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怪力魔法ウォーリア系転生TSアラサー不老幼女新米侍女  作者: Leni
第一章 新米侍女

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11.私の好悪

「私には嫌いな色があります」


 そんな言葉を私は切り出した。


「ほう、それは?」


「緑です」


 緑。

 四年前の記憶。最も若い枝の大陸から生まれ出た災厄の悪竜の色だ。


 この世界に竜は二種類存在する。

 強い魔力溜まりの地で生まれた動物が変質し、新たに生まれ変わる生物としての竜。

 もう一つは、世界樹の中に流れる『世界要素』のうち、悪意が地表に噴き出し形を取った魔物としての竜だ。


 この世界に生きる全ての生命は、死後魂を世界樹に取り込まれる。

 魂に宿るその生命が生きてきた記録を世界樹は要素ごとに分解し蓄える。その中で悪意に相当するものを世界樹は枝葉から排泄物として放出する。噴き出た悪意は、分解された魂の記録を元に生物に似た形を取る。これが魔物である。

 『庭師』はこの魔物を浄化の魔法や浄化の武器で倒し、悪意を無垢な魂に変換して世界に返す。世界の園丁である『庭師』の名前の由来だ。

 世界から一度に噴き出す悪意の量が多い場合、悪意はその量に見合った強力な生物の姿を模そうとする。その最たる者が竜である。


 悪意とは、人の価値観からみた「悪」である。

 この世界は『大地神話』の終末で太古の人々が急ごしらえで作り上げたもの。滅んだ惑星の代わりに魂の管理をする機能を付けたとき、悪の魂を不要なものとして排出する機構を後先考えずに取り付けたのだ。

 世界樹は常に成長を続けており、悪意を排出する機構もいびつになり定期的かつ均等な滞りのない排出ができないようになっている。

 そんな悪意が世界樹の中で溜まりに溜まり、数十年に一度膨大な量となって噴き出すことを人々は災厄と呼ぶ。

 悪竜、巨大魚、獣王、魔王、暴食大樹。そんな災厄が歴史上に何度も登場した。


 世界の中枢である『幹』の認定を受けた数少ない『庭師』の一人であった私は、その災厄に挑んだ。

 面と向かって対峙したわけではない。私達はあくまで悪竜に引き寄せられた無数の魔物を倒し、『幹』が対災厄用に作り出した『勇者』を災厄の悪竜のもとへと送り届ける役割を任されていただけだ。

 だが、私は悪竜の姿を見た。木の葉の鱗を全身にまとった、緑色の悪意の塊。

 その姿形、咆哮、気配、魔力に私はとてつもない恐怖と吐き気に見舞われた。


「そのときの悪竜の姿がトラウマになっているのです。ですので緑は嫌いです」


 あんなものに正面から立ち向かい、そして浄化したというのだから勇者とその仲間達はとんでもない人間だ。


「では、緑の騎士団を辞めれば私の愛を受け入れてくれると?」


「それはないです」


 私の前に立っているのは緑の騎士団の団員。士官を証明する高等な軽鎧を着た騎士だ。

 名前はヴォヴォ。正直こんなロリコンの名前など覚えたくはないのだが、王城勤務でもないのに偶然を装って仕事中の私の前に姿を現わすので、嫌でも名前を覚えさせられる事態になっていた。

 ロリコンでストーカーだ。


「セト姫の好きな色はどれだろうか?」


「それをお教えする理由はございません」


 彼は気がついたら私のことをセト姫と呼ぶようになっていた。

 セトとは私の出身部族名。どこから聞きつけたのか、私が少数民族の姫として生まれたことを知っていた。

 そして彼は言ったのだ、「姫ならば私が騎士として剣を捧げるのは当然のこと」と。知らんがな。私の部族にそんな風習はないし、そもそも王国所属の騎士がはるか遠い遊牧民の姫に忠誠を誓うなと言いたい。言った。


 ちなみに私のフルネームはキリン・セト・ウィーワチッタ。ウィーワチッタは魔女から受け継いだ魔女の秘技と首飾りを持つものの名。キリンは母が名付けたという私だけの名だ。

 この世界には、動物園にいたキリンも、ビールのラベルに描かれていたキリンも存在しない。なのに、私の髪は動物のキリンの体毛のように、金と茶が入り交じった不思議なまだらの色をしている。

 ああ、冷えたビールが飲みたい。この世界には小麦と大麦が存在しないので、完璧に再現されたものはもう飲めないが。


「しかし、緑はお嫌いか……」


「どうでもいい人物の評価は、おおむね会った直後の第一印象で決まります。今更他の色に変えてもその評価は変わりません」


 青の騎士になっても赤の魔法師になっても、お前は私の中ではずっとその他の緑の騎士Lだ。LはロリコンのL。


「ああ、あとロリコンなのは救いようがないですね」


「ロリコンとはなにかね?」


「幼児性愛者のことを指す異国の言葉です」


 私の言葉に、騎士Lは顔をしかめる。


「私は断じてそのようなものではありません! 私が愛してやまないのはあくまでも強く尊いセト姫だけであります!」


 ロリコンはみんなそう言うんだ。


「ちなみに私はおそらく百数十年も経てもこの幼い姿のままですが、それについてどう思いますか」


「その美貌が永遠のものであるのは、まさしく世界の宝と言えるでしょう。そしてそのお姿を人の悪意から守るために、私を守護騎士として従えていただきたい」


 うん、重症だ。


「私より弱い人はちょっと……」


 問答無用で彼を引き下がらせる文句をここでぶつけた。

 騎士Lの若く整った顔が悲愴なものへと変わる。

 そこらの侍女相手だとこの表情に「ああ、この人もこんな哀しい顔をするのね。守って欲しいけど守ってあげたい。キュン!」となるのかもしれないが、私には何の影響力ももたらさない。

 私をキュンとさせたいのなら、この世界に存在しない猫に生まれ変わってくると良い。


「……災厄の悪竜を打倒した勇者のように武人として強くなれば、あなたに認めて貰えるだろうか」


「勇者様は、世界の真実に絶望して今では災厄の魔王になっていますけれどね。まあ私から言えるのは、強くなりたいなら気功術を特に学べばよいかと」


 勇者を成長させるための旅は、全て『幹』の勇者育成課によって管理されていた。

 勇者が旅の途中に救ったつもりの人々も、旅を続ける勇者の身では目先の問題を解決するのみで最後まで面倒は見切れず問題が後から浮上しまくって、私はそんな勇者の尻ぬぐい――アフターケアを『庭師』の依頼でこなして小金を稼いでいた。


 勇者の旅の仲間でその事情に気づいていたのは、道具協会の協会員である最強の荷物持ちの道具使いだけだ。道具協会というのは『幹』が世界の文明レベル管理のために作った世界組織だ。

 道具使いというとしょぼそうだが、太古から現代に至るまでのあらゆる魔法道具を使いこなすスーパー少女。私では絶対に勝てない人間の一人である。

 彼女は勇者とは一歩引いた立ち位置の関係を築いていたので、自分が道化だったと絶望して闇堕ちした勇者とは無関係らしい。


「勇者よりも武と心、魂ともに強くなれば、男として認めます」


 尊敬できる男としてだけどな!


 勇者は真実に耐えられない心の弱さもアレだったが、何よりも善の塊であった膨大な魂が悪に反転して、生きた人間でありながら悪意の塊となったという、長い勇者史にも例のない魂の不安定さが非常にアレな結末だった。

 世界から悪意が噴き出していないのに災厄の魔王になるというのは、いくらなんでも規格外すぎである。


 騎士Lもロリコン魂で強さを追い求めるのもいいが、いやよくないが、そのロリコン魂が性的な犯罪行為といった悪意に傾かないことを切に願う。王城には私以外にも幼女はいっぱいいるのだから。




◆◇◆◇◆




 緑の騎士Lが去った人気のない使用人の仕事区画。

 そこで私は周囲にさっと意識を向けた。そして見つけた。


「カーリン」


「はいい!?」


 私が虚空に声をかけると、何も無いところから驚きの声があがり、そしてすうっと人影が浮かび上がってきた。

 現れたのはエプロンドレスに身をつつんだ下女の少女。いまいち記憶に残りにくい顔の作りをした十二、三歳ほどの少女だ。

 幽霊下女、ポルターガイストの主、怪談一人足りないの元凶、忍者よりも忍者している一般下女、と散々な言われようをしてそれでも皆から忘れ去られる空気の魔人(のような謎の生物)である。


「気づいてらしたのですか」


「慣れてきた」


 下女は侍女にとって部下なので敬語は使わないことにしている。


「はあ、慣れですかー。ちょっと本気で消えたつもりなのですが」


「存在が消えて目に入れてもいると認識ができなくとも、そこに人として立っている以上、人一人分の物理的な空気の流れは誤魔化せない。いると予想して探ればなんとか気づける」


「そうですか。努力してもっと完璧に消えられるようにします!」


「むしろカーリンは、存在感を増して他の下女達に存在を認めてもらうよう頑張りたまえ……」


 職場に友人がいるのか心配でならない。

 ああ、私は友人のつもりだし、カヤ嬢も彼女とは交流を持っているようだが。


「そもそもどう努力すればこんな幻の状態になれるんだ。気配が薄いではなく存在が薄いぞ君は」


 今も気を緩めると視界から見失ってしまいそうだ。


「えーと、私なんてどうせ誰にも必要とされてないいらない子なんだ……って思ったときに見えなくなるらしいです」


「んん!? それその方向で努力したら駄目だぞ!」


 極めたら本当にこの世界から消えてなくなりそうだぞこの子は。

 もしくは心の病にかかって自殺でもしそうな勢いだ。

 うん、やっぱりこの子とはちゃんと友人になろう。将来が心配だ。


「ところで、緑の騎士が私の前にこうも姿を現せるのが不思議でならないんだが、もしや君が関わっていたりするのかい」


 ちょっとした疑問だ。最初の求婚の現場にも彼女がいたというし、今もただでさえ薄い気配を自ら押し殺していたというのだ。


「あ、う、その……」


「いや、怒っているわけではないよ。私より彼の方が地位が高いから、私の心情より彼の立場を優先すべきだ」


「そうじゃなくてですね、そのー。言っていいのかな……」


 なにやらもじもじとしだすカーリン。

 なんだ。気になるではないか。


「無理に言わなくてもいいが、気になるな」


「その、ですね、私、ヴォヴォ様のことをですね、……お慕いしているんです。なので、お役に立ちたいなと」


 ……んん!?


「待て。それがなぜ彼の私へ恥ずかしいほど愛を振りまく行為を手助けしているのだ。私は恋敵ではないか」


「うん、その、私みたいな下女なんかに目を向けてくれることはないので、ただその助けをできればですね、満足なんです」


 うむう。

 なんだこれは。三角関係? カヤ嬢が聞いたら飛び上がって喜びそうな状況だぞ。

 カヤ嬢の耳に入ったらどんな面倒なことになるか。

 いや、カヤ嬢なら事態を正確に把握さえすればカーリンのためにかけずり回って、彼女の恋を実らせてしまいそうだ。

 そうなれば私はあの騎士Lに付きまとわれることもなくなることになる。


 カーリンは十二歳ほどの少女。恋愛をするには問題のない年……齢……?

 うむん。前世的には十二歳に手を出す青年はロリコンだが、この国の常識的には……ギリギリセーフ?


 何よりカーリンが緑の騎士Lを慕っているのが大きい要素だ。友人として応援したい純粋な気持ちもある。

 カーリンのことは友人として好ましく思っている。なぜなら第一印象がよかったからだ。

 人を見た目で判断するなとはよく言われる言葉だが、私は第一印象と直感をそれなりに信用する。人をじっくりと観察して善悪や敵味方を見切る気長な生活を前職では送っていなかった。


 この子を初めて見つけたときの私の印象。

 そう、今にも世界から消えてなくなりそうな儚い姿の中、私はある色に目を奪われた。


「ああ、そうだ。話を聞いていたならせっかくだから私の好きな色を教えよう」


「はあ」


 私は少し離れた場所に風景に今にも溶け込みそうな様子で佇むカーリンに近づいていく。


「エメラルドグリーンだ」


 私は背伸びをしてカーリンの頭に手を伸ばし、その美しいエメラルドグリーンの髪の一房を軽く持ち上げた。

 うむ、美しい色だ。まさにエメラルド(この世界にはエメラルドがある)。


「綺麗な髪だ。貴族の子達にも全く見劣りをしない宝石だ」


「え、ええ!?」


 私に髪を褒められたカーリンがわずかに頬を染める。

 これで私が男だったら最悪のナンパ野郎だが、私は幼女。髪を褒めるのは女子間でよくあるスキンシップの一つだ。


 うむ、下女なのにククルの黒髪に負けないサラサラとした美しく輝く良い髪だ。王城で働く以上、民間出身の下級女官も身だしなみをきちんと整えているのだろう。

 この綺麗な髪を結ってみたい。手入れをしてみたい。彼女は魔力が希薄だというのに、髪からは神聖なオーラが感じられる。この場合のオーラとはびびっと肌に感じる類のものでなく、私の心に浮かび上がってくるものだ。


「……一応言っておくが、私はレズビアンではないぞ」


「レズビアン? なんですかそれ?」


「女性の同性愛者のことを指す異国の言葉だ」


 私の言葉に、ついには赤面するカーリン。

 初心な子だ。

 こんな子だから、自らは身を引いて好きな男を他の女のもとに連れていくようなことをしでかしてしまうのだろう。

 だが私の平穏のために、彼女には騎士Lへの生け贄になっていただきたい。同性愛者に対してこれといった偏見はないつもりだが、私自身は同性愛者ではない。つまり、男精神の私は男騎士と恋愛するつもりはないのだ。まあ女性とも恋愛する気はないが。


「ただ、私は君のことを得難い友人だと思っているよ。これからも気配なく私に近づいてて欲しい」


 荒事に疲れたとはいえ、鍛錬は積み重ねるに越したことはない。生存に何よりも大事な直感力が失われるのは手痛いものだ。


「友人、ですか。嬉しいです。でもなぜ私なんかを気にしてくださるのですか? あの魔人姫様が」


「ふむ、人物の評価は、おおむね会った直後の第一印象を引きずるものさ。特に好ましい人物の場合は記憶に残りやすい」


 私が初めてこの気配の希薄な少女を見つけ出すことに成功したとき、目に入ったのがこの輝くエメラルドグリーンの髪だ。


「エメラルドグリーンは私の好きな色だ」


 緑の騎士団の鎧が悪竜を思わせる深緑の色でなく、エメラルドグリーンであれば、きっとあの騎士Lへの印象もまた変わっていただろう。何の力も持たずに生まれながら、あれだけ鍛錬を重ねた強さを持つ男は嫌いではない。

 でもロリコンで全て台無しだが。


「あの、なぜその色がお好きなんですか」


「ああ、緑が嫌いな理由と似たような話さ」


 昔の記憶を思い出す。それは四年前の戦い。

 悪竜の恐怖に震えながら、悪竜のもとに次々と集まる魔物達と戦っていたとき、唐突に訪れた光景。


「悪竜が勇者に浄化されたとき、一面に降り注いだ魂の光の色が、美しいエメラルドグリーンだったのさ」


 私は聖人君子でも出来た大人でもない。

 好き嫌いの差は激しく、もうアラサーだというのに自分の思い通りにならないことがあるとすぐにふてくされてしまう。

 侍女の教育の中でそれが改善されるといいな、とは思っているがどうなることか。


 ただ、私の好きな色の髪の少女が、私の嫌いな色の鎧の騎士へとその思いを届けられたら良いな、と今私は独善的に考えていて、その考えは自分を客観的に見つめてもそう悪くないものだと思っている。

 女は失恋をして強くなる、なんて恋愛小説を読みながらカヤ嬢が言っていたが、今の彼女は失恋ですらない思いの押し殺し。

 できれば失恋することなくその恋が実ればいい、などという打算とかすかな友情が混じった思いが、私の中にある。


 騎士Lの私への気持ち?

 そんなもの、ゴミ箱に放り投げておけばいいと思うよ。


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