103.茶会
春の季節も終わりに近づいた、三月三十三日の午後。
空模様は、天気予告通りに晴れ。この世界の空には雲がないため、さえぎる物のない陽射しが屋外を強く照らしている。
私達王妃付き侍女達は、そんな晴れ渡る空の下、王城にある植物園までやってきていた。
本日は王妃主催のお茶会の日。植物園にいくつかある東屋の一つを貸し切っての開催だ。
東屋は事前に王城勤めの下女達が清掃をしており、テーブルが綺麗に磨かれていた。首席侍女代行の私は、清掃が行き渡っているかの最終チェックを行なっている。
「はあ、私も客として参加したかったですわ」
茶器の確認をしていた侍女のメイヤが、そうぼやく。それに対して答えるのは、同じく侍女のリーリーだ。
「抽選に当たった人、すごく自慢してたねー」
さらに、手持ち無沙汰になっていた同僚のサトトコが話に加わる。
「侍女なら誰でも参加のチャンスがありましたのに、王妃付き侍女だけは主催側なので参加不可ですからね」
「でも、主催側じゃなかったら、抽選に漏れてこの場にすら居られなかったかもしれませんよ!」
前向きな主張をした侍女は、まだ十二歳と年若い少女マールだ。
今日の茶会は、参加者を王城侍女に限定した趣旨となっている。事の発端は、二ヶ月前の一月中旬。私の宿舎の同室であるカヤ嬢が読んだ本の感想をパレスナ王妃に伝えたのが全ての始まりだった。
そのカヤ嬢の読んだ本とは、パレスナ王妃が挿絵を描いた小説『天使の恋歌』。恋愛小説を好んで読んでいるというカヤ嬢に興味を持ったパレスナ王妃が、一度彼女と会ってみたいと希望し、それならば王城侍女を招いた茶会を開いてみればとサトトコが提案して、今回の企画が立ったのだ。
そして、参加者を侍女宿舎で募ったところ、希望者多数となったため、参加者は侍女の中から厳正に抽選で選ばれた。
本当ならば、もっと早くに茶会を開いていたはずだった。しかし、惑星旅行に行ったり併合式典に参加したりと、パレスナ王妃の予定が空かなかったため開催が延びに延びていた。
そして、今月になって、ようやくパレスナ王妃の予定が空いた。だが、抽選で選ばれた侍女達がまとめて休暇申請を出す都合もあって、開催日が月の後半になってしまったわけだ。
「ほらほら皆さん、そろそろお客様がやってまいりますよ」
私語をとがめるように本来の首席侍女であるフランカさんが手を叩き、注意をうながす。
それに反応した侍女達は、すっと背筋を伸ばし、各々の担当箇所に戻った。
そして、まるで侍女達の動きに合わせたように、東屋の外側から人の集団が近づいてくる気配を私は感じ取った。
きゃいきゃいとかしましく話しながら東屋に近づいてきたのは、侍女の制服でなく各々自由なドレスに身を包んだ六名の少女達。それを最年少の王妃付き侍女ビアンカが先導している。
客の到着に気づいたパレスナ王妃は、座っていた椅子から立ち上がり、彼女達を迎えた。それに合わせるように、侍女のサトトコが東屋を去る。本日のお茶菓子は出すタイミングが重要とのことだったので、王宮の厨房まで菓子職人を呼びに行ったのだ。
「ようこそいらっしゃいました」
パレスナ王妃は礼儀正しく、それでいて彼女達の上位である王妃としてへりくだらないようにして、東屋に客を迎え入れた。
「お招きいただきありがとうございます。本日は、よろしくお願いいたします」
代表としてカヤ嬢が、主催者の王妃に向けて挨拶をする。
カヤ嬢の台詞と共に、計六名の参加者達は貴族の礼を執った。彼女達は王城侍女だが、今日は業務外のため侍女の礼ではなく、貴族の子女としての礼である。
「じゃあ、好きな席に座ってね」
そうパレスナ王妃に言われて真っ先に動いたのは、偶然にも抽選に選ばれた私の昔なじみの娘ククルだった。彼女は、円卓となっているテーブルにある席のうち、パレスナ王妃の隣を確保した。ちゃっかりしているなぁ、あの子は。
そして、パレスナ王妃から名指しで呼ばれて参加しているカヤ嬢は、パレスナ王妃のもう一つの隣席ではなく、王妃のちょうど対面となる席に座った。
すると、先ほどまで私達の邪魔をしないよう、東屋の隅で日光浴をしていたキリンゼラーの使い魔が、ぴょんと跳ねてカヤ嬢の膝の上に乗った。
それを見たパレスナ王妃は、自らも着席して、面白そうに笑いながら言う。
「仲が良いのね」
「キリンゼラーさんですか。普段、宿舎で一緒ですからね」
「あら、そうすると貴女がカヤかしら?」
「はい、王妃様。リゼン・カヤ・エイワシ・ボ・アラハラレと申します」
「王妃のパレスナよ。よろしく。ふふ、キリンゼラーとはずいぶん馴染んでいるようね」
「はい、仲よくさせていただいています」
「キリンと同室ということは、世界樹の化身とも交流しているのかしら?」
「ええ、最近のあの方は、私の蔵書をよく読んでいらっしゃいます。本が好きなのでしょうか」
「ちょっと想像付かないわねー」
初めて会ったにもかかわらず、パレスナ王妃とカヤ嬢はずいぶんと親しげに会話を繰り広げていた。
そして、会話が途切れたタイミングで、パレスナ王妃は改めて参加者達に自己紹介を行なった。
それに対し、六名の参加者達も王妃に己の名前を告げる。参加者は全員王城に勤める侍女。いずれも貴族の娘である。皆が着ている服は宿舎にしまってあったのか、それとも王都にある屋敷から取り寄せたのか、いずれも王妃主催のお茶会へ出るのに相応しい貴族風のドレスとなっている。
さて、お茶会が始まったので、侍女の私達はお茶の用意だ。お茶の葉は、この国特産のカーターツー。その一杯目を首席侍女代行として私が淹れる。
パレスナ王妃と参加者達、計七名分のお茶を淹れ、他の侍女達にそれを持っていかせた。
お茶に混ぜるための蟻蜜と砂糖の他に、今日は世界樹の樹液も用意してある。世界樹の化身が、もっと樹液使ってと時々うるさいのだ。どうやら世界樹は人間に樹液を食べてもらってほしいらしい。栄養価でも高かったりするのだろうか。
そうして、お茶を淹れ終わってパレスナ王妃の後ろにつくと、どうやら会話は本日の主題である『天使の恋歌』の話題となっているようだ。
皆、それぞれ手に本を携えている。ブックカバーをつけていて表題は判らないが、おそらく全員『天使の恋歌』を持参してきたのだろう。
「異種族との融和、異種族との恋愛。素敵ですわね」
「憧れてしまいますよね。でも、身近で異種族の男性を見たことはないので、少し感覚が解らないところがありますわ」
「王妹様のお付きの天使様は、女性ですしね」
そんなことを令嬢が口々に言う。どうやら話は本の内容から少しずれ、異種族との恋愛観に移ったようだ。
参加者達は皆、緊張がほぐれたのか、パレスナ王妃の前で遠慮なく話を盛り上げている。
そんな中、お茶を一口飲んだパレスナ王妃は、ゆっくりとお茶のカップを円卓の上に置き、話に乗り始めた。
「異種族間の恋愛、している子いるわよー。うちのメイヤなんだけどね」
「ああ、噂の『真実の愛』ですわね。メイヤさんとキリンさんには話を聞いたのですけれど、王妃様からも是非話をうかがいたいですわ」
カヤ嬢が、満面の笑みでパレスナ王妃に話を催促した。それを受けて、参加者の一人にお茶のおかわりを用意していた侍女のメイヤが、ぎょっとした顔をしている。
それを見たパレスナ王妃は、「ふふふ」と笑い、言葉を続けた。
「私がメイヤとキリンを連れて一月に旅行に行ったのは、皆知っていると思うのだけれど……」
「ええ、侍女の間では知れ渡っていますわ」
カヤ嬢の相づちに、パレスナ王妃はうなずいてさらに続ける。
「大地神話に語られる惑星まで行ってきたのだけれど、そこで異なる世界からやってきたという異種族と会ってね。これも知っているかしら?」
「それも存じていますわね」
「そう、その異種族のとある少年とメイヤが交流をして、相思相愛になったのよ。お互い、言葉も通じないというのにね」
「まあまあまあ、何度聞いても素敵なお話ですね!」
パレスナ王妃の話に、カヤ嬢が一瞬で盛り上がる。相変わらず他人の恋愛が好きな子だな、こやつ。
「こう改まって噂をされると、恥ずかしいですわね……」
お茶を配膳した立ち位置のまま渋い顔をしたメイヤが、そんなことを言う。
カヤ嬢はそれを「まあまあ」となだめ、パレスナ王妃からさらに詳しい話を聞き出そうとした。
「そうね。その少年は未だに大地神話の惑星にいるわ。メイヤとは遠距離恋愛中ね。でも、二人の仲は『幹』の女帝陛下公認よ」
「まあ!」
カヤ嬢が楽しそうで何よりです。
そして、話はメイヤの遠距離恋愛話からずれ、メイヤの元婚約者に対するリーリーの横恋慕で盛り上がり、参加している令嬢それぞれに婚約者はいるのかという話に変わる。
カヤ嬢の番となると、彼女は見事に青の騎士団長セーリンに対するのろけを展開し、周囲を砂糖でも口から吐いたかのような甘い気分に浸らせた。
そして、最後にククルの番になると、彼女は「うーん」とうなり出す。
「親が決めた婚約者はいないのですけれど……。できれば今の仕事場である近衛宿舎で、誰か相手を見つけたいと思っています」
「どなたか良い相手は見つかりまして?」
そうカヤ嬢が興味深げに尋ねると、ククルは悩みながら答える。
「んー、仲が良いのはハネスさんかしら」
「キリン、確か近衛騎士団に詳しかったわね。どういう人?」
パレスナ王妃から話を振られたので、私は素直に応える。
「怪力の大男ですね。地方の農村出身ですが、正騎士なので騎士爵になっています。少し粗野な男ですが、騎士としての力量は近衛騎士団の中でも上位に入るかと」
「そっか。近衛騎士団の第一隊は平民出身が多かったわね」
「ええ、全員私と国王陛下でスカウトして、徹底的に鍛え上げました」
「ククルだったかしら。貴女的には恋人にしても良いと思える相手なの?」
「えっと……キリンお姉様は粗野とおっしゃいましたが、私には結構優しくしてくれる良い人です。私を受け入れてくれるなら、恋人も良いかなと思います」
くっ! 私の姪的存在に恋人だと! ハネスめ、今度会ったらどうしてやろうか。
私が内心で報復の炎を燃やしていると、侍女のサトトコが東屋まで戻ってきた。
彼女の後ろには、菓子職人が数名、金属のフタ、いわゆるクローシュが載せられたお盆を持ってついてきている。
「お待たせしましたー。本日のお茶菓子ですー」
そう間延びした声で告げたのは、王宮菓子職人の副職人長であるトリール嬢だ。
菓子職人達は円卓に近寄ると、クローシュを開け、お盆の上に乗ったお茶菓子を令嬢達に配り始めた。
「本日のお茶菓子はー、巨獣の乳を使った氷菓子ですー。夏も近づいてきていますので、甘くて冷たいお菓子を用意しましたー」
おお、すごいな。それは、ガラスの皿に盛られたアイスクリームであった。
そう言えば以前、トリール嬢は同じ後宮の元王妃候補であるファミー嬢から、アイスクリームのレシピを受け取ったとか言っていたな。
トリール嬢は氷の魔法を使えるから、こんな季節でも氷室の雪や氷に頼ることなく、こういった氷菓子作りにも挑戦できるのだろう。
「まあ、氷菓子ですか」
「もしや副職人長のトリール様では?」
「あのキリンさんやメイヤさんが、よく美味しいと自慢している、あの?」
「冷たくて甘いお菓子……どんな味がするのかしら」
令嬢達が、見慣れぬ氷菓子を前にして盛り上がっている。
そんな中、目の前に置かれた氷菓子を見て、ククルがぽつりと呟いた。
「これ、アイスクリーム?」
その固有名詞に、トリール嬢が反応する。
「もし。お嬢様、この料理をご存じなのですかー?」
「えっ、あ、はい! 昔、キリンお姉様に冷たい物を食べさせてとワガママを言ったら、この見た目と同じお菓子を作ってくれたことがありまして……」
「あ、キリンさんがですか。それなら納得ですー。アイスクリームのレシピが他にも知れ渡っているのかと、驚いてしまいましたー」
レシピは財産だからな。他所に漏れたりしていないか心配したのだろう。
「それではー、氷菓子ですので、溶けないうちにお召し上がりくださいー」
トリール嬢にうながされ、令嬢達はアイスクリームを口にし、うっとりとした表情を浮かべた。
氷菓子は貴族の令嬢にとっても、冬場以外は手に入りづらい高級品だ。それがトリール嬢という一流職人が作ったアイスクリームとなると、その味はさぞ美味なのであろう。
侍女の幼少二人であるマールとビアンカなんかは、すごく食べたそうにアイスクリームの皿を見つめている。いや、私も食べてみたいけれどな。
そして、アイスクリームと共に楽しむためにお茶のおかわりを希望する令嬢もいて、お茶の用意のためにまた働く私達。
ふとカヤ嬢の方を見ると、膝の上からテーブルの上に移動したキリンゼラーの使い魔が、カヤ嬢にアイスクリームを分けてもらっていた。あいつめ……。
やがて、アイスクリームを全員食べ終わる頃には、また会話の内容が変わっていて、今はパレスナ王妃の絵画についてだ。
パレスナ王妃は絵画のいくつかをトレーディングカードゲームのために提出している。今回参加している令嬢の中にもTCGのプレイヤーがおり、パレスナ王妃の担当したカードを所有しているということだった。
「ああー、『管理者の警告』ね。あの絵は確かによく描けたけれど、今はちょっと不満があるの」
「不満ですか? あの素敵な絵に?」
ふむ。『管理者の警告』か。どんなカードだったかな。確か魔法のカードで、戦闘を中止させる効果があるのだったか。絵は……覚えてないな。
「あのカードの管理者というのは『幹』の管理者のことで、蟲神蟻の賢者様ね」
「ええ、絵本に出てくる賢者様と同じ格好ですから、判りますわ」
「実は惑星旅行に行ったときに、その賢者様と会っているの。本当の姿を知ったから、正しく描き直したいのよね」
ああ、惑星脱出艦テアノンの艦長が、『幹』の最高指導者なのだったな。
パレスナ王妃から告げられた真実に、令嬢達は驚きの声をあげている。
それに気を良くしたパレスナ王妃は、惑星旅行のエピソードをいくつか語り、そしてまたメイヤと少年メーの恋愛話に戻り、会話がループし始めた。
先ほどした話をまた繰り返していることに気づいているのかいないのか、令嬢達と王妃は楽しげに会話をし続ける。そして、トリール嬢が今度は焼き菓子を追加して場はさらに盛り上がり、日が暮れ始めるまでお茶会は続いたのであった。
◆◇◆◇◆
「そんなことがあったのか! なんで私を呼んでくれないのだ!」
明くる日。パレスナ王妃の私室に、王妹のナシーが訪ねてきていた。
二人はしばし雑談をしたのち、そういえばとパレスナ王妃が昨日のお茶会の話を振ったところ、先ほどの台詞が飛び出したのだ。
「私の書いた本の読者で集まってお茶会など、私も出るべきではないのか?」
「ナシーは後宮の準備で忙しいでしょう?」
「う、そうなのだが……」
そう、本来ならば『天使の恋歌』の作者であるナシーもお茶会に呼ぶ予定だったのだ。だが、彼女は今、結婚相手を決めるために国中から後宮に入る貴族の男子を集めている最中なのだ。
私達もナシー付きの侍女を通じてお茶会の予定を立てようとしていたのだが、結局ナシーは多忙すぎて予定が合わず、彼女不在でのお茶会開催となったのだ。
「侍女とのお茶会よりも、いかに意中の男性と仲を深めるかを考えなさいな」
「な、仲を深めるなどとそんな……!」
パレスナ王妃の言葉に、顔を真っ赤にさせるナシー。
「ウブねえ……貴女本当に恋愛小説家なの?」
呆れたように言うパレスナ王妃だが、それに対してナシーは顔を赤くしたまま反論する。
「フィクションと現実は関係ないものなのだ! 取材は怠らないが、経験のないことも表現できるのが創作者というものだろう?」
「まあ確かに、絵画でも空想上の物を描いたりもするけれど……」
「うむ、だから私に恋愛経験がなくとも、恋愛小説は書けるわけだな」
「でも、経験があることに越したことはないわよね。オルトとかいう人はちゃんと後宮入りしてくれそうなの」
「うっ、何やら近々御前試合があるとのことで、鍛錬に忙しく後宮入りは遅れるらしい……」
「ああ、秘密騎士団が帰ってきたから急いで開催するとか言っていた……」
ふむ? 御前試合なんてあるのか。近衛騎士団第一隊の副隊長であるオルトは、以前その御前試合で勝利を収め、王国最強の騎士と言われるようになったのだったな。
興味深いので詳しく聞いてみたいのだが、話はお茶会の話題に移ったため、聞くに聞けなくなってしまった。
「ともかく、私も読者と交流したいのだ」
「それなら、自分で主催しなさいな。私は侍女に頼んで侍女宿舎からメンバーを選んで楽ができたわよ」
「私はパレスナほど、侍女の数がいるわけではないからなぁ」
「侍女ならいつでも貸してあげるわよ?」
「本当か? それなら早速鍛錬のためにキリンを貸してほしいのだが……」
「キリンは駄目」
「どうしてだ!?」
私は首席侍女代行だし、パレスナ王妃のお気に入りなので諦めてくれ。
そして、結局お茶会の予定は立たず、ナシーは彼女を探しにきた天使のヤラールトラールに引きずられて、部屋を後にしたのだった。
それを眺めていたパレスナ王妃は、ぽつりと一言。
「またお茶会、したいわね」
ふむ、また企画立案からか。お茶会で人脈を築くのは王妃として必要なことだと思うので、精一杯サポートしようか。次回開催はフランカさんがいるかどうか判らないので、ちょっと不安があるけれども。
首席侍女への道のりはまだ遠い。




