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42.反省侍女

 ティニク商会の来客室で、私達は商会長のゼリンに遭遇した。

 いや、遭遇って言い方が物々しいな。でも、遭遇と言いたくなるくらいには強烈な人物だ。


「さ、まずは座って座って」


 お高そうな椅子へ、ゼリンはパレスナ嬢とモルスナ嬢の着席を促した。お嬢様二人はその言葉に素直に従って、椅子に座る。


「侍女さん達も座って。護衛さんまで座れとは言わないから、ねっ」


 そうゼリンに促され、私も椅子へと座る。モルスナ嬢のお付きの侍女もだ。

 その様子に満足したのか、ゼリンは来客室へと私達を案内したカーリンに「お茶の用意をお願いね。座ってる子達のぶんよ」と頼んだ。中年男性の口から発せられる麗しい女言葉はなかなかにインパクトがある。

 ちなみにゼリンはオネエであるが、性の興味は女に向いているストレートだ。結婚して息子と娘がいるからな。愛妻家でもあるので、美少女である令嬢達とどうこうなるということもないのだが。


「で、キリンちゃんの手紙によると、パレス先生が本の挿絵に挑戦したいとのことだったわね」


「ええ、そうよ。画家たるもの一度は挑戦しないとね」


 早速とばかりに話を切り出したゼリンに、パレスナ嬢が反応する。

 ゼリンはそのパレスナ嬢に向けて言葉を続けた。


「単刀直入に言うと、高名なパレス先生に挿絵を描いてもらえるとなれば、売上増は見込めるし歓迎したいところだわ」


「ふふん、そうよね」


「でもね、先生。貴女、モノクロイラストって描けるのかしら。それだけが心配」


 眉をひそめるオーバーな仕草で、ゼリンがそう言った。

 パレスナ嬢は一瞬押し黙り、そして声を絞り出すように言った。


「……鉛筆でクロッキーやデッサンは死ぬほどしてきたけど、そういうのじゃないわよね?」


「そりゃあ当然よ。パレス先生、うちの商会が出してる小説って読んだことある?」


「先日『名探偵ホルムス』を全巻と『ぼくら少年探偵団』を読んだわ」


「あら、嬉しい。あれを読んだことがあるなら解ると思うけれど、値段を抑える都合上、印刷物の表紙以外の挿絵って黒しか色を出さないの」


「ええ、解るわ」


「だから、黒い線画のみで一枚のイラストとして成り立たないといけない。先生、できるかしら?」


「……勉強中よ! でも、すぐにものにしてみせるわ!」


 二人の会話は順調に進んでいる。そんな最中、カーリンの手によって茶が運ばれてくる。

 冬なので温かい茶だ。それも一等級の茶葉(この国の言葉で『カーターツー』という)なのだろう。美味い。


「んー、そうね」


 ゼリンはやや言葉を溜めて、今度はモルスナ嬢の方へと顔を向けた。


「モルナ先生、確かパレス先生の親類だったわよね」


「ええそうよ」


 飲んでいた茶を置きながら、モルスナ嬢が答えた。そんな彼女にゼリンは言った。


「パレス先生の練習を見てあげることってできるかしら?」


「問題ないわ。今、私とこの子は後宮に詰めているから、ご近所さんよ」


「そうだったわね。なら、お願いするわ」


「ええ、任せて」


 頷くモルスナ嬢に向けて、パレスナ嬢は嬉しそうに言う。


「モルスナお姉様、感謝するわ」


「ええ。でも、私の指導は厳しいわよ」


「絵のためならいくらでもよくってよ!」


 三人の会話を聞きながら、茶と一緒に出された茶菓子を食べる。ってこれ、チョコレートじゃないか。

 前に一度とある部族のところで食べたことがあると言った程度なのに、輸入に成功していたのか。これは、売れるだろうなあ。

 ここティニク商会本店の地下一階スペースには、輸入の食料品が多数並べられており、それらの珍しい食べ物を貴族や豪商がこぞって買いあさっているらしい。ゼリンは葉の大陸を渡る隊商に出資をして、他国と取引をする貿易商でもあるのだ。


「こちらは新シリーズを予定してる作家先生達に、いくつか打診してみるわ。まあ、パレス先生ほどの実績があるなら、確実に通ると思っていてちょうだい」


「やったわ!」


「なので、腕前を仕上げるなら、早めにね。作家先生にはこちらで所持している絵画を見せるけれど、モノクロイラストのサンプルがあったほうが作家の反応もいいわ」


「任せてちょうだい!」


「パレスナ、帰りにイラスト用の画材も買っていくわよ」


 と、茶を楽しんでいる間に、話はどうやら上手くまとまったらしい。

 私が余計な口出しをすることもなくまとまって、よかったよかった。


「そうだ、『名探偵ホルムス』を読んだなら、こういうのがあるわ」


 ゼリンが懐から長財布のようなものを取り出すと、そこから一枚の紙片を抜き出した。

 何かのチケットのようだ。なになに、演劇『名探偵ホルムス 王都イブカル殺人事件』ボックス席割引券。へえ、そういうのがあるのか。


「公爵家のご令嬢方に割引券なんてあれだけれど、見にいく切っ掛けにね。どうかしら。もし今日見にいくなら、午前の部でも今から十分間に合うわ」


「あら、ありがとう。そうね、せっかく城下町に出たのだから、観劇もいいわね」


 パレスナ嬢は嬉しそうに割引券を受け取った。

 それを横で見ていたモルスナ嬢は、パレスナ嬢へと話しかける。


「私もご一緒していいかしら」


「ええ、是非!」


 そういうことになった。商会に行き終わってからの予定は何も立てていなかったので、丁度よかったのではないだろうか。一応、薔薇の宮の料理長には町で食事を取るとは言っていたのだが。


 ゼリンへの用事も終わり、これでこの面会は終了となった。

 みな席を立ち、来客室から出ようとする。すると、ふとゼリンから私に向けて声がかかった。


「そうだ、キリンちゃん。秋の収穫が終わってそんなに経っていないのに、穀物の値段があまり下がっていないわ。何か知らないかしら」


「穀物の値段?」


 ゼリンの言葉に、足を止める私。こいつ、また私から何か有益な情報を引き出そうとしているな。

 穀物が値がどうこうするなんて……当然のように戦争が思い当たるが、国王からは何も聞いていない。


「何も知らないな。でも、鋼鉄の国とは緊張状態が続いているのは確かだ」


 六、七年ほど前から、この国と、鉱物の産出国である鋼鉄の国との関係がこじれている。

 以前王宮の壁に張り付いていて私に撃退された間者も、聞くところによると鋼鉄の国の者だったらしい。


「戦争があるとしたら、嫌ねえ」


「冬が終わったら雨期だから、この国ではすぐには起きないんじゃないか。友好国に輸出でも増やしているとか」


 そうなると友好国で戦争が起きるかもということだが、それは正直どうでもいい。

 庭師は戦争に介入すべからず。戦争は善意を生まないからな。庭師を辞めた今でも、私の免許は失われていない。この国で戦争が起きたとしても、私は戦争非介入を貫くだろう。勇者アセトリードなんかはばりばりに戦争介入するものだから、昔、後処理に困った覚えがある。


「ま、何かあったら知らせてちょうだいね」


「解ったよ」


 情報を渡したら、その情報でまたこいつは一儲けするんだろう。

 商人ってやつは怖いね。今の私は何も気にすることなく、ほのぼの日常生活を送れてさえいればいいよ。


 私はそれで話を切り上げて、先に退室したパレスナ嬢を追う。

 パレスナ嬢とモルスナ嬢達一行は画材コーナーに向かっており、早足で追いついて列に加わる。


 お嬢様二人は、画材コーナーに付くと、会話をしながら漫画用道具の棚でペン軸やペン先を見て回る。

 そしてしばらくすると、カードコーナーの方角から、フランカさんとビアンカの親子が満面の笑顔でこちらへ向かってきた。


 パレスナ嬢は画材選びをしているため、私が二人に対応する。


「どうでした? 楽しかったですか?」


「はい、すごかったです! ぴかぴかーって光って! ルールは……教本を買ったので頑張って覚えます!」


「そうですか、良かったですね。教本と言えば、折り紙の教本を買ってあげる予定でしたね。後で玩具コーナーに寄らせてもらいましょうか」


「ありがとうございますー」


「キリンさん、ありがとうございます」


 そうして私達はティニク商会での買い物を思いっきり満喫したのだった。




◆◇◆◇◆




 演劇を見終わった。内容はパレスナ嬢達の満足のいくものだったらしい。モルスナ嬢は『名探偵ホルムス』を読んだことがなかったらしいが、それでも楽しめていたようだ。

 ボックス席だったので舞台が遠く、お嬢様達はオペラグラス(道具協会監修済)を使っていたが、私は魔人の特性か視力が良いのでそのまま見た。

 さすがというべきか、ホルムス役は美形だったし、ワトー夫人役は美女だった。巷でのホルムス人気には、この演劇も一役買っているのではないだろうか。


 そして観劇を終えた私達は、昼食を取るため食事処に入った。

 店へ先導したモルスナ嬢のお付きによると、貴族がよく通う有名店であるらしい。

 主達二人のお嬢様を豪勢な椅子に座らせ、私達侍女はその対面にまとまって座る。

 この国の侍女のマナーでは、外食時、侍女は主と食事を共にして良いことになっている。さすがに下女まで同席は許されないが。護衛は護衛なので、お嬢様達の背後に控えている。お昼時でお腹がすくだろうけど、頑張って。


「演劇を見るのも久しぶりだけど、悪くないわね!」


 そうパレスナ嬢が楽しげに言う。食事を待ちながら演劇の感想を言おうという趣旨だ。


「さすが王都の劇団は、ゼンドメル領のよりクオリティが高いわね」


 と評価するのはモルスナ嬢だ。


「へー、演劇に行ってたんだ」


 などと言うのは……誰だ、男の声だ。

 私達は声のした隣のテーブル席へと視線を向ける。するとそこには、下町貴族ファッションに身を包んだ国王がいた。何やってんだこいつ。

 まだらに染めた髪に、刺青とも相まって、完全に身を持ち崩した下級貴族の次男坊三男坊にしか見えない。


「陛下、何故このような場所に」


 モルスナ嬢が唖然とした顔で、そう国王に問いかけた。


「んー、城下町の視察。国王たる者、たまには市井を市民目線で見ないとね」


 国王の周囲を確認してみるが、視察にしてはいつも側にいるはずの秘書官がいない。

 私は、国王に同行していたらしい近衛騎士のオルト(何故か護衛として立たずに席に着席している)に視線を送るが、彼はただ黙って首を振った。ああ、やっぱり抜け出してきたのね。

 でも、近衛騎士達がそれを黙って見過ごすとは思えないので、この店の周囲は近衛騎士達で固められていることだろう。


「陛下」


 パレスナ嬢はそう言いながらゆっくりと立ち上がると、隣の席の国王の前へと立つ。

 すると、国王も席から立ち上がり……。


「いえーい」


 二人は何故かハイタッチをした。タイミングはばっちりだ。

 そしてパレスナ嬢は席に戻ると、何事もなかったかのように座った。国王も着席している。なんだったんだ今のは。


「今日も陛下は元気そうでなによりね!」


 パレスナ嬢、国王相手に敬語を使わないのか。

 この国王、私にも敬語を使うなと言うくらいだからなぁ。


「元気だよー。で、何の演劇観てきたの?」


「『名探偵ホルムス』よ!」


 テーブルの隣席同士で、国王とパレスナ嬢が会話を始めた。

 モルスナ嬢は恐縮した面持ちでそれを見守っている。


「へー、ホルムス。巷で人気の小説が原作だっけ。小説はあまり読まないなぁ」


 そうコメントする国王だが、私は知っているぞ。小説は普段あまり読まないけれど、難しい学術書は平気で読める活字の強者だということに。


「小説を読んだことがない人でも、あの演劇は楽しめるようよ。ね、モルスナお姉様」


「ええ、そうね」


 パレスナ嬢に突然話を振られても、落ち着いて返答するモルスナ嬢。国王を目上の人と思って恐縮はしていても、過度の緊張はしていないようだ。

 それもそうか。後宮にいるなら国王とも普段からコミュニケーションを取っているはずだからな。


「演劇かぁ。午後から見にいきたいけど……駄目?」


 オルトの方へと振り向く国王。だが、オルトは無慈悲に首を横に振った。


「さすがに、一日中外出というわけにはまいりません。執務が滞ります」


「はー、まいるねこりゃ。仕事休んで温泉旅行にでも行きたいよ」


 やれやれ、と国王は背もたれに背中を押しつけてのけぞった。


「結婚したら、私がいろいろ手伝ってあげるわ!」


 そう言葉を発するパレスナ嬢。それを受けて国王は嬉しそうに口角を上げる。


「そりゃありがたいね! それならパレスナ。モルスナを始め、後宮の皆にいろいろ学ぶんだよ」


「ええ、もちろんよ」


 もしや、国王とパレスナ嬢の婚姻は、半ば決まっているものなのかな、これは。

 モルスナ嬢も特に表情を変えずに話を聞いているし。後で二人の馴れ初めでも聞いておこうかな。


 やがて、食事が私達のテーブルへと運ばれてきた。当然侍女の私達ではなくお嬢様二人を優先して配膳されている。


「ここの店はねー。魚の蒸し焼きが絶品なんだ」


 すでに半ばまで食事を終えている国王がそう言った。

 パレスナ嬢は目の前に広げられた皿の中から、魚の蒸し焼きがあることを確認する。魚とは珍しいな。王都民は肉ばっかり食べているのに。


「なるほど、詳しいのね」


「よく通うからね」


 何やっているんだ国王。もう王太子じゃないんだから、あまり抜け出すんじゃあない。秘書官が憤死するぞ。


 そうして私達は国王と近衛騎士達に見守られながら食事をし、食後に少し会話をして別れるのだった。

 そしてその後の予定も特にないので、モルスナ嬢の案内で適当に宝飾店などを見て歩き、適当に切り上げて王城へと馬車で戻った。

 外出の成果にパレスナ嬢は大満足で、薔薇の宮に戻ってからも彼女の機嫌はずっと良かったのだった。




◆◇◆◇◆




「公爵の後妻は前妻の妹で、パレスナ様は別に疎まれてなんかはいないんだ」


 仕事を終え、夕食を済まして風呂も終え、宿舎の自室であとは寝るだけとなった私は、同室のカヤ嬢にエカット公爵家のお家事情を説明していた。

 主の情報を他者に漏らすのは褒められたことじゃないが、今回ばかりはカヤ嬢に説明しておく必要がある。


「だからカヤ嬢、憶測で誤った家庭の事情を吹聴したこと、反省するように」


「ええ、解りましたわ……」


 カヤ嬢は以前、私とククルのいる前で、公爵令嬢は前妻の子なので疎んだ夫人が後宮に押しつけた、などという妄想を口にしていた。

 下手をしたら、名誉を傷付けられたとして、カヤ嬢の実家エイワシ伯爵家とエカット公爵家の間の問題になったかもしれない。カヤ嬢には深く反省してもらわないと。


「あの話をしたのはククルと私以外にいるか?」


「いませんわ」


「私は誰にも漏らしていない。ククルにも確認しておくから、もう恋愛思考で間違った情報は流さないようにな」


「はい……」


 カヤ嬢はしょんぼりと肩を落としている。彼女も若い女子なので、噂話が好きなのは解っている。でも、締めるところは締めないとな。気がついたら主の嘘の醜聞が流れていましたとか、嫌だし。

 さて、ククルはまだ寝ていないだろうから、ククルにちょっと話をしてくるか。

 私は侍女のドレスから着替えた普段着で、部屋を立ち去ろうとする。すると。


「後妻は愛した前妻の妹。ふと前妻の面影を今の妻に求めてしまい、それを拒否する妻。すれ違う二人……。お互い愛し合っているのに……」


「そこっ! 妄想しない!」


 さっそく恋愛に頭を浸し始めたカヤ嬢に釘を刺しておく。

 やれやれ。生の人間じゃなくて、創作上の恋愛関係で満足してくれないかね。『令嬢恋物語』のモルナ先生頑張ってくれ。


 とりあえず、ククルをこの部屋まで呼び出して事情を説明して、後はゆっくりしよう。

 明日は休みだ。のんびり羽を休めることにしよう。


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