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22.準備と私

 これは過去のふとした小話――


「王権神授という言葉が前世にあった」


 馬車に揺られながら、若い頃の私がそんな話を切り出した。若い頃と言っても、容姿は今となんら変わらない。

 ただし装いは大きく違う。オシャレさの欠片もない、分厚い生地でできた旅装だ。けっして侍女のドレスや侍女宿舎用の小綺麗なお嬢様服などではない。


「へえ」


 私の言葉に応えたのは、この国の王子殿下。未来の国王陛下である。彼の服装も王族とは言いがたい、 一般的な平民が旅をするためのものだ。

 王子のそんな相づちを受けて、私は言葉を続けた。


「王の権利は神から授けられたものであり、王権は神以外には脅かされない、絶対的なものだという政治の仕組みだ。民や貴族は神に保証された王のなすことに、何も抗わない」


 当時の私たちは、王太子である王子が国王就任するときに備えて、理想の最強近衛師団を作ろうと国中をかけずり回っていた。

 この時は確か、槍の名手だという地方貴族の四男をスカウトするのに成功して、次の目的地の王都に向けて二頭立ての馬(みたいな働きをする四つ足のこの世界独自の動物)を魔法で強化して馬車を走らせているところだった。

 田舎道ともあって揺れが激しいが、王子はそれを気にするでもなく、私の与太話に付き合ってくれていた。


「神……火の神みたいな? それとも旧惑星の獣神みたいのかな?」


 そんな疑問を王子が述べる。


「いいや、架空の神だよ。民達が空想して国や民族全体で共有している、想像上の存在だ」


「へ? 何それー空想の神様ってー」


「いると信じ込めばいなくてもいるのと同義になるのさ。ほら、妖怪みたいな。あれをやったのは妖怪の仕業だ。あの出来事は神の奇跡によるものだってね」


「へーふーん……神様と妖怪一緒にしていいん?」


「いなけりゃ一緒さ」


「つまり君の前いた世界には神様はいなかったってことかい」


「私のようなただの人民が存在を実感できるような神の奇跡なんて、一度も見たことなかったよ」


 前世では無神論者だったからこそ出たこの時の一連の言葉だったが、おそらく私の主張は間違いだ。奇跡はあった。私は地球で死んで異世界で生まれ変わるという、謎の奇跡を体験しているんだ。

 私の前世の最期は、火を崇拝する邪教を巡る事件に巻き込まれ、邪教の隠し神殿で友の活路を開くために邪教徒の前に立ち塞がりそのまま殺されたというものだ。そして、この異世界、世界樹の大地において現存する神とは火の神しかいない。

 おそらく邪教の神殿から火の神が支配する天界を経由して死んだ私の魂が移動し、この異世界に辿り付くことで私は転生を果たしたのだと思う。

 つまり地球にも、火の神は実在していたのだ。なにせ私を殺した邪教徒は、怪しげな超能力じみた謎の力を使っていたし。トリックかもしれないが。


「いない神ちゃんなんかに保証されてもなー。滑稽な王権だねぃ」


 おかしそうに王子がそんなことを言った。

 この時の私は王権神授説なんて持ち出して、何について語ろうとしていたのだったか。

 そうだ、王子が国王になるにあたっての心構えみたいなそんな与太話だ。

 私は王子のそんな言葉に自分の考えを返す。


「大事なのは民が神を信じているということだ。つまり民に神と同じように、王を信じさせるのが王権神授のキモさ」


「ほーん」


「王なら神の奇跡で疫病を癒すことができる。王なら神の代理人として国を富ますことができる。それを民が信じていれば、民が王に逆らうことはない」


「でも神様いないんでしょう?」


「偉大な権力が、あれば奇跡が起きたのと同じような結果くらい起こせるさ。他にも例えばそう、神の力で豊作をもたらす」


「あれ、それって……」


「そう、この国の王族も『幹』に委託された世界樹制御の力で、天候を操り土地を富ませ、どの地域に豊作をもたらすか決めることができる」


 『幹』とはこの世界全体を支配し、世界の運行を行っている中枢機関である。この世界を照らす太陽は人工天体であり、この世界の大地は世界樹の枝葉から排出される調整された分泌物だ。

 世界の有り様は『幹』の胸三寸次第であり、その権限のいくつかは各地の国家の支配者層に委託されている。

 こういった世界の知識は、育ての親の一人である魔女に詳しく教え込まれていた。


「でも『幹』は神様じゃないよ」


 そんな言葉を王子が返してくる。それに対して私は苦笑しながら答えた。


「王族の感覚ではそうかもしれないがな。民からすれば神様みたいなものさ。ただの人民は『幹』と世界樹をほぼ同一視している」


 世界樹教というものがある。私達の住むこの偉大な世界を崇めましょうという宗教だ。そしてその世界は『幹』によって管理されている。

 なので平民や貴族の大多数は『幹』を偉大で崇高な存在だと信じ込んでいるのだ。直接『幹』の管理者達と会話を交わす機会のある王族からすればまた見方が違うのだろう。だが、この当時の私の『庭師』としての格は世界樹の中枢に関われるほど上等なものではなく、王子の視点というものに共感してやることはできなかった。


「つまりな王子、この国も王権神授だ」


「民や貴族は、世界樹に保証された王のなすことに何も抗えない。安全でなによりじゃねーの。良いこと聞いたわー」


「王権が神に保証されたと民が信じている限りだ。王の座を奪い取れば、王の力が自分にも与えられるなんて勘違いされたら反乱されるぞ」


「こわっ! なにそれこわっ!」


「王族は神の代理人として、民に崇拝されなければいけない。王族はすごい。すごいから王権が神授されている。そう信じこませねばならない」


 揺れる馬車は魔法の力により本来ではありえない速度で王都に向かって進んでいた。

 近衛のスカウトを巡り現地で思わぬ事態が発生してしまったため、計画していた日程がずれこんでしまっていた。


「だからな王子、大収穫祭には遅刻するわけにはいかないんだ」







 大収穫祭が近い。

 侍女の私が祭で表に立つことはない。が、近衛騎士団は出ずっぱりだ。王族一同が大収穫祭の期間中、何度も王都の市民の前で儀式を行うからだ。

 一年の収穫を喜び、そして見直し、『幹』から授けられた豊穣の杖で国土の設定を変更する。

 そう、設定変更だ。どの地域のどの作物を来年は多く実らせるか、世界樹から土地に与えられるリソースを再分配しなおすのだ。

 なのでこの国の王族達は農学と化学に詳しい。革命やクーデターが起きて国の頭がすげ変わったら、この国が農業的に大規模後退してしまうってくらい農学に詳しい。

 まあでも革命やクーデターはそうそう起きないだろう。

 貴族は王族がいかに農業帝王学(勝手にそう名付けてみた)の最先端にいるか理解しているし、人民は王族を神聖視している。そう、神聖視しちゃってるのだ。大収穫祭のときの儀式を行うときにでるエフェクトがあまりにも神々しいから、同じ人間として見ていない。王族はこの国では世界樹の化身と呼ばれている。


 でも、そんな王族にも危険はあるもので、具体的にはこの国の資源を狙っている他の国に暗殺される可能性がある。世界に人の悪意が満ちるのは悪徳とされているが、それでも戦争は世界の中枢にも禁止されていない。

 だから、国王並びに王族を守るための近衛騎士団は、大収穫祭で重要な任務を帯びていると言える。

 しかも、儀式の最中、王族の周囲に侍るということはそれ相応の格好というものが必要となってくる。


 近衛とは国の顔なのだ。美しく麗しくそして荘厳でなければならない。大収穫祭はその最大の見せ場である。私がこの近衛宿舎付き侍女に決まった日、そんなことを同室のカヤ嬢にこんこんと説かれたことがあった。

 まあそうだね。侍女の仕事って、主人の身の回りの世話をして見栄えを良くすることもあるよな。というかそれがメインの仕事のはずだよな。


 というわけで、私は騎士達の儀礼装備の最終チェックを行うことにしたのだ。

 場所は近衛騎士団第一隊の宿舎『白の塔』。私の仕事場だ。


「どうよ」


 そんな言葉と共に騎士の一人が、完全装備で私の前に立つ。

 染め抜かれた布がふんだんにあしらわれた鎧姿である。戦争時ともなれば一人一人オーダーメイドのプレートアーマーを着込んだりもするのだが、儀式用の鎧は身体を守る面積がさほど多くない。

 顔を見せるために兜はなく、胸当てに手甲、足は板金がところどころに留められた革のブーツ。そして近衛騎士を表わすマントである。


 この国の武装集団はそれぞれが専用の色を割り当てられている。

 青の騎士団。緑の騎士団。黄の王国軍団。赤の宮廷魔法師団。黒の影団。

 青の騎士団なら青いマントを着けるし、緑の騎士団も緑のマントを着ける。迷彩なんて発想のない国軍も黄色の統一衣装を着る。


 近衛騎士団は先王時代、白の騎士団と呼ばれていたのだが、現在の近衛騎士団は白を象徴の色としていない。これは昔私が「白って汚れやすいからあまり使いたくないよね」と戯れで言ったら何故か騎士達にそれが通ってしまい、王の交代時の新生近衛騎士団発足時に白の騎士団ではなくなってしまったのだ。

 なので近衛に担当色は無し。マントの色は幹部が紫、平の正騎士が橙、従騎士はマントの着用を許されていない。ちなみに旧白の騎士団は今は白いマントを着けたまま各騎士団に教導騎士として入っているらしい。


 そんな近衛騎士団のメンバーが新しく入れ代わってから五年。色がないことで問題は起きてないだろうか。

 少なくとも目の前の橙色のマントを付けた正騎士に問題は……。


「うわっ、ブーツ汚っ」


 足元がお留守でした。思わずうわっとか反応してしまった。


「ええ、なんで儀礼用装備なのにこんなに汚れてるんですか……」


「そんなにかぁ? 靴が汚れてるなんて当たり前だろうに」


 片足を上げてブーツを覗き込む正騎士。


「儀礼用は普段着とは違うんです!」


 違うのだ。当たり前である。

 泥汚れがこびりついて変色しているなぁ。儀礼用装備なのに普段使いとかしていないだろうな。というか儀礼用装備は儀式の時以外は城外持ちだし禁止だ。

 そんないろいろやらかしていそうな騎士は、片足立ちだというのに身体はぶれもしない。良い体幹をしている。これで見た目も気にしてくれればこのような手間が省けて良いのに。


「鎧の着こなし自体は、まあさすがに従騎士さんに任せただけあって完璧ですね」


「おうともさ。慣れたもんだ」


 着替える、という行為を他人任せにすることに慣れていない者は、身分の低い出身者が混じるこの近衛騎士団では意外と多かった。

 そりゃあ部屋着なんかは自分で着替えられるに越したことはないだろうが、礼装や戦装備ともなると多重チェックの意味合いもあって従者任せにする必要が出てくる。この正騎士も巨獣狩人出身ともあって昔は着替えさせられることに忌避感を覚えていたようだが、年月は人を変えるものである。


「ブーツ以外は問題ないので、頑張って磨いてくださいね」


「え、新しくするんじゃねえの?」


「本番直前に靴を換えるなんて靴擦れしますよ。はき慣れた物が一番です。それははき慣れすぎですけれど」


「面倒くせえなぁー」


 磨くのは貴方ではなく小姓さんや従騎士さんの仕事ですよ。とは言わないでおいた。正騎士自ら磨いているところに自分にお任せくださいと、彼らにアピールする機会を残しておいてあげよう。

 近衛騎士団は現在、戦闘訓練を行っていない。大収穫祭が間近なので、王族の警護のために王宮へと入っている者以外は、儀式の練習と確認作業とが近衛達全員の業務だ。


「次は私だな」


 そんな声と共に、幹部用のより立派な鎧姿に身を包んだ、副隊長にして宿舎長のオルトが私の前に立った。

 私が騎士のもとへ向かうのではない。騎士が私のもとへ来るのだ。私の方が立場が下なのに。そう、また例の侍女席である。やる仕事は、前と違って決まっているのだが。


「清潔ですねぇ。他の人に見習わせたいものです」


 宿舎長を任されるくらいには几帳面で良識のある人物だ。こういうときには協力的で助かる。……良識、あるよな?

 私一人で最終チェックをするために、騎士達の時間割を作成したのもこの人だ。私の仕事が取られている。カヤ嬢にすごい叱られそう。


「あ、マントの刺繍がほつれていますね。すその方」


「む、本当か」


 マントを持ち上げて金糸の刺繍を見て確認する副隊長。紫色の布地に金色が良く映えているが、どこかに引っかけたのだろうか、植物を模した刺繍が途切れて糸が飛び出していた。

 着替えを行う従騎士達も男の子だからなぁ。こういう細かいところは大雑把に見て気づかないのかもしれない。いや、私も元男だけれども。同室のカヤ嬢とか、毎朝の私の身だしなみチェックすごいぞ。


「……この程度問題ないのではないか? 遠目には見えないだろう」


 几帳面と言った前言撤回。いや、気持ちはわかるけれども。


「見えなくとも整えなければならぬのが副隊長という立場なのです」


「そうか……そうだな……」


 面倒臭そうにため息をつく副隊長。

 問題点を指摘すると、みんな面倒臭そうな反応をするなぁ。本人が何かをしなければいけないことって、ほとんどないんだけれど。

 まあ確認作業自体が面倒臭いんだろう。


「代わりのマントに着替えてこよう。そちらはいささか刺繍が華美なのだが」


 わずかに眉を寄せながら副隊長が言った。マントは予備があるようだ。鎧はどうだろう。ないか。


「華美でよろしいじゃありませんか」


「祭の主役は陛下だ。私ではない」


 近衛はその陛下の付属物だから、いくら派手でも良いと思うけどね。それにあの国王用の白いキラキラ儀式衣装より目立つってことはないだろう。


「今のマントは針子室へと出しておきますので、後で従者に私の方へ持たせてください」


 そう言って副隊長を送り出す私。

 儀式用装備は個人の持ち物ではないので、城の針子が修繕を担当する。

 宿舎に住む騎士の中には王都に自宅を持つ者もいるが、そこへ持ち帰ることは許されていない。それだけ特別な装備ということだ。


「ああ、わかった」


「もしかしたら大収穫祭までに直っているかもしれません」


「そうなのか」


 さすがに本番まであと少しというところで、針子達が衣装をまだ作り続けているということはないだろうし。というかないと聞いた。針子室の業務の混み具合は、侍女達全員に知らされるのだ。針子室に仕事を持っていくのって、大多数が侍女だからね。


 ちなみに針子室というのは、その名の通り王城内に存在する針子(裁縫師)の仕事部屋だ。王城御用達の針子工房は城内ではなく王都内にちゃんとあるのだが、工房へ持ち出すまでもない簡単な針仕事は王城内にある仕事部屋で行われる。また、城の外では行えない特殊な魔法付与の衣装作成なども、針子室で行われるのだとか。


「では君には二度手間になるかもしれないがマントを替えてまたこよう」


「納得するまで何度でもよろしいですよ」


 そんな私の言葉に「納得するのは私ではなく君だろう」と副隊長は返し、着替えに下がっていった。

 そしてぼそっと一言。


「侍女席はやはり必要だな……」


 いや、宿舎は広いからありと言えばありだとは思うけれどね。この宿舎でかい塔だし。

 でもこのやり方って侍女じゃなくて事務職やってる気になるんです。


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― 新着の感想 ―
[一言] 相変わらず世界設定からして詳細が詰められていて面白いですが、国の情勢と立地条件が作る帝王学、農業帝王学とは面白い。 貴族も国政を考える上で全員農学を学ぶ必要があって貴族学校がオーバーオール麦…
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