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8.私の戦技

 一度死に、転生し、不老となったことで一つ思い知ったことがある。精神年齢というものは肉体に引きずられるものなのだと。

 別に脳の構造がどうこうなどという、小難しい脳科学の話をしようとしているわけではない。

 簡単な話だ。肉体の状態は精神に多大なフィードバックをもたらす。

 若者と言えない年を経た年齢の身体は、精神に鈍重さと慎重さを与える。

 ろくに動けない乳幼児の身体は、目と耳で世界を観察する学びの精神を作る。

 そして、若く健康で疲れを知らない十歳の魔人の身体は、無限の好奇心と無謀さを精神にもたらす。


 戦いの日々に心が疲弊し、平穏と安定を求め新たに侍女となった私だが、この永遠の子供ボディは私の精神をただのアラサー女(もしくは元男)に留めおいてはくれないようだった。

 毎日教えられる侍女の仕事。その内容に、私の好奇心メーターは常に限界マックスを記録していた。


 健全な精神は健全な肉体に宿る。

 そんな言葉は世迷いごとだと思っていた前世の私。

 だが今ならわかる。

 健全すぎる肉体は、健全どころか無駄に過剰で力強い精神を無理矢理に作りだしてしまうのだ。

 向上心、集中力、チャレンジ精神。そんな正の精神パワーが、肉体の健康さから無限に湧きだしてくる。


 私は『庭師』としての意欲を失った。戦いと冒険と発見の日々に疲れ切った。

 だが私は別に無気力な人間になったわけではない。静かな生活に強く憧れはしても、何もしないで漫然と日々を過ごしたいなどとは思っていない。

 侍女として歩み始めた第三の人生。その平和な日々で、私は肉体の若さからくる好奇心や向上心を侍女の仕事を覚えることに向けた。

 楽しい。

 まだ侍女になって一月も経過していないが、毎日が楽しい。

 ただ静かに過ごせる場になればいいとだけ思い訪れた、王城での侍女の仕事が、とても楽しい。


 そして自覚するのだ。この世界に生まれて二十九年経過したが、私の精神年齢は二十年前のあの日で止まったのだと。

 だがそれも悪くない。

 侍女として楽しい日々を過ごせるなら、心が子供だからといって何の問題があるのだというのか。


「つまりは、私は侍女の仕事を天職としています。おわかりですか?」


「お、おう」


 私の熱弁を聞き、頷きを返したのは王城では数少ない昔馴染みの顔。

 青の騎士団現騎士団長である。

 カヤ嬢に仕事を託されて一人で千人長の執務室にお茶を淹れに行った私は、補修中の壁が目立つ室内にまた青の騎士がいたのを見つけた。

 彼は王城勤務でないはずなのに、こう何度も顔を合わせるのが不思議でならない。が、騎士団長ともなるとあちこちをかけずり回って人と会うのが仕事の一つなのだろう。

 彼らの仕事の事情には踏み込まずに、侍女として千人長と青の騎士にお茶を淹れた私。

 そんな私に、青の騎士は「『庭師』の仕事をしてもらいたい」と唐突に話を切り出したのだった。


「今の私はしがない侍女見習いです」


 城の中だというのに青の騎士団を象徴する青い軽鎧に身を包んだ騎士に、そう意見を伝える。

 『庭師』という前職の経歴がある以上、侍女になっても城の士官達から荒事を頼まれることがあるだろうとは予想していた。

 ただ、もう私は『庭師』の仕事を続けるつもりはない。


「まだ免許持ってるんだろう」


 そう問いかけてくる騎士。

 確かに、私はまだ『庭師』の免許を持っている。侍女であっても免許がある以上、他の人から見れば私は『庭師』のままだ。


「『庭師』の仕事の依頼ならば、生活扶助組合の事務員を通してください。もっとも私宛の依頼は全て断るよう全世界の組合に通知済みですが」


「なんでそんなんで免許失効にならねえんだ……」


「『幹種第3類』は大犯罪を起こさない限り死ぬまで有効です」


「夢の終身雇用じゃねえか……」


 『幹種』は『庭師』が取り得る最大の免許種別だ。世界の成り立ちの真理を知り、世界を救えるだけの力を認められた者に発行される。

 ただ免許はあくまで免許。職業選択の自由が認められているので、今の私は先ほども言ったようにしがない侍女見習いだ。


「免許は有効ですが、組合での組合員登録は解除してあります」


 生活扶助組合組合員。それが職業『庭師』の正式な名称だ。

 免許はこの組合が交付しており、免許を持つ人物を組合員として雇い上げ、それぞれの能力に見合った仕事を適切に割り当てる。

 免許を持っていても組合に所属する義務はない。個人的に依頼を探して仲介料を節約する自営の『庭師』がいたり、本職を持ち空いた時間で依頼をこなすような『兼業庭師』もいたりする。


「今の私の雇い主は組合ではなくこの王国です。女官としてできることを仕事としております」


 私は侍女の礼を取りながら青の騎士へと申し上げる。


「なので、騎士団の合同訓練への参加は、今の私には職務外なのです」




◆◇◆◇◆




 今の私はしがない侍女見習いだ。

 城勤めの官職としての位は、栄えある青の騎士団長よりはるかに低く、見習いなので身の回りの世話をする直接の主がいない。

 つまりは、騎士団長から指示を出されると、今の私ではそれが人道や道徳から外れたものでない限り拒否することができない。


 十歳の幼女を騎士団の戦闘訓練に参加させるのは、はたして人道や道徳から外れた所業だろうか。

 いや、残念なことに私の実年齢は二十九で、侍女として王城に上がるにあたって、侯爵の推薦状だけでなく『庭師』の免許状も使用した。つまりは訓練に参加しても問題ないレベルの戦力としてカウントされる。

 世知辛い世の中だ。これが訓練でなく演習なら、「人間国家間の戦争行為には極力参加を控える」という前職『庭師』の規定を振り回せたというのに。


 青の騎士に侍女服姿のまま連れ去られた私は、今王城の外にある大きな練兵場で木剣を握ってたたずんでいる。

 騎士団の訓練で私が出来るのは、組み手の相手くらいなものだ。覚えている剣技は、父から教えられた対魔物用の辺境蛮族のもの。ウォーリアではナイトに教えられる技などない。

 そして私には人を率いる才がないので、兵の指揮もできない。魔法も詠唱のない特殊な魔法しか使わないので、騎士の魔法能力では教えられることがない。


 結局のところ、戦いの指導者としての私は、怪力ウォーリアとして荒々しく剣や斧を振り回すことしかできないのだ。

 そんな私がこの場にいて何の役に立つ、と声を(魔法的に)高くして主張したいのだが、青の騎士的には剣を振り回すだけで良いらしい。


「『殺竜姫キリン』との剣技試合を始める!」


 青の騎士団と共に合同訓練を行っている、緑の騎士団の騎士団長殿が低く響く声でそう宣言した。

 緑の騎士団長は、銀髪だか白髪だか判別のつかない白い髪を長くたなびかせた、中年のダンディ巨漢マッチョである。いかにも頼れる騎士といった風貌だ。

 背に担いでいる得物は槍斧。強力な魔法の加護がびんびんと感じられる。その巨体に合わせて作られた緑の鎧も見事な一級品だ。


 一方私は子供用の侍女服一枚と侍女帽のみ。防具はない。

 いや、そこらの安物の防具は身体の動きを阻害するだけでむしろ邪魔なのだが。

 先天的な身体能力系の魔人の生まれに、数々の鍛錬と様々な加護を得たこの身体は、防具が無くても十分頑丈だ。

 手には訓練用の木剣。練兵場にある一番大きいものを貸して貰ったが、父の形見である『不壊』の加護を持つ大剣とは比べものにならない程小さい。

 木剣を軽く振ってリーチを把握する。子供ボディにくっついているこの腕は、肉体年齢に相応しい頼りない短さだ。

 素振りをして、身体を慣らす。『庭師』を辞めて昨日今日で、まだ動きはなまってはいないようだ。


 そんな私の前に、一人の騎士が木の槍を両手に抱え、進み出てくる。

 二十にも行っていない若い男。だが彼が身に纏っている闘気はその若さに見合わない達人のもの。歩きの足捌きだけでその力量の高さがうかがい知れる。

 むむ、こやつできる。


「それでは――」


 私と若い騎士が互いに向かい合ったのを確認した緑の騎士団長は、低い声でとうとうと告げながら手を空に掲げた。

 そして、勢いよく下に振り下ろす。


「始め!」


 はいどーん。

 直進踏み込み横なぎホームラン。

 若い騎士は宙を舞い練兵場の向こうへと吹き飛んでいく。

 うむ、異常なし。


「次の方をお願いします」


 緑の騎士団長にそうお願いする。

 騎士団長はその渋い顔をなんとも言えない表情に変えていたが、まあフォローとか説明とかコメントとかを入れるのも面倒なので次々行って貰おう。


 次に出てきたのは、筋肉質な壮年の男騎士。手には両手剣サイズの木剣。

 いくら木剣でもそのサイズで頭を殴ったら人が死ぬだろうと思わないでもない。訓練用に中抜きでもされているのだろうか。

 彼は先ほどの若者とは違い洗練された動きはないが、代わりに荒々しい獣のようなオーラを放っている。

 むむ、こやつできる。


「始め!」


 はいずがーん。

 離れた距離からの一足の飛び込み突きで、先端を予め丸く削っておいた木剣の先が男騎士の鎧をへこませ、騎士の身体を豪快に転倒させる。


「次お願いします」


「……うむ、次!」


 出てきたのは緑の騎士団ではなく青の騎士団の騎士。

 細身の身体を持っており、体捌きを見るに速度で攪乱する技巧派の剣士だろう。武器も小回りと取り扱いに優れた形状の刺突剣――の木剣。

 木剣を構えるその立ち姿も、これまでの騎士達のようなずっしりと地に根を張る重心が感じられない。代わりに、立ち姿から羽のような軽さを連想させた。

 むむ、こやつできる。


「では、始め!」


 はいどーん、と見せかけてジャンプキックすぱーん。

 地面に彼、いや、彼女の身体がうつぶせにめり込んだ。女騎士か。男性ほどの筋肉をつけられないからこその速度の剣か。


 私は緑の騎士団長に視線を向ける。次をどうぞと。


「次、ヴォヴォよ行け!」


 緑の騎士達の集団から、一際強い剣気を持つ青年が一人歩み出てくる。

 鎧は他の騎士達とは少し違うデザインだ。何らかの役職に就いている実力者なのだろう。

 騎士団の高官は別に強いものがなると決まっているわけではない。が、王国の強さの象徴なので強いものがなるに越したことはないとかつて青の騎士が話していた。

 彼が持つのは二本の曲がった木剣。二刀流である。二本の武器を同時に実戦レベルで使いこなせるものはそうそういない。

 むむ、こやつかなりできる。


「それでは、始め!」


 はいずどーんずがーんシュポーン。

 私は先ほどから常人では目に追えない速度で動いているのだが、どうやら彼は一瞬反応できたようだ。私の攻撃を防ごうと剣がわずかに反応していた。

 なのでいつもより多く攻撃しております。防御の剣を折り、カウンター狙いであろう攻撃の剣を折り、最後に足払いをかけて空に向けて打ち上げ退場願った。足払いでも人が空を飛ぶのが魔人クオリティ。


「さ、どんどんお願いします」


「う、む、……しかしこれでは余りに一試合の決着が早すぎて、訓練になるか少々疑問になってくるな」


 緑の騎士が考え込むように渋い顔を作る、


「負けは騎士を成長させるが、自分が何をされたのかわからなかったとあっては、成長のしようがない。手加減できないかね」


「手加減してなかったら木剣を使っても潰れた挽肉の完成です。あと、『庭師』は対人戦闘ではなく対魔物戦闘を覚えるので、敵は発見次第殺せが信条です。毒霧や火炎放射を向けられてはかないませんので」


 というかめんどい。早く帰りたい。

 なぜ私がこんなことをしなければならないのか。侍女の仕事の範疇をこれでもかというほど逸脱している。

 いちいち騎士達の武芸の上達になど付き合っていられないので、開幕即ぶっとばしだ。早く終わらないものか。


 みんなまとめてかかってこい! とか言えば早く終わりそうだが、いくらなんでもそれは騎士の方々を馬鹿にしすぎなのでやらない。

 なので今の私は、目の前に立った騎士の人を順番に殴り飛ばすライン工である。時給は0円。

 あ、王城で今の私の扱いどうなっているのだろう。千人長の部屋からそのままここまで連行されたのだった。

 侍女長にちゃんと話を通してくれているのか青の騎士は。見習いが早々にサボりをしていると思われたら最悪だ。

 と、次の騎士が木剣を構えてやってきた。


「始め!」


 はいすこーん。

 新しい騎士は明らかに守りの体勢になっていたので、木剣をぶん投げて鎧の隙間打ち。

 木剣でも強く投げれば痛い。悶絶する騎士が、他の騎士達に運ばれて退場していく。


「むう」


 またもや渋面の緑の騎士団長。

 自ら武器を手放す剣投げをしたのだからその反応もわかる。が、剣投げはリーチのなさを補う強力な技なので私はそれなりに使う。

 狩猟民族が大型動物を集団で狩るときに使うのは、昔から投げ槍と相場が決まっている。武器投げは文化。

 一対一ならば、投げて避けられた後は上手く立ち回って拾えばいい。前世中国の古典、三国志に登場する徐庶という文官は、文官のくせに撃剣という剣投げの達人だったという。


「ぬう……、次の者」


 緑の騎士の表情は優れない。

 彼らの予想していたような剣の訓練にならずに、ただいたずらに騎士がノックアウトされている現状に思うところがあるのだろう。

 でも私の剣技はそんなたいそうなものではなく蛮族の剣であるし、なにより私にやる気がない。

 ご丁寧に剣の手ほどきに付き合ったら、今日だけでなくまた頻繁に訓練に付き合わされる気がしてならない。


「参考になられないのなら、今すぐ王城に帰らせていただきますが……」


 というか帰らせてくださいませ。

 今日は千人長のお茶淹れを一人でした後は、カヤ嬢と共に寝室のベッドメイクを行う予定だったのだ。

 騎士団式の剣の訓練には、その仕事に勝る興味を引く要素がない。


 それに試合を眺める騎士達の奇妙なものを見るような視線が痛い。

 うむ、私がやってるのは剣の試合じゃないからだろう。魔人のパワーに任せた蹂躙だから。巨人が暴れているのと変わらない。

 でもこれが私の戦い方なのだ。やっつけなのは否定しないが、パワーイズジャスティス。戦いにおいて力が技を上回る状況なら、力任せにしてもいいではないか。


「おいおい、殺竜姫様よ、まだ帰すわけにはいかねえよ。最後まで付き合ってもらうぞ」


 一人のんきに試合を観戦していた青の騎士団長が、私に向かってそんなことを言った。


「……そもそも殺竜姫ってなんですか。そんな二つ名を持った覚えなどないのですが」


「俺達騎士にとっちゃあ、お前の武勲は北の山の飛竜殺しだ」


「左様ですか」


 殺竜姫て。殺竜姫て!

 剛力魔人でいいじゃないか!


「とりあえずここに居る騎士全員をこてんぱんに伸してもらうかな」


「……全員て。あとこてんぱんって、そこまでこの訓練を継続させる必要が感じられません」


「必要あるんだよ。一対一じゃあ絶対にかなわない相手がいるってことを、訓練のうちに身体で覚えさせねばならねえ。でないと人の身で竜なんて倒せないさ」


 私は彼と共に戦った飛竜のことを思い出す。

 冒険者と騎士団総掛かりで討伐に挑むも、いくら傷を付けても無限に再生する竜の前に私達は膝を折った。

 だが、最後には戦士達が竜を地に縫い付け、魔法使い達が大魔法で大砲を撃ちだして、脳と心臓を同時に貫くことで竜を打倒した。このときの大魔法の砲弾が私である。

 人一人の持てる力は限られている。北の飛竜以上に凶悪だった、災厄の悪竜を倒した勇者も、仲間を三人連れていたのだ。


「ただまあ若い奴らだけにきつい訓練をさせるのもあれだ。だから次の相手は俺がやるぜ」


 そう告げると、彼は地面に転がっていた両手剣サイズの木剣を拾い柄を握った。

 どよ、と周囲を囲む騎士達からざわめきがあがる。

 ひそひそと騎士達が何やら話している。ふむ。


「ぶふ、青い貴公子ですか」


「なんでお前がその二つ名知ってんの!?」


「周りの人が言っているのを聞きました。私耳が良いので」


 竜殺しと青い貴公子の対決だ、とかなんとか。


「てめえらー! 次言ったらひねり潰すぞ!」


 顔を真っ赤にして青い貴公子、もとい青の騎士が周囲に向かって叫ぶ。

 だが誰がその名を言ったのかはわからなかったのか、荒くなった息を整えながら剣を構えた。


「本気でいくぞ。お前も本気を出せよ」


「本気で斬ったら木剣でも鎧ごと胴体真っ二つですが」


「あ、やっぱ力は加減して……。だが、その敬語はやめろ。俺は侍女に戦いを挑んでるんじゃない。最強の『庭師』のお前に挑んでるんだ」


「……ふむ、私より強い者はいっぱいいるぞ。英雄と呼ばれる者がそれだ」


 気持ちを切り替える。やる気は未だに出ないままだが、こいつが本気でくるとなったら、ゆるんだ侍女脳では対処しきれない。


「ではよろしいか」


 私達の会話を無言で聞いていた緑の騎士団長が確認の言葉を発した。

 私は無言で剣を構え、精神を集中させる。五感が鋭くなり、世界が広がる。

 青の騎士も剣を正眼に構えて瞳に力を入れた。水面を思わせる彼の静かな剣気が肌に伝わってくる。


「始め!」


 最速の突きを放つ。駆け引きなど無視だ。私の本気は「力を込めてぶっ飛ばす」だ。

 体当たりとも言える突き。それを青の騎士は半身を動かしかわしてみせた。さらに彼は私の進路に足の先を出してきた。

 突進に対して足の引っかけ。騎士とは思えない喧嘩の技。だがそれでこそ私の戦友だ。


 私はその出された足を逆に蹴飛ばす。人体の限界を超えて身体を動かすのが魔人である私だ。

 だが青の騎士は器用にも出した足を瞬時に引いて、蹴りを避ける。

 騎士の横を私の身体が通り過ぎる。私は足を踏ん張り急停止。振り向きざまに横薙ぎを一閃。

 背の小さな私の横薙ぎは、背の高い青の騎士にとっては対処が難しい低い攻撃だ。だがそれも青の騎士はわずかに後退して紙一重で回避してみせた。


 空ぶった私に青の騎士が反撃の突きを撃ってくる。

 私は空振りの勢いを止めず、そのまま一回転しながら強引に跳躍する。

 騎士の突きを飛び越え、そして身体を回転させながら剣を振り回す。だがこれも当たらない。青の騎士はいつのまにか剣を引き大きく距離を取っていた。

 着地。それと同時に青の騎士に向かって飛びつき斬りつける。回避。さらに斬る。回避。斬る斬る斬る。全て回避される。最後に騎士が反撃の鋭い一撃を入れてくるが、私は無理矢理腕を動かしこれを木剣で防いだ。


「くかかかか! 楽しいなあ剛力魔人!」


「私は早く帰りたい」


「そう言うなよ!」


 私が攻勢に出て、青の騎士が回避し反撃を狙ってくる。この繰り返しだ。

 私は怪力の魔人である。強い力を振るう土台である身体能力は常人のそれをはるかに超えている。さらには『庭師』として戦い続けた経験と、身にまとった魔力が鋭い『直感』をもたらしている。

 そんな私の攻撃を避けている青の騎士もまた、魔人だ。

 だが私のように全身の性能が高い超人というわけではない。彼の魔人としての先天能力は魔眼。全てを見通す目と彼は語っていた。

 要は動体視力の類が凄いのだ。私の前世の知識によると、人は目でものを見てから視神経を通じて脳に映像を送り、その映像に対して行動の指示を手足に伝えるまで間に、反応のタイムラグが発生するらしい。

 この世界の人間が前世の地球人と同じ生物かどうかはわからないが、常人は見てから避けるという動作に限界があるのだと人との戦いで私は知っている。

 だが彼にはその限界が存在しない。青の騎士は光の魔法を見て避ける。光が目に入るイコール直撃しているはずであるが、彼の目は光を見て光を避けるという矛盾した行為を可能とする。予知の魔眼なのかもしれない。


 彼を打倒するには、長期戦に持ち込み体力を消耗させれば良い。

 魔人の目を持っていても、身体は魔法の保護も、大樹の加護も、天界の祝福もない普通の鍛えられた騎士のものだ。

 だが私はその手段を取らない。何度も言うように私は帰りたいのだ。日が暮れるまで付き合うつもりはない。

 なので別の手段で彼の肉体の限界を引き出そう。

 木剣を後ろに構え大きくバックスイング。そして地面をえぐるように振り上げる。

 えぐるようにではなく、実際にえぐり取られた地面の土が、青の騎士に襲いかかる。さらに私は騎士に向かって飛びかかり、斬撃、蹴り、蹴り、裏拳、体当たり、突きと反撃を与える間もなく連続で攻勢をかける。


 避けられるなら避けられないくらいの速さで連続攻撃をし続けてしまえ作戦。


 青の騎士は顔一面に汗をしたたらせ必死に回避を続ける。

 そして一方的な暴力が続くこと一分ほど。ついに私の拳が彼の腹に届いた。

 ぽーんと宙に舞う騎士の身体。

 腹を守っていた騎士団長の軽鎧は見事に砕けていた。

 訓練中に士官用の鎧が破損した場合、誰が新注のお金を出すのだろう。そんなことを考えている間に、青の騎士の身体が地面に落ちて豪快な激突音をならした。

 うむ、もうこれは剣技の試合でもなんでもないな。




◆◇◆◇◆




 私が王城に戻れたのはすでに終業時刻をすぎた後だった。

 まず侍女長のもとに向かい、事情を説明。問題ないので今日はもう休むようにと指示を受けた。

 私の戦う姿を見たかったと言われたが、あれはきっとあなたの思っているような優雅なものではないですよ、と返すかどうか迷った。返さなかった。


 そして宿舎に戻り、私に割り当てられた二人部屋にようやく帰ってきた。

 部屋にはすでにカヤ嬢がいて、侍女服から私服に着替えていた。一方私は砂埃まみれの侍女服のままだ。


「んー、ふふふふ」


 帰ってきてからというもの、カヤ嬢は妙に上機嫌だった。

 私はそんなカヤ嬢の視線を受けながら服を着替える。早く風呂に入ってしまいたい。お腹もすいた。


「キリンさんも息抜きに仕事を抜け出すことを覚えましたか」


 上着に袖を通しているところに、私の汚れた侍女服を手に取ったカヤ嬢がそんなことを言ってきた。

 仕事を抜け出す。ああ、侍女長に話が通っていても、私と一緒に仕事をする予定だったカヤ嬢には事情が伝わっていなかったのか。


「安心しました。見ていてあまりにも熱心すぎでしたからね。このまま見習いを卒業したら過労で倒れるのではとずっと心配だったのですよ?」


「いや、遊びに行っていたわけではないのだが」


「外を飛び回りでもしないとここまで汚れませんわ」


「まあ城の外にいたのは確かだが……」


 私は風呂の時間が回ってくるまで、カヤ嬢に仕事を抜け出すことになった事情の説明をすることに追われた。

 なかなか聞いてくれないカヤ嬢をなんとか納得させた後は、カヤ嬢に青の騎士の戦いぶりをせがまれ会話を続けることとなった。

 結局この日一日は騎士団との訓練に関することで過ぎ去ることとなった。




◆◇◆◇◆




 シーツを抱えて私は王城の廊下を歩く。

 ベッドメイクで換えたシーツを洗濯担当の下女のもとへと運んでいるのだ。

 侍女には基本的にものを持ち運ぶ力仕事が存在しない。ただし、ワゴンを押して茶器や食器を運ぶ仕事はある。

 そして例外的にこのシーツやドレスといった軽いものを持ち運ぶ仕事がある。ただ私の魔人としてのパワーが活かされるような場面は巡ってこない。

 私はそんな侍女の仕事が好きである。

 力を持って生まれたからといって、力を使って生きなければならないわけではない。ある意味、『庭師』のころよりも自由な生き方を今私はしているのかもしれない。


 昨日は青の騎士のせいで一日が潰れたが、寝て起きたら昨日のことなどどうでもよくなり、今日一日を楽しく過ごすことに心が向いた。

 朝から上機嫌である。思わず鼻歌を歌いたくなる。歌えないが。


 シーツを抱えて廊下の角を曲がったところ、緑の軽鎧を着た青年騎士が廊下の真ん中をこちらに向かって歩いていた。

 私は廊下の隅に移動し、礼を取って横を通り過ぎようとする。が。


「おお、キリン殿、探しましたよ」


 緑の鎧を着た騎士が私に向かってそんなことを言ってきた。

 昨日の今日でまた騎士が私に用事か? 高まっていた一日のやる気がみるみるうちにしぼんでいくのがわかった。


「おはようございます騎士様。何かご用でしょうか?」


 礼を取ったまま挨拶をする。

 青年騎士はああ、と頷きを返した。

 ふむ、この騎士は見覚えがある。というか昨日緑の騎士団のいる訓練に参加したばかりだ。

 短い金髪、若く整った顔、鎧の上からでもわかる鍛えられた身体。鎧は一般騎士とは違う、役職を持つものが着るのを許される上等なもの。

 ああ、緑の騎士の中でもそれなりに強かった、あの曲刀二刀流の剣士か。


「ええ、キリン殿にお願いがあってきたのです」


「お願いですか。侍女見習いの身ではご期待にそえる働きはできないかもしれませんが……」


 嫌な予感がする。というかこの状況で嫌な予感がしなければとんだ鈍感だ。

 今日は何だ。一日剣の修練に付き合ってくれとでもいうのか。私だって自分の仕事を持つ王城の従業員なのだぞ。


 そんな私の心中を知ってか知らずでか、緑の騎士が私に近づいてくる。

 そして彼は急に、私の前で膝を折りしゃがんだ。

 いや、確かに私は背が小さいけど。130センチもないけど。そんな子供相手にするように視線を下げて会話しなくてもいい。見下ろされても怖がらないぞ。


「あなたに剣を捧げることをお許しいただきたい」


 ……ホワイ?


「はい? どういうことですか?」


「私の主になって欲しいのです。剣の姫よ」


 あー、うん。これは。あれか?

 カヤ嬢が好んで読んでいる恋愛小説のようなあれか?

 自分が守りたいと思った貴族の娘に、国への忠誠とはまた別に騎士が剣を捧げ主従の契約を結ぶというあれか?

 でも私は小説の貴族令嬢のような「守ってあげたくなる儚い美少女」ではないぞ。私昨日こいつのことを蹴り飛ばしたぞ。


「そして、許されるならば未来の私の妻になっていただきたい」


「はあああああ!?」


 何がどうなってそうなった。

 ……いや、落ち着け。まずは相手を見ろ。

 表情、目線。うむ、嘘や冗談を言っている様子はない。つまり本気。

 導き出される答えは一つ。


 こいつロリコンだ!


 うわー、うわー。久しぶりの出現だ。

 世の中は広いもので見た目十歳の女である剛力魔人の私に、愛の言葉をささやく人種が存在する。

 このように往来で堂々と告白してきたり、縁談を持ちかけてきたり、攫おうとしてきたり、襲いかかろうとしてきたりと色々なパターンがある。


 勘弁して欲しい。私は幼女で、元男だ。

 今のところ、男とも女とも愛を育むつもりは毛頭無い。

 やっかいな事態に発展する前に騒動の芽はつんでおかなければ。


「申し訳ありませんが……」


 私はシーツを両手で抱え、騎士から距離を取る。拒絶の意志を身体で示す。

 私の様子に騎士の顔に落胆の表情が浮かぶ。

 これで対象が私でなければ、剣を交わしたよしみで恋愛の面倒を見てあげるのもやぶさかではないのだが。

 あ、いややっぱり駄目だ。ロリコン男の恋の助けなどしてはいけない。


 とりあえず、私は十数パターン用意してある断りの返事を頭の中に展開。

 その中から騎士という人種に相応しそうな言葉をチョイスすることにした。


「私より弱い人はちょっと……」


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