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18.王宮と私

 堅牢な城壁に囲まれたクーレンバレン王城。その中心には、古い石造りの宮殿がそびえ立っている。幾人もの政務官達が政治ドラマを繰り広げる国の中枢部である王宮だ。

 そんな王宮の内部、厳しい警備をくぐり抜けたその奥に、王室、いわゆるロイヤルファミリーの居住区がある。


 初秋の季節の一ヶ月間を研修生として過ごした私、新米侍女キリンはただ今、どういうわけかその王室居住区内のとある一室に足を踏み入れていた。

 古さを感じさせないまばゆく磨かれた石の壁。

 巨獣の毛皮で作られたふかふかの絨毯。

 見るからにお高そうな数々の調度品。

 部屋を隅々まで照らすガラス造りの魔法照明具。

 年季を感じさせるシックな色合いの執務机。

 このいかにもな部屋。前世地球の西ヨーロッパ周辺の空気を僅かながらに感じる、こてこての高級アルイブキラ様式の部屋の主は、誰あろうアルイブキラ王国の国王陛下である。


 この部屋が何の部屋かは聞かされていないが、部屋の隅に本棚がいくつも置かれ書簡が隙間無く並んでいるところを見るに、国王が行政の仕事をこなす執務室ではないかと予想できる。

 そんな国の重要区画で、何故か私は部屋の隅に備え付けられたふかふかの椅子に座っていた。そして対面には、ガラス製のテーブルを挟んで国王陛下が足を組んで同じような椅子に座っている。


 不思議な状況である。

 私はただの新米侍女。正面におわすのはこの国の君主。

 日常ではありえなさそうなこの構図。……なのだが、実のところそこまで驚くような状況ではない。私と国王は昔からの顔なじみなのである。


 国王とは割と親しい間柄で、「若い頃に一緒に無茶をやった」的な、いわゆるマブダチってやつなのだ。そんな仲なので、私が王城に勤めることになった以上、国王からはなんらかのアプローチがあるかもしれないとは前々から思っていた。

 そのアプローチがあったのは今朝のこと。研修期間が終わり宿舎で待機状態になっていた私に、緊急の呼び出しがかかった。侍女長のもとへと向かった私を待っていたのは、なんと国王陛下自身であった。

 私の顔を見るや否や、昔の友人としてのノリで話しかけてくる国王。しかし、侍女長という第三者がいる手前、私はどういった態度を取るべきか返答に窮していた。そんな私を見かねたのか、随伴していた秘書官さんが王宮へと移動するよう促してくれ、こうして国の中枢奥深くまで足を運ぶことになったのである。


 友人だからと言って、仮にも王国の最重要施設の一つに気軽にただの一市民を連れてきていいものかはわからないが……。

 しかしまあ秘書官さん手ずからにお茶まで振る舞われているのだし、特に気にすることではないのかもしれない。


 しかし、待機状態だからとだらけず、ちゃんと侍女服を着ていてよかった。さすがに王宮に普段着を着てくるわけにはいかなかったから。

 王城の侍女服はフォーマルなドレスなので、王城のどこへ出ても恥ずかしくない格好なのだ。仕事中の着用が任意である侍女帽もちゃんと被っているので、限りなく貴族としての正装に近い状態だ。


 ただ、そんな私の対面にいる国王陛下はと言うと……なんというかフォーマルという言葉とはほど遠い格好をしていた。

 城下町の裏道にある酒場で、身を持ち崩しくだをまいている下級貴族の三男坊が着ているような服……わかりやすくいうと貴族風ヤンキーファッションをしているのだ。

 さらには、茶と緑の毛染めにより地毛の銀髪がまだら模様になっており、首筋からはこの国ではあまり一般的な文化ではない入れ墨が顔を覗かせている。

 アルイブキラ王国の頂点に君臨する王室。その代表者である国王。そんな重鎮だが、実のところ……ぶっちゃけて言うとチャラいのである。

 そう、国王陛下の見た目は、前世の日本風に言うとチャラ男なのだ。


 国王と私はお互い若い頃にやんちゃした仲。つまり、今は特に若くないというわけで、もう二十代も後半にさしかかっている。それなのにチャラ男なのだ。

 王で二十代後半なら十分若い、と前世の感覚では思いもするが、この国の王は終身制ではなく、王位継承者が元気に働けるうちにさっさと王務に就かせるという制度で回っている。

 王は絶対的な権力を持つ孤高な君主ではなく、あくまで王室という行政区の代表者という位置づけだ。王が偉いのではなく王室が偉いのだ。

 なのでこの国の歴史からすると国王は、若いことには若いけどそろそろ落ち着いていい歳なんだから、といったところである。それなのにチャラ男なのだ。


 そんなチャラ男様であらせられる国王陛下だが……見た目とは裏腹に政治に対する姿勢は真摯だったりする。

 世界を駆け回る冒険者だった私と友人になった経緯も、政治家として市井の見聞を深めるという理由があった。宮殿に引きこもって錠前作りに明け暮れるような暗君ではないのだ。いや、実際のフランス錠前マンは暗君ではなかったけれども。

 そんな彼が今日私のところに姿を現わした理由も、旧友と仲を深めるだとかそういうものではなく、「人事発令」なのだそうだ。


 人事発令。どの部署に誰を配属しますよ、という布告だ。

 誰の布告? え、私の。いや確かに研修終わって配属待ちですが、新米侍女の人事異動にわざわざ国王が出張るわけが。


「めんどーなことにね、キミの所属先を巡って、女子官僚さん達の間で小競り合いが起きているわけ」


「マジですか」


「マジですよ」


 予想もしていなかった国王の言葉に、頭をひねる。

 ちなみに国王は見た目チャラ男さんだが、官僚や貴族のお偉いさんと話す機会が多い仕事柄、本物のチャラチャラした貴族のように相手に理解されない下町スラングで話したりはしない。威厳のない喋り方をするが。


「所属先を巡って……それは、来たら困るとかではなく?」


「ではなく。アタシんところに頂戴よぉーって。ヒスババァどもめっちゃ怖い」


 この国の貴族出身というわけでもなく、ただの侯爵家預かりでしかない私を、取り合いとな。

 それはつまり――


「ふふふ、世界規模で有名になってしまうのも困りものですね」


 これ、あれじゃないか? キャリアってやつ。

 一見関わり合いのなさそうな職業間の転職でも、上に行く人間は上に行く。まさしく本当のキャリアウーマン的な。

 日本の夜九時のドラマで主役になったりする役柄的な!


「や、なんか浸ってるところわりーけどさ、キリリンの取り合いに元『庭師』って経歴関係ないかんね?」


「えっ」


 ……関係ないの?

 え、それじゃあなんで私なんかを。一族の姫という身分……はこの国と関係ないしょぼい遊牧民族での話だし……。

 あ、まさか永遠に幼女の姿のまま歳を取らない私の外見を見初めて、人形的なコレクション目的で……。私が可愛いから……。


「トレーディングカードゲームの公式審判の資格持ちだからなー、キリリン」


「……なんですかそれ」


「なにって、カードだよカードォ。最近の貴人さん達は、こーきでゆーがで神秘的な儀式をねー、カードでやれるか競い合ってるわけよ」


 ……またカードかよ! もういいよ!

 確かにこの国はすごい宗教色の強い国だけどさぁ! もっと詩とか音楽とか生産的なもので競い合おうよ、国の文化的な将来のために!

 トレーディングカードゲームは生まれたばかりの宗教儀式で、伝統の重みも何もない新しい遊びだ。それがこんなに貴族社会に浸透しているだなんて。発売してからまだ二十年も経っていないぞ。


「商会の利権を感じる……」


 ボロ儲けじゃないかカード会社……。前世でトレカは、札束を刷っているようなものとは散々言われていたものだけど。

 まあそのカード会社の主は私の知り合いなのだが。下女カーリンの父、商人ゼリン。

 ちなみにカードの売り上げの一部が、毎月私の貸金庫に入ってきている。私はカードの仕組みを考えた原案の一人なので。


「キリリンさぁ、カードの他にもいろいろ事業広げてるよね。折り紙に漫画に推理小説だっけ?」


 ゼリンに伝えた商売の案が、何故か国王の口から飛び出してきた。


「あと城下町で買い物したら、綺麗な色紙に包んでくれるって話も聞いたなぁ。紙の需要、増えてるよねこれ。最近製紙ギルドが暴走気味なのは、間違いなくキリリンのせいだよね。……聞いてるー?」


「へっへっへっ、旦那なぜそれをご存じで……」


 国主様にばればれですよ私の副業履歴。

 この国の印刷技術の高さに目を付けて、前世知識を商人に渡して暴利をむさぼった私の過去がばればれだ。

 私には商才がない。しかしだからといって商売で儲けられないというわけではない。知識を形にして販売してくれる優秀な商人と組めばいいのだ。

 特許の概念がないこの国で前世の知識を活用するには、商人と直接手を組むというのは良い手段だった。

 しかし私が自分で直接商売をするわけではないので、関わった商人達がどう動くかはコントロールできるものではなく……。

 まいった、これはあまりよろしくない流れだ。


「紙の原材料知ってるかなーキリリーン」


「向日葵麦の麦わらでやんす」


「冬の農村って、寒いとき何燃やすか知ってるよねー」


「向日葵麦の麦わら炭でやんす」


「製紙ギルドが紙増産したらどうなるかわかるぅ?」


「あっしには何のことだか」


 テーブルごしに頬をぐにぐにと引っ張られる私。

 違うんです。知らなかったんです。他国と比べてやけに高い印刷技術の使い道を教えたら、まさか印刷業界じゃなくて製紙業界が活気づくなんて。印刷技術は国の魔法師団が独占していて、商人が稼ぐには紙の方で頑張らなくちゃいけないなんて知らなかったんです。紙の消費拡大が自然破壊につながるなんて地球人類の二十世紀的問題が、中世ファンタジー世界に飛び火するとか初耳なんです。


「商会経由で儲けた分はしっかりと税金納めてますよ?」


「そーいう問題じゃないよねえ」


 みょーんと私の頬を横に引っ張る国王様。ああ、今なんか、ギャグマンガみたいになっていないか私の顔。ゴムみたいに伸びてるぞ私のほっぺた。


「でも俺、心が広いからなー。国のためにマジ尽くしてくれたら許す気になる系かもなー」


「侍女として頑張ります」


「くるしゅうない」


 私の頬から手を離すと、国王は乗り出していた体を戻し椅子に深く座り直した。

 国王にとってはたいしたことではないのか、今話すべきことではないと判断したのか、それ以上私の商売に追及の手を伸ばしてくることはなかった。

 よかった。痛い腹を探られるのはあまりよろしくない。副業以外にも職業柄いろいろ無茶をしてきた。この国だけでも村をいくつか滅ぼしたり水の底に沈めていたりしているからな、私。


 そして、国王は部屋の隅にじっと直立不動していた秘書官さんに手で何やら合図をした。すると秘書官さんはこちらへと歩み寄り、テーブルの上の茶器で新しくお茶を淹れ始めた。

 この秘書官さんは、国王が王太子だった時代から仕えている人物で、私が国王と知り合った当時からずっと国王の側に控えていた人だ。

 国王はそんな秘書官さんがお茶を淹れる様子を横目で見ることもなく、足を組みながら正面にいる私に向かってまた言葉を投げかけてきた。


「話を戻すと、キリリンを宮廷の仕官担当にするとぜってーやばいから、そっちは無しね」


「左様で御座いますか」


 そうなるか。官僚付きは侍女の花形と聞いていたので、その道が断たれるのは少し残念だ。

 王城における侍女達の中でも特に家柄、教養、そして美貌に優れた者が選ばれるというのが女性官僚付きの侍女、前世日本の古い言葉でいうところの「女房」だ。前世で放送されていた大奥が舞台の時代劇で、そんな役職の人達がいたと聞いた気がする。主人の衣装を着替えさせたり、化粧をしたり……あ、私じゃ背の高さ足りない。

 この官僚付きがないとすると、一ヶ月の研修期間で学んだ範囲で付ける仕事となると、子守り、案内嬢、給仕、客室世話役といったところが残っている。城内での侍女の仕事はまだまだ有るようだが、侍女長から研修を命じられたのはこの程度だ。


「希望の部署はあるかな?」


「希望は通るのでしょうか」


「言ってみたかっただけー。人事担当官の仕事なんて、軍と騎士以外じゃ滅多にやらないからさー」


 この国の国王の主な仕事は、下から上がってきた意見に許可不許可の判断を下すのが大半だと聞く。

 誰から聞いたかというと、目の前の王様だ。昔散々ぼやいていた。


「実はどこいくかもう決まってるよー」


 その国王の言葉とともに、秘書官さんが一枚の紙をどこからともなく取り出してきた。そしてその紙を国王に向けて差し出す。お茶はいつの間にか淹れ終わっていた。国王のだけでなく、いつの間にか私の茶も新しく淹れ直されている。

 国王が受け取った紙には、国の公文書であることを表す細かい魔法紋様の縁取りがされている。紙はまだ真新しい。何が書かれているかは、こちらからは見ることはできない。


「パルヌ家女官キリン・セト・ウィーワチッタ。そなたを近衛騎士団第一隊宿舎『白の塔』及び同宿舎長の侍女として任命する」


 かしこまった言い方で国王がそう宣言した。

 近衛騎士団。この国で最も優れた騎士達が集まる組織だ。

 国王を守護する王室直属の部隊であり、その性質から王城敷地内に宿舎が設けられている。

 新米侍女である私の仕事先がその宿舎ということは――


「割と普通ですね」


「……あっれー? リアクション薄くね? 近衛騎士団だよ?」


「侍女としては特にこれといって問題点の感じられない勤め先かと」


「そうじゃなくてさぁ、俺とキリリン二人で作った最強の騎士団よ? 俺達の子よ? そこに侍女として仕えるとか何か感想無いの? ヤツラの下になんぞつけるかぁー! とかさ」


「私達の子とかやめてください。普通の仕事先です」


 さらりとセクハラかましてきたよこのチャラ男。

 まあしかし、何か無茶ぶりでもされるのかと思いきや、本当に普通の勤め先だ。知り合いも多いから何かとやりやすいだろうし。別に知り合いに仕えるからといって問題があるわけでもない。

 今までの経験上、てっきり戦う侍女隊を結成するのでメンバーになれとかそういう色物系でくるのかと思ったのだが。

 しかし特別な辞令ではないとなると、国王がわざわざ私に直接辞令をくだす必要はあったのか。


「この程度でしたら、侍女長経由の辞令でも問題なかったように見えますね」


「王様が直接来たらダメって? 友達なんだからいーじゃん」


 へらへらと笑いながら辞令の紙を振る国王。

 近衛宿舎への任命程度にわざわざ王が出張る必要はあったのか。彼は元々フットワークの軽い人間だが、特段現場主義というわけではない。人を適切に使うと言うことを知っている人間だ。何か意図が――いや、どうでもいいか。ただの侍女が考えるようなことでもない。


「そうですね、友達ならかまいませんね」


「そうそう友達なんだよ。だから今度また下町に飲みに行こうぜー」


「絶対無理ですね」


 王太子時代ならともかく、現国王が何言ってるんだ。


「駄目ー? いいじゃんいいじゃん、あ、駄目っすかそうっすか……」


 横に佇む秘書官さんに睨まれ、国王がしょんぼりと肩を落としてしぼんだ。


「こうやってね、歳を取ると若い頃の友情が消えていくと思うんだよね、でもキリリン、俺達ずっと友達だかんね」


 はいはいズッ友ズッ友。


「だからさ、友達のキリリンに一つ言っていい?」


「なんでしょうか」


「敬語キモい」


 ……侍女の立場全否定である。

 友人に必要以上にかしこまった態度を取るのはさすがにどうかと思う一方、侍女が国主にタメ口はどうよとも思う私の複雑な心情が理解されていない!


「確かに敬語を使うキリン殿は気持ち悪いですね」


 あ、秘書官さんからの思わぬ不意打ちが痛い。


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