96.王宮炎上サバイバー系天女再来セレモニー<3>
塩の国エイテンの王都に到着した。
旅路は順調だったようで、併合式典までまだ六日もある。私達は王城近くにある迎賓館に通され、式典が開かれる日まで滞在することとなった。
同行してきた侍女達は、他国の王都に遊びに行ける暇があると知って、喜んでいたな。
警護を担当する騎士達は、他国に長期間滞在するとあってかピリピリしていたけれども。
そうして今日、私はパレスナ王妃について王都の散策である。
旅に同行してきた王妃付きの侍女は全員散策に参加だ。つまり、私、メイヤ、フランカさん、ビアンカの四人。
護衛は、近衛騎士団第三隊より、後宮時代パレスナ王妃の護衛だったビビとフヤが同行し、後は第一隊より八人ほど付いてきている。屈強な騎士だらけで大変暑苦しい限りだが、つい先日まで戦争を起こしかけていた国の隣国で散策しようというのだから、これくらいは必要なのだろう。
楽しい散策、と行きたかったところなのだが、この大陸の言語であるハイリン語を流暢に話せるのは私だけだったので、通訳に大忙しだった。
今は、貴族向けの大商会の店舗に来て、商品を見て回っている。
商品の棚に書かれた説明書きを読み上げるのに、パレスナ王妃だけでなくフランカさんやビアンカにも呼ばれて、私はあちらこちらを行ったり来たりしている。この国の識字率はアルイブキラほど高くないが、貴族向けの店なだけあって文字が多用されているなぁ。
あ、メイヤ、遠慮しなくてもいいんだぞ。存分に通訳として使ってくれ。
え? ハイリン語は読める? そういえばハイリン語を使えるという条件で、パレスナ王妃の侍女になったんだったな……。話す方は片言だけど。
そんなやりとりがありつつも、アルイブキラの商店と微妙にラインナップの違う品を皆で楽しんで眺めていった。
「あ、キリン、見て。『天使の恋歌』のハイリン語版が売っているわ」
パレスナ王妃に呼ばれて見てみると、そこには王妹ナシーの新刊が売られていた。
おお、話には聞いていたが、本当にこの大陸でも売っているんだな。
「ハイリン語版ですか。買っていきますか」
「あら、コレクションでもするの?」
本を前にして告げた私の言葉に、パレスナ王妃がそう聞いてくる。
恋愛本のコレクション……同室のカヤ嬢ではないので、私にそういう趣味はない。
「いいえ、パレスナ様のハイリン語学習用にと」
「うっ、確かに教材は必要ね」
「これならばアルイブキラ語版と対比して説明できますから、良い教材になりそうですね」
「王妃なのに隣国の言葉を話せないのは困るわよね。頑張るわ」
パレスナ王妃は怠惰とはほど遠い人なので、素直に尊敬ができる。
アルイブキラの王族は恋愛婚だが、こんなに良い人を探しだして射止めた国王はすごいな。
「他に面白そうな本はあるかしら」
そう言って、パレスナ王妃は本を物色し始めた。
どれ、私も本を見てみるか。
「……アルイブキラ製の本はやはり品質が良いですね。おおよそティニク商会の仕業のようですが」
「つまり、キリンが関わっているってことじゃない」
「いやあ、ここには推理小説や漫画本は無いようなので、純粋な本の品質向上には私、関係ないですよ」
と、子供向けの書籍コーナーに面白そうな本を発見。
『ハイツェンの偉人シリーズ カヨウ夫人』。隣国である鋼鉄の国ハイツェンの伝記が、エイテンの王都まで流れてきたのか。
私はその本を手に取り、奥付の発行年を確認した。ふむ、一年前か。カヨウ夫人が存命中の日付であり、彼女への崇拝が最高潮に高まっていた頃に書かれた本なのだろうな。
生きている間に伝記が書かれるとか、なんともおかしくなる。本が書かれた後にその人物が凋落したらどうするのだろう。
「また貴女はそんな変な本見つけて……」
パレスナ王妃が呆れたような目で見てくる。
「いやあ、ネコールナコールに渡してあげようと思いまして」
「あの子、未だに自分の身体に未練あるみたいだから、止めてあげなさいよ……」
でも、自分の身体が勝手に動いていたら、何をしていたのか気にならないか?
ネコールナコールはカヨウ夫人の負の点ばかり知っているだろうから、偉人として装飾された正の軌跡を見せてあげよう。
「怒られても知らないわよ。ふう、私が読みたい本はないわね。ティニク商会ほど品揃えもよくないし。別のお土産を探しましょう」
そうしてパレスナ王妃は、私を伴ってコーナーを移動していった。
すると、店舗の中をぴょんぴょんと飛び跳ねてこちらに近づいてくる毛玉の姿が。キリンゼラーの使い魔である。
「キリンー。キリンー。お菓子買ってー!」
神代から生きる神獣は、今日も自由だな。
私は苦笑して、足元の使い魔を胸元に抱え、パレスナ王妃に頼み食料コーナーへと移動するのであった。
◆◇◆◇◆
併合式典までまだ日があったので、私は迎賓館で『ハイツェンの偉人シリーズ カヨウ夫人』を読みこんでいた。
大総統が国のトップに居た頃に書かれた本だけあって、武装衆のカタツナが言っていたような大総統の失態については書かれていない。ただ純粋に、大総統を助け、多数の政策を提案したと書かれていた。
姿絵も描かれていて、ネコールナコールの生首時の顔と瓜二つであった。本物のカヨウ夫人の顔も見たことあるが、絵はそっくりに描かれている。
本来の姿だと悪魔は頭に角が生えるのだが、カヨウ夫人の本性は首から上のない姿。だから、悪魔の変身能力で人に化けていたのだろうが、わざわざ本来の自分と同じ顔に似せたようだ。頭一個分、身長は低くなっているようだが。
「鉄の庭に咲く、一輪の花か……」
本によると、そんな風にカヨウ夫人は称されていたらしい。
鋼鉄の国にとって、カヨウ夫人は本物の偉人であったようだ。
彼女の本当の目的はアルイブキラの王族の根絶だったとしても、そこまで話を持っていくために信頼されるよう、本気で国に尽くしていたみたいである。
今から二十年以上前に鋼鉄の国は同じ大陸にある国との戦争で大敗し、貴族院に対する民衆の不満が高まった。
そこで立ち上がったのが、軍人の青年達。彼らはクーデターを起こし、大総統府を設立し、代表者が大総統となった。
だが、大総統府の人々は元々ただの軍人で平民だ。大総統自身は類い希なる内政の手腕を発揮していたが、先日カタツナが説明していた通り粗は多かった。そこを補佐したのがカヨウ夫人だ。
天使や悪魔がここまで国政に口を出すというのは、珍しい事態である。
彼らの親玉である天界の火の神は、人の営みを観察したがっているのであって、自分の端末が人を導く姿は別に求めていないのだ。まあ、端末に惑わされる姿は見たがっているし、人の選別なんてこともしだすから、世界樹による善悪判定によって悪魔なんて存在が生まれるのだが。
カヨウ夫人の扱いを知ったネコールナコールがどんな反応を返すか気になるところだが、残念ながらこの国に来てから彼女とは会えていない。
ハルエーナ王女も迎賓館には訪ねてきていないのだ。他の国の重鎮も来ているだろうから、対応に忙しいのだろう。彼女はアルイブキラ担当なのだとは思うのだけどね。
そんなこんなで暇を潰している間に数日が過ぎ、いよいよ併合式典の日が訪れた。
「うーん、こちらの宝石がよろしいかと。真珠の原産国で真珠を使うのは、よしましょう」
迎賓館の王妃に割り当てられた部屋で、私達侍女四人はパレスナ王妃の衣装を整えていた。
様々な国の来賓が訪れる式典だ。それなりにめかし込む必要があった。
「私のことはほどほどに、貴女達も髪型とかチェックしておきなさいよー。みんなで出席するのだから」
パレスナ王妃が私達に身を任せながらそう言う。
「私達はどうせ侍女のドレスだからいいのです。それより、パレスナ様は国の顔です。その美しさを見せつけなければいけませんわ」
メイヤがパレスナ王妃の指に指輪をはめながらそう言った。
「私一人が飾り立てたところで、目立つとは思えないけれどね。それに、来賓なんだから目立ったら駄目じゃない」
「主役を他に譲りつつ、美しさを際立たせるのですよ」
メイヤの言うことは難しいなぁ。
と、そんな慌ただしい時間も過ぎ、私達は国王と合流してエイテンの王宮へと向かった。
式典は、王宮にある大広間で行なわれる。大広間は吹き抜けとなっており、晴れ渡った空が見えている。まあ、この世界には雲はないので、雨天時以外は常時快晴なのだが。
大広間の所定の位置に案内されたが、式典の開始まではまだまだ時間がある。
私は、腕の中に抱えたキリンゼラーの使い魔が余計なことをしでかさないよう、彼女の会話にひたすら付き合った。ここまで来たのに使い魔だけ迎賓館に置いてくるのも可哀想だからな。
会話をしつつも大広間に訪れる来賓達を見ていたが、庭師時代に会ったこともあるお偉いさんの姿もちょこちょことあった。
庭師としてアルイブキラの外に出てからは、こういった大物達と顔を合わせる機会も多かったからな。侍女のドレスを着た私の姿を見て、驚く様子を見せる人もいた。
「お、武装衆も来たみたいだね」
国王が、入口を見て言った。
その名の通り、武装を身につけた武装衆が大広間に入場してきたのだ。武器を持っているということは、警備担当なのだろうか。
「おや、何か様子が……なんだか、こっちに来てない?」
エイテンの騎士達が何やら武装衆を止めているが、彼らはそれを振り切ってこちらに近づいてくる。
武装衆の集団十五人ほどが、アルイブキラ一同の前に来て、仁王立ちした。
そして、一番前に立つカタツナが大声を上げた。
「この場を借りて、アルイブキラの国主にお頼みもうす!」
その騒ぎに、来賓の人々の注目が一点に集まった。
遅れて、大広間がざわめきに包まれる。
「アルイブキラにおられるカヨウ夫人をこちらに引き渡していただきたい!」
流暢なアルイブキラ語で言われたその言葉に、国王は少し悩んでから返した。
「カヨウ夫人の遺体は残っていないよ」
「何を言っておる! カヨウ夫人は生きておられるでないか!」
国王の言葉に、すぐさまカタツナはそう返してきた。
さらに国王は言葉を返す。
「カヨウ夫人は自爆した。ええと、自分の魔法で爆発して死んだよ」
「またそのような世迷い言を! 我が国の忍びが、アルイブキラで生きているカヨウ夫人の姿を幾度となく目撃しておる!」
えっ、カヨウ夫人を見た? 鋼鉄の国には忍者的な集団が居るから、アルイブキラの中に入り込んでいること自体はおかしくないのだが、カヨウ夫人を見たとなると……それ、ネコールナコールじゃない?
「だが、捕虜をただで返せとは言わぬ! 決闘だ! 拙者が勝った暁には、素直にカヨウ夫人を明け渡すのだ! 拙者が負ければ、そのときは我らハイツェンの戦士全員、エイテンの王に永遠の忠誠を誓ってやろうではないか!」
カタツナがそう力強く宣言した。
決闘と聞いて、青ざめた顔をしたエイテンの王族がこちらに走り寄ってくる。
王族達は騎士を伴って彼らを下がらせようとするが、武装衆は頑として動こうとしない。
「んー、本当にカヨウ夫人はいないんだけどなぁ」
困ったように国王が言うが……。
「この後に及んで何を言うか! さあ、戦士を選出するのだ!」
カタツナは聞く耳を持たない。
武装衆とアルイブキラ一同の間に、緊張が走る。
「決闘に意味がないのもそうだけど、勝利の報酬もちょっとね。うちが勝っても得するのはエイテンさんちであって、うちの国ではないんだけど」
「ならばアルイブキラに忠誠を誓ってやろう!」
「あ、それはいらないです」
「なにを!」
国王とカタツナのやりとりが繰り広げられる。
うーん、移動の最中は別に仲は悪くなかったんだがなぁ、この二人。どうにも、カタツナの要求があまりにも荒唐無稽すぎるのだ。
「ならば、武装衆の所有する宝石鉱山の所有権と採掘権、これをつけよう。勝てば譲るとは言わぬ。決闘を受けるだけで持っていってよい」
「マジで! 受けます受けます」
国王が目の前にぶら下げられた餌に即食いついた。おい国王……。
それからやりとりがいくつか交わされ、結局決闘は行なわれることになった。それも、今すぐここでだ。式典が進み併合が成立して、鋼鉄の国の集団である武装衆が塩の国エイテンに組み込まれる前に、決闘を行なう必要があるとのこと。
国王がアルイブキラの面々に語ったところによると、公衆の面前で国に対して決闘を宣言されて、すごすごと引き下がるのは体面が悪いらしかった。
アルイブキラは強国だ。舐められるわけにはいかない。つまり先ほどは、言葉巧みによい条件を引き出したってことだな。
まあ、向こうも宝石鉱山の譲渡書類をその場で渡してきたので、初めから用意されていた条件だったようだが。
「真剣を使うが、極力、相手を死に至らしめることは控えること。魔法、道具の使用は可」
エイテンの王が仲立ちになって、決闘のルールが決められた。
武装衆側は長のカタツナが決闘に出るらしい。
「んじゃ、ちょっくら決闘に行ってきますかね」
唐突にそんなことを国王が言い出した。
「陛下!? お控えください! 貴方は国王なのですよ!」
すぐさま近衛のオルトが却下した。当然だ。死ぬかもしれない決闘に、国王を出す馬鹿はいない。
「えー、でも俺っちが名目上、王国最強ってなっているじゃん?」
「強い弱いの話ではありません! はあ、私が行きます」
「ダメだよー。オルトは真剣使ったら相手殺しちゃうじゃん」
何やら人選に揉めているようだ。まあ、人死にが出るかもしれないんだから、そりゃあ揉めるか。死ぬのがこちらか相手かは知らないが。
「キリリーン。出番だよ」
と、国王が私のことを呼んだ。私?
「……私ですか?」
「本当は俺っちが出たいんだけど、駄目だろ?」
「駄目です」
「当然駄目です」
オルトに続いて私も却下した。戦争に行くならともかく、決闘に国主を出すのはさすがに駄目だ。
「なら、俺の代理として確実に彼を潰してきてよ。絶対勝てるって言えるのは、やっぱりキリリンだ」
「んー、まあいいですけど。オルトじゃなくていいんですか?」
「オルトはさー、勢い余って殺しちゃうかもしれないから」
確かに、オルトはなぁ。手加減が苦手だし、鋼鉄の国のこと嫌っているからな。
以前、魔王討伐戦で『幹』に召集されたとき、オルトの奴、鋼鉄の国から代表戦士として来ていたカタツナと一触即発の空気になっていたりしたからな。魔王の浄化成功を祝う場だったというのにだ。
「仕方がありませんね。まあ、こんなこともあろうかと、空間収納魔法には鎧と武器を詰めてきているんです」
私はキリンゼラーの使い魔を足元に置き、その場で空間収納魔法を発動して中から鎧を取りだした。
庭師時代に使っていた、エンチャントを幾重にも重ねた魔法の鎧だ。これを着ていたならば、決闘で死ぬということはそうそうないだろう。
「おや、用意がいいねー」
国王が感心したように言う。
それに対し、私は淡々と答えた。
「一応、元敵国を通ることになっていましたからね。戦いの用意はしてあります」
「すまないね、よろしく頼むよ。褒美は弾むよ」
まあ、戦闘侍女を拝命しているなら、こういうこともあるのだろう。
私は一つ溜息をついて、空間収納魔法から非殺傷用の武器である鉄の棒、『骨折り君』を取り出すのであった。




