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61.演目の話

 ある日の午前、薔薇の宮の主の私室で、パレスナ嬢がミミヤ嬢に婚姻の儀式の最終確認を受けていた。

 そう長い儀式ではない。だが、失敗は許されない伝統ある儀式だ。パレスナ嬢は真面目な顔で、一挙手一投足を集中してこなしていた。私はただ、それを見守るのみだ。

 すると、下女の掃除の様子を確認しに行っていたフランカさんが、この私室へと戻ってきた。彼女は私に向けて言う。


「モルスナお嬢様の使いがやってきて、キリンさんへの伝言を受け取りました。結婚披露宴の相談をしたいので、紫陽花の宮まで来てほしいそうです」


「モルスナ様が? 分かりました、向かいます」


「お願いします」


 伝言を伝え終わると、フランカさんはすぐさま仕事に戻っていった。

 私は同僚侍女のビアンカに、仕事を抜けることを伝える。


「モルスナ様のところに出かけますので、パレスナ様のお相手は頼みます」


「お任せくださいー」


 そうして私は仕事を抜け出して、薔薇の宮を出て紫陽花の宮まで向かった。

 8月ももう終わりだ。道中、すでに雪は積もっていない。冬の次は雨期なので、コートの代わりに傘を常備する必要があるな。

 そして、紫陽花の宮に到着すると、私は来客室ではなく宮殿の主の私室に通された。


 部屋の主のモルスナ嬢が、私を迎える。


「来たわね。ごきげんよう。早速だけど相談があるの」


「はい、なんでしょうか」


「ハルエーナ殿下から聞いたのだけれど、貴女、幻影魔法が使えるのよね?」


 そうモルスナ嬢に聞かれたので「はい」と答えておく。

 確かに、ハルエーナ王女の前で、何度か幻影魔法を見せたことがある。地球の猫を投影したり、雪だるまを投影したりした。


「それで、私のマンガの原稿を大きく投影して、遠くの人からでも見られるようにはできる?」


「ええ、できますよ」


「やった! それでね。披露宴用に、マンガの原稿を今描いているの。国王とパレスナの馴れ初めをストーリーにしてね」


「ははあ、なるほど。それを披露宴会場で、みんなに幻影魔法で見せたいというわけですね」


「そういうことよ」


 面白いこと考えるなあ。

 私はそんなモルスナ嬢に一つ気になったことを聞いた。


「で、使う魔法は幻影魔法だけでいいんですか?」


「ん? どういうことかしら」


「漫画を空間投影するなら、台詞は読み上げた方がよくないですか? 音声を記録して、原稿と一緒に流すこともできますよ」


「そんなことができるのね! 是非やってもらいたいわ。音声を記録するということは、誰かに原稿を読み上げる声の演技をしてもらう必要があるということかしら」


 モルスナ嬢の理解力が高い。話が早くて助かる。

 確かに本来なら、誰かに声当てをしてもらう必要もあるだろう。

 だが、私の音声魔法は優秀だ。


「魔法で、国王陛下とパレスナ様の声を再現できますので、それを録音しましょう」


「まあ、本人が喋っているようにできるのね。これはいいサプライズになるわ」


 モルスナ嬢はとても喜んでいる様子だ。

 本番では私が投影魔法と録音魔法を使うために、出ずっぱりになる必要がある。だが、そのくらいは構わないだろう。


「では、描いている途中の漫画を確認させていただいていいですか? ネームでも下書きでもいいので」


「もう下書きは全部できてるの。でも、総カラーにするつもりだから、少し急ぐ必要があるわね」


「おお、それはまた本格的ですね」


 そうして私はモルスナ嬢の漫画を見せてもらい、その内容に悶えた。

 こっぱずかしい愛の物語、しかもノンフィクションだという。

 これを本番で前触れなく見せられる国王とパレスナ嬢は、いったいどんな反応をするだろうか。今からちょっと反応が気になるのであった。




◆◇◆◇◆




 紫陽花の宮から帰ったら、すでにミミヤ嬢は儀式の確認を終えて、自分の宮殿に戻っていた。

 そして、そのミミヤ嬢からの伝言が残っていた。

 結婚披露宴のことについて確認したいので、白菊の宮まで来るようにとのことだ。


 私は、またすぐに薔薇の宮を発ち、白菊の宮までやってきた。

 ミミヤ嬢は入口すぐの広間で、楽器を持った侍女達と一緒に私を待っていた。

 ミミヤ嬢が私に向かって言う。


「ごきげんよう。出かけたばかりなのに、また移動させてしまって、申し訳ないですわ」


「いえ、大丈夫です。それで、披露宴についてとのことですが」


「ええ。前に話した結婚披露宴の入退場の曲なのですけれどね。おおよそ完成したのです」


「おお、早いですね」


 三日で作るとか言っていたが、まだ二日しか経ってないぞ。


「それで、ハルエーナ殿下から聞いたのですけれど、貴女、幻影魔法が使えるのですよね?」


 どこかで聞いた台詞だ。私は「はい」と答えておく。


「曲を確認してもらうのとついでに、演奏に合わせて実際に陛下達が入場する様を幻影で見せてほしいのです」


「なるほど、解りました」


 私は幻影魔法を発動し、大収穫祭の時の衣装を着た国王と、ウェディングドレスを着たパレスナ嬢を投影した。

 それを見たミミヤ嬢は満足そうに頷く。


「いいですわね。では、曲を鳴らすので、あちらの入口から入場して、ゆっくり歩いてあちらのテーブルに着席するようにしてくださいまし」


 広間には、椅子が二脚と長テーブルが一つ設置されていた。あそこが新郎新婦席の代わりということだろう。

 私は、幻影を広間入口に投影し直し、ミミヤ嬢にいつでもどうぞと告げた。

 すると、ミミヤ嬢は楽器を持った侍女達に合図を送る。


 楽器が鳴らされ、華やかな行進曲が流れる。

 私はそれに合わせ、幻影をゆっくりと歩かせた。

 曲の鳴り響く中、幻影は広間を縦断する。音楽は鳴り続け、幻影の新郎新婦が着席する。

 そして、音楽は終わった。


「ふむ、ちょっとテンポを考えた方がよさそうですわね……」


 ミミヤ嬢がなにやら手元のメモ帳に、鉛筆で何かを書き込んでいる。曲に改善点が見つかったのだろう。

 そして、彼女はメモ帳をしまうと、私に向けて言う。


「ありがとうございます。参考になりましたわ。それで、曲の方はいかがでしたか」


「華やかで明るくて、二人の門出に相応しいものだったかと。この曲がこれからの結婚式のスタンダードになると思うと、感慨深いですね」


 私がそう言葉を返すと、ミミヤ嬢はやや顔を赤くして。


「あら、いやですわ。まだ皆様が受け入れてくれるかすら判らないのですから、これから他で使われるなど……」


「なにしろ、国王陛下の披露宴ですからね。よい曲ですし、楽譜を積極的に開示するようにすれば、皆様あやかりたがるかと」


「そうなれば、バルクースの家の者として誇らしいのですけれどね」


 そう言って、私達はお互いに軽く笑いあった。




◆◇◆◇◆




 白菊の宮から薔薇の宮へと戻ったら、フランカさんが私を待っていた。


「トリール様の使いから、キリンさんに伝言です。結婚披露宴の相談をしたいので、牡丹の宮まで来てほしいそうです」


 またかよ!

 私は仕方なしに牡丹の宮まで向かった。

 今度は来客室へと案内される。すると、来客室には先客がいた。本が大好きな令嬢、ファミー嬢だ。


「ごきげんよう。キリン様もお茶にお呼ばれしたのですか?」


「いえ、私は結婚披露宴の相談をしたいからと呼ばれました」


「まあ、そうなのですか。きっと、お菓子のご相談ですわ」


「何か心当たりがおありで?」


「ええ、先日、本で読んだミルクを使ったお菓子のレシピをいくつか、トリール様にお教えしたのです。今日は、それの試食をさせていただくことになりました」


 なるほど。以前も塩の国のレシピをファミー嬢に提供してもらい、トリール嬢に見て再現してもらったことがあったな。

 そのときから二人のお菓子交流が続いていたりするのかもしれない。


 私はその教えたレシピというのが気になったので、その内容を率直に聞いてみることにした。

 ファミー嬢の説明するところによると、こうだ。


 ミルクを静かなところに置いておくと、上澄みとして油分が溜まる。いわゆる生クリームである。

 その上澄みをすくい取り、集める。

 金属のボウルと氷水(氷魔法で製氷する)を用意する。

 生クリームをボウルに空け、砂糖を加える。

 ボウルを氷水で冷やしなから生クリームを泡立てる。

 すると、白いふわふわとしたお菓子が完成する。


「なるほど、ホイップクリームでしたか」


「キリン様はご存じでしたか。さすが博識ですわね」


「氷さえ用意できれば、比較的簡単に発明されるお菓子ではありますね」


 その氷を用意するのが、主に魔法が必要なため難しいのだが。ただ、今の季節なら魔法を用いずとも用意しやすく、さらに雪で代用できていただろうけれども。

 と、そんな話をしていたときだ。来客室の扉にノックの音が鳴り、トリール嬢が入室してくる。

 彼女に追従して、ワゴンを押しながら侍女も入室する。


 侍女は、席に座る私達へお菓子の載ったお皿を並べ、さらにお茶を淹れ始めた。

 それを確認したトリール嬢は、私達に向けて言う。


「お待たせしましたー。キリンさんから聞いたプリンと、ファミー様から聞いたクリームを合わせた、披露宴用のお菓子の試作品ですー」


 皿に載るお菓子は、カスタードプリンの上に白いホイップクリームが載せられたものだった。


「なるほど。これにあとはカットフルーツがあれば、プリン・ア・ラ・モードですね」


「おやおやー。キリンさん、さらなるお菓子をご存じですかー?」


 ずずいとファミー嬢が近づいてくる。近い。


「ええ、まあ。前世であった、カスタードプリンを用いたお菓子ですね」


「見せてくださいますか? ハルエーナ殿下から聞いたのですけれど、幻影魔法が使えるのですよね?」


 ハルエーナ王女、どれだけ私の幻影魔法を言いふらしているんだ。

 私は仕方なしに、幻影魔法でテーブルの上にプリン・ア・ラ・モードを投影した。カスタードプリンにホイップクリーム、アイスクリームにさくらんぼ、みかんにリンゴと、豪勢な見た目である。


「美味しそうですわね」


「はあー、これは豪華ですねー」


 ファミー嬢とトリール嬢は感心したようにその幻影を眺めている。


「こちら、もしやアイスクリームですかー?」


 幻影のアイスクリーム部分を指さしながらトリール嬢が言った。

 私はそれに答える。


「ええ、そうですが。ご存じだったのですね」


「ファミー様からホイップクリームと一緒にレシピを教えていただきまして。作るの大変でしたねー」


 トリール嬢は指先に冷気を集めながらそう言った。氷魔法使えるのか。お菓子作りの申し子のような人だな。


「でも、アイスクリームは披露宴には使えませんねー。溶けてしまいます」


「立食ダンスパーティですからね。わたくし、立ちっぱなしは疲れてしまうので、壁際にいることにします」


 トリール嬢の言葉に、ファミー嬢がそう追従する。

 そして、トリール嬢がまた幻影を見ながら言った。


「カスタードプリンにホイップクリームを載せて、冬のフルーツを添える形にしましょうかねー。あ、どうぞお二人とも、今お出ししたのは食べてみてください」


 そうして私とファミー嬢は、お茶と一緒にクリーム載せプリンをいただいたのであった。

 その味はまろやかで、非常に美味だった。アルイブキラの製菓技術、あなどりがたしである。




◆◇◆◇◆




 牡丹の宮から薔薇の宮へと戻ると、ハルエーナ王女が薔薇の宮に訪ねてきていた。

 私に話があるというので、来客室でお相手をする。


「キリン、披露宴の出し物、みんないろいろやってくれるみたい」


「ええ、そのようですね。今日だけで、モルスナ様とミミヤ様とトリール様のところに行って、様子を見てきましたよ。ファミー様もトリール様に協力していました」


「……キリン、お疲れ?」


「いえ、この程度のことでは全然疲れませんのでお気になさらず」


 私は魔人ボディなので体力は無尽蔵だ。こういう機会にならどうぞこき使ってやってくれ。

 そして、ハルエーナ王女が私に向けて言う。


「この感じなら、大成功しそう?」


「今までにない、最高の披露宴になると思いますよ」


 なにせ、新郎新婦の入場からして今までとは違うからな。インパクトはすごいだろう。

 立食に手を入れられるのはお菓子だけで、並ぶ料理までどうこうできないのは惜しいところだな。でも、後宮メンバーによる披露宴の盛り上げという理念では、ここいらが限界だろう。私一人で先走るわけにはいかない。


「でも、ここまでみんながやってくれるのに、私が何も出し物をやらないのは、気が引ける」


 そう言うハルエーナ王女だが、それは気負いすぎというものだ。

 歌はみんなで歌うしな。


「いいじゃないですか。ハルエーナ様は、プロデューサーなんです。表に出ない存在なんです」


「『プロデューサー』?」


「企画をして、人員管理をして、全体を統括する人です」


「それなら、キリンがそうかも」


「いいえ。私はアシスタントです。みんなの下の立場で、雑事を担当する人です」


「ふふ。お互い裏方」


「そうですね。でも、そういう人も必要ですよ」


 私達はそう言い合って、笑った。


 結婚式は果たしていつになることだろうか。

 戦争は終わり、皆が平穏無事に過ごせるようになった。敵となる者はすでにおらず、後は平和な日々が続く。国王の結婚という吉事は、それを人々に知らせるために相応しいものとなるはずだ。

 だから私達は、結婚式が大成功に終わることを心から願うのであった。


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