105.親善
『というわけで、テアノンがそちらに向かう。よろしく頼んだのじゃ』
「ええー、そんな重要なこと私に言われてもな……」
初夏の四月となった、ある日の夜。私は自室で『女帝ちゃんホットライン』を使い、世界の中枢『幹』の女帝と会話を始めた。
すると女帝は突然、アルイブキラにテアノンの人々を向かわせるとか言い出したのだ。
惑星脱出艦テアノン。この世界とは別の次元からやってきた船だ。
世界樹が元々生えていた惑星フィーナに今、テアノン人達は住居を構えている。女帝が言うには、その彼らが『幹』にきているというのだ。目的は、親善と外交。
惑星フィーナは数千年前、混沌に飲まれて地上にある全ての生物が死滅している。テアノンの人々は現在、都市内部で生活が完結するアルコロジーに住んでいるが、まだアルコロジーは稼働したばかりで物資が足りない。なので、惑星で生きるには世界樹からの支援が必要だ。
よって、テアノンの人々は世界樹に生活基盤を握られていると言ってよく、世界樹側と友好を深めるのは必須と言っていい状況だ。
女帝が言うには、彼らは惑星フィーナから月にある世界樹まで来るために、わざわざ惑星脱出艦テアノンを駆り出しているらしい。訪問しているテアノン人は総人口四万人が全て訪れているわけではないというのだが、それでもやってきた人数は千人にのぼるというのだ。
だが、『幹』という場所はそれほど広い場所ではない。『幹』とは世界樹の木の幹全体を指す言葉ではなく、あくまで世界の中枢を意味する言葉だからな。
そのため、彼らを歓待するのに、『幹』以外のどこか広い場所が必要となったらしい。
そこで交流の場所として選ばれたのが、テアノン人と親交がある元惑星旅行メンバーのいるアルイブキラ国だ。
すでに惑星脱出艦はアルイブキラに向けて出発しており、女帝はその旨を先ほど国王に伝えたらしい。
そして、私も惑星旅行に行ってテアノン人と交流したメンバーの一人であるため、女帝直々に歓待を頼むと言われてしまったのだ。
「ちなみに私も来てるよー」
そう言いだしたのはキリンゼラーの使い魔だ。私も、というのはキリンゼラーの本体が来ているということだろう。
キリンゼラーはテアノン人から超能力を学んだらしく、テレポーテーションで惑星と世界樹を気軽に行ったり来たりできる。ただし、その見た目は体高数十メートルのドラゴンであるため、市民を驚かせないようアルイブキラには今までやってきたことがない。
「どういう風の吹き回しだ?」
私はそう使い魔に尋ねる。すると、使い魔はぴょんぴょんと跳びはねながら元気に答えた。
「テアノンって大きいでしょう?」
「ああ、数万人規模が乗船できる巨大艦だからな」
「あれだけ大きい物が来るなら、私程度が来ても誰も驚かないんじゃないかなって」
「サイズ的にはそうだろうけど、ドラゴンが来たらみんな驚くぞ……」
「そっかー。でも来るよ。巨獣が食べたいからね!」
「おいおい、勝手に食べるなよ?」
「大丈夫。ノジーが前、三頭までならおごるって言ってくれたから」
ノジーとは国王の愛称だ。いつの間にそんな約束をしていたんだ。
そんな会話をキリンゼラーの使い魔と交わしていると、今度は世界樹の化身が姿を現し、私に話しかけてきた。
「『幹』でテアノンの人達とようやく会話を交わせたよー」
「ん? 向こうのアルコロジーにも世界樹の枝があったろう。惑星に化身を顕現させられないのか?」
「本体と距離がありすぎて、エネルギーのやりとりをするのが限界だねぇ。周りを見聞きはできるから、一方的に知っていた感じかなー?」
「そうか。まあ、存分に交流してくれ」
「うん。キリンも通訳頑張ってね!」
「うっ、そうか。それがあったな」
こういうときは、自分の言語学習能力の高さが恨めしいな。
◆◇◆◇◆
明くる日、侍女の制服を着てパレスナ王妃の私室に出勤したところ、早速、パレスナ王妃に急ぎの仕事を任された。
それは、パレスナ王妃が描いた絵画の整理。パレスナ王妃はテアノン人に仲のよい人物が一人いて、その人物は王妃と同じく芸術をたしなんでいる名士の娘なのだ。
アトリエに行き、侍女一同で一度全ての絵画を表に出す。そして、パレスナ王妃の指示で見せる絵画、見せない絵画を選別していく。
紙にスケッチしただけの絵すらその対象で、慌ただしく仕分けをしていき昼に近づいたあたりでようやく作業が終わった。
すると、タイミングよく王宮女官がやってきて、テアノンの到着を知らせてきた。
テアノンは王都郊外の牧草地帯に着陸したらしく、国王夫妻自ら出迎えに向かうようだ。
出迎えには、惑星旅行に向かった私とメイヤも同行することになった。メイヤは絵画の整理の間中ずっとそわそわしていたからな。よっぽどテアノンの恋人である、少年メーに会いたいのだろう。
そして、パレスナ王妃は国王専用車に乗り、私とメイヤは馬車に押し込まれてテアノンまで向かった。
王都の外に出て、牧草地帯に鎮座する未来的な艦船を眺める。うーん、明らかにでかい。惑星脱出艦テアノンは、最大八万人が収容できる巨大艦だ。迫力は満点で、王都から見物に来た見物客が人だかりを作っていた。
そして、テアノンからは千人の訪問客が降船しており、一同は行儀よく牧草地にずらりと並んでいる。
テアノン人達の先頭には、テアノンの艦長である『幹』の賢者とテアノンの乗組員の少年メー、そして女帝が立っていた。
ちゃっかりキリンゼラーがテアノン人達の横にお座りしているが、ありえない大きさのドラゴンの姿に王都の人々は戦々恐々としていた。
私達は馬車を降り、彼らの前に向かう。正直、事前にどう行動するかの話し合いはされていない。式典も予定されていない。全てはぶっつけ本番なので、私はとりあえずパレスナ王妃の後ろについた。
「キリリンはこっちね。通訳担当」
と、国王にさらわれ、彼の横に。
そして、国王がテアノン人の前で口を開いた。
「ようこそ、テアノンのみなさん。アルイブキラを代表して歓迎するよ。はい、キリリン復唱」
「あー、はいはい」
私は国王の言ったとおりの言葉を片言のテアノンの言語で繰り返した。
すると、女帝が近づいてきて、アルイブキラの言葉で言った。
「今回は急にすまなかったのじゃ」
それに対し、国王が答える。
「いや、構わないよ。世界樹人とテアノン人の交流の先駆けが我が国となって、誇らしいくらいさ」
その後、女帝と国王が言葉をいくつか交わして今後の予定を立てる。
「とりあえず、テアノン人には美味い飯を食わせてやりたいのじゃ。『幹』では食糧の培養がいっぱいいっぱいでの」
「んー、それじゃあ、ダンスホール借りて王都ホテルの料理人でも呼んで、立食パーティにしようか」
「うむうむ、頼んだぞ」
その話の間、テアノン代表者の少年メーは、いつの間にかやってきていた師匠と何やらやりとりをしていた。なお、後ろにいるメイヤに、ちらちらと視線を向けているのが丸わかりだった。
「テアノン側の詳しいことはメーに任せるのじゃ。テアノンで対異種族外交室の室長を兼任していたセリノチッタが、勝手に王国に行ってしまったから、こやつが今の外交室の代表じゃ」
女帝が私にそう言ってくる。何故私に言う?
「キリンとセリノチッタしかテアノンの言葉を話せないからの。そしてセリノチッタには人の歓待など任せたくないので、キリンに全てたくすのじゃ」
「いきなり荷が重いな……まあ師匠にそういうのを任せたくないという気持ちは解る」
「なんですか貴女達。私に何の問題があると?」
横から口をはさんできた師匠の顔を見て、私と女帝はそろって溜息をついた。
「なんなのですか……」
「はいはい、師匠は元副艦長として、テアノンの人達に顔見せでもしてきてください。ほらほら」
私は師匠の背を押して、テアノン側へと向かわせる。
そして、少年メーが残ったので、彼の前へと私は立った。
「どうも、お久しぶり」
「はい、キリンさん、今回はよろしくお願いします」
「まあ、とりあえず、なんだ」
「はい」
「メイヤに挨拶してきたら?」
「!?」
動揺する少年メーの手を引き、私は問答無用でパレスナ王妃のもとへと向かう。
そして、パレスナ王妃の後ろにいるメイヤを手招きして、二人を向かい合わせにした。すると――
「メイヤー!」
「メー!」
二人はひしっと再会の抱擁を交わした。
私はそれを見て、満足してうんうんとうなずく。
「よきかなよきかな」
「キリン、貴女ってときどき力業で物事を解決しようとするわよね……」
そんなパレスナ王妃の言葉が聞こえるが、気にしない。
今は外交式典の場ではないのだ。これくらいの自由は許されてしかるべきだろうさ。
「キリンー! ノジー! どれ食べていいの?」
ああ、キリンゼラーもどうにかしないと。巨獣を丸かじりする巨大ドラゴンの様子が一般市民の目に入ったら、どんな噂が立つか判ったものじゃないな。国王はそのあたりちゃんと考えているのだろうか。
◆◇◆◇◆
テアノン人を歓迎して四日目。今日は、テアノン人には自由に王都を散策してもらう予定だ。
自由とは言っても、ある程度の班に分かれて、それぞれ通訳担当のテレパシー使いを配置してもらい、王宮からも人員をつける形だ。
そして、その人員というのがそこらの下男下女というわけではなく――
「釣り!」
「釣り!」
国王が、釣り仲間であるテアノンの名士を直々に案内すると言いだしたのだ。目的は、建設中の釣り堀の見学と、川での釣りだ。
「どれ、俺も釣りに参加するかの」
そこに、惑星旅行中は釣りに興味を持っていなかった先王も参加。近衛騎士団の大規模な動員が決定した瞬間だった。
この国主二人、歓待にかこつけて趣味の時間を過ごそうとしているな……。
「それじゃ、キリリン、通訳お願いね」
そして、当然のように私を呼ぶ国王。
「ちょっと待った!」
だが、それを阻む声があがる。
「キリンは私の侍女よ。私と一緒に、美術館に来てもらうわ」
パレスナ王妃は名士の娘の隣に立ち、そんなことを主張している。
なるほど、アルイブキラの芸術文化を紹介するのだな。ついでにティニク商会に寄って漫画文化に触れるのはどう?
「むむむ」
「むむむ」
国王夫妻のやりとりを少年メーが、困ったように見守っている。彼は優れたテレパシー使いなので、私と同じくここ数日通訳に引っ張りだこになっていた。
つまりは、今回も片方は彼に任せればよいということなのだが……先ほどからメイヤから強い視線を感じるな。
メイヤはパレスナ王妃の侍女なので、王妃についていって美術館巡りをする必要がある。その間、通訳を私とメーのどちらに担当してもらいたいかというと……。
「解りました。今回は国王陛下についていきます。パレスナ様の方はメーさんにお願いします」
「いえーい」
「ぐぬぬ、キリン裏切ったわね」
いえいえ、全ては貴女の恋する侍女一名が悪いのですよ。
そういうわけで、私は国王について釣り堀を見学し、どう訳していいのか判らない釣り用語を説明するのに、四苦八苦する羽目になったのだった。
これ、パレスナ王妃の方に行かなくて正解だな。釣り用語だけならまだしも、美術の専門用語を訳せと言われたらどうしようもなかったところだ。
そうして、アルイブキラ観光は連日続き、テアノンの人々との交流は深まっていったのだった。
なおキリンゼラーは一日で巨獣を五頭も食べた。
◆◇◆◇◆
テアノン人がやってきて二週間。ようやく彼らは『幹』との外交を終え、惑星に帰っていった。
千人にも及ぶ客を前準備なく迎えるというのはやはりただ事ではなく、王宮の面々は上から下まで疲れ切っていた。
どうやら臨時の休みを振られる部署も多いようだ。だが、私達王妃付き侍女は休みとならない。
パレスナ王妃の度量が小さいというわけではない。本日、フランカさんが産休のため実家に帰還するのだ。
「思わぬ仕事で王城への滞在が延びてしまいましたが、本日付けでお休みをいただきます」
侍女の制服を脱ぎ、旅装に身を包んだフランカさんが、そう挨拶をする。
思わぬ仕事というのは、当然テアノンの一件のことだ。
「私が休みから戻る頃には、王城侍女を辞めている方も多いでしょう。ですので、一人ずつ私から言葉を贈ります」
そうして、フランカさんは侍女一人一人に侍女の心構えを説いていった。
「メイヤさん。恋人と語らうことに夢中になって、仕事をおろそかにしないように」
「はいっ、肝に銘じますわ」
メイヤは今回、女帝から『メー君ホットライン』なる惑星間通信機を受け取っている。世界樹から惑星まで魔力を用いてタイムラグのない会話が可能な優れ物だ。
ただし、テレパシーは通用しないので、メイヤは少年メーとの言葉の壁をどうにかして突破する必要がある。
だからか、最近メイヤが通訳目当てで、私の部屋に入り浸っていることが多いのだよな。世界樹の化身と会いたい世界樹教徒から恨まれていなければ良いのだが。
「キリンゼラーさん。巨獣は急には増えません。大きな姿で食べ過ぎてはいけませんよ」
「うん、反省ー。もう鱗を剥がされたくないよ」
巨獣がよっぽど美味しかったのか、それとも惑星でろくな物が食べられていなかったのか、キリンゼラーは本体で巨獣を何頭も平らげた。もちろん、勝手に食べるということはしていないが、あの巨体でおねだりをされては、国王も許可を出さずにはいられなかった。
その代わり、巨獣の代金としてキリンゼラーから鱗を剥がして、武具や魔法の素材にしたというのだから、国王もただでは転ばない奴だ。
「キリンさん」
「はい」
「パレスナお嬢様とビアンカをお任せします」
フランカさんから私に向けられたのは、そんな簡単な言葉であった。
私は強く頷き、言葉を返す。
「お任せください」
すると、フランカさんはにっこりと笑い、最後にパレスナ王妃の前に立った。
「あえて王妃ではなくお嬢様と呼ばせていただきます。お嬢様、私が帰ってくる頃には、お嬢様の御子をこの手で抱けるよう期待しています」
「うーん、そればかりは世界の采配ね! 私もフランカの子供、抱くのを楽しみにしているわ」
そうして、フランカさんはパレスナ王妃の実家である公爵家の護衛を引きつれながら、王都を後にした。
とうとう我らが首席侍女がいなくなってしまった。今日この日から、私が正式な首席侍女となる。
まだ侍女歴が一年もない新米侍女の私だが、どういうわけかこんな立場に。不安は大きいが、どうにかやっていこうか。
「今日から改めてよろしくね、キリン」
そんなパレスナ王妃の期待の声に、私は「お任せください」と強く応えるのであった。




