112.英雄復活スレイヤー系熱烈歓迎大団円<4>
「させないよ!」
金属と金属が打ち合わされる音が響く。
始祖の動きを唖然として見送るしかなかった私達の中で、唯一動いてネコールナコールをかばった者がいた。
それは、国王。
彼は腰に帯びていた愛剣をとっさに抜き、気功術で急加速して始祖とネコールナコールの間に身体を割り込ませたのだ。そして、剣で始祖の右腕にある刃……鎌を防いでいた。
「……なにゆえ邪魔をする」
「邪魔するさ。正直、二人が会うとこうなるって、ここに来る途中で気づいていたんだよね」
「おぬしは知らぬだろうが、そやつはかつて我が民をそそのかし、大乱を引き起こした毒婦であるぞ」
「知ってるよ。天使に化けていた悪魔だったってこともね! でも、今は改心して天使になっているよ」
「ネコールナコールが改心? 笑わせおる。おぬしは騙されておるのだ」
「大丈夫、こいつは今、悪いことができなくなっていてね」
「聞く耳持たぬ。そやつは滅ぼさねばならぬ。邪魔をするなら……我が子孫とて刈るぞ」
「聞く耳持って!?」
始祖は勢いよく鎌を振るい、国王がそれを剣で受け止める。
そこから二人の激しい攻防が始まった。
主に、始祖が斬って国王が受けている。
別に国王は、始祖を傷付けまいとしているわけではない。単純に技量差で攻めあぐねているのだ。
騎士オルトに模擬戦で幾度も勝利を重ね、王国最強と言われている国王が、始祖には太刀打ちできていない。
周囲で見守っている衛兵や近衛騎士達も、国王に加勢しようとする姿勢は見せているのだが、あまりにも二人の戦いが速すぎて入るタイミングを失ってしまっている。
誰も助けに入れないまま、二人は数十合、武器を打ち合わせていた。
「やるな、我が子孫よ」
「ぬわぁ!?」
国王の肩口に鎌がかすり、服が裂け国王の肌が露わになる。後少しでも深く入っていたら、危なかっただろう。
国王は闘気で身を守ってはいるが、始祖の刃にも強い魔力が宿っているので、おそらく斬られれば骨肉が断たれる。
「だが、まだ練度が甘い!」
そう言って、さらに攻撃の速度を速める始祖。これに耐えかねた国王が下した判断は――
「助けてキリリーン!」
「よしきた!」
私はタイミングを計り、横合いから斧を始祖に向けて叩きつけた。
実は、二人が戦っている間、私に出番が巡ってくるかもしれないと思い、空間収納魔法で斧を取りだして少しずつ二人に近づいていたのだ。
斧をとっさに鎌で受けた始祖は、大きく吹き飛んだ。
「なにやつ!? むう、おぬしは侍女の幼子ではないか!」
始祖が金属でできた目でこちらをにらむ。
私はその視線を無視して、国王と始祖の間に身体を割り込ませた。
「国王は下がっていてくれ。王城で国主が討ち死にとか、シャレにならん」
「いつもすまないね、キリリン」
「良いってことさ」
国王は炎の樹の横にいるネコールナコールのもとへと向かっていき、さらにその国王を囲むように近衛騎士が位置取りを変えた。
よりによって信者である武装衆がいない時に襲撃されるとは、ネコールナコールも運が悪いな。まあ、始祖の強さを見るに、武装衆では束になっても始祖には敵わないだろうが。
そんなことを思いつつ、私は吹き飛んで距離が離れた始祖と向かい合う。
「幼子、貴様も邪魔立てするか」
「ああ、選手交代だ。ネコールナコールのもとに向かいたいなら、私を倒すんだな」
「おぬしは我が子孫ではない。その首、落としても構わぬのだぞ」
そう言って、始祖は私に向けて高速で踏み込み、宣言通り首に向けて鎌を一閃してきた。
音を置き去りにした素早い一撃。そこらの戦士では、反応もできずに首を落とされていただろう。
だが、私はそこらの戦士ではない。
「ぬうっ!?」
始祖の鎌が、勢いよく弾かれる。弾性のある魔法障壁で防いだのだ。
その隙を狙い、私は斧を振り下ろす。始祖はそれを咄嗟に下がって避けようとするが、肩口へわずかに斧がかすった。
だが、私の腕力は、そのわずかな当たりでも十分な威力を発揮する。始祖は後ろへ弾かれるように吹き飛んだ。
「ぬううううっ! おぬし、魔法使いか!」
「残念、怪力魔法ウォーリア系戦闘侍女だ」
「面妖な!」
今度は始祖が攻めあぐねているのか、吹き飛んだ場所から距離を詰めてこようとしてこない。
そんな彼に向けて、私は言った。
「さて、相手が人間なら私は手加減するしかないのだけれど、ゴーレムなら話は違う。手足の一本や二本や三本や四本、落としても構わないよな」
「笑止! 幼子ごときの斧が我に届くか!」
幼子じゃなくて、実は三十歳の脂が乗っている魔法戦士だがな。
正直、我が事ながら見た目詐欺すぎると思う。
「ああ、核は頭にあるようだから、首を落として身体は潰そう」
「大言を吐きよる」
こうしてわざわざ口に出して破壊部位を宣言しているが、実のところ始祖に向けての言葉ではない。
このゴーレムを始祖と崇めている王族達に向けて私は言っているのだ。壊しても構わないか、と。
反対意見が飛んでこないあたり、本気で攻撃しても問題はないらしい。
「姫、加勢します!」
と、そこで近衛騎士達が私の援護に入ろうとする。
だが、国王がそれに待ったをかけた。
「駄目だよ、みんな。本気のキリリンに近づいたら、巻き添えでミンチになるよ」
その言葉に、近衛騎士達が納得して引き下がる。
国王は私のことがよく解っているな。私の腕力は際限というものがなく、本気で斧を振るったなら、風圧だけで人が傷つく危険性すらある。人相手には殺してしまうので使えない、力任せの蛮族的な戦い方が私の一番得意とするところだ。
私は斧の柄を強く握りしめた。
想像する。私は神獣。私は原初のドラゴン。私はキリンジノー。竜の魔人であることを自覚すると共に、全身に力がみなぎってくる。
その一瞬の集中を隙と見たのか、始祖が勢いよく飛び込んでこようとする。
だが、甘い。
「ガアアアアアアアアッ!」
私は喉の奥から、魔力のブレスを吐き出した。
純粋な破壊の魔力を乗せた、ドラゴンブレスだ。熱や冷気のブレスは相手が金属のため、逆に触れたらこちらが危険になりそうだったので、破壊のブレスだ。
しかし、ブレスの奔流の中をなおも始祖は走り抜けてきた。
そして、腕狙いの一撃を放ってくる。だが、ブレスでその勢いは落ちている。私は下からかち上げるように斧で鎌を打ち払った。
「!?」
国王と始祖の戦いの時のように武器と武器を打ち合わせても、力が拮抗したりはしない。私の怪力により、始祖の鎌は大きく上に弾かれた。鎌は腕と一体化しているため、始祖は腕ごと後ろへのけぞる形になった。
上体が開いて隙ができた。私は呼吸を整え、力一杯斧を振り下ろす。
始祖はとっさに、弾かれた方とは逆の腕に鎌を生やし、その一撃を受けようとした。
「ぬう!?」
だが、鎌はひしゃげ、防御は意味を成さず、斧は肩口に命中する。金属でできた始祖の左腕が、切り離されて宙を舞った。
さらに私は斧を横薙ぎにし、腰にぶち当てて上半身と下半身を両断する。
自らを支える脚を失い始祖が地面に倒れたところで、念のため右腕もぶった切っておく。
始祖の身体に残されたのは、頭と胴体のみ。勝負ありだ。
「なぜだ! なぜ我が友ウルノチッタの至高の鎌が打ち負けるのだ!」
始祖が何やらそんなことを叫んでいる。ああ、あの鎌も師匠の一門が作った武器だったのか。
「この斧は、庭師であった私が十五年かけて世界を巡り、様々なエンチャントを各地の魔法使いにかけてもらった至極の一品だ。その魔法使いの中に、ウルノチッタとかいう人よりもすごい腕を持つ人が混じっていたのだろうさ」
「庭師……十五年だと?」
「あと、勝因は腕力」
「魔法でも闘気でもなく、ただの腕力であると? おぬし、ただの幼子ではないな!」
「あー、今年で三十歳になる魔人だ。よろしく」
「ぬうう……」
とりあえず、私はこれ以上ゴーレムが余計な機能を使ったりしないよう、魔法的な封印を始祖に施すことにした。
それを確認したネコールナコールが、恐る恐るこちらに近づいてくる。
そして、地に倒れた始祖を見ながら、おもむろに口を開いた。
「……ひどい有り様じゃの、クーレンよ」
「ぬう、悪魔の毒婦に引導を渡せないのが、口惜しいのである!」
「それは誤解なのじゃ。妾はすでに人の言う悪魔ではない。上位存在から指令の変更を受け取り、天使になったのじゃ」
「…………」
「もうおぬしにも、そしておぬしの子孫にも害を与えようとはしておらぬぞ。そもそも、おぬしが妾の生首の上に城など建て、善意計測器などをつけるものだから、上から善意が妾に際限なく注がれることになったのじゃ。おかげで、人に対して悪いことをしようとする気持ちがこれっぽっちも湧いてこぬ」
「……そのような妄言、信じられぬ」
「ぬああ、どうすれば信じてもらえるのじゃ!」
ネコールナコールが頭を抱える。まあ、それだけあんたが八百年前、始祖に対しひどいことをしたってことだ。自業自得だな。
だが、そんな彼女に助け船を出す者がいた。
「私が証人になるよ! ネコールナコールちゃんは天使だって!」
現れたのは、世界樹の化身だ。
第三者の出現に、始祖はいぶかしげな表情を浮かべる。
「なんであるか、この幼子は」
「もう、私の姿くらい、貴方が建てさせた教会で見たことあるでしょー! 世界樹の化身だよ!」
「お、おお……確かに……世界樹でありましたか」
そうして世界樹の化身がなんとかとりなし、始祖とネコールナコールは和解することになった。
地に横たわる始祖をネコールナコールがそっと抱き上げ、そして言う。
「かつておぬしを陥れようとしたことは、後悔していないのじゃ。それが上位存在の指示だったからのう」
「おぬし、本当に和解する気があるのか!?」
そんな様子をいつの間にかやってきて見ていたのか、天使のヤラールトラールと、目が再生したメキルポチルが呆れたように言った。
「上位存在の言いなりとは、若い端末にありがちな愚かさですね」
「全くだ。嘆かわしい」
それを聞いたネコールナコールが、怒りの表情を見せる。
「なんじゃあ、おぬしら。喧嘩なら買うぞ! ……穏便な手段で!」
そこでへたれるあたり、ネコールナコールは本当に荒事に向かなくなっているのだな、と実感する。
そうして、始祖が復活してからの二日目は、どうにか平和に終わることができたのであった。
◆◇◆◇◆
全身を私に破壊された始祖だが、そのボディの修復は、師匠を始めとする宮廷魔法師団が受け持つことになった。
八百年前のゴーレムだが、そこに使われている技術は、今や失伝してしまったものが混ざっているらしい。師匠達は喜び勇んで、一ヶ月で修復を終えてみせると宣言した。
だが、そこに待ったをかけるのが国王だ。
「その一ヶ月って、ほとんどが解析作業でしょ? そんなことは後回しにして、応急処置で良いから手足をくっつけてあげてよ。相手は建国王だよ?」
国王の指摘は図星だったらしく、宮廷魔法師達はしぶしぶと修復作業にかかりだした。
私に切断された下半身と両腕は、あっさりと二日でくっついた。
そして、食事をエネルギーに変える機能は損なわれていなかったらしい。
国王主催の晩餐会で食事を取りながら、始祖はしみじみと国王に向けて語った。
「我に敵対してでも仲間を守る、そのノジーの姿勢は素晴らしい。おぬしならば、今後のこの国を任せられるのである。我は、完全に身体の修復が終わり次第、また眠りにつこうと思う」
「そっか。完全な修復まで後一ヶ月かかるっていうから、存分に今のアルイブキラを楽しんでいってよ」
「うむ。どうこの国が発展したか、さらに見るのが楽しみである」
国王は始祖の使う古いアルイブキラの言語に慣れてきたのか、今では私を介さずに仲むつまじく会話を交わしていることが多い。
まあ、言葉が半端に通じていなくとも、国王はノリと勢いでどうにかするのだろうが。
「そこでなんと、次の休日に、とある催し物があるよ。キリリン、渡してあげて」
「はい」
私は始祖の席に近づくと、彼のテーブル席に一通のメッセージカードを置いた。
「おお、魔人の幼子か。いや、幼子ではないのであったな」
「ええ、今年で三十歳になります」
「そうか。今まで失礼した。ところで魔人の淑女よ、このカードは?」
「ホームパーティの招待状です」
「ふむ?」
カードを手に取り、文面を眺める始祖に、私は説明を入れた。
「以前、国王陛下から、王都に小さな屋敷を褒美にいただいたことがありまして。それのお披露目と、私の侍女就任一周年を記念しまして、ホームパーティを開くことにしました」
「キリリンってば、屋敷を与えてから二ヶ月も経つというのに、ようやくお披露目をするんだって。笑えるよねー」
そう言って国王は私を指さして、本当に笑い出した。
いや、仕方ないではないか。休日しか家に帰って家具を揃えられないというのに、ここ二ヶ月はテアノンの訪問だの、女帝と元勇者のカード化だの、炎の樹が生えてくるだの、始祖が復活するだので忙しかったのだ。
パーティの準備に二ヶ月かかっても、私に非はないのだ。
「ほう、ホームパーティか。それはそれは。ぜひとも参加させていただこうではないか」
「ありがとうございます。当日は国王陛下とご一緒においでくださいませ」
「はっはっは、王が参加するホームパーティであるか。アルイブキラがまだ田舎者達による、小さな集団だったころを思い出すのである」
「いやあ、国王陛下がどうしても来たいとごねまして。それならば、始祖様が来ても問題はないかと思い至りました」
「うむ、この時代のよき思い出とさせてもらおう」
そういうわけで、天界の門出現から始まった一連の騒ぎは終わりを告げ、また平穏な日々が始まる。
私は来たるホームパーティに思いをはせ、その参加メンバーを想像し……どうか無事に終わりますようにと、世界樹でも火の神でもない何かに祈るのであった。