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39.回想侍女

 ――それはいつかの思い出。


『労働環境の改善を要求する!』


 生活扶助組合の組合員受付で、私は受付事務員に向けてプラカードを掲げた。

 このプラカードは念じた内容を文字や絵として映し出す魔法の板だ。


 言葉を話せない私が魔女に魔法を習う前に使っていた、かつての生活必需品である。

 今はもう声の代わりに音を鳴らす魔法を習得しているため、この道具は魔女の塔の倉庫の奥底に眠っていた。だが、今回要求を通すにあたってインパクトが必要だと思い、倉庫を漁り持ち出してきた。頭の上に文字を掲げるというインパクトは強い。

 が、例えインパクトが強くても、必ずしも言葉の意味が正しく伝わるわけでもない。


「どうしたの? お小遣い足りないの?」


 受付に座る女性事務員がほんわかした口調で私に問いかけた。


「お小遣いじゃなくて任務報酬だ。というか、そもそも賃金交渉したいわけじゃない」


 そう言いながら私は、受付カウンターへと上半身を乗り上げる。私の背丈ではカウンターの位置が高すぎるのだ。

 事務員が座っていてもカウンターから上半身を出せているのは、受付の内側の床が外側より高いためだ。私達組合員――庭師は外回りで汚れていることが多いので、受付の外側に座るための椅子はない。


「もっと子供庭師に気を使ってほしいものだ」


 ちなみにこの町の組合には、私以外に十五歳より年齢が下の庭師はいない。今の私は十一歳だが。

 私は木材で出来たカウンターに肘をかけて乗りながらぶらんぶらんと足をゆらし、受付事務員を見上げる。成人男性を優に超える体重を預けても無事な辺りは、さすが組合の受付カウンターだ。


「荷物運びに飽きたので魔物退治をさせてくれ」


「えー……。荷物運び大切な仕事だよ」


 事務員は営業スマイルを苦笑いに変えるが、私は引かない。


「荷物運びは庭師じゃなくて、郵便屋さんのお仕事だろう。せめて、他の町への運送依頼をお願いする」


「郵便屋さんは手紙と手荷物運ぶのが仕事だから違うよー。あと他の町はキリンちゃんの免許じゃまだ行けないからダメー」


 事務員はあっさりと私の嘆願を却下した。

 生活扶助組合の免許証は活動を行える有効範囲が記録されている。世界を巡り回る庭師といっても、国境越えや領地越えを簡単に行えるわけではない。

 世界組織である組合が「あんたならここまでの地域で活動して良いよ」という許可を一人一人に与えて人員管理を行っているのだ。


 私の活動許可範囲はこの町ニシベーツエのみ。

 庭師の免許証には登録地としてニシベーツエの町章が描かれている。特産品である果実をモチーフにした町章だ。この町章が活動許可範囲を表わしている。

 組合長が認めれば、登録地の町章の横に、他の町の町章やこの地域一帯の領地章が描かれ活動許可範囲が広がる。しかし、過保護な組合の係員達は、庭師歴一年の私を町の外に出そうとしない。私の免許に描かれている町章は、この町の町章たったこれ一個だ。


「野営くらい慣れたものなんだが……」


 免許に複数の国章を与えられた庭師の父に連れられて育ったため、私にとっては街道などたいした危険はない。

 隣村のミシシ村まで徒歩二時間ほど。隣町まで徒歩で半日といった距離だが、私の脚力からすればさしたる距離ではない。


 街道付近に出没する野獣も、魔人の肉に食い込むほど鋭い牙は持っていない。

 怪我をする可能性があるとしたら、山から下りてきた黄色巨大うり坊の突進くらいなものだろう。


 ということを語っても、この事務員は聞く耳を持たない。

 この組合は私が成人するまでここで飼い殺しにするつもりなのだろうか、と私は歯ぎしりする。

 そんな幼子の歯をむき出しにする表情に、事務員はほんわかとした笑顔を見せた。私は歯ぎしりアピールをやめて、事務員に向けて言った。


「せめて荷物運びと引っ越し以外の仕事をくれ」


「えー……。キリンちゃんに、ただの町専の仕事任せるのも勿体ないし。せっかくの怪力だよ?」


 事務員が手元の仕事一覧をぺらぺらとめくる。

 庭師は世界の花形職といっても、町中での本質は何でも屋だ。『専門業者がいない』仕事を片っ端から集めて、適切な庭師達に割り振るのが組合の事務員達の仕事。


 庭師の中には、安全な町の中で地域に密着した仕事のみをこなす町内専門の者もいる。町内専門の者はあまり庭師と呼ばれないが。

 この係員も、事務仕事が無いときは近場の雑務をこなす庭師――組合員を兼任している。

 だが私は町専に留まるつもりはない。他の多くの庭師達と同じく、世界を目指すために免許を取ったのだ。


「市街拡張の土地開拓とかないか」


「外壁増築の予算なんて、この田舎町にあるわけないじゃない」


「近隣の巨獣の駆逐とか」


「定期駆逐は青の騎士団の仕事よ。というかそんな危ないことやらせるわけないじゃない」


「やらせてくれよ!」


 私はそう叫ぶと、カウンターから降りて、身につけている鎧の背中に取り付けられていた金具を外す。

 金具が支えていたのは、私の背丈を超える長さの分厚い両手剣だ。ベルトがまきつけられた革製の鞘に収められている。

 私は鞘に収まったままの剣を両手で抱え床に二度底を打ち付ける。

 事務員に向けた精一杯の戦えますアピールだ。


「剣使いたいの?」


 事務員の言葉にこくこくと頷く。


「確かにそうねー、魔法処理してあるっていってもずっと鞘に入れっぱなしじゃね」


 手入れを欠かしたことはないが、頷く。


「じゃ、この仕事はどうかな?」


 事務員はそう言って仕事の一覧が収められた紙束の中から一枚の紙を抜き出し、私の前に差し出す。

 私は期待の目でそれを見下ろし、業務内容を読む。

 受注は二日前。期限は十二日後。仕事は――


「住宅解体。思いっきり剣振り回して良いよ。その剣、『不壊』の加護付いてるんだよね」


『剣は工具じゃない!』


 私はプラカードに文字を映すと、そのまま事務員の頭にプラカードを振り下ろした。




◆◇◆◇◆




「それが、庭師二年目の私の様子でした」


 薔薇の宮、パレスナ嬢のアトリエにて、私は昔語りをしていた。

 昨夜、私から『名探偵ホルムス』の本を受け取ったパレスナ嬢は、どうやら夜更かしをせずにしっかり寝たようだった。顔の血色はよかった。

 そして、今日もパレスナ嬢はアトリエで絵を描いている。パレスナ嬢は絵を描きながらでも人の話を聞けるタイプらしく、私に話をせがんできたため、私は庭師時代の話をすることにしたのだ。


 私が話したのは、世界を巡る華々しい活躍をした庭師後期のものではない。一つの町で右往左往していた初期の頃の話だ。そんな話をしたのは、この国を舞台としているので理解しやすいだろうという考えからだ。


 私の話を聞いて、パレスナ嬢はからからと笑った。


「竜殺しと名高い庭師も、初めはそんなものなのね」


「当時は本当に見た目相応の年齢でしたしね。心配されるのも、今となって思うと当然と言えます」


「なるほどね」


 そんな私の昔語りを同僚侍女のビアンカは、パレスナ嬢の横で黙って聞いていた。

 だが、退屈ではないようだ。

 熟練庭師の華々しい冒険譚とはいかないが、貴族の女性には馴染みのない平民の生活風景だ。興味はあるのだろう。


 ちなみに彼女の母親のフランカさんは、掃除下女の仕事ぶりを見に行っている。

 私は絵を描き続けているパレスナ嬢と、そして手持ち無沙汰なビアンカにも向かって、庭師時代の続きを語ることにした。




◆◇◆◇◆




 さわやかな空気が心地よい、朝早く。

 私は荷車を引きながら街中を爆走していた。


 荷車は私の愛車シマウマ三号。荷物運びの仕事道具だ。

 私は剛力の魔人。荷物を運ぶのに重量制限はない。だが、その身は小さな永遠の十歳児。一度に抱えられる荷物にサイズ制限があった。

 それを助けるのが、このシマウマ三号だ。一号と二号は私の出す速度に耐えられず、お亡くなりになられた。魔女から受け継いだ空間収納魔法は練習中だ。


 荷車に載せられた荷物は、いつもの輸送品ではない。これは組合から借り受けた工具だ。

 昨日、事務員から住宅解体の仕事を提示された私は、結局それを受けることにした。

 名を上げるのにはほど遠い仕事内容だが、いつもと違う仕事を受けるのは悪くはないと思ったのだ。あと賃料が高かった。


 住宅解体は本来ならば、専門の業者が居る仕事だ。

 だがここは田舎町。大工はいても、専門の解体屋はいない。建築物の解体だけで日銭を稼げるほど仕事の量がないのだ。そしてそのような、専門業者がいないが人々に必要とされている仕事は、なんでも屋の生活扶助組合に持ち込まれる。

 既存の業者と仕事の取り合いにならないよう、気をつけるのも組合事務員の仕事の一つ。


「おはようキリンちゃん」


「おはよう」


 メッポー(馬のような動物だ)を走らせる馴染みの郵便屋さんを追い越しながら、手を振って挨拶を交わす。


 郵便屋さんは国営の運送業者の配達員だ。街中ではこうやってメッポーに乗って手紙を配っているが、他の町や村へ荷物を運ぶときは二頭の角牛が引く武装戦車で街道を爆走する。護衛に庭師は付かない。自前の兵がいるらしい。

 どう考えても郵便屋さんの仕事は、普段の私の荷運び業務と被っている。しかし、事務員の主張するところによると違うらしい。


 事務員ではないただの組合員である私には、その辺りの地域密着型の仕事の違いは判らない。

 でも別に判らなくても良い。私がやりたい仕事はこういった隙間産業ではなく、剣と鎧を使った危険と隣り合わせのお仕事なのだ。

 街中の仕事と野外の仕事に本質的な優劣はないと思ってはいる。

 だが、功績を上げ世界を巡りたい身としては、安全な仕事に甘んじているわけにはいかないのだ。


 日銭を稼ぐだけなら、私は別に庭師を続ける必要など無い。

 町の住人としての籍を確保して、安定した仕事に就けばいいだけだ。魔人ならば成人前の身でもそれができる。住居は魔女の塔があるし、剣と鎧を売り払えば当面の生活費も確保できるだろう。

 だが、私は父の剣を受け継いで庭師を続ける。いつか父が話していた、私達の故郷へと行くために。


 この町で庭師として大成できないなら他の町で、と行きたいところだがそうもいかない。


 私は無国籍の放浪民族だ。

 父と魔女がこの町の組合長と面識があったため、義理でこうして免許を取れた。だが、他の場所だとそうはいかない。


 身分証明書の類は何も持っていない。魔女から受け取った魔法使いとしての証があるが、同じ魔法使い相手にしか通用しない。

 庭師の免許も、この町で活動することを許可しますよという組合向けのものであり、この等級では領地の公的施設ではなんの役にも立たない。

 そんな風来人に、別の町でほいほいと新しい免許を交付してくれるほど、組合は甘くない。


 さらには、この町で町人としての籍を獲得しても、他の町で免許を取れるわけではない。免許には登録町村制という面倒な仕組みがあり、自分の籍がある町でしか免許を獲得できないのだ。

 生活扶助組合は、世界組織であるゆえに人員管理は徹底している。

 私は現在国籍を持たないが、庭師を親に持つ孤児としてニシベーツエ町の組合に立場を保証されている身の上だ。


 そういうわけで活動範囲を広げるには、なんとか今持っている免許に、ぽんと新しい町章を描いて貰うしか手はない。

 そして他の町の町章を貰うには、今の町の組合で実績を残すしかない。

 実績を残すには、危険な仕事を受けて庭師として大成しなければならない。しかしまわされるのは町中の仕事。そして初めに戻ると。


「恐ろしい囲い込み……!」


 町の籍を獲得しても、成人まで他の町に移住することはできないだろう。私の身元保証人はこの町の組合なわけで。


「隙を! 隙をつかねば……!」


 勝手に危険な仕事を受けて、一暴れというわけにもいかない。業務違反で免停ものだ。

 仕方なしに、私は手早く住宅解体の仕事を終わらせると、再び組合に行って仕事を探すことにした。


「あ、キリンちゃん良いところに」


 事務員が私を呼ぶ。なんだろう。住宅解体の仕事でも溜まっているのか?


「キリンちゃんって、町外れの塔の魔女さんに弟子入りしていたんだよね?」


「ああ、私は今もその塔に住んでいるが……」


「魔女さんの弟子っていうことは、いろいろ知識が豊富なんだよね?」


「まあ、いろいろ、ろくでもない魔法の知識をぶち込まれはしたな」


「良かった。じゃあ、この仕事受けてみて」


 事務員に一枚の紙を渡される。そこには、仕事の依頼内容が書かれている。

 依頼人は、ティニク商会商会長バガルポカル・ゼリン・ティニク。依頼内容は、新しい商品のアイデア出し……?

 それを確認したのを見た事務員は、私に尋ねてくる。


「ティニク商会は知ってる?」


「町の雑貨屋だな」


「そのティニク商会の商会長さんが、山菜の食べ過ぎで亡くなっちゃってね。息子さんが新しい商会長になったらしいんだけど、店を大きくしたいから売れ筋商品を考え出したいんだって」


「だからって、商品アイデアを他人に聞くか?」


「それだけ必死なのでしょうね」


 私は依頼を受けるか少し考える。

 商品アイディアか。正直、魔女の知識で使えそうなものはない。作成者が限られる高度な魔法道具とかになるからな。

 だが、私の引き出しはそれだけではない。私は前世持ちだ。それも、おそらくこの世界とは異なる世界からやってきた存在。

 異なる世界の知識で文化侵略、してみせるか? 荷運びよりは面白そうだ。


「この仕事受けます」


 結論を出した私は、そう事務員に告げるのだった。




◆◇◆◇◆




「これが町の雑貨商、ゼリンとの出会いとなりました」


 少し肌寒くなってきたので、魔法で部屋を暖めながら昔語りを終えた。

 ここは画材が多く置かれた絵のアトリエ。火を使う暖房は火災の危険があるので使われていない。

 私が話をしている最中にも絵を描き進めていたパレスナ嬢は、話をしっかり聞いていたのか、次のように話の感想を述べた。


「そして、ティニク商会がここから躍進したのね。まさか、あのティニク商会が田舎町のいち商店でしかなかったなんて、驚きだわ」


 そう、今では王都の一等地に店を構える大店が、元々私の住んでいた田舎町の雑貨屋だったのだ。

 十八年も前のことだ。当時は下女カーリンも生まれていないことになる。

 私は当時を思い出して言った。


「当時は道具協会の存在とかよく知らなかったので、初めは生活を便利にする道具ばかり提案していたのですが……」


「まあ、止められるわよね」


「ええ、そこで提案したのが、娯楽です。初めは数字と記号を組み合わせたトランプという絵札遊びを売り出しました」


 チェスや将棋といったボードゲームはこの世界独自のものがあったので、トランプが選ばれた。

 トランプは、まあまあ売れた。トランプも似たような玩具はすでにこの国に存在していた。だが、様々な地球の新ルールで遊べるトランプは、真新しい娯楽として受け入れられたのだ。

 私はそんなトランプのその後を語る。


「そんなとき、魔女を訪ねてきた赤の宮廷魔法師団の方とお会いする機会がございまして。トランプを見せたところ、国と組めばもっと高度な印刷が出来ると提案され……紆余曲折あって生まれたのがトレーディングカードゲームです」


「当時、私は生まれてないわね。もっと早く生まれていれば初期カードに絵を提供できたのに……!」


 初期はプロの画家を雇うほど資金に余裕などなかったから、それは無理だったかもしれないぞ。


 そんな話を黙って聞いていたビアンカが、ふと言葉を漏らした。


「庭師なのに冒険はなかったんですか?」


「ありますよ、冒険話。悪者を退治するようなの」


「本当ですか? 聞きたいです!」


 パレスナ嬢に聞かせるための話なのだが、まあ良いか。

 私は当時を思い出し、一つの失敗から始まる事件について話し出した。




◆◇◆◇◆




 とある日のこと。ニシベーツエの路地裏を歩いていると、突然魔法をぶつけられ頭に袋を被せられた。

 状況を把握する間もなく、意識が暗転。目が覚めると手かせをつけられ暗い大きな箱の中に閉じ込められていた。


 がたごとと箱が揺れる。箱の隙間からわずかに漏れる光で、箱内部の光景が視認できた。

 大型の家畜が二匹ほど入りそうな木箱の中には、私の他に年若い少女が一人、手かせを付けられてぐったりと転がっていた。

 そこで私はようやく人さらいにあったのだと気づいた。


 なんという不覚。人さらいはおそらく、魔法で姿を消して潜んでいたのだろう。

 自主休暇で鎧を着けていなかったため、耐魔法力も常人並だった。

 魔女から引き継いだ魔法には、魔法に対抗する常時発動型の術式が存在している。だが、それを休みの日にも発動するという発想が私にはなかった。

 前世では、仕事で危険な国にも足を踏み入れたことだってあったのに、油断していた。


 どうしたものかと、金属製の手かせを引きちぎりながら私は悩んだ。


「なっ……!」


 手かせをちぎり取る音に、少女が驚愕の目を私に向ける。意識があったのか。


「しっ、静かに」


 私は少女の手かせも解いてやる。その光景に、少女は驚き固まっている。


 さて、どうしたものか。抜け出すのは簡単だ。魔人の腕力で箱を破壊し、そのまま少女を担いで逃げ去れば良い。

 だが、それで良いのか。相手は人さらい。私達が逃げたとしても、今度は別の人をさらって悪行を続けるだろう。

 庭師は、世界に悪意が満ちるのを許してはいけない。

 だから私は、このままさらわれて、敵の本拠地で悪人どもを一網打尽にすることにした。


 少女はどうするか。守りながら戦えるか?

 守りながらでは、悪人に逃げられる可能性がある。

 だから、守ってくれる存在を呼び出した。


「少し静かにしててね」


 そう私は言うと、妖精言語を使って、守護妖精を複数呼び出した。


「わあ……!」


 見慣れぬ幻想的な妖精の姿に、少女の表情は明るいものへと変わった。


「その子達が貴女を守ってくれるよ。安心してくれ」


「はい……!」


 手かせをちぎり、妖精を呼び出した私のことを信用してくれたのだろう。この状況にあって、少女が笑みを浮かべた。

 やがて、箱の揺れが止まる。どこかに到着したのだろう。おそらくは、悪人達のアジト。


「おい、運べ」


 箱の外から男の声が聞こえる。

 箱を持ち運ぼうとしたのか、乱暴に揺さぶられる。


「くそっ、持ち上がらねえぞ」


「なんでだ。女二人だろう」


「ガキの方が小せえのに、すげえ重てえんだ。おそらく魔人だ」


「ひゅー、魔人かよ。高く売れるぜ」


「足かせはしてなかっただろう。自分で歩かせろ」


 そして箱の蓋が開けられる。光が射し、周囲がよく見えるようになる。

 箱の向こうから男達がこちらを覗いている。こんにちは。そして死ね!


「ぐわー!」


 私は箱から勢いよく飛び出すと、父から習った蛮族闘法で男達をなぎ倒し、手足を完全に砕いた。

 私を魔法で気絶させたということは、魔法使いもいると予測できたので、念入りに魔力も封じておく。


 周囲を見渡す。森の中。そして目の前には大きなあばら屋のような物がある。ここが敵のアジトか。


「敵を壊滅させてくるから、その子達と一緒に待っていてくれ」


 私は、妖精に囲まれる箱の中の少女にそう断ると、あばら屋へと突入する。

 正面突破である。魔法の守りを幾重にもかけ、まっすぐいって素手でぶっ飛ばすのだ。


 あばら屋の中には、いかにも荒くれ者ですといったような男達が、多数待機していた。

 こんにちは。そして死ね!


「ぐわー!」


 男達の手足を念入りに砕き、魔法を封じてこの場は制圧完了した。斧や剣で数発斬りつけられたが、魔法の守りのおかげで怪我は無い。魔女に弟子入りしていて本当によかった。

 そして私は、少女のもとへと戻り、箱ごと少女を担ぐ。

 ここまで私達を運んできたのはメッポーに引かせた荷車のようだ。だが、ここから町へ帰るにはメッポーに荷車を引かせるより、私が走った方が速い。私は町へ帰還するため、森の中を駆けだした。


 地面のわだちを見ながら森を抜け町へと帰還した私は、そのまま生活扶助組合へと駆け込んだ。

 さらわれたという私の説明に、事務員は大激怒。

 見事に人さらい集団は捕縛され、法の裁きを受けることになったのだった。


 ちなみに共にさらわれ助け出した少女が、領主の娘だったとか町長の娘だったとかなどという物語的な落ちはない。彼女は普通の八百屋の娘であった。

 だが、人さらい集団を捕縛したという業績は確かに組合に評価され、この町の外で活動する免許の町章追加へ、確実に一歩近づいたのであった。




◆◇◆◇◆




「とまあそんな感じで人さらいを捕まえまして。結構な悪人集団だったらしく、領主の館に招待されて感謝状を渡されました。そのときに知り合った領主の息子さんが、今のバガルポカル領の領主、ゴアード侯爵です」


 ゴアードとはそれ以来の親友だ。

 庭師として名を上げた後は頻繁に顔を合わせることとなり、サマッカ館で悪魔退治をして命を助けたこともあった。悪魔は人に化けられるが、私は悪魔と人の判別をつけられるので悪魔退治に協力したのだ。

 やがて彼は結婚し、ククルとその弟が誕生した。


「ゴアード侯爵には娘がいて、彼女は今この王城で侍女をしています。今月から近衛宿舎の担当となるはずです」


「近衛宿舎。そういうのも城にあるのね」


「私も先月は近衛宿舎で働いていました。次はその話をしましょうか」


 私はつい最近経験した、近衛宿舎での変わった仕事内容を語っていく。


 侍女が身近であろう公爵令嬢でも、あの宿舎での仕事は物珍しく感じるだろう。

 侍女のビアンカも経験したことのない仕事があるはずだ。へこんだ鎧の修理とかね。騎士どもめ、侍女じゃなくて従騎士にやらせろよ。ククルにまでやらせようとしていないか心配だ。

 まあ、ククルは今朝見たら、カヤ嬢の恋愛洗脳は解けていたっぽいから、彼女自身は変な行動を取らないだろう。


「インスピレーションが湧きそうだわー」


「左様でございますか」


 そんなこんなで、午前中の私の仕事は、アトリエで昔語りをして終わったのだった。

 ちなみに午後は昨日のように外に出かけることなく、パレスナ嬢は『名探偵ホルムス』を読みふけり、私達侍女は刺繍をしたりマナーの確認をするだけで時間が過ぎ去った。


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