52.衣装の話
国王が衝撃の告白をした翌日。薔薇の宮でパレスナ嬢と私達侍女は、国王からの頼まれごとの一つである結婚式について話し合うことにした。
「婚礼の準備を進めるとしても、何から始めればいいのかしら?」
「式次第は官吏の方がお決めになると思います。私達が今やるべきことといったら、装いの準備でしょうか」
パレスナ嬢の疑問に、フランカさんがそう答える。
「装い……花嫁衣装ね!」
なるほど、確かに衣装が決まらなければ、髪型も装飾品も何もかも決められない。
作るのにも時間がかかるし、優先して用意しなければならないだろう。
「でも、王妃の花嫁衣装ってどこに頼めばいいのかしら? 町の衣装店を呼ぶの?」
「私も、王族のそのあたりのしきたりはよく知りませんね……」
さすがの熟練侍女のフランカさんも、王族や王宮の慣習については詳しくないようだった。
「そのうち担当官の方が来るとは思いますが、なにせ戦時中ですから他のことで忙しいかもしれません。私達もできることはしておきませんと。さて、どうしたものか……」
そう言って、困った顔で悩むフランカさん。私は、そこに助け船を出してやる。
「王城の中に、針子室という部署があります。そこに相談しましょう。城下の王城御用達の針子工房も、そこで紹介していただけますよ」
「あら、そんなところがあるのね。服のことはいつも、後宮担当の女官の人に頼んでいたわ」
私の言葉にそう言葉を返すパレスナ嬢。
普段の雑事は後宮女官に任せていたのか。まあ、後宮に滞在している人が、後宮から出て外出するでもなく王城をうろつくのって、あまり褒められたことではないからね。
それを踏まえて私は言葉を続けた。
「では、女官の人に相談して、針子室の方に来てもらいましょうか。幸い、針子室の針子達には、女性がそれなりの数いたはずですし」
この国では針子の仕事に男女の境はない。服を脱がして着付けたり体のサイズを測ったりするときなどは、それぞれ同性が担当したりするようだ。
針子室の針子は、国が全国から選りすぐった一流の針子達だ。さらにその針子達に赤の宮廷魔法師団が魔法を教え込み、魔法効果のある特殊な衣装を製作させている。騎士が着けるマントや鎧下などだな。
「じゃあ、キリン。ちょっと女官事務所に行ってきてくれるかしら」
「かしこまりました」
パレスナ嬢からの指示を受け取って、私は薔薇の宮を後にする。
外では雪が降っており、下女達が除雪作業に勤しんでいた。
しかし、戦争となると、この雪の中を兵隊が動いて戦場に集まるのか。
この国では、黄の王国軍という名の常備軍が存在する。豊富な食糧資源とその輸出による財源によって、常備軍という存続の難しいものを成立させているのだ。
その常備軍は、各領に分散して国の守りを固めている。今回の戦は総力戦なので、各領から兵隊達が戦場に向けて集結していくだろう。志願兵も混じるかもしれない。冬なのに大変だ。
まあ、私が戦争の心配をしてもしょうがないか。今は婚礼のことを考えよう。
私は、後宮入口にある一軒の建物へと向かった。女官事務所だ。ここに後宮担当の官吏が詰めていて、食材や生活用品などの手配を行ってくれている。
ノッカーを打ち鳴らし、しばらく待っていると若い女官が出てきて中へと案内される。
そして、案内された先にいた年配の女官から、どこの宮殿の者で、何の用事かを丁寧に尋ねられた。この人、おそらく私のことを見た目相応の歳だと思っているな。まあいい。
「薔薇の宮の者です。もう話が通っているかもしれませんが、このたび、国王陛下と我が主パレスナ様が婚礼を挙げる予定が立ちました。ですので、花嫁衣装の選定をするため、針子室の針子に薔薇の宮まで訪ねるよう手配してくださいませ」
「あらあらまあまあ、よく最後まで言えたわね。偉いわ。そうそう、陛下もとうとうご結婚なさるのねぇ。戦争を前にしてこう言うのもなんだけど、おめでたいわ」
私の言葉を受けて、私の頭を撫でながら女官がそう言った。
そして、にこにこと笑いながら、女官はさらに言葉を続ける。
「針子は今日中に向かわせるわね。どんな衣装になるのかしら。今から楽しみねえ」
「ありがとうございます。では、失礼します」
侍女の礼を取って、事務所を退室しようとする私。
しかし、それに待ったがかかった。
「あらあら、もう少しゆっくりしていきなさいな」
「いえ、仕事がありますので……」
「大丈夫よう。薔薇の宮にはフランカちゃんがいるんだから、少しくらい暇を潰しても問題ないわ」
いや、確かにフランカさんは優秀だけれども。
それと私が仕事をさぼっていいかは、関係がないわけで……。
「ほら、美味しいお菓子があるわよー」
そうして私は女官に小一時間ほど捕まったのであった。
◆◇◆◇◆
昼休憩を挟んで午後、針子室から一人の針子さんが薔薇の宮までやってきた。
「すまないねえ。戦争前で今忙しくて、あたし一人になっちまったよ」
そう言うのは、中年のいかにも熟練者といった風貌の女性針子だ。針子室は今、騎士の衣装修繕で魔法裁縫がフル稼働しているようだった。しかし、それが終わるのを待っていては私達も準備が行なえない。
「それじゃあ、まずは体のサイズを測るかね。服のデザインを決めるのもまずは数値を見てからさね」
と、早速指示があったので、侍女三人でパレスナ嬢のドレスを脱がしにかかる。
身を任せるパレスナ嬢も慣れたもので、適度に手足を動かしてドレスを脱ぎ、肌着姿になる。
さらにその肌着も脱がして、下着姿になったところで針子さんがメジャーを持ってサイズを測り始めた。
針子さんが体の各所の寸法を測り、紙にその数値を書き込んでいく。
手早い作業だ。瞬く間に頭のてっぺんから足の先までサイズが計測された。
紙に書かれたその数値を眺めながら、針子さんがパレスナ嬢に問う。
「お嬢ちゃんの年齢はいくつ?」
「十六歳よ」
「十六ならまだ成長の可能性があるね。式が戦争の後ってんなら、細かいサイズ変更も見越しておいた方がよさそうだねえ」
なるほど。確かに総力戦となると、どれだけ長引くか解ったものじゃないからな。
ただ、もしかすると一戦で片がついてしまうこともあるかもしれないので、のんびりもしていられないのだが。
さて、計測も終わったので、今度はパレスナ嬢に服を着せていくことにする。
引き締まった美しい体だ。これで花嫁衣装を着飾ったら、彼女はどれだけの人間を魅了することだろうか。
そんなことを考えていると、針子さんは持参していた革のバッグから紙束を取り出し、テーブルの上に並べ始めた。
ドレスの着付けを終えた私達は、テーブルの方へと移動する。
テーブルの上の紙には、ドレスのデザイン画が描かれていた。針子さんはその中の一つを指さして説明する。
「これが婚姻の儀式に使う伝統衣装さね。これだけは外せないから、製作は決定だねえ」
青を基調とした物凄く豪奢なドレスであった。これなら、式の参加者がどんなドレスを着てこようが、見劣りをすることはないだろう。
そして、そのデザイン画の隣の紙には、薔薇がたんまりと盛られたヘッドドレスが描かれている。薔薇の宮にちなんだ装飾だろうか。
「婚姻の儀式の方はそれでいいとしても、問題は披露宴の方だねえ。一回目は戦勝パーティと兼ねるんだって? これといった格式はないから、どんなものにするか悩ましいものだね」
針子さんがそんなことを言って、デザイン画を次々と指さしていく。
そのどれもがこの国の様式にかっちり沿ったもので、こう言ってはなんだが、どこかで見たことがあるようなドレスばかりだった。
貴族の催し物に参加した回数が少ない私でもそう思うのだから、貴族のご令嬢はどう思うのか。
「困ったときのキリン頼みよ! 世界の衣装とか前世の衣装とかいいものない?」
無茶ぶりしてくれるなあ、このお嬢様は。
私は幻影魔法を使って知識にある花嫁衣装を空間に投影することにした。
第一弾。白無垢。
「これは、私の前世の国における伝統的な花嫁衣装ですね」
「うわあ、すごい民族衣装っぽいわね!」
珍しいものを見た、という感じでパレスナ嬢が喜びを露わにする。
だが、針子さんは渋い顔だ。
「披露宴の衣装に格式はないっていっても、ここまで国の様式から外れすぎた服はさすがに無理だね」
なるほど。確かにこの国の服の様式は、体に沿わせた曲線的で立体的な裁断を行うものである。着物のような直線的な服とは方向性が違うか。
ならば第二弾。ウェディングドレス。
私は、幻影魔法で前世の親友が結婚式に着ていた花嫁衣装の姿を投影した。
「あら、いいわねー」
パレスナ嬢がそれに早速食いつく。
幻影の花嫁は、懐かしい姿だ。この親友とその夫を守るために、前世の私は命を懸けたんだなあ。結局、私死んだけど。
「いいじゃないか。豪勢で、それでいて婚姻の儀式の衣装ほど派手すぎない。白一色というのも装飾が映えそうだよ」
と、針子さんにも好感触のようだった。すげえぜ、さすがは前世の女性達が憧れる夢の衣装だ。
すると、今まで黙ってデザイン画を眺めていたビアンカが、幻影のウェディングドレスを見て言った。
「このドレス、大収穫祭のときの国王陛下の服に似てますねー」
ああ、確かにあの服とは白一色という共通点がある。
私が一人納得していると、針子さんもその話に乗ってきた。
「いいね。坊ちゃんにはあの服を着せて、お嬢ちゃんにはこのドレス。白一色で場が明るくなるってもんだよ」
うわ、国王、この針子さんに坊ちゃんって呼ばれているのかよ。
そして、少しの話し合いの後、披露宴の衣装の一つは、このウェディングドレスに決まった。
「このドレス、針子室に持って帰れるのかい?」
幻影に触れようとして空を切る針子さんの手。
「いえ、幻影ですので無理です……」
苦笑して私はそう言った。
それを見ていたパレスナ嬢はというと。
「私がデザイン画を描くわ! それをもとに製作お願いね!」
と、ウェディングドレスを絵に描き始めた。
この国では貴族階級の結婚式は複数回行うから、他にもデザインを決めなくちゃいけないんだけどな……。
「ところで、お嬢ちゃんの衣装を気にするのはいいけど、侍女のあんた達はドレスの準備できてるのかい?」
と、デザインの選定をパレスナ嬢抜きで行なっていると、針子さんがそんなことを私達に尋ねてきた。
ふむ、ドレスの準備か。……なにそれ。
「私は以前から使用しているドレスの一つを使いますが……娘はサイズが合わなくなったので新調するつもりです」
「え、新しいドレスなの? やったー!」
フランカさんの返答に、全身で喜びを表現する娘のビアンカ。
そして、今度は矛先が私の方へと向けられる。
「あんたは?」
「えっと、何も考えてなかったです。侍女のドレスじゃ駄目なんですか?」
「駄目さね」
「駄目ですよ」
「駄目ですー!」
針子さんと侍女親子の三人から順に駄目出しを受けた。なんでこの人達こんなにノリがいいの。
「以前、緑の騎士様の結婚式に出たときは、貸し衣装屋で子供用ドレスを調達しましたが……」
「あんたも侍女やってんなら、貸し衣装なんかで満足するんじゃないよ! 主の晴れ舞台だよ、わかってんのかい!」
一ヶ月半前の結婚式を思い出して言った言葉に、針子さんからそうさらなる駄目だしを受ける。
「では、新調しようと思います。ですが、そういう店とかあまり知らなくて……」
そう私が言うと、針子さんはにっこりと笑った。
「そうかい。針子室ではさすがに侍女のドレスまでは手を出せないけど、城下町に馴染みの工房があるから紹介してあげるよ」
そう言って、針子さんは、紹介状をその場で書いて私に渡してくれた。
なんでも、二百年の歴史がある老舗工房なのだとか。
「どうせなら、ビアンカの分もそこで作ってもらいましょうか」
そうフランカさんが言うと、今度はパレスナ嬢が話に乗ってくる。
「じゃあ、今度ゼリンのところに行くときに、ついでに針子工房に寄りましょうか!」
その言葉に、フランカさんは恐縮したような顔をして言う。
「いいのですか? 完全に私達の私用になりますが……」
「いいのいいの。それに、フランカとビアンカが、同時に侍女の仕事から抜けるのも困るしね」
幼いビアンカ一人で工房に行かせることもできないので、フランカさんが付いていく必要がある。だが、この宮殿の侍女は私を含めても三人だ。完全に仕事が滞る。それなら、いっそ全員で向かった方が賢い選択だと言えた。
「キリンの衣装、どんなのが良いかしらねー」
デザイン画を描きながら、パレスナ嬢がそう言った。
「大人の女性ですし、子供用ドレスではいけないでしょうね」
などと言うのはフランカさんだ。
そして、それを聞きとがめた針子さんが私に言う。
「なんだあんた、そんななりでレディを気取ってんのかい」
「いえ、魔法で老けないだけで、実際には三十路近いです……」
針子さんに背中を叩かれたので、そう反論しておく。
そんなわけで、私は新しくドレスを作ることになった。
アラサーで幼子である私が着るに相応しいドレスって、本当にどんなものなんだろうか……?




