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素材喰らいのブラクベン~素材を喰らって強くなる右腕の怪物と、在庫無限の素材屋経営~  作者: 藍家アオ


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1-7 初めての依頼?

 昼前に屋台を引いて、孤児院の門の前に立った。


 隣にイレイヤがいた。朝から洞穴を出た後ずっと、一定の距離を保ってついてきている。何がしたいのかは、よくわからない。


「あの、どこに行かれるんですか。」


「ここ。」


 短く言って、イレイヤは屋台の前の壁に背中を預けた。座るでも立ち去るでもなく、ただそこにいる。


 ……まあ、害はないと思う。


 素材を並べる。昨日の残りと、今日の仕入れを合わせると、なかなかの量になった。


 スライムの魔核が二個、スライムゼリーが六個、粘液嚢が三個、スライム液が五個。風スライムゼリーが二個、風スライムの魔核が三個、軽量粘液嚢が三個、風スライム液が四個。水スライムゼリーが三個、水スライムの魔核が四個、水性粘液嚢が二個、水スライム液が二個。


 並べ終えて、看板を立てる。


 通りを行く人々がちらりと屋台を見て、また歩いていく。


 静かだった。


「今日は売れるかなぁ。」


 先日は幸運だった。錬金術師の老人が素材をほとんどかって言ってくれたからだ。


 イレイヤが壁から、屋台の素材に視線を移した。じっと見ている。


 暇を持て余し、彼女に話しかけようかと思ったその時、見覚えのある人影が通りの向こうから歩いてくるのが見えた。


 腰の曲がった老人だった。


「やあ、少年。まだ素材は十分でなくてね。寄らせてもらうよ。」


「こんにちは。どうぞ見ていってください。」


 老人は屋台の前に立つと、昨日と同じように素材を一つ一つ丁寧に見た。それから顔を上げて、壁際のイレイヤに気づいた。


 お互いに軽く目礼し、挨拶を交わしていた。


 老人は少し笑って、僕に向き直った。


「品が増えたな。風スライムと水スライムか。よく仕入れられたな。」


「今朝、少し奥に入れたので。」


「なるほど。では、いくつかもらおうか。」


 老人が指定した素材を包んでいく。スライムの魔核が二個、スライムゼリーが六個、スライム液が五個。風スライムゼリーが一個、風スライム液が三個。水スライムゼリーが二個、水性粘液嚢が一個、水スライム液が一個。


 素材を渡し、代金を受け取った。大銅貨六枚と小銅貨三枚。手のひらに乗せると、昨日よりずしりと重かった。


「ありがとうございます!」


「こちらこそ。」


 老人は素材の包みを鞄にしまいながら、少し間を置いた。それからこちらを見た。


「ときに、小さき店主よ。一つ、頼みたいことがあるのだが……。」


「はい。なんでしょう。」


「スライムの素材を、魔核、ゼリー、粘液嚢、液体、各種五十ずつできるだけ早く納品してほしいのだ。揃えられるなら、相応の色をつけよう。」


 各種五十。しかもできるだけ早く。


 頭の中で計算した。一回の仕入れで、スライムの素材はせいぜい一種あたり五個程度。五十を揃えるには、単純計算で十日も掛かってしまう。


「……正直、そんなに早く納品できるか、わからないんですが……。」


「そうか。難しいか。なに、聞いてみただけじゃ。駄目で元々、というやつだ。」


 老人は残念そうに頷く。そのとき、ごく小さな声が頭の中に響いた。老人には届かない程度の、囁くような声で。


『できるぞ。』


「え。」


 思わず声が出た。


「む?どうした?」


 老人が首を傾げる。


「いえ、すみません。少し考えさせてください。」


 老人がうなずくのを確認してから、右腕に向かって小声で聞いた。


「……どういうこと?」


『新しい力だ。オレサマが一人でやる。』


「一人で?」


『オマエから離れて動けるようになった。倒せるのはオレサマがすべての素材を喰ったことのあるモンスターだけだが、スライムなら簡単だろ?』


 顔があったら、きっとにやりとあくどい笑みを浮かべているのだろう、と想像できるような様子だった。


「……いつそんな能力が。」


『さっきだよ。ギャハハハ。』


 ブラクベンを一人で行動させるのは、少々心配だ。右腕が使えないのも不便だし、なによりイレイヤのようにブラクベンを狙う探索者がいるかもしれない。


「本当に大丈夫?」


『任せろ。オマエは何か勘違いしているようだがな、魔道具ってのは壊れることは無い。壊れたように見えても、すぐに治る。オレサマも同じだ。』


 しばらく考えた。老人の目には、さぞ様子がおかしく映っていただろう。しかし、老人は急かさずに待っていた。


「……わかりました。できるだけ早く納品します。」


「うむ。品質が保たれているなら、それで十分だ。よろしく頼んだぞ。」


 老人は満足げにうなずき、踵を返して歩き出した。すぐに人の波に埋もれて、通りの向こうに消えていった。


 手のひらの大銅貨を眺める。


『任せておけ。ギャハハハ。』


「はあ、本当に良かったのかな。」


『ナヨナヨすんな。』


 壁際を見ると、イレイヤがこちらを見ていた。僕と、僕の右腕をちらちらと見ている。


「……魔道具、なんだ。」


「はい。……なので、あげられませんよ?」


 イレイヤは短く息をついた。


「残念。」


 そのとき、通りの向こうから声が飛んできた。


「イレイヤ! こんなとこにいた! 探したよ!」


 元気のいい声だった。


 駆け寄ってきたのは若い女だった。イレイヤと同じくらいの歳だろうか。明るい茶色の髪を高く結い上げ、背中に弓を背負っている。頬に小さな傷跡がある。


 その後ろから、もう一人。


 大男だった。肩幅が扉ほどある。背中に大剣を背負い、足音が石畳に重く響いている。顔に表情がない。


「朝から全然いないからさ、どこ行ったのかと思ったら!もう!」


 弓使いの女は一息でそこまで言ってから、屋台に気づいた。


「あれ、屋台?素材屋?珍しいお店があるね!」


 それから僕に気づいた。


「あ、イレイヤの知り合い?」


「違う。」


 イレイヤが即答した。


「違うの?じゃあなんでここにいるの?」


 イレイヤは答えなかった。


 弓使いの女は困ったように笑って、こちらに向き直った。


「えっと、はじめまして!チェルだよ!イレイヤと一緒に探索者やってるんだ。」


「ルメといいます。」


「ルメ!何歳?若いね。素材屋やってるの?えらいじゃん!」


 褒めているのだと思う。ただ、頭を撫でられそうな雰囲気があった。


「十五です。」


「十五!子どもじゃん。一人でお店やってるの?大丈夫?」


 子ども。


「大丈夫ですよ。」


「そっかそっか。困ったことがあったら大人に頼るんだよ?素材とってきてあげようか?」


 大人に頼る。


 しかし、素材の仕入れは、いつか誰かに頼まないといけなくなるかもしれない。いつかお願いするかもしれません、と言おうとしたとき、イレイヤが口を開いた。


「チェル。」


「ん?」


「その子、チェルより強いよ。」


 チェルの笑顔が、ぴたりと固まった。


 しばらく、沈黙があった。


「……ん?」


「見てた。強い。」


「いや、でも、十五歳でしょ?」


「うん。」


 チェルはイレイヤを見て、それから僕を見た。


「流石に負けないよ。ねえ、ルメ。模擬戦しない?」


「え。」


「そこの広場で。ちょっとだけだから。ね。」


 目が笑っていなかった。


「怪我させたりしないから。ちょっとだけ確かめさせて。」


『ギャハハハ!いいじゃねェか!』


 ブラクベンが笑う。


 大男のガドが、初めてこちらを見た。変わらず無言だが、少し興味があるような目だった。


 イレイヤは壁に背中を預けたまま、静かにこちらを見ていた。


「僕は、素材屋なので……。」


 断ろうとしたとき、再びイレイヤが口を開いた。


「ルメ。」


「……はい、なんですか。」


 イレイヤは、ほんの少し、口角を上げて、意地悪な笑みを浮かべた。


「チェルに買ったら、素材。集めてあげる。欲しいんでしょ?」


 断る理由は無くなった。


「……わかりました。」


「よし。」


 チェルは一足先に広場へ向かい、弓を背中から下ろして、腰の短剣を手に取った。鞘はつけたまま。にこりと笑う。さっきの笑顔とは少し違う、戦う人間の顔だった。


 屋台の看板を片づけながら、考える。小刀は使えない。鞘が無い。だが、まあ、大丈夫か。チェルに向かい合うようにして、広場へ。


 右腕がかすかに脈打った。


『やるか。』


「やるよ。」

【Tips】

『素材喰らいのブラクベン』能力


『自立顕現』:持ち主から離れて顕現し、行動できる。『反抗』状態でないときは、持ち主の意思に背くことはできない。『自立顕現』状態のときに倒せるモンスターは、すべての素材を捕食したことのあるモンスターに限る。


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