
「歴史に残るような出来事…。なんだよ?」
「それは実際お前が体験して歴史の局面を見ろ。そしてお前がその時どう判断するかは、自分で決めろ!」
「それじゃ、何もわからないじゃないか! 俺がどうすればいいのか…、そんなの俺には決められないよ…」
その話を聞いて、顔が見えない赤マントでも、表情が険しくなっているのが分かる。
「……随分と迷いがある奴が来たな。まあ、それが“当たり前”の反応なのかもしれん」
赤マントは立ち上がり、身に付いた埃を払う。
「ならば、一つアドバイスをやる。今期の異世界者…名前はなんだったか?」
「俺は朔夜だ。十六夜 朔夜…」
「朔夜か…。なら朔夜。運命の流れに身を任せろ。それで最低限、お前を勇者として導いてくれるだろう。」
「運命の…流れに…」
「そうだ。お前が好きそうな言葉で言うなら、ご都合主義をしてみろ。それでお前は勇者として歩んでいけるハズだ」
あとは、と赤マントは何かを取りだす。取りだした物を見て拳に握り締める。
「あまり情報を渡すのは、今後の俺の“計画”として良くない。あとは自分で考えろ。そして…お前にはこれを渡しておく」
そして意をけしたように朔夜に“ある物”を渡した。
「これは…?」
朔夜が渡されたのは、指輪だった。紅い色をし、宝石が付いた高級そうな指輪に見える。
「これからお前の道標になる物だ。お前の好きそうな言葉で言うとキーアイテムだ。大切に持っておけ……無くすなよ」
「そうそう無くすかよ。はめてもいいのか、これ?」
「無論だ。むしろ、いつもはめていろ」
「……呪われていないよな」
「そんな嫌がらせな物を渡す場面だと思っているのか? 呆れた奴だ」
そう言うだけ言うと、赤マントはエメライトの街並みを見る。顔は見えないが、何処か雰囲気が寂しそうに見えた。
「さて、話は終わりだ。早く宿屋に帰れ。今日から忙しくなる」
「いや、まだ話が…って、お前何また服を掴んでいるんだよ! まさか、お前!」
朔夜は必死になって抵抗するが、赤マントは何事もないように朔夜を時計台の端まで移動する。
そして小さな声で…
「…頼むぞ、勇者。お前が…最後のピースだ。その辺の雑魚に負けるなよ…」
「離っせ、て! 今何かいったか?」
赤マントの小さな声は、朔夜には聞こえなかった。すると赤マントからフッと笑顔が溢れる
「いや、なんでもない。せいぜい旅を楽し、みな!」
赤マントは朔夜を掴んでいた腕を、助走なし一気にエメライトの街に放り投げた。
「うああああああああああ、この殺人者ああああああ!!!」
あまりの勢いに朔夜の体はすぐに見えなくなった。
そして静寂に包まれた時計台に残ったのは赤マント一人だけだった。
◇ ◇ ◇
「……ぁーーぁーあああああああ、ぎゃっ!!」
時計台から投げ飛ばされた朔夜は、エメライトの街を低空飛行で飛ばされた。
たがすぐに失速して、彼はある屋根にぶつかりそのまま突き抜けた。
「っが、あいつ…絶対ゆるさねぅ…。今度あったら本気でぶっ飛ばしてやる…」
なんとか朔夜は生きていた。時計台から投げ飛ばされた彼の体には傷一つ付いていなかった。
「……ここは、馬小屋? で、干し草か、これは?」
朔夜が落ちた場所は馬小屋の干し草が敷き詰めれた倉庫だった。
「あいつ、狙ってやったのか…」
そして朔夜は右手に持っていた指輪を見る。その指輪はまたたいたように見えた。
「俺が勇者か…」
既に賽は投げられた。そんな取り返しのつかない道を歩んでいるような感覚さえしてくる異世界者の朔夜だった。




