54.外出の話
二頭立ての馬車が城下町を進む。今日は商人ゼリンとの面会の日。我が主パレスナ嬢は、後宮の他の王妃候補者であるモルスナ嬢を伴って、馬車に乗り込んでいた。
外出のメンバーはパレスナ嬢、モルスナ嬢、侍女のフランカさん、ビアンカ、護衛のビビ、フヤ、モルスナ嬢の侍女二人、モルスナ嬢の護衛二人、そして私と十一人の大所帯になったため馬車は二台に分けられている。
パレスナ嬢とモルスナ嬢は後方を行く二台目の馬車に乗り、私はパレスナ嬢のお話係としてそれに同乗している。
「意外と活気は失われていないのね」
馬車の窓から外を見ながら、モルスナ嬢が言った。
窓の外には、仕事のために忙しそうに道を行き交う労働者の姿が見える。
今日は平日のため馬車道の往来は少なく、この馬車を引くメッポー(馬のような動物)は足取りを軽くして進んでいる。
「誰も我が国の勝利を疑っていないのでしょうね。相手は列強と言えど中規模国ですから」
そう私はモルスナ嬢の言葉に返した。
国力の絶対的差。それが国民の軍への信頼に繋がり、平和な日常生活を城下の民達に続けさせていた。
聞くところによると、昨日の出陣パレードは大盛況だったという。
国王はどうやら国民の人気をしっかりと得られているようであった。
モルスナ嬢の隣で前を見ながら、パレスナ嬢が言う。
「平和が一番よ」
「平和だといいのですけれどね……出発前に門兵が言っていたでしょう?」
「ああ、あれね」
私の返す言葉に、そう頷くパレスナ嬢。
なんでも、鋼鉄の国の工作員が王都でなにやら動き回っているらしい。十分に注意するよう王城の門兵から警告を受けたのだ。
「私にはキリンがいるから大丈夫よ」
と、パレスナ嬢は自信満々に言う。
「そこはビビさんの名前も言ってあげてください」
私は馬車に同乗している護衛のビビの方へ視線を向けて、そう言った。
ビビは「あ、いえ。おかまいなく」と遠慮しているが、この大人数を四人の護衛で守り切るのだから気合いを入れてほしい。
町のごろつき程度じゃ私は手を貸さないぞ。
やがて、馬車は大通り沿いにある一つの商店へと辿り着いた。ティニク商会の店である。
私達はぞろぞろと大人数で店の中へと入っていく。
「いらっしゃいませー。ティニク商会へようこそ」
すると、早速私達は店員に迎えられた。
その店員は、王城下女のカーリンであった。
「君はまた、私の行くところにいつでも現れるな……」
私は一同を代表してカーリンと応対する。
私の言葉を受けたカーリンはというと。
「前回と同じ曜日に来たのはキリンさん達じゃないですか。私は休みの日に実家を手伝っているだけですよ」
「ん? そうだったか?」
前回この店に来たのは……ちょうど三週間前か。まあいい。
「ゼリンに取り次いでくれるかい」
「もう準備はできていますので、奥へどうぞー」
そうカーリンに案内される。
私は後ろへと振り返り、パレスナ嬢に向かって言う。
「今回は待つ必要がないようです」
「そうみたいね。フランカ、ビアンカ。また面会の間、商品見てきていいわよ。フヤは二人についていってあげて」
パレスナ嬢はそう言って侍女達をカードコーナーへと送り出した。
モルスナ嬢も、一階なら好きに店を見て回っていいと、侍女に告げている。モルスナ嬢の侍女二人は嬉しそうに歓声をあげていた。
そして私達はカーリンに連れられて、店の奥の来客室に通された。
来客室。そこには、店主のゼリンと、そして何故か王妹のハンナシッタことナシーと、その護衛の天使が座っていた。
「ナシー! どうしてこんなところに?」
ナシーを見つけたパレスナ嬢が驚きの声をあげた。
「え、殿下? え、何故?」
モルスナ嬢はもっと驚いているようだ。
「ああ、来たか。まあ、座れ」
ナシーはそう言ってパレスナ嬢達の着席を促した。
さすがに王妹に座れと言われて座らぬわけにもいかず、パレスナ嬢とモルスナ嬢は大人しく着席した。
「早速始めましょうか」
オネエ商人のゼリンが、野太い声でそう宣言する。しかし。
「ちょっと待って。何故ナシー……王妹殿下がここにいるのか、説明してほしいのだけれど」
パレスナ嬢が待ったをかけた。
その言葉を受けたゼリンは、一瞬きょとんとした顔になり、そして言った。
「あらやだ。ハナシー先生なにも話してないの?」
「ああ、ちょっと驚かせてやろうと思ってな。効果のほどは抜群だったようだが」
ナシーはそう言ってくつくつと笑った。
ハナシー先生? あ、もしかして……。
「改めて自己紹介しよう。私はペンネーム、『ハナシー』。小説家だ」
そう胸を張ってナシーが告げた。王族が副業で小説家って、なんだそれ。
「ハナシー先生は新鋭の恋愛小説家なの。代表作は『ミニーヤ村の恋愛事情』」
「ミニーヤ村!? 大人気小説じゃない!」
ゼリンの言葉に、驚きの声を上げるモルスナ嬢。いや、あなたも人気の恋愛漫画描いてる人でしょう。
『ミニーヤ村の恋愛事情』か。侍女宿舎の同室のカヤ嬢に見せてもらったことがある小説だ。確か内容は、穀潰しだった貴族の五男が、ある日親から辺境の村の代官を任され、その村に住む牧場の少女と恋愛をする話だ。
「モルスナも『令嬢恋物語』を描いているそうではないか。あれはいいものだ」
そう言うナシーに、モルスナは「ありがとうございます」と恐縮した。
一方、普段恋愛小説など読まないパレスナ嬢はというと。
「小説家……なるほど、私に挿絵を描いてほしいのね、ナシー!」
と、それらしいことを言った。
「その通りだよ。私は君のファンだからな」
どうやら正解だったようだ。
それにゼリンが補足を入れる。
「前回のパレス先生の話を受けて、何人かの作家先生にお声がけをしたのよ。それで真っ先に返事が来たのが、ハナシー先生だったわけ」
なるほど。ナシーはパレスナ嬢の描いた家族の肖像画を部屋に飾るほど、パレスナ嬢の絵を気に入っているようだしな。
「私の新作、『天使の恋歌』に是非挿絵を提供してほしいのだ」
そのナシーの言葉に、部屋中の視線がナシーの隣でお茶を飲んでいた天使ヤラールトラールに集まる。
「……私が話のモデルではないですよ?」
そう視線に答えを返す天使ヤラ。
「ああ、そうだな。生まれたての天使の少女が人間の少年と出会い、恋をするというガールミーツボーイものだ。ヤラは天使の習性しか参考にしていないよ。まあ、ヤラがいたから思いついた話ではあるがな」
「天使って人間と恋をするものなのですか?」
モルスナ嬢がそんな疑問をナシーにぶつける。
ナシーは答えずに、天使ヤラに視線を向けた。
「普通にしますよ。私達端末の精神は人間のものが元になっていますから。まあ、端末は子をなせないですし、寿命も違うのであまり推奨はしませんが」
そう天使ヤラが語る。
天使や悪魔は人間社会に溶け込むために、人間をコピーして作られた存在である。天使ヤラの言葉を信じるなら、恋愛もするのだろう。天使や悪魔は炎の樹というものから生えてくる存在のため、恋愛と繁殖は結びつかないのだが。
まあ、ナシーはきっとそのあたりを上手く恋愛小説に昇華しているのだろう。
そして、パレスナ嬢は言う。
「実際に天使様を見てスケッチもしたことがある私なら、その作品の挿絵を描くのに相応しいわね!」
「ふむ。では用意してきたという、挿絵の参考画を見せてもらおうか」
「ええ! キリン、出して」
ナシーの要求を受けて、パレスナ嬢が私に指示を出す。
私は、持参してきていた鞄から、パレスナ嬢の描いた線画を机の上に並べていく。
「ほう、これは……」
ナシーは感心したように呟きを漏らす。
パレスナ嬢は、線画を一つ一つナシーの前に提示し、説明をしていく。
一方、ゼリンはその絵を見ずに、ナシーとパレスナ嬢の様子を見守っていた。
「絵、見なくていいのか?」
そんなゼリンに私は尋ねた。
「まずは、作家先生と画家先生の相性がいいかどうかね。ま、心配はなさそうだけど?」
「そうか。しかし、貴族や王族を漫画家やら小説家やらにして、お前はいったいなにがやりたいんだ」
「物語を書ける高い教養を持って、さらに執筆の余裕がある人って、どうしても王侯貴族に偏っちゃうのよねー」
まあ、貴族の次男坊三男坊などは、親の跡も継げず暇していることが多いみたいだが。
「それにしても、予想通り戦争になっちゃったわねえ」
唐突にそんな話題をゼリンが振ってくる。確か前回来たときは、穀物の値動きがおかしいって話をしていたのだったか。
「まあ、いつ開戦してもおかしくない緊張状態だったからな。どうして鋼鉄の国が貿易で利益をむさぼろうとせず、いくさで攻めてくるかは解らんが」
この国は鉄資源が不足している。一方で、食糧はあまりにあまっている。鋼鉄の国はその正反対の国だ。なら、貿易をすればお互いに得する国際関係になったはずだ。
「うーん、それを理解するには、まず鋼鉄の国の現状を理解しなきゃいけないわね」
「鋼鉄の国には庭師時代、あまり寄りつかなかったからなぁ。ほとんど通り過ぎるだけだった」
あの国は食事が不味いからな。
そして、ゼリンは語り始める。
「まず、鋼鉄の国は本来、貴族院が支配する共和国なの」
それは知ってる。だから、この国の人は鋼鉄の国のことを共和国と呼んだりもしている。
「でも、十五年前から大総統を名乗る男が、独裁者として君臨し始めたの。内政が上手な人で、国民の支持も厚かったわ」
厚かった。過去形か。
「外交姿勢は強腰ね。そこから、ちょっとうちの国とも関係がこじれ始めてる。でも、あるときを境に急にうちの国を敵視し始めたの」
「そりゃあ、なんでまた」
「きっかけは、結婚ね。カヨウっていう夫人を迎えてから、どこかおかしくなっちゃったのよ」
女で身を持ち崩す国主か。前世でもいくらか聞いた話だな。
確かに、数年前から鋼鉄の国とは関係が悪化している。それが国主の結婚と重なっているのか。
「カヨウ夫人は、そりゃあもう美しい人らしくて、大総統だけじゃなくて周囲の側近達も魅了しているらしいわ」
「そいつが戦争の原因か」
「あたしはそう見ているわ。何かうちの国に恨みでもあるんじゃないかしら」
はー、嫌だなあ。戦争って、もっとこう、国と国ののっぴきならない事情がぶつかりあって起きるものじゃないのか。
毒婦がいて、それによって暴走した軍事国家が戦争を仕掛けるって、解りやすいんだけど現実に起きるか普通。
それに付き合わされるうちの国も大変である。
「これだ。この絵柄がいいな」
と、どうやら向こうの話はまとまったようだ。
ゼリンもにっこりと笑ってその中に入っていく。
「決まったようね。後は、パレス先生に草稿を渡すから、まずはキャラクターデザインを決めてちょうだい。王城にいれば、ハナシー先生とも話し合いができるでしょう?」
「ああ、そうだな」
「ナシー、後宮にはいつでも来ていいわよ!」
ゼリンの言葉に、そう答えを返すナシーとパレスナ嬢。モルスナ嬢はその様子を横からにこにこと見守っている。
「キャラクターデザインが決まったら、郵送でいいから私に届けてちょうだい。チェックを入れるわ」
「了解よ」
そうして、二回目となるパレスナ嬢のゼリンとの面会は終わったのであった。
パレスナ嬢は帰り際に、『ミニーヤ村の恋愛事情』ほか、ナシーの書いた恋愛小説を購入していった。律儀な子である。
◆◇◆◇◆
馬車は城下町の工房街に向けて進む。以前の話通り、針子工房へと向かっているのだ。
完全に私とビアンカの私用だが、それに付き合ってくれているパレスナ嬢とモルスナ嬢と、そしてナシー。
そう、何故かナシーまで付いてきているのだ。
おかげで、馬車は三台も連なって道を走っている。随伴の近衛騎士はいない。ナシー、もしや黙って城を抜け出してきたのか。
「いやあ、あのキリンが淑女のドレスを着るなどとは。楽しみだな!」
馬車の中でそう笑うナシー。
私がドレスを着て何が悪いというのだ。
いや、前歴から考えると私もちょっと笑えるとは思うけどな。
「今も侍女のドレスを着ていますよ」
そう私はナシーに向けて言葉を投げかけるのだが。
「それも面白いな。あの魔人が大人しくドレスを着て侍女をしているなど。兄上は散々笑っていたぞ」
あ、あいつ……。もう無事を祈ってやらんぞ。
「しかし、よく考えてみると、王城にキリンがいるなら、いつでも手合わせをしてもらえるのだな……」
「前から言っているように、私の蛮族の剣は対魔物、対巨獣用のものなので、対人戦の参考にはなりませんよ」
「キリンのような対魔物に秀でた人間と、実戦で戦う機会があるかもしれん。十分参考になる」
左様ですか。
と、そんなことをナシーと話していると、突如馬車が減速して止まった。針子工房にはまだ距離があるはずだ。
「何事だ?」
私達は御者席側の窓から、前方を眺める。
すると、前方を進んでいるはずの馬車が、何やら憲兵らしき者に止められていた。
そして――
「!? 襲撃だ!」
私はとっさに叫んだ。矢が横から、馬車を引くメッポーに向けて射かけられたのだ。
矢は的確にメッポーに命中する。だが、無事だ。私が急いで魔法で保護したからだ。
「ここで伏せて身を守っていてください!」
私はそう馬車の面々に叫んで、馬車から躍り出た。
「敵襲か!」
って、なんで守られる立場のナシーも一緒に出てきてるんだ。
私は周囲を見渡す。どうやら、憲兵の格好をして思い思いの武装をした男達に、馬車が囲まれているようだった。
これが門兵の言っていた鋼鉄の国の工作員か。
私は気を引き締め、空間収納魔法から武器として一本の鉄の棒を取り出すのであった。




