宿屋
「ここなのか…イリス?」
「ええ…そのハズですけど…」
朔夜達は服屋の店主から、穴場の宿屋(看板には「宿屋グロック」と書かれている)を教えてもらい、その宿屋の前まで来た。だが…
「………ボロいな」
「………古いですね」
目の前にある宿屋は、若干傾き、壁の色が変わり果て緑色になり、所々が穴が空いている。だが、家の中からは明かりが見え、何となく人の気配がする。
しかし二人は、今にも潰れそうな宿屋に入る勇気はなかった。
「なあ…イリス…。今からでも宿屋変えないか?」
そして朔夜はイリスに現状に対して“最も”な提案をするが
「サクヤ様の言いたい事、気持ちは分かりますが…今の時期の王都は観光客が大勢いますしので宿屋を探すのは大変なんです。しかも日が沈みかけた今の時間ではどの宿屋も満室のハズです…」
「じゃあ…いつも通り野宿にしよう! 俺はもう野宿に慣れたから、石段の上でも寝れる自信がある!」
「駄目です、サクヤ様!! 夜の王都には観光客からお金を巻き上げる悪い人がいますから、迂闊に夜は外には行かない方がいいですよ!」
この時期の王都には大半の街にはスリや盗人をするゴロツキがよく出没する。一応は国の兵士が見回りをしたりするが、それでも危険は多い。
「…なるほど。つまり俺達は目の前のオンボロ宿に泊まるしかないのか…」
「そうなりますね…」
二人はもう一度ボロボロの宿屋を見る。そして同時に溜め息をして、意をけして宿屋の扉を開けて入る。
そして二人の目に驚くべき光景が飛び込み、声をあげる。
「「えっ!?」」
扉を開けると明かりが射し込む。そこには外のオンボロの宿屋とは思えない、普通の宿屋だった。朔夜達から見て正面にカウンター。左側に酒場というか食堂。右側には二階に続く階段が見える。
そしてカウンターには赤毛のストレートの女性が退屈そうにしていたが、朔夜達がいるのに気付くとすぐに営業スマイル全開で
「いらしゃっいませ! 二名様ですか?」
「あ、はい、そうです!」
つい挨拶につられる朔夜。朔夜とイリスはカウンターに近づく。
「すいません。泊まりたいのですが、部屋空いていますか?」
「はい、空いていますよ。お一人様、一泊150Pです。前払いになりますが大丈夫ですか?」
イリスは財布の中を確認して、二人分の勘定を出す。カウンターの人はお金を確認すると、部屋の鍵を出した。
「部屋は二階になっています。トイレと浴場は一階の共同用のお使い下さい」
「へぇ~お風呂があるんだ」
「はい、あります。一応は何時でも入れますが、深夜の二時から朝の六時までは点検と掃除がありますので、入浴はご遠慮願います」
「わかった。食事は?」
「お食事はそちらの食堂で注文すればお食事が出来ますが、宿泊代とは別料金になりますので、ご注意下さい」
一通りの説明を聞くと、朔夜はカウンターの人に
「なあ、なんでこの宿の内装はこんなに綺麗なのに、外はあんなにボロいんだ?」
「サ、サクヤ様!!」
ストレート過ぎる朔夜の発言に、イリスが口をはさむが、カウンターの女性は笑いながら
「ああ、それはですね。わざとボロく見えるように改装しているのですよ」
「はあっ?」
「何でまた、そのような事を?」
女性の発言に朔夜は驚き、イリスは理由を聞いてみた。
「実はこの時期の王都には観光客が多く来ますが、この宿はあまり人を雇っていないので、多くのお客さんの相手をするのは無理があるのですよ」
「うんうん」
「それに観光客の中には、マナーの悪い客がいて、そんな方が来られる周りのお客さんの迷惑になり、大げさに言うと宿屋の信用にも関わってくるのです」
「じゃあ…外を壁や屋根がボロボロなのは、偽装なのですか?」
「ええ、そうです。大半の人はボロい宿に泊まりたいとは思わないでしょ。ボロい宿屋でも泊まりたいと思っている人はお金がなかったり、訳ありだったりする人が多いんです。そんな人達なら泊めてあげたいと思っているんです」
更にカウンターの女性いわくこの場所はあまり人目につけにくいため、普通の人なら見つけにくい場所でもある。
ただ街に住んでいる人達には知られていて、街の人が旅人に時折この宿屋を教えている。
「いい忘れましたけど、宿屋はボロく見えますが、それは見かけだけです。中はきちんとしてますし、屋根の穴も塞がっていますから、大丈夫ですよ♪」
カウンターの女性は笑顔でそう答えるが、初めてお客として来た二人にはあまり安心できる内容ではなかった。
そして、朔夜はカウンターの女性に
「でもわざわざそんな改装とかしなくても、そんな奴は断ればいいんじゃないか?」
朔夜の提案に、カウンターの女性は首を横に振る。
「来られたお客さんを泊めないのは宿屋としてはあまり誉められた事ではないんです。たとえどんな相手であろうとお部屋を用意するのが宿屋の在り方だと私達は思っています」
『来る人拒まず』が宿屋の理念だ、そうだ。「じゃあ、そんな小細工するなよ」と朔夜は内心思ったが、そのお陰でお祭りの期間でも満室にならず、泊まれるので助かったと思った。
カウンターの女性から鍵を貰うイリスだが、あることに気付いた。
「あれ? 鍵が一つしかありませんが?」
「すいませんがお部屋は一つしか空いてないのですが、よろしいですか?」
「「えっ!!」」
女性の発言に二人は目を見開き、お互いを見てからカウンターの女性を見た。
「一部屋しかないの!?」
「本当にすいません。しかし当宿屋はほぼ満室で一部屋しか空いていないんです。でもベッドは大きいので、二人でも寝れますよ」
「問題はそこじゃないし、しかも何のフォローにもなってない!!」
むしろ状況を悪化させる内容に朔夜は顔が若干赤くなる。
この五日間、野宿をする際にはイリスとある程度の距離を空けて眠っていたが、それでも朔夜が慣れるには時間がかかった。
そんな奥手な朔夜が、イリスと一つ屋根の下どころか同じ部屋で眠れる訳ない。
「あの、なんとか別の部屋ないですか?」
「と言われましても、五つある部屋の四つは借りられていますし、屋根裏部屋はとても人が住める状況ではないですから」
宿屋なのに部屋があまりにも少ない事に苛立ちながらも朔夜はなんとか方法を考え出すが
「サクヤ様、ないものは仕方ありません」
「いや、イリス。いくらなんでも年頃の男女が同じ部屋で寝泊まりは…」
「私は気にしませんから、大丈夫です………サクヤ様となら…」
「?」
最後の言葉は小さ過ぎて朔夜は聞こえなかった。だがイリスの顔は真っ赤に染まり、二階に続く階段をかけ上がる。その様子をポカンとした表情で見る朔夜とそんな朔夜を微笑ましく見つめるカウンターの女性がいた。
「いや~若いっていいですね」
「何を勘違いしているんですか。イリ…彼女とはなんにもありませんよ」
「まあまあ。それよりこんな場合は早く追いかけてくださいな♪」
カウンターの女性は嬉しそうに階段を指差す。その行動を無視して階段を上がる。
「ああ、そうでした。お客様」
「俺? なんですか?」
朔夜が振り向くと、カウンターにいる女性は真剣な表情で朔夜を見る。
「実はですね……」
「…はい」
「お客様がお泊まりになる部屋は……」
「まさか…何かいるのか!?」
「いえ、お客様のお泊まりになる部屋は防音に優れていませんので、あまり激しいプレイをされる場合は周りの迷惑に…あれ、お客様! まだお話しの途中ですよ!」
頭の中桃色100%の女性を放っといて、朔夜は階段を上がり、イリスが待つ部屋に向かった。
「まさかあの人、部屋があるのに、俺達を一緒の部屋にしたんじゃないだろうな…」
それは本人しかわからないが、彼女が正直に答えるとは露とも思っていない。真相は闇の中だった……。
少し更新が遅くなります。
書ける時は書きますので、これからもよろしくお願いしますm(__)m




