55.町中の話
「いたぞ! 王族だ!」
「捕らえろ!」
この国の憲兵の姿をしていながら、隣の大陸の言語で男達が叫ぶ。
どう考えても相手は鋼鉄の国の工作員だ。ここに来て、憲兵に変装していることを隠す気はないのだろう。
「明らかに狙われてるぞナシー!」
「まとめて返り討ちにしてしまえばよい!」
私に続いて馬車から出てきて、剣を抜いたナシーが私の言葉に反論する。
まったく、なにを考えているのか。外出用のドレス姿で剣を使うつもりか。私も侍女のドレスだが。
「それに、私が狙われているなら、馬車から離れれば二人は安全だ!」
ああ、パレスナ嬢とモルスナ嬢から離れたかったのか。でも、馬車に入っていてくれれば、馬車ごと魔法で保護できたのだがな。
仕方ない。こちらに殺到してくる憲兵姿の男達に、私は身構えた。
数が多い。十人はいる。一人一人対処していたら、ナシーが囲まれてしまうかもしれない。
ナシーは騎士級の剣の腕を持つが、あくまで一般騎士級だ。それ以上の力を持つ国王の足元にも及ばない。武をこころざし始めた時期が遅かったからな。
私はナシーに注意を飛ばす。
「まとめて吹き飛ばすから、注意してくれ」
「魔法か!」
「いいや!」
私は魔法でナシーに声を飛ばしながら、その場で大きく息を吸った。
そして、吐き出す。
「ガアアアアアアアアッ!」
私の喉の奥から、魔力の息吹が奔流となって吐き出される。
広範囲に撒き散らされた魔力の塊が、男達を一息に飲み込んだ。
「――!?」
これぞ、剛力魔人百八の秘技が一つ、ドラゴンブレス!
私の喉には、声帯ではなく竜のブレス器官がついている。何故かは知らない。私がそういう魔人だからとしか言えない。
今回吐いたのは、音のブレス。口から高速で振動する魔力の塊を吐いたのだ。震える魔力からは、人間の可聴領域を超えた超音波が発生している。
男達は、振動によって全身を揺さぶられ、声も出せずにその場で意識を飛ばし、朦朧となった。
その隙に、私とナシーは男達に飛びかかる。
私は鉄の棒で手足をメインに男達の骨を素早く丹念に砕いていく。魔力と闘気を封じる枷も、殴る際に付与している。剛力魔人百八の秘技の一つ、骨折り首輪つきである。
「はあっ!」
ナシーは実直に闘気をまとった剣で男達を斬りつけている。相手は多分死ぬが、まあどうでもいいか。
ブレスで動けなくなった男達を倒していく間にも、離れた場所にいた弓使いから矢が飛んでくる。が、すべて魔法で叩き落とす。
「ガアッ!」
ついでに弓使いにもブレスをプレゼントだ。
さらに、妖精を多数呼び出して三台の馬車の保護をさせる。
前方の馬車の様子は――地面から火柱が上がっている。天使ヤラの天界の火か。こりゃあ工作員死んだな。
後方では、何やら強そうな槍持ちの男三人組に、護衛のビビとフヤが苦戦している。
「助太刀!」
背中から魔力を噴射させ突進して、ビビ達と男達の間に割って入る。
そして、男達に向けて鉄の棒を振り回し、牽制する。
む、むむ、むむむ。こいつら強いぞ。もしやリーダー格か。熟練の騎士くらいの腕前がある。
よくビビとフヤは無事だったな。
って、ビビ、腹から血を流しているじゃないか。
護衛用の鎧ごと、腹を槍で貫かれたのか。私は男達を牽制しながら、治療魔法を遠隔でビビに当てる。
「すみません、後れを取りました……」
ビビが力なく答える。
「いや、二対三でよく耐えきった」
治療用の妖精を追加で二人につけて、私は改めて三人の男達と対峙する。
相手の得物は、町中にどうやって持ち込んだのか、鉄の両手槍だ。それを私のリーチの外から突いてくる。
ふむ、強い。強いので私も少し殺る気になっちゃうぞ。
私は当たったらちょっと死ぬかもというくらいの力で鉄棒を振った。すると、空中でかち合った相手の鉄槍がへし折れる。
「な! ハンク工房の名槍だぞ!?」
知らねえよ。どこだよハンク工房。
鋼鉄の国の武器だろうが、私が世界中の魔法使いに魔法付与してもらった、護身の鉄棒『骨折り君』に敵うわけないだろう。
武器が折れて一瞬の隙を晒した相手の懐に飛び込み、私は相手の腰に棒を叩きつけた。
「ぐあああ!」
苦悶に満ちた叫び声があがる。
男は腰を砕かれて見事に体勢を崩した。その隙に、私は一気に手足を砕いて魔力と闘気を封じておく。
それを見て警戒した残りの二人が、さらに距離を取って斬撃を飛ばしてくる。闘気を使った飛ぶ斬撃だ。なかなかの練度である。しかし、その程度でやられる私ではない。
「工作員バリアー!」
腰を砕いた男を盾に、相手に肉薄する。
「な、卑劣な!」
「襲撃犯に言われたくないな!」
私を卑劣呼ばわりした方を次のターゲットにロックオン。盾を相手に投擲し、避けたところで上手く相手の槍を掴んだ。
そして、私は掴んだ鉄槍を上に向かって掲げた。
「なあっ!」
今も槍を掴み続けている相手が、空中で宙ぶらりんになる。相手もなかなかの握力だ。
その隙だらけになった姿に向けて、私はドラゴンブレスを吐いた。今度は雷のブレスだ。
全身に雷撃を受けた男は、びくびくと体をけいれんさせている。筋肉が硬直しているのか、今もなお手は槍を握ったままだ。
私は槍を地面に振り下ろし、男を地面に叩きつける。相手は意識を失ったようだ。念のため手足を砕いて魔法を封じておく。
残りは一人だ。
「むう、面妖な。侍女の幼子がこのような手練れとは」
ブレスを浴びた男と対峙している間もしつこく飛ぶ斬撃を飛ばしてきていた最後の男が、そう隣の大陸の言葉でうめく。
王城侍女のドレスデザインを知っているとは、なかなかこの国について調べてるじゃないか。
ちなみに飛ぶ斬撃は全て魔法で弾いた。
「戦闘侍女って言うらしいぞ」
いつだか国王に任命された役職名を口にしながら、私は男に近づいていく。
だが、男は距離を取って斬撃を飛ばすのに専念している。
相手に打つ手なしに見えるが、ひっそりと相手の魔力が高まっているのが察知できた。逆転の一手としてなんらかの魔法を撃つつもりだろう。
「逃げてばかりでいいのか?」
「…………」
近づく私の言葉を無視して、男は距離を取る。
近づく。距離を取られる。近づく。距離を取られる。相手の魔力が最高潮に高まる。そして――
「はあ!」
「ぐああっ!」
背後に忍んでいたナシーに男は斬りつけられた。位置を上手く調整して、パレスナ嬢達のいる真ん中の馬車を守っていたナシーの方に、男を誘導していたのだ。
守られるべき王妹だろうが、戦力は戦力だ。
ちなみにナシーは散々人を斬ったというのに、ドレスには返り血一つついていなかった。闘気で服の表面をおおっていたのだろう。また腕を上げたな。
工作員は全滅したのか、それとも残りは逃げたのか、この場に立つ憲兵服の男はいなくなった。
倒れている男達は全部で二十人ほど。幾人かは切り傷から出血していたり、黒焦げになっていたりするが、私が倒した分は生きているので捕虜としては十分だろう。
さて、この場をどう収めたものか。侍女のドレスのスカートについた砂埃を払いながら、私はそう悩んでいると。
「殿下は無事かああああー!」
城の方面から、メッポーに乗った近衛騎士と緑の騎士の集団が駆けてきた。
ご苦労なことだ。というか。
「ナシー殿下の護衛、天使だけとか警護薄すぎないですか?」
私は今更の疑問をナシーにぶつけた。
ナシーの返答はというと。
「ゼリンとの用事があるというのに外出させてくれなかったので、馬車を奪って城を抜け出してきた」
おいおい。それで襲撃されてるんだから、外出許さなかった方が正解だよ。
私は溜息を一つついて、メッポーから飛び降りた騎士達に手を振るのだった。
◆◇◆◇◆
襲撃を受けて、城に帰る帰らないの話になったが、結局ナシーが帰らないと強く主張したため、騎士達を大勢引き連れて職人街へと向かった。
針子工房の中にも、武装した騎士達が私達に同行してきている。
近衛騎士は国王以外の王族の守りを主に担当する、近衛騎士団第二隊の者だ。そして、王都や地方をそれぞれ守る護国の騎士である緑の騎士は、懐かしの顔ヴォヴォだ。
「なるほど、セト殿はドレスを新調なさるのか」
先に順番を譲ったビアンカとフランカさんは、ドレスのデザインを決めるため別室で針子と話している。護衛のビビは魔法で治療したが、念のため王城の治療室に騎士同伴で向かわせた。もう一人の護衛フヤは無口だ。
パレスナ嬢はモルスナ嬢とナシーと天使の四人で談笑している。モルスナ嬢などは襲撃の後も恐怖で震えていたので、親しい女友達による心のケアが必要だろう。
なので、あまった私は顔見知りの騎士ヴォヴォと会話をして、間を持たせていた。
聞くところによると、彼は緑の騎士として王都の守りを固めるために、戦争に参加はしていないようだった。
「ええ。ヴォヴォ様の一度目の結婚式には貸し衣装で参列したのですが、今回は主の婚礼に合わせて新調しようかと」
「その節は、わざわざ来ていただき感謝する。可愛らしいドレスだった」
そう言うヴォヴォだが、伝え聞くにはお嫁さんとラブラブらしいので、ロリコンが再発したということはないはずだ。純粋にお世辞だろう。
「しかし、私ももう三十近いので、子供用のデザインというのも違うと思うのですよ」
「なるほど。背の低い大人の女性もおられるしな。さすがにセト殿ほど低い方は見たことはないが……」
まあ、私は十歳児の中でも背が低い方だしな。大人でここまで低い人はそうそういない。
そんな会話を交わしていると、ビアンカとフランカさんが別室から戻ってきた。
「ふふー、うふふー」
新しいドレスを作ってもらえるとあって、ビアンカはご機嫌なようだ。
「さて、次はキリンだな」
座って天使と共に茶を飲んでいたナシーが立ち上がる。
「そうね」
ナシー達と会話をしていたパレスナ嬢も立ち上がる。
「あら、お二人も行くなら私も」
モルスナ嬢も置いていかれてはたまらぬと、立ち上がった。
ええっ、そんなに来るの。
私達四人はぞろぞろと別室に入っていった。ここからは男子禁制だ。
「さて、お嬢様は実年齢二十九歳とのことですが……」
女性針子が、疑わしいという顔で私を見てくる。
「はい、十歳の頃に魔法の秘術を使い、一切成長も老化もしなくなりました」
「そのようなことがあるのですねえ……」
針子は半信半疑という様子だ。
「本当だぞ。私がこんなに小さかった頃から見た目が一切変わっていない」
ナシーが腰の辺りに手をかざして、背の高さを示した。まあ確かに、初めて会ったときのナシーは小さかったな。
「左様でございますか」
さすがに王妹殿下の言うことに反論はできないのか、針子は表面上納得の顔を見せる。
「となりますと、子供用のデザインは採用できませんね。大人用のものを子供サイズに直してデザインすることになりますが……。正直初めてのケースになりますので、正直その、お値段の方は高くついてしまいますが、よろしいですか?」
値段か。それは問題ない。
それよりも、大人用と子供用でデザインがはっきり分かれていることのほうが気になるな。最初から大人用デザインを子供用にも流用してしまえば、デザインを新たに考える手間が省けるというのに。この国では何故いちいちデザインを分けるのか……。まあいい。
私は針子に答える。
「大丈夫です。資金は十分にありますから、金に糸目はつけなくていいですよ。ただし、侍女なので主より目立ちすぎてはいけないので、おとなしめのデザインにしてください」
「まあ、左様ですか!」
金に糸目はつけなくていい、のあたりで針子の顔が輝いた。針子も商売だ、より儲かる方がいいだろう。
「となると、最高級の厳選スパイダーシルクをふんだんに使ったドレスがよろしいですね。是非とも私が製作を担当させていただきます。スパイダーシルクで!」
……ああ、違った。お高い素材でドレスを作ってみたいだけだこの人。
まあ、このドレスに使われたスパイダーシルクの収益も、一部が私の懐に入ってくるのだが。
氷蜘蛛を見つけて家畜化して、ゼリンに売りつけたのは私だからな。
「あまり私のことは気にしないでいいわよ」
主より目立たない、という話を気にしているのだろうか、パレスナ嬢はそう言った。
だが。
「いえ、そういうわけにもいきませんので」
侍女としてさすがにそこは譲れなかった。
「まずは、大人用のデザインを見てからね」
モルスナ嬢のごもっともな意見を聞き、私は針子の用意したデザインカタログに目を通す。
「ふむ、これなんて大人っぽくてよくないかな」
と、ナシー。
「可愛さが足りないわ。スパイダーシルクならこっちなんてどう?」
と、パレスナ嬢。
「二十九歳の着るものではないわよ。彼女の見た目に惑わされすぎては駄目」
と、モルスナ嬢。
三人は私を置いてきぼりにして、きゃいきゃいとはしゃいでいる。なんとも姦しい。
「……しばらくかかりそうです」
私は針子にそう告げる。
「では、先に体のサイズをお測りしましょうか」
針子がそう言うと、部屋に待機していた他の針子が私の侍女のドレスを脱がしにかかる。
いやあの、一人で脱げるんですけど!
そんなことを言う暇もなく私は瞬く間に丸裸にされた。
「あら、意外と筋肉質じゃないのね」
デザインカタログから目を離したモルスナ嬢が、そんなことを呟いた。
「この玉のお肌の幼女が、さっきの敵兵をあんなふうになぎ倒したのねえ」
そう言うのは、お風呂で一度裸を見せたことがあるパレスナ嬢だ。伏せてろって言ったのに先ほどの戦いを観戦していたのか。
「美しく、そして強い。私の目標とするところだな」
ナシーはそう言うが、私みたいになるのは無理ではないかな。私が細身で腕力があるのは魔人の力の恩恵によるものだからだ。
ただ、気功術を極めれば細身のまま強くなれる可能性はある。
「それで、デザインは決まったんですか?」
針子達に体のサイズを測られながら、私は彼女達に尋ねる。
「ええ、もちろん。これよ!」
パレスナ嬢がカタログのとあるページを見せてくる。
それは、肩と背中の出た、大胆なデザインだった。
「……それ、夏用のデザインじゃないですか? 戦争、そこまで長引かないでほしいのですけれど」
「可愛ければいいのよ! それに、寒くてもキリンなら魔法でどうにでもするでしょう?」
「まあ、それは、はい」
パレスナ嬢の言葉に、私は頷くしかなかった。
「このドレスなら、同年代の貴族の子達を次々と悩殺できるな」
などと、おかしなことをナシーが告げてくる。
……同年代って、三十前後のおじさん達のことじゃないよな。
そして、モルスナ嬢も話に乗ってくる。
「キリンさんの社交界デビューだもの。派手にいきたいわね。テーマは子供達の前に舞い降りた誘惑の妖精ね」
子供達を惑わすって、この三人はいったい私をどうしたいんだ。
針子に足のサイズを測られながら、私は本日何度目かとなる溜息をつくのであった。




