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53.出陣の話

 王宮内の謁見の間。そこで今、国王による出陣式が開かれていた。

 参加しているのは、騎士や軍人の士官と、王都に在住している貴族達。貴族達は戦争に参加しないが、出陣する国王や騎士達の勇姿を見守るために参上しているのだ。

 そこに、我が主パレスナ嬢が、次期王妃として参列していた。随伴している侍女は私一人だ。貴族のおともの侍女や小姓が何人も詰めかけたら、いくら広い謁見の間といえどもすし詰め状態になるからな。

 かといって後宮の者を一人で王宮にうろつかせるわけにもいかないので、私が侍女兼護衛として特別に付いてきているのだ。


 きらびやかな鎧を着込んだ国王が、果実をしぼったジュースを参加者に振る舞っていく。

 これから戦いに赴くとあって、酒ではない。凱旋した暁には、同じ果実で作った酒を飲んで勝利を祝うのだ。


 杯を交わし、勝利を誓う国王。

 そして式次を順調に消化したのち、国王はパレスナ嬢に近くへ来るよう呼んだ。

 国王の前に行き、淑女の礼を取るパレスナ嬢。国王とパレスナ嬢の視線が交わされ、そしてパレスナ嬢は国王の隣に並んだ。


「みんな、もう聞いているかもしれないが、改めて宣言する!」


 謁見の間に国王の声が響く。騎士や貴族達の視線が一斉に彼に集まった。


「戦争を終え帰還したら、俺はこのエカット家のパレスナと婚姻を結ぶよ」


 隣のパレスナ嬢の腰を抱いて、そう宣言する国王。パレスナ嬢の顔に朱がにじむ。


「だから、ここに誓おう。絶対的な勝利を。戦勝式典を俺達の婚礼の場とする!」


 わっと歓声が上がった。そして、謁見の間が拍手に包まれた。

 貴族達は口々に、「やっと陛下もご覚悟を決められたか」だの「十年遅いと言いたいところですが、十年前ではご令嬢もまだ子供でしたな」だの「いやあ、めでたい。ようやくですな」だの「尻に敷かれるのが今から楽しみです」だの言い合っている。どれだけ国王の結婚を待ちわびていたんだこの人達は。

 まあ、貴族同士の仲が悪そうじゃないことは良いことだな。


 祝賀ムードで場は盛り上がり、参加者達は出陣式など頭から抜けたかのように歓談していた。

 そして、国王の腕から抜け出したパレスナ嬢がこちらに戻ってくる。


「もう、注目浴びちゃったわ」


 そうパレスナ嬢はぼやくが、そんな彼女に向けて私は言った。


「王妃になれば、これ以上の注目を浴びますよ。慣れておきませんと」


「キリンまで何を言っているのかしら」


 パレスナ嬢は顔を赤くして私の背中を叩いてきた。ずいぶんと恥ずかしかったらしい。

 でもまあ、結婚式になればこの比じゃないくらい人目を引くのは確実だ。いちいち恥ずかしがってなどいられない。

 その点、国王はさすが人目に慣れているよな。


「皆様、お静まりください。最後に、国王陛下からお言葉をいただきます」


 そう、式を進行するアナウンスが謁見の間に響いた。

 騒がしかった謁見の間が一瞬で静まる。私達はたたずまいを直して、国王の方へと向き直った。

 そんな家臣達に向けて、国王は言葉を放つ。


「今回の戦争は、総力戦だ。戦いは厳しいものになるだろう。だけど、はっきり言うよ。俺達は勝利する」


 力強い国王の声が、謁見の間に響く。


「騎士達、兵士達は勝利を疑わず俺についてきてくれ。他の皆は、俺達を信じて見守っていてほしい。そして、帰ったらみんなで馬鹿騒ぎだ!」


 国王が力強く拳を掲げると、わあっと人々が沸いた。

 そして再び拍手が謁見の間を満たす。出陣式は、これで終了だ。

 この後、国王は戦場に向けて出発することになる。国王と、騎士達と、王都の国軍による城下町での出陣パレードが行われる。さすがにそれまでは見に行けないので、ここで私達は国王の無事を祈ることにする。


 そんな中、国王の言葉を受けて笑顔になった貴族達の中で、一人愁いを帯びた表情だったパレスナ嬢のことが、ひどく記憶に残るのだった。




◆◇◆◇◆




 昼、珍しく『幹』の女帝から連絡が入った。二回目となる惑星探査も無事成功したらしい。その話の後、私の近況を聞かれたので、国が戦争に突入することを伝えた。

 魔法道具『女帝ちゃんホットライン』から、女帝の幼い声が響く。


『戦争は悪意しか生まぬから、できればやめてほしいものじゃがなあ。なにが楽しくて戦争なんぞするのか』


「戦争があって嬉しい一般人なんて、一部の商人くらいだよ」


 そう私は魔法道具に向けて声を投げかける。


『蟻人はこの二千年間、一度も戦争など起こしたことがないというのにのう』


「そりゃあ、上の命令に絶対服従の生物なんだから、女王蟻同士が本気で争わないかぎり、戦争なんて起こらないだろうな」


『そして女王蟻の上は女帝の我一人。争いなど起きるはずがなかったの。はっはっは』


 古風な世界共通語でそう言い、軽快に笑う女帝。


『戦争など悪意しか生まぬので禁止にしたいが、それで立ちゆかないのが国家というものよ。適度に領土を取った取られた、国際問題が起きたら殴り合い、などとしてやらんと世界が上手く回らん』


 上から押さえつけすぎたら、待っているのは、『幹』への反乱ってか。

 しかしだ。


「今回の戦は、鋼鉄の国曰く、国を盗るまで終わらないらしいけどな。おかげで総力戦だ」


『む、そうなのか……それはいかんのう』


 むむむ、と女帝が悩ましい声をあげた。


『アルイブキラはバレンの者達による農業試験国じゃから、国主に交代されるとこちらも困るのじゃ』


 バレンとは、この国の王族の家名だ。


「調停でもするかい?」


『ほどよいところで戦争への介入が必要かもしれんなあ。国が滅びたらどうにもならんわ。もちろん鉄鋼業試験国にも滅びてもらっては困るのじゃ。なにゆえ円滑に交易をしてくれないのか』


 ああ、鋼鉄の国ってそういう扱いなんだ。鉱石に偏った産出品は、そういう狙いがあるのか。それで土壌が汚染されて作物が育ちにくくなって、結果うちの国を目の敵にされても、こっちだって困るんだがな。『幹』の調整ミスだろこれ。

 ちなみに、鋼鉄の国は貴族院によって支配される共和国なので、うちの国における王族のような一族単位での鉄鋼業試験の担当者はいないだろう。ただし、それでも国を滅ぼしてもいいことにはならない。世界が悪意にまみれてしまう。


 そんな感じで戦争の愚痴を言い合って、今回の通信は終わりとなった。

 昼休憩の時間をいい感じに消化できたので、後宮へと向かうことにする。

 雪道を滑らないように進んでいく。国王達もこの雪道を進んでいるのか。準備はしていただろうが、大変だろうな。


 薔薇の宮に入ると、広間に詰めていた護衛のビビに、ハルエーナ王女が来客室に来ていることを知らされた。そして、到着次第、来客室まで来るようにと伝言を受け取った。

 なるほど、遊びに来たのかな。


 私が来客室に入ると、そこにはトレーディングカードゲームで遊ぶハルエーナ王女とビアンカの姿があった。パレスナ嬢は横でそれを眺めながら、お茶を飲んでいる。他にもフランカさんと、ハルエーナ王女のお付きがじっと黙って佇んでいる。猫は暖房の前だ。

 王女とビアンカがプレイしているのは、協力してポイントを溜める競技だな。ビアンカはまだスターターパックしかないから、対戦競技は上手く成り立たないだろう。

 私はパレスナ嬢の横に立ち、彼女に尋ねた。


「どうですか、実際に見てみるカードゲームは」


「派手だけど、私の好みには合いそうにないわねー」


 貴族の女性にカードが受けているのは主にファッション面だという。そのあたり特別に興味を持っていないパレスナ嬢からすると、こんな反応になるだろう。

 まあ、ビアンカは純粋に遊戯として楽しんでいるのだろうが。


「カリカ・レイ・ククルアーナ!」


「カリカ・レイ・ククルアーナ」


 聖句でいい競技内容でしたと言い合いながら、二人が遊戯を終える。そして、テーブルの上に散らばったカードを集めながら、ビアンカが言った。


「うーん、やっぱり新しいカードがほしいですねー」


 フランカさんの方をちらちらと見ているビアンカ。買ってもらうためのおねだりではない。侍女として働いて給金は出ているから、単純に買う許可が欲しいのだ。

 それに答えたのは親のフランカさんではなく、パレスナ嬢だ。


「明日ゼリンのところに行くから、そのときにまた店を見たらいいわ」


「わー、本当ですか!」


「買いすぎなければフランカも怒らないわよ。ねっ?」


「……そうですね」


 パレスナ嬢がフランカさんに話を振ると、フランカさんは端的にそう答えた。許可が出たということだろう。

 ビアンカは嬉しそうに微笑み、束ねたカードをカードホルダーに収納した。

 ハルエーナ王女も、シックな革のホルダーにカードを収めている。


「どうかしら? 楽しめたかしら」


 そう王女に尋ねるパレスナ嬢。対する王女もそれに答える。


「うん。楽しい」


 ハルエーナ王女の言葉遣いは簡素で平坦だが、感情がこもっていないわけではない。単に、母国語ではないため、このような言葉遣いになってしまっているのだろう。

 王女は言葉を続ける。


「心配してくれているけど、私は国に帰れないの気にしてない。元々、パレスナの結婚までここにいる予定だった」


「あら、そうなの。でも、鋼鉄の国が城まで攻めてきたら、貴女も巻き込まれるのよ」


「他の国の王女をどうにかするほど、あの国はおかしくない、と思う。それに、この国は強い」


 辛そうな様子は欠片も見えない。本気で気にしていないのだろう。強い心を持った人だな。


「ただ、国との繋がりが切れた私に、できることは少ない」


 真面目な顔で、ハルエーナ王女はそう言葉を続けた。

 そう、塩の国との連絡経路は鋼鉄の国の軍によって塞がれているため、王女は今、寄る辺がない状態にあると言えた。

 まあうちの国の人達が支えると思うがな。

 王女は国賓だ。戦争が終わった後も、塩の国との関係は続く。大切にしなければならない。


「今の私にできることを考えた……」


 そう言って、ハルエーナ王女はパレスナ嬢をじっと見つめた。そして。


「私にできること。それは、国王とパレスナの結婚式を大成功させることだって」


 と、パレスナ嬢に向かって宣言した。

 突然振られた自分への話題に、パレスナ嬢はきょとんとした顔になっている。

 やがて、言葉の意味を理解したのか、パレスナ嬢は笑顔になった。


「そう、ありがとう。嬉しいわ」


「他の宮のみんなとも協力して、最高の催し物を考える」


「それは楽しみね!」


 パレスナ嬢とハルエーナ王女は、そう言い合って、笑った。

 そして、王女は今度は私の方へと顔を向ける。


「キリンも、お茶会のときみたいに協力して。お願い」


「はい、お任せください」


 本当に天使のような人だな。あ、この場合の天使は、前世の比喩で純真な存在という意味だ。

 だって、この世界の本物の天使は今、猫の姿になって暖房の前で寝転んでいるからな。


 そうして歓談のひとときを過ごした後、ハルエーナ王女は薔薇の宮を去っていった。

 パレスナ嬢は王女に明るさを分けてもらったのか、出陣式のときの暗い気持ちはなくなったようだ。


「あそこまで言われたら、いい結婚式にしたいわね」


 そう言って、パレスナ嬢は笑顔を見せたのだった。

 国王よ、未来の王妃はこんなにも元気だぞ。さっさと戦争を終わらせて帰ってくるんだな。

 私は戦場に向かっているであろう国王に、そう思いをはせるのであった。


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