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4.私の動機

「ぶはははははは! 侍女て! 怪力幼女が侍女て!」


 忍者を捕まえてから騒ぎを聞きつけた城の憲兵に囲まれ、遅れて私の元へやってきた青の騎士に事情を説明したところ、見事に大笑いされた。

 脳筋バスターで股関節を完全に破壊された忍者は憲兵に担がれ運ばれていき、残された私は青の騎士と城内の警備担当の兵士長に取り調べを受けていた。

 それでまあ、当然のように私の正体が露見したわけだ。


「じ、侍女。マジで侍女なん? 近衛騎士とかじゃなくて?」


 笑いを隠そうともしない青の騎士団元副団長――数年前に騎士団長になったらしい――が私に問いかけてくる。


「はい、バガルポカル侯の推薦で一週間前より王城付き侍女となりました」


「だははははは! 幼女魔人が敬語使ってる! なんだこれ!」


「何かおかしいところでもありましたでしょうか」


「全部おかしいよ!」


 声を出して笑う青の騎士。隣にいる兵士長はそれを困ったような顔で見ている。

 兵士長は事態をまだ飲み込めていないのだろう。この人とは面識がないため、見た目十歳の侍女の私が忍者を捕まえたことに理解が及ばなくて当然だ。


 私は何度も練習した侍女の礼を兵士長に取る。


「お初にお目にかかります兵士長様。私は侍女見習いのキリンと申します」


「ぶは!」


 青の騎士が私の挨拶に吹き出すが、スルー。


「千人長様の執務室でお茶淹れをしていたところ、壁越しに影の気配を感じ、逃げられる前にと捕縛した次第であります」


「う……む……」


 兵士長が私の言葉に困惑しながら頷く。


「壁越しに気配を感じる……というのがよくわからんが」


 思って当然の疑問を兵士長が尋ねてくる。


「はい。私は魔人の生まれで魔法もたしなんでおりますので、常人より人の気配というものに敏感なのです」


「そうか……」


 それでもなお納得できないという顔でこちらを見下ろしてくる兵士長。


「あー、兵士長さん。こいつこう見えても四十超えたババァの『庭師』なんだよ。見た目に騙されちゃいけねえ」


「失礼ですね。私はまだ三十路も迎えておりません。それと『庭師』は退職し今は侍女見習いです」


 反論の言葉を投げておくが、青の騎士の説明でようやく納得いったのか、兵士長の顔から険が取れる。

 こういうのは見た目幼女の私が説明しても中々理解して貰えないものだ。その点で、私を知る青の騎士が居たのは幸運である。

 しかしまあ、奉公早々やらかしてしまったものだ。

 王宮に穴を開けるという暴挙は王宮まで忍び込んだ影を捕まえたという功績でおとがめなしに多分なるだろうが、侍女見習いの身で少々目立ちすぎた。


「侍女の身で影を捕まえるというのは過ぎた行為でしたでしょうか」


「……いや、城で働く者が不審者を見つけた場合、何らかの手を打つのは当然のことだ。この場合憲兵を呼ぶのが正解だが」


「共和国の影は素早いので、迅速な対処を行わせていただきました」


「そうだな。その点に関しては礼を言おう。我々は城に影が入り込んだというのを今の今まで気づけていなかったのだ」


「恐縮です」


 再度兵士長に侍女の礼を向ける。

 うむ、今回の件はこれで問題はないようだ。


 と、兵士長との会話を黙って聞いていた青の騎士が動いた。私に向かって一歩踏み出し、ぬっと手を伸ばしてくる。

 その手は侍女帽を被った私の頭の上にぽふっとのせられ、ぐりぐりと左右に動いた。

 かいぐりかいぐりと頭を撫でられる。


「おめー、剛力幼女の癖に可愛いじゃねーかこの。昔のクールな態度はどこにいったんだよ」


「やめてください不快です死にます」


 今の私は侍女だ。

 騎士団長や兵士長に敬意を払うのは当然の職務なのだ。


「侍女かー。なんでまた侍女なんだよー」


「安定した職業ですので」


「戯曲にもなった最強の剣士が安定した職探しかこら」


「若さで乗り切るには辛い歳になりました」


「おめー永遠の幼女だろおい」


「体は老いなくても心は老いますので」


 このまま行けば、数十年後には見事なロリババァの完成である。魂は元男なのでロリジジイでもある。

 我が師であり育ての母でもあった魔女は美少女ババァであった。


「しかし侍女ねぇ。そうだ、青の騎士団付きになってくれよ。若手にお前の剣を見せてやれる」


「見習いの身ですのでそこはなんとも。あと青の騎士団の兵舎は王城ではありませんよね。私、王城付き侍女ですので」


「かー、敬語使っててもやっぱりつんけんしてるなてめーは」


 かいぐりかいぐり。そろそろ撫でるのをやめて欲しい。

 ほら、横にいる兵士長もどうしていいのか困った顔をしているぞ。




◆◇◆◇◆




「キリンさんは、なぜ『庭師』から侍女になったのでしょう」


 青の騎士から解放され、仕事終わりの侍女の宿舎。

 二人部屋の同居人、カヤ嬢がそんな疑問をぶつけてくる。

 カヤ嬢とは一週間共に過ごしてきたが、『庭師』時代の話をせがまれはしても侍女になった理由を聞かれたことがなかった。

 おそらく、今日実際に私の魔人としての馬鹿力を目の当たりにして疑問が湧いてきたのだろう。


「ふむ。言ってなかったな」


 仕事明けで敬語を使う必要がなくなった私は、自然体でカヤ嬢に向かう。

 仕事中は同僚の侍女達にも練習として敬語を使って話すが、仕事が終わると肩の力を抜いて普段通りの言葉遣いに戻している。


 今は仕事着から私服に着替え、カヤ嬢と共に二人部屋で夜の一時を過ごしている。

 私は水で薄めたワインを飲みながら、カヤ嬢に語る。未成年のアルコール摂取による成長の阻害も何も関係ない体なので、飲酒は問題ない。


「『庭師』の冒険は華やかだ。魔物を倒し、事件を解き、世界を巡る、誇り高い仕事だ。世界樹教の教えにも相応しい善の生き方だ」


「ですわよね。キリンさんに話を聞いていて、素晴らしいお仕事だと思いましたもの」


「素晴らしい仕事だよ。……ただね、問題があるんだ。名声を得て、舞い込んでくる依頼を次々とこなす。やりがいはあるのだが……正直疲れる」


「疲れるのですか」


 そう、私は疲れたのだ。


「私も若い頃は意欲に満ちあふれていた。だがな、激しい人生を三十年も続けていると、さすがに休みたくなるんだ」


「それで侍女に?」


「ああ、別に侍女でなくともよかったのだがね。まあ、『庭師』ほど忙しくない、危なくない、ちゃんとした仕事に就きたくなったわけだよ」


「なるほど、そうでしたか」


 カヤ嬢は納得したというように頷いた。

 『庭師』の仕事は花形職だが、皆四十を前にして引退する者が多い。

 命の危険が常に伴う仕事なので、肉体の衰えを感じるとさっさと隠居してしまうのだ。前世でいうところのプロスポーツ選手みたいなものだ。

 そして私に訪れたのは、肉体の衰えではなく精神の衰えだったというわけである。


「まあ別に侍女の仕事を楽なものだと馬鹿にしているわけではないがね。これも立派な職業だ。とてもやりがいがある」


「ええ、私、侍女の仕事に誇りを持っていますわ」


 金色の巻き毛を揺らしながら、カヤ嬢が誇らしげに胸を張る。巨乳だ。

 女性に対し性的な興味はないが、大きな胸というものには少し惹かれるものがある。おそらくこの永遠の幼女ボディでは持ち得ないパーツだからだろう。う、うらやましくないんだからね! 元日本男児なんだから!

 閑話休題。


「カヤ嬢は花嫁修業のために王城に来たのだったか」


「ええ、許婚がすでにおりますので、立派なあの方に見劣りしない淑女になるためにこの道を選びましたの」


 カヤ嬢は王国の南に領地を持つ伯爵家の次女である。

 そんな高貴な家柄を持つ彼女は、元『庭師』である私を過剰に尊敬するわけでもなく、畏怖をもつでもなく、下にみるでもなく、子供扱いするでもなく、一人の侍女見習いとして見てくれる非常に出来た娘さんだ。

 そんな彼女が立派なあの方と呼ぶ婚約者も、またいい男なのだろう。


「許婚か。どんな人か聞いてもいいかな」


「ふふ、キリンさんとはすでに面識がある方だと思いますわよ」


 ほう?


「青の騎士団の騎士団長様ですわ」


「……あいつか!」


 なんてことだ。カヤ嬢みたいな良い子の夫がよりによってあんなノータリン野郎になるだなんて。


「カヤ嬢、考え直した方が良い」


「はい?」


「あいつはろくでもないやつだ。カヤ嬢のような出来た娘があいつの妻になるなど……」


「まあ、キリンさん。セーリン様は素晴らしい方ですわよ」


 セーリン。あの青の騎士の名前だったか。


「だがあいつはろくでもないやつで、剣の腕も……良いな。騎士の指揮能力も……高いな。部下からの評判は……あれ、高いぞあいつ」


「でしょう? 今の至らない身の私には勿体ない高貴な方ですわ」


「高貴……いや高貴はどうだろう。『庭師』の頃の私と馬鹿話ばかりをしていたし、先ほども侍女になった私を指さして笑っていたぞ」


「まあ、セーリン様と仲がよろしいのですね。私の前ではそんな姿を見せてくれませんのに。妬けますわ」


「ええー……」


 なんだあいつ。もしかして許婚の前では格好付けてるのだろうか。

 笑われた仕返しに冒険者流のいじり倒しをやり返してやろうか。

 やーい、お前の婚約者才色兼備ー! あ、褒め言葉だこれ。


「私もセーリン様に砕けた会話を向けてもらえるよう努力しませんとね」


 あー、うん。

 本人がその気ならこれはこれでいいのか?


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