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25.怪力魔人ウォーリア系大収穫祭<後編>

 この世界の人類は、鍛えることによって上がる身体能力の上限といったものが、地球人類よりずっと高い水準にある。

 闘気という不思議パワーがあるから……ではない。

 純粋な筋力の蓄積で少年漫画の世界のような超人になり得るのだ。

 だからこそ緑の騎士団のヴォヴォは、私との特訓を行うまで闘気の技量を高めることなくとも一流の騎士でいられた。闘気がなくても筋力を鍛えれば十分騎士として通用するのだ。闘気鍛えないと遠当てとかの必殺技を使えないけど。


 筋力の鍛え方は至極単純だ。筋肉を酷使すればいい。

 つまり、日々筋力を酷使し働いている肉体労働者はどうなるかというと……。


「ぬうん!」


『軽々と行ったぁ! コポポ村の木こりセンガ氏予選通過です! さすがは前年度覇者!』


 地球のオリンピックの重量挙げにでも使うような、金属のバーベルを一地方のただの村人達が、ステージの上で次々と持ち上げていくのだった。

 うーん、良い筋肉だ。


「お姉様お姉様! また上がりましたよ! がーって、がーって!」


「ああ、そうだね」


 ククルはこういう催し物が珍しいのか、先ほどから興奮しっぱなしだ。

 この興奮は場の盛り上がりにつられたのもあるだろう。バーベルが上がるたび、後方の観客席からは、わっと大きな歓声が上がるのだ。

 そしてそんなククルと似たもの親子のゴアードはというと……めっちゃ盛り上がっていた。しかも、護衛の一人に酒を買いに行かせて、酒盛りをする始末だ。


「キリンキリン! また上がったぞ! ごわーって、ごわーって!」


「はいはい、そうだね」


 この酔っ払いめ。そのうちここで眠り出すんじゃないだろうな。まあそのときは解毒魔法で酒気を散らしてしらふに戻してやるが。娘のククルがせっかく一緒にいるのに、護衛に抱えられて帰るというのは許さん。


「いやあ、怪力芸などキリンので見慣れていたと思ったんだけどなぁ」


 そう呟くゴアード。

 確かに、私が持つ最大の特徴と言えば、魔人の力によってもたらされる、限りの見えない怪力である。

 昔なじみであるゴアードには、それを披露する機会は幾度ともあった。


「しかし、こうやって順繰りに成功や失敗を見ていくというのもなかなか……お、次はどうだ、いけるか? いけるか? ああー、無理か。残念ー!」


「気を落とさないでくださいましー!」


 楽しげに舞台の様子を見守るゴアードに、舞台に向かって挑戦者に声かけするククル。

 楽しんでくれているようで何よりだ。わざわざ招待した甲斐がある。


 その後も順次予選は消化されていって、ククルとゴアードの二人は大盛り上がりだった。ただ、ゴアードは酒が回ったのか、うとうとと眠たそうに頭をゆらし始めた。ククルはそんな父親を見て、しょうがないなあといった優しい顔をしている。……ダメな親だなこいつ!


『アルート村のヤマーさん、残念でした。これにて予選全試合を終了いたします』


 予選のバーベル上げはこれで終了した。次は本戦。例年通りなら、トーナメント制で一対一の力比べになるはずだ。


『皆様御静まりください。本戦は御前試合として、国王陛下がご観戦されます。陛下がご入場されますので、皆様起立してお迎えください』


 そして、本戦から国王が観戦するのも例年通りだ。予選終了から国王登場まで間が無かったということは、予定の時間通りイベントは進んでいるらしい。

 そんな場内アナウンスに、ククルとゴアード、そして護衛達は立ち上がる。だが、ゴアードは酒が入っているせいかどこかふらついていた。


「やばいよキリン、俺酒飲んでふらついてるんだけど。ここ貴賓席だよね。陛下絶対近くに来るよね」


「あー、来るだろうねぇ。まあ陛下の前だし、仕方ないから酔い醒まししてやるか」


 妖精召喚、酒気を全部吸い取ってやれ。


「おあああー、ああー、あー、うっ、目が覚めた」


 そんな馬鹿なことをやっている間にも、国王の入場は進む。貴賓席の前を大名行列のようにずらずらと人が歩いていく。そのほとんどが近衛騎士だ。国王は近衛騎士団を引き連れて、祭りの各所へと顔を出しているのだ。

 私は見知った近衛騎士達に貴賓席から手を振ってみる。ちらりちらりとこちらを横目で見る騎士達だが、さすがに手を振り返すようなことはしてこない。職務に忠実なようで結構! 昔は田舎者の集団だったのに、立派になったものだなぁ、あいつら。


 そうして貴賓席の大半を埋める大集団が全て揃うと、国王が拡声魔法を使って喋った。


『みな、ご苦労。着席してよい』


 その言葉と共に、観客席の人々は一斉にその場に座った。貴賓席の私達も素直に座る。

 国王の言葉はこれで終わりだ。開催の宣言とかはない。祭りの間あちこちに顔を見せるので、いちいちそんなことしていられないのだろう。

 代わりに、先ほどまでと同じアナウンスの声が響く。


『さて、それでは本戦と行きたいところですが、その前に模範演技と参りましょう』


 模範演技? 今時の大会は、そんなのもあるのか。

 と、思っていたら、貴賓席にイベント係員が小走りでやってくる。


「キリン様、模範演技をお願いします。舞台へお上がりください」


 はあ? 聞いてないんですけど!?


『オラが村、力自慢大会過去大会にて十数年前に三連覇を達成したかの魔人姫、キリン・セト・ウィーワチッタ女史による、限界突破バーベル上げです!』


 その宣言と共に、会場が割れんばかりに沸く!

 確かに、私は過去にこの大会に出場したことがある。『庭師』初心者時代だ。

 所属の村は、私の魔法の師である魔女のいた塔の近くにある村だ。当時は、あの塔周辺の町と村を拠点としていたので、出場資格に必要である村人という肩書きも嘘ではない。塔はどちらかというと、村よりも町に距離が近かったが。

 あっさりと優勝して三連覇もしたが、それ以降の年は塔の周辺地域を出て世界を飛び回るようになったので出場しなくなった。懐かしいものだ。


「お姉様! 頑張ってくださいまし!」


「おお、キリン、こんな催し物隠していたのかい。頑張れよ!」


 おあー。なんか期待されているし、行くしかないか。

 私は、しぶしぶと舞台の上へと登る。ちなみに今の格好は、力自慢大会に出るような動きやすいものではなく、貴族の女児が外へのお出かけに使うような服だ。同室のカヤ嬢がこの日のためにとコーディネイトしてくれた。


 目の前にバーベルが置かれ、連結式の重りがバーベルの横へと付け足されていく。付け足されていく。付け足されていく。っておい、重りを横に継ぎ足し過ぎて、なんだか巨人の持つ棍棒みたいになってんぞ。


「完了です」


 重りが重かったのか、汗だくだくのイベントスタッフ達が、そう簡素に言って舞台から退いていく。


『では、キリン女史による模範演技です! どうぞ!』


 バーベルを使う予選の全工程が終わってから模範演技というのもなんともなぁ。多分、国王に見せるためのものなんだろうが。

 さて、どうせなら、見世物として盛り上がるように魅せてみるか。

 私は右手の人差し指と親指でバーベルの取っ手部分をつまんで、ひょいっと持ち上げた。うん、重たくない。


『なあー!? キリン氏、なんと片手でこの重さを軽々と持ち上げたー! しかも、指二本でです! 怪力魔人の名は本当だったー! その小さな体で、自分よりずっと大きな重りを軽々と掲げている!』


 指をひねらせバーベルを頭の上でくるりと回してみる。いや、くるりというか、ぶおんって感じの風切り音がしたけど。

 そして私はゆっくりとバーベルを舞台に下ろした。もし勢いよくバーベルを下ろすと、石ブロックを組み合わせて作られた舞台なので、床割れちゃいそうだからな。


『キリン氏の模範演技に、皆様再度拍手をお願いします!』


 観客席から聞こえる割れるような拍手と歓声に、私は手を振り返すと、舞台を降りた。

 そして真っ直ぐに貴賓席に帰る。国王がこっちに向けてグッジョブと指を立てていた気もするけど、気にしない。


「お疲れ様でした! すごかったです!」


 興奮が最高潮といった感じのククル。喜んで貰えてなによりだ。

 そして、私の怪力を見慣れているはずのゴアードも、客席の熱気に当てられたのか、盛り上がっている様子だった。


「やっぱり面白いなぁ、キリンは」


 いや、すごいとかじゃなくて面白いなのかよ。

 そんなこんなで模範演技は終わり、本戦トーナメントが開始される。


『オラが村、力自慢大会、本年度の本戦競技はー……、綱引きだー!』


 そのアナウンスに、客席がわっと沸く。ノリいいなぁ。


『大会用に特別に用意された金属縄を互いに向かい合った選手同士で引っ張り合って貰います! この綱は、特殊な魔法金属で編まれた頑丈な綱で、キリン氏が引っ張っても千切れません』


 わっと沸く客席。いや、私その綱引っ張ったことないけど。

 その後も本戦のルールが説明されていくが、まあ前世の日本の運動会でやっていた綱引きを一対一にしたようなもので、特に変わったルールはなかった。


『それでは本戦を開始します! 一回戦第一試合――』


「うわー!」


「うおー!」


 ククルとゴアードが沸いている。あと、気がついたら、護衛の二人も熱狂していた。護衛なんだから周囲に気を配れよな!

 まあ私が冷めすぎなのかもしれないが。

 でもなぁ。私だったらあれくらい……っていう嫌味な思考が頭をよぎるので、無心で応援できないんだよなぁ。嫌な女だよ私は全く。




◆◇◆◇◆




『優勝者は、これで五年連続覇者となる、コポポ村の木こりセンガ氏だぁー!』


 戦いに決着が付いた。いやあ、熱い戦いだった。思わず手に汗を握って全力で応援してしまったよ。

 やるな、木こりのセンガ。すごい駆け引きだった。

 私の隣では、応援しすぎて疲れたのか、ククルとゴアードが心なしかぐったりしているように見えた。なんだあ、だらしがないな。これからがこの大会の最大の見所だっていうのに。何せ、国王が大活躍するからな!


 舞台の壇上では、実況担当のスタッフが優勝者へヒーローインタビューをしていた。

 私はそれを聞き流しながら、大会の次の進行へと思いを馳せる。

 と、そのときだ。


『過去の三連覇王者、キリン殿への挑戦をしたい』


『おおっと、優勝者からキリン氏へ挑戦状が叩きつけられたー! 模範演技の印象が強烈だったのかー!』


 え、何事。

 突然呼ばれた私の名前に、私は焦って壇上を見上げた。

 すると、また先ほどの大会スタッフが小走りで貴賓席にやってくる。


「キリン様、舞台へとお上がりください」


「ええ、どういうこと」


「真の王者決定戦ですわ、お姉様!」


 そうククルにはやし立てられる。

 私はあれよあれよのうちに舞台の上に上がらされ、金属の綱の前へと立たされた。


『三連覇王者と五連覇覇者、真の力自慢がここに決定する! オラが国、一番力強いのは誰だ決定戦だぁー!』


 うーん。とりあえずやればいいか。客席めっちゃ盛り上がっているし、今更降りられない。

 舞台の上からちらりと客席を見る。貴賓席ではククルが喉が張り裂けんばかりに私を応援してくれている。

 これは、お姉様として頑張らないといけないな。


『では、綱を持ってください』


 言われたとおりに、金属の綱を持つ。太い。幼児の手にはちょっと図太すぎて握りにくい。私は指に力を入れ、縄に指を食い込ませる。まあ、大丈夫そうだ。


『よーい』


 本戦で幾度となく聞いた、開始の銅鑼の音が響く。

 私はそれを耳にすると、身体を後ろへと傾けそこそこの力で縄を引っ張った。


「ぬわー!」


 縄はすんなりと引かれ、対戦相手が宙に舞った。


『ああー! 一瞬だ! 一瞬で決着がついたー!』


 舞台の上に倒れ込む対戦者。だ、大丈夫か? 下、石畳だぞ。

 銅鑼の音が鳴り響く。

 私は対戦相手の許へと近寄ると、助け起こそうと手を差し伸べる。なにやら膝を押さえていたので、ぶつけたのだろう。治癒魔法をかけておく。


「すまない……完敗だ」


「いえ、良い戦いでした」


『アルイブキラ力自慢統一王者は、キリン・セト・ウィーワチッタだー! 皆様再度の拍手をお願いします! ……って、ええ!?』


 勝利を告げる実況だが、最後なにやら驚いたような声を上げる。何事だろうか。


『国王陛下からエキシビションマッチのご提案です! なんと魔人姫キリン氏と、本戦トーナメント全出場者で綱引きを行います!』


 何だと!?

 私は壇上から国王の居る貴賓席へと視線を向ける。そこには、ニヤニヤ笑って私を眺める若き国王の姿があった。


 あいつめ、初めからこのつもりだったな!

 綱の長さが一対一で使うには不自然に長すぎると思ってたんだ!


『本戦出場者の皆様は舞台上へとお上がりくださいー!』


 舞台も、予選は一人、本戦は二人しか使わないにしては妙にでかい。エキシビションマッチは企画段階で織り込み済みだったと見える。そして私はすでに舞台の上。今更拒否は出来ない。

 次々と本戦出場者達が壇上へと上がってくる。その表情は、困惑顔だ。

 そりゃあ十数人対一人じゃあ普通に考えて一方的すぎて困惑もするわな。

 いくら怪力で知られているからって、常識で考えたら数の差に敵うわけはないと判断するだろう。……まあ、私は負ける気は毛頭無いが。


 単純に考えれば、私がどれだけ怪力無双だろうとも、この人数を相手に綱で引き合えば体重差で私が引きずられる。私の体重は成人男性二人分弱といった程度。

 だからいつも、私が怪力を横方向に発揮するときは、魔法で足を地面に固定している。だが、これは力自慢大会。魔法を持ち出すのは野暮といったものだろう。

 だから、私は靴を脱いだ。


『おおっとー! キリン氏、突然靴を脱いだー! 靴下も脱いだぞ、素足だー! ちっちゃなおみ足! 可愛い!』


 私の怪力が、腕力だけでないことをここに見せてやる!


『では、皆様綱をお持ちください。いいですね? ……行きます、よーい』


 足の指を舞台の素材である石ブロックの隙間に食い込ませ、力一杯足指で握る。石畳に指が食い込んだ。

 銅鑼の音が鳴る。それが耳に届くと、私は綱をまあまあの力で引いた。


「ぬわー!」


 縄はすんなりと引かれ、対戦相手達は見事に引きずられた。

 試合終了を知らせる銅鑼の音が鳴り響く。私の勝ちだ。動きづらかったが着込んだ服も特段乱れるということもなく、問題なく勝利できた。


『ああー! またしても一瞬だ! 挑戦者達歯が立たず! 怪力魔人の前に力自慢の猛者達が膝を屈した! 小さな体に大きな力! ちみっこ女王が絶対的存在として男達の頂点に立ったぁー!』


 私は綱を手放し、客席に向けて大きく拳を掲げた。

 舞台の下の貴賓席では、ククルとゴアード、そして国王が力一杯拍手を向けてくれていた。




◆◇◆◇◆




 大会もとうとう最後の締め。入賞者の表彰が行われる。

 私の戦いは二つともエキシビション扱いなので、私が壇上へと上がることはない。

 入賞者達は国王自らが表彰し、たたえられる。王国民の村人達に取っては最大の名誉だ。

 大きな拍手が彼らに向けられた。


 そして、賞品の授与。国王からは祝福が贈られる。

 祝福、といっても概念的ななんやかんやではない。ガチのものだ。


 舞台の上では、近衛騎士が動き回り、儀式の準備が進められている。そう、儀式。祝福を入賞者の村に向かって施すための儀式だ。


 私は、そんな様子を興味深そうに眺めているククルに向かって言った。


「ククルは初めて見るかな? 国王陛下による、豊穣の儀式だ」


「豊穣の儀式?」


「ああ、入賞者達の村に豊作祈願をするのさ。豊穣の杖を使ってね」


「豊穣の杖! 王族のみが使うことを許される、天地改変の神器ですか!」


「ああ、陛下のことをよく見てごらん」


 舞台の上に立つ国王。その衣装は、白い布を幾重にも重ねた豪奢な衣装だ。太陽と雨を表わした伝統的な国王の装束であり、天候と雨量は王室管理のためその象徴としての服となっている。

 そして、手に持つのはきらびやかな結晶体で作られた豪奢な長杖。あれが、豊穣の杖だ。


 舞台の準備が整ったのか、近衛騎士達が舞台の上で整列し、膝を突く。

 国王がおごそかに祝詞を唱え、それに応じるかのように杖がほんのりと光り出す。

 祝詞に混じる聖句により、光が壇上に舞う。呼応して杖がきらびやかに光を撒き散らし始める。


 豊穣の杖。豊作を司る神秘の杖と国民に伝わっている。

 王太子時代の国王から聞いた話によると、国土の地中深くの世界樹の枝葉に土の調整をお願いする杖なのだとか。前世の地球風に言うと地下の成分調整装置にアクセスするためのリモコンのようなものだろうか。

 国王は以前、国王になるためには、農家や農業研究者ですら知らない超高度な農学・化学教育を王室のご老公達から受けなければならないとぼやいていた。チャラ男っぽいくせに国王はインテリなのである。

 この世界は文明レベルが上がりすぎないよう調整されているので、この国で王族ほど化学知識のある者は存在しないだろう。


 祝詞が終わり、豊穣の杖を石畳に突き付ける国王。すると、光が広がり、光の柱が勢いよく立ち上った。


 儀式はこれで終了だ。祝福された村は、来年の豊作を約束されるだろう。そうなるよう、杖を通じて世界樹にアクセスしたはずだ。


 隣のククルを見ると、感動したのか涙を流していた。領地を持つ貴族の当主として儀式を見たことがあるはずのゴアードも、涙ぐんでいる。護衛二人も当然のように感涙していた。

 まあ、すごいことだもんな。神の奇跡、即ち世界樹に王権神授された王族の力を目の当たりにすることが出来たのだから。


『国王陛下が退場されます。皆様ご起立ください』


 そして、国王が会場を去っていく。大収穫祭はまだ一日目だ。この後も予定でいっぱいなのだろう。

 私は貴賓席から近衛騎士団と共に去る彼を見送った。


『これにてオラが村、力自慢大会を終了します!』


 続いて告げられた閉会の言葉に、またわっと観客席から歓声が上がる。最後までノリの良い農民達だった……。


 私達は貴賓席から退席するため、準備を整える。

 そこで、ゴアードが困ったように言った。


「なあキリン、酒瓶残していって良いと思うか?」


「んんー?」


 貴賓席の床には、ゴアードが護衛に買いに行かせた酒の瓶が複数転がっていた。飲み過ぎだよおっさん。


「掃除をするイベントスタッフ達に、バガルポカルのゴアード侯爵は、国王陛下の参加する催し物で酒を飲む奴だって思われたいなら、良いんじゃないか」


「ええ、そりゃ困る。なんとかしてくれ」


「……しょうがないな。私はゴミ箱じゃないぞ」


「ああ、助かるよ親友!」


 調子の良いやつだ。仕方なく私は魔法で空き瓶を空間収納した。後で捨てておかないとな。

 そして私達は退席する前に、隣の貴賓席の者に軽く挨拶をすることにした。貴人の付き合いってやつだ。


 大会の間中ずっと気になっていたのだが、隣の貴賓席に座っていたのは、私達とは違う人種だった。

 蟻人。昆虫の蟻に似た頭部を持つ、昆虫人類種だ。世界の安寧を陰から支える、一種の支配種族である。ちなみに、地球の人類と同じ見た目の人は動物人類種である。国王の入場シーンでも起立していなかったから少し印象に残っていたんだ。


 そんな蟻人の貴人が、私達が席を立つと共にこちらに顔を向けて、なにやら言葉を呟いたのだった。


「こんなところで、魔人がのうのうと温い日常を過ごしているとはな」


 それは、この国で使われている言語ではなかった。

 世界共通語。幹の言葉。この国アルイブキラでは滅多に聞くことのない言葉だ。世界共通語といいつつ、この国では話せるものは少ない。

 その言葉をここで放ったということは、幹の言葉を理解出来る、魔人である私に向けて言ったと思っていいだろう。


「ええと、どちらさまで? 私、蟻人の方の顔の見分けが付かなくて……」


 そう言葉を返す。

 蟻人は私の言葉に反応したのか、わしゃわしゃと昆虫っぽい口を動かすと、さらに言葉を続けた。


「王城で待つ」


 そう言い残すと、以後は無言で貴賓席を去っていった。

 ええー、何この思わせぶりな去り方。

 私今ただの新米侍女なので、壮大な何かが始まる的なイベントは今更勘弁なんですが!


「お父様、私ケーリの実の蟻蜜漬けが食べたいです!」


「そうかそうか、屋台で買ってあげよう」


 蟻人で蟻蜜漬けを思い出したのか、ククルが菓子をねだり、ゴアードがそれに応えている。

 共通語を聞き取れなかった二人は、蟻人と私のやりとりは気にもせず、祭りのことに意識を向けている。ま、今は祭りが優先か。

 なんだか最後にもやもやが残ったが、私達は気にせず残りの大収穫祭の時間を楽しむことにしたのだった。


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