1-8 買取契約『瞬きの刃』
屋台の前の広場に立った。
チェルは短剣を手に、正面から向かってくる気らしい。弓使いが近距離で短剣を選んだ。距離を詰めさせない自信があるか、あるいは。
「準備はいい?」
「はい。」
「じゃあ行くよ!」
踏み込んできた。速い。先ほど見たイレイヤとそう変わらない速さだ。
右腕のブラクベンが、僕を引っ張る。それに体を任せるように、横に跳んで躱す。チェルが追ってくる。短剣が横に薙がれる。後退して距離を取った。
「へえ、躱すんだ。」
チェルが距離を詰める。今度は連続で。横、縦、また横。リズムが読みにくい。
ブラクベンが囁く。
『もういいか?あの女にやられて、イライラしてたところなんだよ!』
後退しながら壁際まで追い込まれた。チェルが踏み込んでくる。
ブラクベンが右腕を前に出した。そのまま粘着スライムを射出した。
チェルの短剣に絡みつく。
「っ、なにこれ!?」
しかし、動揺もつかの間。流石探索者、チェルはすぐに動かなくなった短剣を手放し弓を構えた。
「魔道具!?なら、こっちも!」
矢が緑色に輝く。風の魔力が渦巻いていた。
『それで、オレサマを射抜けるかなァ!?』
ブラクベンはスライムを生成し、己の身体を膨張させる。大人ほどの大きさとなった黒い右腕は、チェルの放った高速の矢をいともたやすく飲み込んだ。
「うそぉ!?」
チェルは続けて何度も矢をつがえて放ったが、ブラクベンはすべて飲み込んだ。完全に相性が良かった。イレイヤはこれをわかって、チェルを煽ったのかもしれない。歩きながら、徐々に距離を詰める。
効果が無いことを悟ったチェルは、ぐっと眉に力を入れると、矢を一本、力強くつがえた。
「猪突、風牙——」
詠唱だ。魔術、もしくは魔道具の能力を使うつもりだ。
『歯ァ食いしばれよ!』
ブラクベンが忠告する。強力な攻撃のようだ。ぐっと力を入れ、荒れる風の魔力に対抗する用意をした。
「チェル!!」
「!」
雷のような声が、彼女の名を呼んだ。その大声量に思わず方が上がる。声の主はガドだった。チェルも思わず声の方を振り向いた。
「本当にそれを使うのか?」
「……。」
ガドの静かな問いに、チェルの動きが止まった。
沈黙があった。
「……私の負け?」
「そうだ。」
チェルがだらりと腕を下ろした。勝負あり、のようだった。
「うー。イレイヤの言った通りになっちゃうなんてー!」
チェルは悔しそうに言った後、短剣に絡みついたスライムをじっと見た。イレイヤの魔術で水を走らせてどうにか剥がしたあと、僕と右腕を見た。
「……その右腕、反則じゃない?」
「僕の魔道具なので。」
どれだけ反抗的だろうと、自慢の魔道具だ。なんだかんだ、人を傷つけることはしていないし。
チェルは僕の自慢げな言葉を聞いてしばらく黙っていた。それから、ぷっと噴き出した。
「はは。そっか。イレイヤが強いって言うわけだなぁ。」
頭を掻きながら、短剣を腰に戻した。もう怒っていないようだった。
「ごめんね、子ども扱いして。」
「いえ、気にしていないです。」
「本当?」
チェルが笑う。そんな彼女と対照的な雰囲気のイレイヤとガドが、彼女の背後に立った。どちらも無表情だが、威圧感があった。イレイヤが口を開く。
「チェル。やりすぎだよ。」
「う。ごめんなさい……。」
がっくりと大袈裟な動きで項垂れたチェルをみて、ガドは無言で頷いた。
日が沈み始めた。そろそろ孤児院へ戻る時間だ。屋台を片付けていると、チェルが屋台の素材を眺めながら言った。
「ねえ、ルメ。うちのパーティと契約しない? 仕入れた素材、買い取るよ。」
「買取、ですか。」
「探索者って素材の売り先に困るじゃん。ルメが買い取ってくれるなら助かるし、ルメも仕入れが安定するでしょ。」
悪くない話だった。老人への納品もある。安定した仕入れ先があれば、在庫が組みやすくなる。
「その話はさっきした。」
「イレイヤ。」
イレイヤの目は、常に右腕のブラクベンに向けられている。彼女がそばにいるときは、ブラクベンは非常に大人しい。
「約束通り。」
「いつの間に。そうだ、ルメ。どんな素材がいいとかある?」
「うーん……何でもいいです。」
老人の依頼はスライム系素材の納品だったが、それなら僕とブラクベンで何とかできるかもしれない。そう考えると、彼女たちには、僕がまだ行ったことのない迷宮で素材を採ってきてもらう方が良い。ブラクベンの能力を考えると、なおさらだった。
「何でも?」
「はい。種類が多い方が助かります。」
チェルはイレイヤとガドを振り返った。二人とも、とくに異論はないらしい。イレイヤは無言でうなずいた。ガドも無言でうなずいた。
「じゃあ決まりね。あ、そうだ。言ってなかったわね。私たちのパーティ名は『瞬きと刃』よ。よろしく、ルメ!」
「よろしくお願いします。」
屋台を片付け終わり、彼女たち『瞬きと刃』と別れる。その別れ際、ブラクベンを諦めきれないのか、イレイヤはじっと右腕を見つめていた。彼女は相当ブラクベンに執心しているようだ。『星屑の洞穴』での言動を鑑みるに、彼女は重度のスライム愛好家だと察せられた。
「半分にできたりしない?」
「できませんよ。」
「……そう。」
ガドが小さく、息をついた気がした。
孤児院に戻り、シスターの部屋をノックする。
「入りなさい。」
報告した。今日の売り上げ。老人への納品依頼。探索者パーティとの買取契約。
シスターは水を一口飲んで、静かに聞いていた。話し終えると、少し間を置いてから言った。
「よくやったわね。」
それだけだった。でも、それで十分だった。
シスターはカップを両手で包みながら、少し考えるような間を置いた。
「一つ、話があるのだけど。」
「はい。」
「実は、あなたの屋台に興味を持ってる子がいるの。リオンよ。何か手伝いたいって言ってるの。あの子、あなたのことを慕っているから。」
リオン。黄緑の髪の、少し人見知りな男の子だ。孤児院の中では大人しい方で、よく僕の後ろをついてきていた。
「リオンが……。」
「そう。どうする?」
「……少し考えてみます。今はまだ、上手くいくか確かめている段階なので。」
「わかった。あの子に伝えておくわ。」
シスターの部屋を出ると、廊下にヘレナが立っていた。
腕を組んで、じっとこちらを見ている。目の力で、不満があることをアピールしていた。
「ヘレナ?」
「……わたしも、素材屋さんやりたい。」
「え。」
「やりたい。お手伝いする。」
よく見ると左の耳が赤くなっていた。さては、壁に耳を付けて、盗み聞きしていたな。
「ヘレナは、もうちょっと大きくなってからかなあ。」
「なんで!リオンにいちゃんはいいの!?」
「リオンは十三歳だから。」
ヘレナは六歳だ。六歳の女の子に屋台で働かせるのは、いくらヘレナが可愛らしいからといっても、やはりお客さんから良い顔はされないだろう。まだ、元気に遊んでいるべき年齢なのだから。
「わたしだってできる!」
ヘレナの目に、じわりと涙が浮かんだ。泣くまいとしているのがわかる。余計に胸が痛い。
「ヘレナ、聞いて。」
しゃがんで、目線を合わせた。
「もう少し大きくなったら、ヘレナの力を借りたいな。てつだってくれるかい?」
「……ほんとに?」
「ほんとに。」
ヘレナはしばらく唇を尖らせていた。それから、ぼそりと言った。
「……じゃあ、次お誕生日来たらがいい。」
「はは、そうだね。そうしようか。」
「絶対だよ!」
ヘレナはまだ少し拗ねた顔のまま、廊下を歩いて行った。
その背中を見送りながら、思った。
ヘレナはまだ六歳だ。でも、リオンは十三歳で、手伝いたいとまで言ってくれている。ありがたいことだ。それでお給料を払えるようになれば、孤児院の子達が、本を買ったり、おやつを買ったり、やりたいことをできるようになるかもしれない。
素材屋に限らず、孤児院の子たちが、自分で稼ぐ手段を持てるようになれば、それは悪いことではないはずだ。僕が素材屋をやることで、その手段を見つけることができれば。
ただ、今の屋台では限界がある。仕事の伝手も、今は無い。どうすれば、みんなが幸せになれるのか。
考えたが、答えは出なかった。今はまだ、自分が一人前になることが先だ。
【Tips】
魔道具『風猪の矢』
属性:風
分類:生成型
詳細:魔力を消費して、風の矢を作り出す。作り出された矢は、まっすぐ飛べば飛ぶほど威力が増す。魔力を込めることで、矢の威力、速度を強化することができる。




