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怪力魔法ウォーリア系転生TSアラサー不老幼女新米侍女  作者: Leni
第五章 内廷侍女

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70.スローライフ

 新年初の休日。私はその休日を使って、王都から離れた地に向かっていた。

 薄暗い早朝に王城を出発して四時間ほど。私はとある農村に辿り付いた。


 ここはバガルポカル領ミシシ村。私の拠点である魔女の塔がある、ニシベーツエ町の隣にある農村だ。


 休日を使ってこんな遠いところに来たのにはわけがある。事の始まりは、昨月に届いた一通の手紙だった。

 私が王城侍女になり、腰を落ち着けたことを知ったミシシ村の村長が、雨期の作物の収穫を一緒にしないかと、手紙で伝えてきたのだ。


 ミシシ村での農作物の収穫は、私が魔女の弟子をしていた時代、そして冒険者である庭師の駆け出し時代によく手伝っていたことがある。

 それを覚えていた村長が、私を誘ってくれたのだ。

 ありがたいことだ。ミシシ村の人々は、私を村の出身者と見なしている。

 オラが村の子供が、立身出世をして世界を巡る一流の庭師になり、そして引退後も王妃の侍女になった。村長の手紙によると、そのことに、村の古参の人々はいたく喜んでいるらしい。


 私的には出身はミシシ村ではなくニシベーツエ町のつもりなのだが、昔からミシシ村の人々は私を村の所属だと言ってはばからない。

 まあ、それは別にどうでもいいんだが。どうせ私の拠点である魔女の塔は、村と町のどっちの敷地内でもない外れに建っているし。出身など存分に主張すればいいんじゃないだろうか。

 村と町は別に仲が悪くないので、私はどちらにもいい顔をするぞ。


 そんなわけで、私が村に到着したのは、皆が朝食をとった後のちょうどよい時間帯だ。

 そこで私は老年の村長に迎えられる。


「よう来てくれたなあ」


「うむ、久しぶりだな」


 そう言って私は村長の肩を叩く。


「大収穫祭の時も顔は見ていたのだけど、挨拶はできなかったなあ。いやあ、あの舞台での活躍、笑ったぞ」


 それは昨年の晩秋のこと。王都の大収穫祭で行われた「オラが村、力自慢大会」という催し物で、私はエキシビションマッチに出て大暴れしたのだ。

 ちょっとやりすぎたと思ったのだが、この村の人にとっては村の出身者が大活躍した出来事として楽しんでくれたのだろう。


「今日は一日よろしく」


 私はそう村長の家族に挨拶をする。


「キリンちゃん、今日は泊まってくの?」


 村長の息子の嫁がそう私に尋ねるが、残念ながらそれはできない。


「いや、明日は仕事だから、夕食前には帰るよ」


「残念ねえ。夕食ごちそうしようと思ったのに」


「宮勤めの辛いところさ」


 いやまあ、前職の末期よりはずっと余裕があるけどな、今の仕事。まとまった休みは取りづらいが。


 そんなこんなで村長一家への私の顔見せが終わり、早速とばかりに村の集会場へと案内される。

 今日は村人総出で、雨期の作物の収穫だ。村人が各々の畑に植えたものではなく、共同畑のものを皆で収穫するのだ。


「うおー、キリン久しぶりー!」


「キリンちゃん、相変わらずちっこいなあ」


「今日は頼りにしてるぞ!」


 集会場に着いたら、すでに集まっていた村人達がこちらに群がってきた。

 皆、血色はよく、これから収穫作業だというのに服装も小綺麗だ。この国の農民は国に搾取されていないので、小金持ちなのだ。


「おかーさん、あの人が前言っていた庭師さん?」


「そうよー。でも今は王妃様の侍女なのですって」


「王妃様! 素敵!」


 と、面識のない小さな子供もいるようだ。むむ、ちょっと訪問に間を置きすぎたか。

 まあ、一日一緒に農作業すれば顔見知り程度にはなれるだろう。


「それじゃあ、早速仕事すっかあ。まずは、まゆ割りからするかな。行くぞー!」


 と、村長が号令をかけ、集会場を後にする。


 そしてやってきたのは村の共同畑。その隅っこのため池だ。雨期でしっかりと水の溜まったため池の周囲には、高さ三メートルほどもある巨大なさなぎのような、まゆのような、そんな不思議な物体が、何個も地面から生えていた。


「立派に育ったなぁ」


 そう、このまゆ、植物である。冬の間に植えて、雨期の間に育った作物なのだ。

 とはいっても、食べるためのものではない。


「はい、キリンちゃん。木槌」


「ああ、任せて」


 村の備品として用意されていた、大きな木槌を体格のいい男達が手に持つ。

 私も木槌を渡され、それを手に構えながら一つのまゆの前に立つ。そして。


「せーの!」


 合図と共に、木槌をまゆに叩きつけた。

 すると、叩きつけられた部分の外殻が砕け散り、中の繊維が露出する。そして、その繊維からじわりと水が染み出した。


「おお、しっかり水蓄えてるなぁ」


「これで夏まで水は枯れんだろう」


 じわりじわりとまゆから水が染み出してくる。まゆの生えている地面はため池に向かって勾配になっているため、まゆから溢れた水はため池に流れることになる。

 そう、これは天然の貯水槽。雨期の間に降り注いだ雨水を繊維の中に溜め込む、特殊な植物なのだ。

 この辺りには大きな河川がないため、作物を育てるにはため池の水も使う必要がある。その水を枯らさないためのこのまゆだ。今回はそのまゆの三分の一ほどの数を割り、水源とした。


 便利な植物である。どうにも人の手によって“デザインされた”植物のように見えるが、この世界には、前世の地球を超えた高度文明が地下に存在する。その文明の産物が、地上の民の手に渡っていても、何もおかしくはない。

 ま、そんなことを勘ぐってもなんの得にもならないし、便利な植物もあるものだと流しておこう。


「次はキノコの木に行くぞー」


 村長の号令で、また共同畑を移動する私達一同。

 向かった先にあったのは、村長がキノコの木と言ったとおり、真っ直ぐにそびえ立つ巨大なキノコであった。

 高さ五メートルはあるだろうか。しいたけのような形をした大きなキノコがそそりたっていた。さらには、傘の下部分には“実”が生っている。


「美味そうなキノコ豆だな」


 村人の一人が、そのキノコの実を見上げながらそう言った。そのキノコの実は、ぶどうのような形をした丸い実の集合体で、一つの実の大きさは大豆ほど。その形状から、この実はキノコ豆と呼ばれている。

 前世の常識では、キノコは低カロリー。だが、このキノコ豆はキノコのくせにカロリーもあり、しかもタンパク質が非常に豊富なのだ。本当に菌類なのだろうかこいつは。


「キリンちゃん、倒すの頼んでいいかあ?」


 村長が私にそう聞いてくる。


「任せてくれ」


 このキノコの木、傘の位置が高すぎるのと、また、キノコ全体が燃やして灰にするとよい肥料になるのもあって、収穫するには切り倒す必要がある。

 巨大なキノコのため、切り倒すには一苦労だ。そこで、私の出番である。


 私は村人から年季が入った斧を受け取ると、気功術で斧全体に闘気を走らせる。

 すると斧の柄から、闘気でできた半透明の輝く巨大な刃が出現した。


「はい、じゃあみんな離れろー」


 私が声をかけると、キノコの木の周辺に立っていた村人達が距離を取る。

 そして、私は勢いよく闘気の刃をキノコの根元に叩きつけた。闘気の刃は止まることなくキノコを切り裂き、ぐらりとキノコの木が倒れていく。

 私はすかさず指先から魔法の糸を倒れるキノコに絡ませ、地面に勢いよく倒れ込むのを防ぐ。そして、ゆっくりとキノコの木を地面に寝かせた。


「おおー、さすがキリンちゃんだあ」


「いつもは倒れて、キノコ豆がいくつか潰れちまうからなあ」


「それより一撃だぜ、一撃。これが庭師かー」


 あくまで私は元庭師だがな。まあ、豆が無事なようでなにより。

 私はさらに倒れたキノコの木を切り分け、傘の下に実った豆を取りやすいようにする。


 そして、皆が切り分けられたキノコの傘に群がり、キノコ豆を収穫していく。


「丸々と育ったなあ」


 収穫されたキノコ豆はザルにあけられ、村の女衆がどこかへと運んでいく。

 しかし、これだけ巨大なキノコなのに、食べられるのは豆の部分だけというのが勿体ないというか残念というか。

 まあ、その代わり傘の下に気持ち悪いくらい大量に実っているんだけれどな。


「それじゃあ、次行くかー」


 その後も私達は水分をたっぷり含んだ陸上芋だったり、泥の中で育つ根菜だったり、倒した丸太にみっしり生えた食用キノコだったりと、雨期の間に育った作物を収穫していった。


 そして昼飯時。

 村人達が集会場に再び集まり、村の女衆が巨大な鍋に作った汁物が彼らに振る舞われた。

 収穫した雨期の作物の他に、向日葵麦をこねて作ったすいとんも入っている。

 それに、肉だ。


「珍しいな。肉なんて」


「雨期の間に、ニシベーツエの庭師さんが巨獣を倒してくれてね。村で買い取ったのよ」


 私が村長の息子の奥さんに尋ねてみると、そんな答えが返ってきた。


「ほう、巨獣を狩れる庭師が育っているんだな」


「魔物も退治してくれているみたいだから、最近は安心よ」


 この世界には、巨大な野生の獣である巨獣や、地脈からあふれた悪意が形となった魔物が野に彷徨っている。

 獣が村や町に入ってこられないよう、人の住む場所は壁で囲われているが、守りは絶対ではない。人里から少し離れると危険な獣がちらほらと姿を現わす、それなりに厳しい世界なのだ。

 そんな危険生物を退治するのが、庭師や騎士の仕事だ。私も前職時代はよく退治してまわったものだ。


「はい、キリンちゃんの分よ」


 そうして、私にも汁が配られる。塩は貴重なため、椀に盛った汁に、砕いた岩塩をふりかけるという大雑把な味付け方法が取られている。

 さて、しばらくこの雨期の収穫に参加していなかったが、味の方はどうなっているかな。


「では、いただくとしよう。アル・フィーナ」


 村長の号令で皆、食前の聖句を唱え、汁を食し始める。

 私も、木さじで椀の具をすくい、口に含む。


 ふむ。

 むむ。ふーむ。

 これは……。


「美味いな。昔よりも美味く感じる」


「でしょう! 私達も腕を上げたってわけ!」


 村長の息子の奥さんが、満面の笑みを浮かべながら私の背中を叩いてくる。


 キノコのたっぷり入った汁。キノコ特有のうま味が、いい味を出している。

 さらには、肉とキノコ豆がたっぷり入っているため、食べ応えもある。すいとんも添えてバランスもよい。


 具だくさんで満足感のある食事だ。作物が取れる農村ならではだな。町の食堂ではなかなかここまでの食事は出てこない。


「おかわりもあるから、よく食べて午後もしっかり働くんだよ!」


 女衆の言葉に、早速とばかりに椀を空にした男達が鍋の前に群がる。

 いいなあ。こういう生活。私も侍女になっていなかったら、農村で働くという選択肢もあったのかもしれないな。そんなことをふと思ったのだった。




◆◇◆◇◆




 午後の収穫も終わり、皆に挨拶をして村を後にした私。

 王都に直行せず、私は近くの魔女の塔までやってきていた。


 お土産に持たされた大量の作物を塔に保管しに来たのだ。

 調理場に入り、時止めの秘術が懸けられた保管箱(冷蔵庫と私は呼んでいる)に作物の半分ほどを詰めていく。

 残りは、商人のゼリンのやつにでもお土産として持っていくかな。あいつも今では王都で店を構えているが、元々はニシベーツエの出身だ。ミシシ村の作物は馴染み深いだろう。


 と、そんな作業をしていると、視界の隅にじわりと染み出す影が。そちらに視線を向けると、影は人の形を取り、男とも女ともとれない魔女のローブを着た一人の人へと変わった。

 私の死んだ師匠である魔女の作りだしたであろう、世界樹ゴーレムだ。


「魔女になりにきましたか」


 ゴーレムが私に向けて言う。この言葉を訳すと、おかえりなさいだ。


「ミシシ村で雨期の収穫の手伝いをしてきただけだ」


「ご近所付き合いですか。魔女には必要なことですね」


「……世俗的だな、魔女」


 塔にずっと引きこもって魔法研究とかじゃないんだな。


「人間である以上、食事は必要です。農村との付き合いは生命線ですよ」


「まあ、そりゃそうだろうが」


「さあ、ミシシ村の人と仲良くなって、魔女となるのです」


「ならないよ」


 そう言って私は食材を詰めた冷蔵庫の蓋を閉じた。

 そして、ゴーレムに向けて私は言う。


「なあ、私は魔女になるつもりはないんだから、新しく弟子を取ったらどうだ? お前、教導ゴーレムなんだろう」


「チッタの名を継ぐには、あなたでなくてはなりません」


「確かに私は体に魔力を溜め込む体質だから、魔力量は豊富だが……」


 私は言葉を喋れない。声帯の代わりに竜のブレス器官が喉についているからだ。そのため、人が言葉を話すときに無意識で放出する魔力が、体内に溜まり続け、常人より多い魔力量を保ち続けられる。

 しかしだ。私みたいな体質とは別に、生まれつき魔力が多い人間は稀にいる。そういう人材をスカウトして、魔女に育て上げればいいのだ。私と違って詠唱魔法も使えるようになるぞ。


「チッタの魔女になるのに必要な条件とは、魔力量ではありません」


「ん? そうなのか?」


 師匠の魔女から秘術を受け継いでから二十年。私が魔女の弟子になったのは、魔力量が理由だとずっと思っていたのだが……。


「チッタの秘術を継ぐには、強靱な魂が必要です」


「魂……。え、私の魂って強靱なのか」


「何を今更。別世界から火に満ちた天界を渡ってきても燃え尽きず、世界樹に分解されず記憶を完全に保ったまま人に宿ったその魂が、強靱でなくてなんだと言うのですか」


「そうなのか」


 私が前世の記憶を保てたのって、魂が強靱であるおかげだったからなのか。地球産の魂だから、水と油みたいにこの世界の魂と混ざらないのかなって思っていたぞ。


「あなたがもし死んだとしても、また世界樹に魂を洗浄されることなく、記憶を保ったまま生まれ直すことができることでしょう」


「何その新事実……」


 なんだその擬似的な不老不死は。

 しかし、魂が強靱なんて言われても、私には前々世の記憶なんてないぞ。魂の浄化の仕組みが、地球はまた違うのだろうか。


「あなたほど強靱な魂を持つ者は、今まで見つかっていません。だからあなたはチッタの魔女になるのです」


「ならないって。しかし、チッタの魔女は魂が強靱か……」


 チッタとは、師匠の名前の一部だ。私もその名前を受け継ぎ、ウィーワチッタと自らに名付けた。タワーウィッチのアナグラムである。


「師匠も魂が強靱なのだとしたら、今頃この世界のどこかで記憶を持ったまま生まれ直していたりするのかね」


「それは私のあずかり知らぬところです」


 完全に亡くなったと思っていたんだけれどなあ。この様子じゃあ、そのうちひょこっと出てきてもおかしくないな。

 私みたいに性別逆転して生まれていたら、指を指して笑ってやることにしよう。


 そうして私は調理場を後にし、ゴーレムに何度も魔女にはならないと繰り返し告げて、王都に向けて出発するのであった。

 農村スローライフの時間は終わり。また明日から侍女生活だ。


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