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15.性癖改善バイオレンス系トライアングル純愛恋愛事情<4>

 私を含む侍女三人に囲まれながら、カーリンは語り始めた。

 それは彼女と騎士L(ロリコン)、もとい緑の騎士団歩兵剣総長ヴォヴォの馴れ初め。


「その日は、朝から王城にある練兵場の整備をしていました。騎士団の方々が連れてきていた小姓の方達と一緒に、訓練の準備です。私は掃除下女ですけど、仕事の範囲には練兵場の整備も含まれるんです。重労働なうえに砂埃が付くので、みんな嫌がる仕事なんですけどね」


 王城には狭いながらも練兵場が存在する。もちろん、本格的な訓練を行うには、王城の外にある広い敷地で行った方が良い。だが、王城でしかできないことというのもやはりあるのだ。

 その日は、「王のもとを出来るだけ離れたくないけど腕をなまらせたくはない」などという近衛騎士達のわがままで、近衛騎士と緑の騎士の合同訓練が行われる日だった。

 緑の騎士団の騎士は決められた担当地域から移動する事が少ない。国中のあちらこちらを行ったり来たりする青の騎士団と比べると、近衛騎士団の訓練相手として都合が付きやすいのだろう。王都勤務の緑の騎士が練兵場で訓練するのはさほど珍しいことではないという。


 カーリンは土を均すための道具を小姓のもとまで運んだり、汗拭き用の布地を用意したり、水や盛り塩を用意したり、その日も黙々と仕事をこなしていた。


「親しい下女の人も、仕事に入ると私のこと見えなくなっちゃいますから」


 慣れたものなのか、他人に認識されない状況を笑って済ませてしまうカーリンである。

 しかし彼女にとって笑い事で済まないことが起きた。

 訓練の集合時間のいくらか前。ぽつぽつと騎士達が集まってきたところで、チェック票を見ながら最終確認をしていた彼女に、声がかかった。


「ご苦労様」


 そんな短い一言。しかし、仕事中に滅多に言われたことのない言葉を緑の鎧を着た騎士に言われたのだ。

 彼女は、何も目立つことはしていなかった。下女として、当然の業務を行っていただけ。背景、バックグラウンドの一員として完全に埋没しており、視点を合わせることすら本来なら困難なはずだった。

 酷く驚いたが、最終確認の途中でありその場は仕事を続けたという。


 そして合同訓練開始。

 その日は一日練兵場付きの仕事なので、訓練を眺めながら就業時間を過ごす。訓練中といえども下女の仕事がなくなるわけではない。

 折れた木剣の代わりを用意したり、軽傷者を医療班のもとへと案内したり。そして、休憩に入ろうとする騎士に布や水などを渡したり。

 カーリンが担当したのは、休憩する騎士への水などの受け渡し。騎士達は当然のように布を受け取り汗を拭い、盆の上にある水や塩を取った。下女のことを気にかけることはない。いや、カーリンがあまりにも空気然としているので存在を気にかけることができないのだ。

 見えないでもなく、認識できないでもなく、意識を向けることができない。それが仕事中のカーリンである。……おそらく私でも気づけないだろう。私はあくまで鋭敏な感覚でもって気配の薄い彼女を把握できているのだ。そこにいて当然のような状況で背景に紛れられると、いくら感覚器官が発達していようともどうしようもないのだ。


 そんな仕事を続けているうち、先ほど彼女に挨拶をした緑の騎士が、組み手を終えて下がってきた。

 盆に水と盛り塩を載せ、綺麗な布を携えて騎士のもとに向かう。そして布を手渡した。


「これはどうも」


 そう言って布で額の汗を拭う騎士。

 次に水を渡すと、ぐいと一口飲んでからまた言う。


「おや、果実が絞ってありますねぇ。これは嬉しいなあ」


 そして、汗を大いにかいたであろう騎士に盆の上の盛り塩を差し出すと。


「君はよく気が利きますね。ありがとう」


 はっきりとカーリンの目を見ながら、礼を言った。確かに、物を渡すという具体的なアクションを取ると、反射的に礼を言う騎士達は居る。しかし、はっきりと彼女の存在を目に捉えながら言葉を放ったのは、この緑の騎士だけであった。

 思わずうろたえてしまうカーリン。


「大丈夫かい? 今日は陽射しが強いから、待機中はちゃんと日陰に入っているんだよ」


 どきーんと来た。らしい。心臓がばくばくいって、「はい」と一言返すだけ精一杯だった。らしい。

 晩夏の季節――日本で言う真夏の時期であり、すわ日射病かとも一瞬勘違いしたというが、違った。

 恋に落ちてしまったのだ。十一歳にしてカーリンの初恋だった。


 これがカーリンと緑の騎士ヴォヴォとの出会いである。今からおおよそ一ヶ月(約四十日)前のこと。

 意外と最近だが、そもそも彼女は下女になって半年しか経っていないとのことだ。

 カーリン視点で見ると、地元を出て一人王城で働き始め、仕事に慣れてきたところで恋をしたというわけである。


「はぁーすごいですねぇ」


 腕の中からカーリンに抜け出され、綿の詰まったクッションを抱きかかえながら話を聞いていたククルが、そう感想を漏らす。

 一方カヤ嬢はというと。


「運命ですわねぇ」


 と、うっとりしていた。

 運命か。なるほどね。

 この世界でいう運命とは、世界によって決められる巡り合わせのことだ。

 実際、この世界に運命は存在する。アカシックレコード的なすごいものではないが、世界樹には人と人の出会いを作り出す神の力があるのだ。例えば私のように『庭師』として認められた人間は、浄化すべき悪意に出会いやすくなったりする。

 そしてカーリンはおそらくだが、特別な存在として産み落とされた魔人という人種なのだ。


「こういうことは乙女チックすぎて言うのが恥ずかしいのだが……なんとも運命めいた出会いだね、君にとっては」


 初めて出会うイケメン騎士が、誰にも認められない自分を認めてくれた。まさに少女漫画の導入だ。

 いや、少女漫画など片手で数えられるほどしか読んだ記憶はないのだけれども、それでも運命的だとは思った。女子三人の乙女的空気に当てられたともいう。

 もし、ごく普通の下女がこれと同じ状況だったら、単なる一目惚れとして見ていただろう。しかし、誰にも認識されない娘がある日突然自分のことを見てくれる人に出会ったのだ。その娘視点で見ると運命的である。


 そんな運命の出会いから一ヶ月も経たずに、相手が自分より幼い(ように見える)女相手に愛をささやく姿を見るはめになるとはなんとも。いや、幼い女って私なんだが、辛いだろうな。片思いってそういうものかもしれないが。

 カーリンと私はもう友人と言ってもいい――と私が勝手に思っているので、一種の三角関係というやつだ。


 そしてもう一つ感想。

 緑の騎士の口調、私が知っているものと偉く違うな……。何故だろうか。ロリコンだから十一歳少女のカーリンには優しくしたのだろうか。いやそれなら同じく外見少女の私にも同じ口調で接するはずだ。

 あれかな。剣を捧げるとか言っているから私には格好つけているのか。なんだかあれだなぁ。あれって何だって話だがあれだなぁ。

「いいですわねぇ。いいですわねぇ」


 こんなことを言うのは当然カヤ嬢だ。


「うらやましいのかい、カヤ嬢。君も騎士の許婚がいるが」


 カヤ嬢には青の騎士団長セーリンという心から愛する許婚がいる。しかし、何故カヤ嬢があいつのことをあそこまで惚れ込んでいるかは、聞いたことがなかった。

 いや、正確には聞こうとしなかったか。私はセーリンとも知り合いだから、知り合い同士の惚気話を聞く気が起きなかったのだ。

 しかしまあ、女同士のパジャマパーティで恋バナをしているのだから、ここで一つ聞くのも悪くない。

 ちなみにセーリンやカーリンなど、「リン」と付く名前を持つ人が多いが、これはこの国でよくある名前の一つだ。「リン」は美しい子供という意味を持つ。私の名前のキリンのリンはこの国の命名則とは関係ないのだけど。


「うらやましいですわね」


 私のうらやましいのかという言葉に、カヤ嬢がそう言葉を返す。


「セーリンのやつとは運命的な出会いではなかったのか。許婚というんだからおそらく親同士が勝手に決めたんだろうが」


「いえ、違うのです」


 ふるふると首を振るカヤ嬢。


「セーリン様とは十年来のお付き合いなのですが、その、許婚となったのも私が望んだことなのですが……その……」


 なにやら言いよどむカヤ嬢。

 しばしごにゃごにゃと言葉にならない声をつぶやいたところで、ククルがクッションを彼女に投げつけた。なにしてんの。


「言っちゃいなさいなカヤー。別にあれくらいー」


 ククルのその言葉に観念したのか、投げつけられたクッションを腕に抱えながらカヤ嬢が語り始めた。


「あの方は領地を持たない上級騎士の家系で、お父上は私の実家の領地担当でいらっしゃる緑の地方騎士幹部なのです」


 緑の騎士とは護国の騎士である。

 この国の領主達は兵を持たない。さらには徴兵権を持たない。国が一括で専属の兵士を集め、黄の王国軍というものを組織する。

 そして各領地に国が兵士達を常駐軍として配備する。その常駐軍を指揮するのが、緑の騎士団の地方幹部達なのである。

 この国アルイブキラは飽食の国だ。この国の土地の下にある世界樹の枝は、金属や岩塩などの鉱物資源を実らせない。

 その代わり、栄養豊かな土を生み出し、また鉱物で土壌を汚染することもない。すなわち農業に適した土地が広大に広がる、農業大国なのだ。


 食料が豊富で安い。常備軍を作っても農民が不足するということはない。他国への食料輸出で、鉱物資源不足と言えど国庫は豊かだ。

 そういうわけで、常備軍は常備の名の通り、常に兵士がいる軍隊として機能している。

 地方幹部の緑の騎士も、各領の駐屯地に一年中滞在して軍を管理するというわけだ。

 この場合、カヤ嬢の実家アラハラレ領の地方軍担当の幹部騎士が、青の騎士団長の父親というわけである。この国における貴族の定義は、領地を持つことではなく国の管理する貴族称号名簿に名が載るかだ。


「私の家はあの方の家と家族ぐるみの付き合いでして、私が幼い頃はあの方と一緒に時間を過ごしていたのです」


 幼馴染みというやつか。王道だなぁ。

 幼い頃を一緒に過ごした、か。私が青のやつと初めて会ったのは北の竜退治のときだ。


 王国からは青の騎士団、赤の宮廷魔法師団、そして私と王太子――現在の国王が次期近衛騎士として集めていた一癖も二癖もある準騎士達が出ていた。その王国側の総指揮をしたのが青の騎士団副騎士団長セーリンだったのだ。

 竜退治が行われたのは七年前。その当時から副団長だったということは、青の騎士団就任前でアラハラレ領にて幼いカヤ嬢と過ごせた時期というのは、相当短いものだったのではないだろうか。青の騎士というのは国中を飛び回り、ひとところに腰を落ち着けない役割を持つ騎士だからだ。


「その頃、私はセーリン様のことをお兄様と呼んで、実の家族であるかのようにお慕いしておりました」


 王道だなぁ。歳の差も十は確実にあるだろうし。


「そして、ある日言ったのです。『お兄様は恋人いないの? じゃあ私が大きくなったらお嫁さんになってあげる』と」


 思わず手で顔を覆ってしまうカヤ嬢。これは恥ずかしさとはまた違うようだ。

 王道だ、これは王道なんだけど……。


「その当時の私に恋心はなかったのです。ただ親しい年頃の男性というのがあの方だけだったので、あんなことを言ったのでしょう……」


 カヤ嬢の様子を見るに、幼い頃の約束とか言う甘酸っぱいものではないらしい。

 子供の頃にありがちな他愛のない冗談というわけだ。


「セーリン様も『そうだな、カヤが大きくなったら頼むよ』と冗談で返してくれたのですが、私達の両親がそれを見ておりまして……」


 本気にしたのか冗談なのか、許婚となったわけか。

 うーん、王道でこれはまた良い話なんだけど、運命的ではないよな確かに。


「でも、そのあとは冗談じゃなくて本気で入れ込んでしまうのですよー、カヤは」


 面白そうにククルが横から言った。

 ククルとカヤ嬢は親友同士であり、二人の実家の仲も昔から良いようだ。ククルはカヤ嬢の恋の話について全て知っているのだろう。


「はい、あの方が従騎士から青の騎士となり疎遠になってから急に寂しくなって、共に過ごしていた時間をよく思い出すようになったのです。すると、どの姿を思い出してもあの方は素晴らしい方で、そして私の許婚なのです。そのことを考えると、もう、もう」


 急にカヤ嬢がクッションをばっさばっさと床に叩きつけはじめた。

 食べ物があるんだから埃を立てるのはやめなさい。


「遠距離恋愛で想いがつのっていったってことですねぇ」


 カヤ嬢の奇行はスルーして、カーリンがうっとりと言う。遠距離恋愛っていうワードとシチュエーション好きそうだよな、こういう若い子って。実際自分がそうなるとなったら辛いだろうが、話として聞くのは別だ。


「で、セーリンのやつはカヤ嬢のことはどう思っているんだい? 許婚だから仕方ないとか言うようなら、私がカヤ嬢に代わって殴りに行っても良いが」


「キリンお姉様物騒です! まあもしそうなら私も、何か文句を言いに行ったかもしれませんけれど」


 もしそうなら、ということは違うということか。


「ええと、私の十二歳の誕生日にセーリン様がですね、言ってくださったのです。『青の騎士団長になった以上、一つの屋敷には留まれない。いずれ各地に家を買って国中を飛び回ることになるだろう。俺の妻となる者は一つの屋敷を守るのではなく、任務先の家でその日の帰りを待っていてもらいたいのだ。カヤ、俺に付いてきてくれるか?』って、もう、もうもう!」


 牛のような声を出しながらカヤ嬢は、顔を真っ赤にしてクッションを抱えてごろごろと転がりだした。牛はこの世界にいないので鳴き声には突っ込めない。

 いやー、しかし完全にプロポーズですねこれは。カヤ嬢がこうして侍女の花嫁修業をしているということは、セーリンは貴族用の家を複数買う資金繰り中ということかな。甲斐性の見せ所だ。

 しかしあいつにこんな婚約者が居たとはねぇ。やつからは聞いたこともなかった。ああ、仕方ないか。異性の幼女など相手に、男が恋人自慢なんてするはずがないか。


 とりあえずカヤ嬢がクールダウンするのを三人で待つ。

 これ以上カヤ嬢に盛り上がられたら、他の部屋の侍女達にも迷惑だろうし。


「……ふう」


 数分経ってカヤ嬢は水で薄めた酒を一口飲んで、ようやく落ち着いた。

 その間に私とカーリンで聖句無しの高速カード対戦が、一セット終了している。私の惨敗である。


「私からはそういうことで、次、ククルさんのお話ですわね」


「え、私ですか?」


 突然話題を振られてきょとんとするククル。


「ククルさんは侍女となってからというもの浮いた話がないのですよ」


 こちらを見ながらカヤ嬢がそんなことを言う。


「侍女になる前はどうだったのでしょう。以前は私も年に数回会うくらいでしたので」


「昔か。特にこれと言った話はないな。そもバガルポカル侯からして娘は嫁にやらん! って言うような親馬鹿だからな」


 同意ですわ、とカヤ嬢も頷く。彼女から見てもやはりあいつは親馬鹿か……。


「キリン様とククル様って昔から親しいのですか?」


 と、ここに事情を知らない子が一人。そうだカーリンは知らないか。


「カーリンも知っての通り、私はバガルポカル領を拠点に前職の活動をしていた。領の経営に関わる仕事や侯爵家の存続に関わる仕事もしていたから、ククルの実家とは昔から関わりが深いのだ。それこそ、カヤ嬢の実家と青の騎士団長の実家のように」


「ということは、キリンお姉様のお嫁さんになってあげるー、とか言って……るわけないですよね」


「言ってません!」


 即座に否定するククル。

 でもね。私の記憶にはね。おねえさまとけっこんしたらどっちがおよめさんになるの? という言葉がね。あるんですね。

 しかし、私は優しいので心にしまっておくのである。


「まあククルさんにも直に素敵な出会いがあるでしょうね。何せ王城には様々な貴人がいらっしゃいますもの」


 そうまとめるカヤ嬢をよそに、ククルがすっと私の横に来た。そして小声で耳打ちしてくる。


「お姉様が来てからというもの、カヤの興味がそちらにずれてくれて助かっていますわ」


「あー……」


 カヤ嬢のあの恋愛妄想のメイン被害者だったというわけか。


「ほらそこ!」


 カヤ嬢の急な声にびくんとするククル。


「キリンさん! 次はキリンさんですよ」


「いや、次ってなんだ。ああ、カーリンの好きな相手を略奪する気はないぞ」


「当然です。運命の出会いを邪魔してはなりませんわ」


 あるぇー。前と言っていることが違うなぁ……。


「キリンさんがこうして侍女に転職したということは、以前のお仕事では素敵な出会いがなかったのでしょう。不思議なことに。となると王城で半月程度過ごしたくらいで、すぐに運命の人が現れるとは思えませんわ」


「そーですか」


「そもそもキリンさんが好きなのはどんなタイプなのでしょう?」


「好きな人から好きなタイプとは、急に俗な話題に変わったな……」


「でも気になりますわ」


「確かにお姉様からそういう話は聞いたことがないので気になります」


「魔人姫の好きなタイプですかー。気になります」


 ここで意見が揃うのか……。

 いや、好きなタイプと言われてもすごい困る。


「ううん……、カヤ嬢とカーリンの二人は知らないかもしれないけれどな……実は私には前世の記憶というものがある」


 私の恋愛について考えるには、まずここから語らないといけない。


「あ、それは知ってます」


 とカーリン。


「有名ですわね」


 とカヤ嬢。

 あれ、そうなのか。まあ隠してないし、結構な人に言ったことがある。


「カードを場に転生させるコストが特殊なので、『剛力の魔人』カードを持っている人は多かれ少なかれ知っていると思います」


 先ほど私と対戦したカードデッキをいじりながらカーリンが補足した。

 なるほどね。

 そもそも、この世界において前世の記憶を持つというのはありえない事ではない。

 そこでもう一つ二人に告白する。


「実はこの世界とは別の場所から転生した」


「別の場所……どこか遠い国ということですか?」


 そうカーリンが質問を返してくるが、それは違う。


「いや、そもそもこの世界樹ではない別の世界、別の星からだ」


 あ、とカヤ嬢は声をあげる。


「もしかして、聖典にある『大地神話』の惑星ですの?」


「惑星という意味では正解だけれど、『大地神話』に登場する惑星かというと、おそらくだけど違う」


 私の答えに、首をひねるカヤ嬢とカーリンの二人。

 ククルには昔から詳しく話してあるので、彼女は笑みを浮かべて二人を見ている。

 私は二人にさらに説明を続けた。


「遠い空の向こうには無数の星がある。その中の一つかはわからないが、とある星の一つに前世の私は居た」


 この国の夜空には星々が光らない。なので、二人は星と言われても想像しにくいかもしれない。


 この世界は一本の大樹で出来ていて、枝の先に生える木の葉が一つ一つの陸地になっている

 この国のはるか上空にも枝や木の葉の陸地があるので、昼は人工の太陽、夜は人工の月が空に輝いている。全ては世界樹と『幹』の人々が擬似的に作りだしたもの。天候や季節も管理されて、再現されているにすぎない。


「でも、聖典には人の魂は死後、世界樹に取り込まれまた新しい魂となって生まれ変わると載ってます」


 そうカーリンが言う。聖典とは、世界樹教の聖典で、世界の成り立ちを説明しているものだ。


「世界樹がない『惑星』では死後の魂はどうなるのでしょう。キリン様のように遠い世界樹まではるばるやってくるのでしょうか」


「はは、それはないよ。まあその星それぞれが魂の管理をしているのではないかな。そもそも世界樹の魂管理自体が、『大地神話』で滅んだ惑星の仕組みを模倣したものだ」


 人の魂にはその人の人生の記録は全て収められている。そして死後の魂は全て世界樹へと還り、汚れや記憶をぬぐい去られて新しい命として生まれ変わる、と聖典では教えている。

 前世の記憶持ちとは、その汚れ落としが抜けている存在だ。魔法の秘術には死後の魂を完全に保ち、前世の記憶を持って生まれ変わるというものがある。私の師である魔女も、前世の記憶を持って生まれ変わっているかもしれない。一緒に過ごした年数が少ないので人となりは把握できていないからだ。

 

「私が別の世界から生まれ変わったのは、拝神火教の天界が絡んでいると思っている。まあ詳しく探求するつもりはないけれど」


 拝神火教とは世界樹教とはまた違う火の神を祀る宗教で、この世界樹には実際に天界という上位次元世界への門がある。

 前世の自分の死因を考えると、その火の世界である天界が実に怪しそうだ。

 前世の私が死ぬ前最期に言った言葉が、火を崇拝する邪教の狂信者を前にして友人に言った「ここは俺に任せて先に行け」だった。その後見事に殺されたが、個人的にはこれ以上ないほどの大往生だった。


「自分の出自を詳しく調べるつもりはないんですか?」


 そうカーリンに言われるが。


「ないな。自分がなんのために生まれてきたかなんて哲学的なこと、そこまで大まじめに考えるかい?」


「うーん……」


 私の問いにカーリンは唸る。十一歳の子供が考えるようなものではない。


「どうだいククル」


 と、私は関係ありませんとばかりにチーズを食べていたククルに、話題を振ってみる。

 十四歳。思春期と呼ばれるお年頃だ。自分の生まれてきた意味なんて、しょうもないことを考えてもいいお年である。


「善に生きるために生まれてきた?」


「それは教会の教義だろう? もっと個人的な話さ」


「……考えたこともありませんわ」


 そう言ってグラスの酒をあおった。つまりはそういうことだ。何故この世界に生まれ変わったかなんて考えるのは。

 と、そこでカヤ嬢が話題に乗ってきた。


「私には、ちゃんとその答えがありますわ」


「へえ」


 ああ、これはカヤ嬢がろくな事言わないときの顔だ。


「私は、旦那様と幸せな家庭を築くために生まれてきたのです」


「あーはいはい」


 そうだよ女子会だったよこれは。女子会というかパジャマパーティか。


「話を戻すと、異世界からそのまま魂が持ち込まれて浄化されなかったのか、前世の記憶が欠けるところ無くあるのだ。そして前世では男だった」


 男だった。そう、男だったのだよ。

 生きた年数はすでに女の方が長いけれどもベースとなる精神は男なのだ。


「あら、そうだったのですか」


「ええっ! それは知りませんでした!」


 軽く驚くカヤ嬢と、すごい驚くカーリン。

 このカミングアウトに関してはほんとうに様々な反応がある。

 まあ普通ならありえない状況だ。画一的な反応など起きようもない、か。


「でも、そうですわね。人が転生して性別が変わるなんて、二分の一の確率でそうなりますわね」


 そうコメントするカヤ嬢に、ククルがうんうんと頷く。

 彼女達も魂が浄化される前は、男だったのかもしれないわけだ。


 そして一方カーリンだが、なにやらそわそわしたような雰囲気に変わっていた。

 これは、あれかな。


「カーリン」


「あ、ひゃい?」


 ひゃいって。


「寝間着姿でいるのに男が同室では気が気でないかな?」


「え、いや、そんな……はい……」


 若い娘の反応としてはこれもまた当然のことかな。


「そう気にすることはないよ。もう女として二十九年生きてきたが、前にも言ったとおり、私は女性を好きになるような嗜好はないようだ」


「それを聞いて安心しました」


 そう答えたのはカーリンじゃなくてカヤ嬢だった。

 うん、安心って違う意味でだよねそれ。自分が狙われるとかそういう意味じゃなくて、恋愛話的な意味で男が好きなようで安心したって意味だよね。

 でも違う。


「男でも女でもない曖昧な存在でこちらに生まれてこの方、他人に恋愛感情を抱いたことがないのだよ。二次性徴前に魔法で成長が止まったからか、性欲の類も湧いてこないし」


 まあ原因の大半は魔法の成長停止じゃないかと思っているけれど。太古の時代の魔術師達は、あらゆる欲を克服した仙人のような存在だったというし。


「つまりキリン様には好きなタイプすらないということですか」


 そわそわが収まってきたカーリンがそうまとめた。

 その通りだ。

 そして、カーリンはさらに続ける。


「誰も好きになれないってなんだか寂しいですね」


 絶賛恋する乙女継続中の彼女から見れば、そう見えるのか。


「大丈夫ですわ。いずれ運命の人が現れて恋に落ちることは目に明らかですの」


 うん、もうアラサーなのに運命の人とか逆にきついけどね。


「お姉様はそのままでいいんですよ」


 ククル、いつまでも仲のいいままというわけにもいかないよ。いずれ君も誰かのもとに嫁いでいくんだ。……相手は誰だ!

 いや、落ち着こう。ククルの父のようにはなるまい。


「恋愛という意味での好きはないが、人としてとか友としてとか、そういう意味での好きはあるから、そう寂しいということはないさ」


 結婚だけが人の幸せじゃない。

 っていかにも適齢期逃したアラサー女子が言いそうな台詞になるけども。


「寂しいといえば、好きな動物とかはいるのでペットを飼うのも悪くないと思うよ。まあ同室のカヤ嬢次第だが」


「ペットですか」


 露骨な話題変更にもちゃんと相づちを返してくれるカヤ嬢だった。


「動物は嫌いかい、カヤ嬢?」


「いえ、それなりに好きではありますけど、いずれセーリン様のところに嫁いだら各地を転々することを考えると……」


 自分では飼えないということか。つまり私が飼う分には構わないと。

 私も冒険者の頃は世界中を飛び回っていたから、拠点となる魔女の塔では何も飼っていなかった。

 死んだ魔女も昔は使い魔的なものが居たが今はいないと言っていたし。自分の死期を悟っていたからかな。


「キリンさんはどんな動物が好きですの?」


「そうだね、両の腕の中に収まるような大きさの、毛がもふもふとした哺乳類が好きかな」


「えー、もう少し大きな方が良いですよお姉様」


「ククルはそうだろうね」


 ククルの実家には大型犬ほどのサイズの肉食獣が飼われている。

 地球で言うと犬のボルゾイに似ているだろうか。ククルの父はそいつを引き連れて、よく鳥獣の狩猟を楽しんでいた。

 ククルは狩猟よりも、もっぱら抱きつくのが好きだったようだが。


「腕に収まるというと、長毛ネズミとかですか?」


「うん、最大サイズのは悪くないね」


 カーリンの言う毛長ネズミとは、イタチだとかオコジョだとかの胴と首が長いネズミをもっと毛深くしたような動物だ。

 この世界のネズミは胴が長くて毛深いのがスタンダードである。そもそもネズミというのも私が勝手に日本語訳として当てているだけで、種としては根本的に異なるのだろう。

 ちなみに毛長ネズミの最大サイズは、成人男性の靴ほどの大きさだ。ケージなしで室内飼いされることの多い愛玩動物である。この国は食料豊富なので、愛玩動物を飼う文化が特に発達していたりもする。


「そうだね、前世では猫が好きだった」


 猫は可愛い。とにかく可愛い。


「ねこ、ですか。聞いたことありませんわ」


「そうだろうねえ。前世の世界にいた動物で、こっちの世界では見かけたことがない。水汲み桶ほどの大きさの毛のある動物だよ」


 いいよなぁ猫。飼いたいなぁどこかにいないかなぁ。

 そんなことを思っているときだ、カーリンが呟いた。


「ねこって動物どこかで聞いたことあります」


「本当かい!?」


 私が知らないだけで、この世界のどこかに猫がいるのだろうか!?

 ……ああでも、日本語の『ねこ』そのままの名称で猫がいるわけがないから、ねこというだけの別の存在かな。


「うう、確かじゃないんすけど、どこかで聞いたことあるようなー程度っす」


「ああうん、別にそこまで無理して聞いているわけじゃないから」


 十中八九別物だろう、冷静に考えたら。

 万が一、地球から辿り着いたとしても、猫が自分から日本語で我が輩は猫であるなんて言うわけがない。


「別世界の動物ですか。どんな姿なのか気になりますわね」


 可愛いですよ?


「お姉様お姉様」


「ん、なんだい?」


「猫出してくださいな、猫」


「出してとな?」


「昔、猫を出してくれたことがありますわよね。ほら、魔法で」


「ああ、そうか」


 そうか、そうだった。

 本物は無理でも、幻影魔法を使って虚像の動物を出すことくらいはできるのだ。

 ククルにはよく地球のものを魔法で見せてあげてたっけ。動物に限らず、飛行機だとか電車だとか自動車だとかもだ。文明管理してる道具協会が知ったら怒って飛んできそう所業だが。


 それはそれとして幻影魔法発動っと。


「みゃ」


 鳴き声とともに幻の猫誕生。

 白と黒の毛が混じったサバトラのアメリカンショートヘアーである。


「わあ」


 幻影の猫の姿に、少女達の顔がほころんだ。


「可愛い!」


 幻の猫にカーリンが突然抱きついた。しかし幻影魔法の猫なのですり抜けるのみだ。

 ショックを受けたようにカーリンの表情が歪む。急に年齢相応の反応になったなぁ。


「触りたい……」


「まあ待ちたまえ。魔法で作った猫だから、触覚再現が難しいんだ。特定のポーズを取ったときしか触れない」


 魔法の猫にふせのポーズを取らせる。このポーズの時のみ、幻影に触ることが可能になるのだ。現実に存在しない動物だから、かなり苦労して触覚を再現してある。


「かーわーいーいー」


 カーリン大喜びである。カヤ嬢とククルはその様子を微笑ましそうに見ている。

 あれれ? 見ているだけでいいのかな? 触りたくない? 触りたくならない?

 く、こやつら犬派か。


「じゃあ犬も出そう」


 魔法で幻の犬を作り出す。白と茶の毛並み美しい柴犬の成犬だ。


「あらあら、これは可愛らしいわねぇ」


 カヤ嬢が撫でようとしたところですり抜ける。


「すまないね、触覚再現はしていないんだ」


 主に愛の違いで。

 その言葉にショックを受けたのは、カヤ嬢ではなくククルだった。犬派ごめんね?

 ああでも肉球だけは、この世界の動物を基に触覚再現完璧だ。


「これもキリンさんの前世の世界にいる動物ですか?」


「ああ、犬という動物だな。猫と並んで、広く愛玩動物として親しまれていた」


「興味深いですね。他にも出せるのかしら」


「姿だけならね。幻影だし場所も取らないので出してみようか」


 犬猫の他にも、この世界で見かけたことのない動物をいくつか出してみる。

 キツネにタヌキ、猪に豚。カヤ嬢のリクエストで鳥も出してみた。おや、カヤ嬢は鳥が好きなのかな。


 さらにはカーリンから猫の増量を頼まれたり、ククルから様々な品種の犬をせがまれたりもした。

 結局その後は幻影で前世の動物を再現するパーティになってしまって、次第に皆眠くなり床の上で就寝。カーリンの恋愛に対する仕掛けの話とかねこと呼ばれるこの世界の動物の話とかが、うやむやになってしまったのだった。


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