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素材喰らいのブラクベン~素材を喰らって強くなる右腕の怪物と、在庫無限の素材屋経営~  作者: 藍家アオ


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1-6 双頭の蛇ブラクベン

『もう一回!反抗の時間だァ!』


 ブラクベンが膨れ上がる。今回は前回よりずっと大きい。全長は優に二メートルを超え、鱗の黒が深く、紋章の赤がいくつも激しく明滅している。


 そして――頭が、二つあった。体の周囲に風が渦を巻き、鱗の表面が水に濡れたように光っていた。二つの頭が左右に揺れながら、それぞれがこちらを別々に見ている。


「ここで……ッ!」


『ああ満腹だ!喰った後は動かねェとなァ!ギャハハ!ギャハハ!』


 二つの頭が、同時に笑った。


 小刀を構える間もなかった。


 一つ目の頭が口を開いた。黒いスライムが大量に射出される。粘着性のある塊が、次々と飛んでくる。


「――ッ!」


 横に跳んで躱す。しかし地面に落ちたスライムが広がり、足元に貼り付いた。動きが鈍る。


『ギャハハ!そこだァ!』


 二つ目の頭が風を纏ったスライムを射出してきた。通常の射出より速い。腕でかろうじて弾いたが、腕に粘着して動きが封じられた。綿のように軽く、ダメージは無かったが、とにかく邪魔だ。


「っ、剥がれない……!」


『ギャハハ!ちゃんと避けろよォ!』


 地面のスライムを引き剥がそうと力を入れる。ぐちゃり、という感触があって、どうにか片足を引き抜いた。しかしもう片方がまだ貼り付いている。


 一つ目の頭が、今度は形を変えたスライムを吐き出した。薄く広がりながら飛んでくる。網のような形だ。


「まずっ――。」


 咄嗟に身を屈めた。スライムの網が頭上を通過する。ぎりぎりだった。


『惜しいなァ!ギャハハ!ギャハハ!』


 どうにか足を引き抜いて、距離を取った。腕に貼り付いたスライムは、もうこのままにするしかない。片腕しかない不便さを突かれた形になった。


「……粘着スライムを射出して、貼り付けて動きを封じる。形も変えられる。」


 整理しながら、正面を向く。ブラクベンは捕食した素材の能力を使う。風スライムと水スライム、そして昨日捕食したスライムの能力が、襲い掛かってきていた。二つの頭がそれぞれにこちらを見ていた。


『わかっても意味ねぇぞ!』


 一つ目の頭が液体状のスライムを吐き出した。水のように瞬時に広がり床を覆う。踏んだ瞬間に足を取られた。ぬかるみに踏み込んだような感触で、体勢が崩れる。


 そこに二つ目の頭から風属性のスライムが飛んできた。軽量化されていて速い。避けようとしたが間に合わず、胸に直撃した。


 吹き飛ぶ。岩壁に背中を打ちつける。


「がふっ――ッ!」


『ほら、立てよ!まだ始まったばかりだぞ!ギャハハ!』


 立ち上がる。左手に小刀を握り直す。


 床が部分的にスライムで覆われている。粘着性のあるものと液体状のもの、二種類が入り混じっていて、踏む場所を選ばないと動けなくなる。


 一つ目の頭が大量のスライムを生成し始めた。形を変えながら、みるみると大きくなっていく。人の頭ほどの塊に成形されると、それを一気に射出してきた。


 横に跳んで躱す。スライムが岩壁に激突してべちゃりと広がり、そのまま壁に貼り付いた。


「……それは当たらないぞ。」


『あァん?もっと頭を使えよ!』


 二つ目の頭が今度は天井に向かってスライムを射出した。軽量化されたそれは天井に貼り付き、そこからさらに液体状に変化して雨のように降り注いでくる。


「っ――!」


 後退して雨を避ける。しかし床に落ちたスライムがまた広がって、退路を塞いでいく。


『バァーカ!』


 ドン、と背後から強い衝撃が襲う。


「がっ。」


 壁に貼り付いたスライムだった。いや、貼り付いたのではなかったのか。大きなスライム塊は、壁に反射してこちらへ戻ってきていたのだった。


『オラ止めだ!』


 動こうとする。しかし身体がいうことを聞かない。たくさんの薪を背負ったときのように、身体が重い。


 一つ目の頭が粘着スライムを網状に展開して正面を塞ぐ。二つ目の頭が液体スライムを流して足元を奪う。


 どうにもならなかった。


 足を取られた。粘着スライムが両足に絡みついて、動けなくなる。


『詰みだァ!ギャハハ!ギャハハ!』


 二つの頭が、それぞれに笑う。


 双頭の蛇ブラクベンがゆっくりと近づいてくる。


『拍子抜けだァ。あっさりとリベンジしちまったなァ。』


 ブラクベンは僕の魔道具だ。殺す気がないのはわかっている。わかっているが、もうどうにもならなかった。


『さァて——』


 そのとき。


 カツン、と洞穴に、軽い靴の音が響いた。


『あァ?』


 細身の女だった。動きやすそうな軽装に身を包み、腰に長剣を佩いている。歳は二十前後だろうか。長い銀髪が背中まで流れていた。耳が、人間のものより細く長く尖っている。妖人族だ。


 ブラクベンを見た瞬間、彼女の足が止まった。目が、大きく見開かれる。


 まずい、いろいろとまずい。この『星屑の洞穴』に来るということは、僕と同じような探索初心者だろう。ブラクベンが彼女を襲うのもまずい。ブラクベンが僕の魔道具だとばれるのも、ちょっとまずい。


「は、離れ——」


「スライムだ。」


 彼女は、それだけ呟いた。


 それから腰の長剣を抜いて、無言で踏み込んだ。


『あ?なんだこいつ。』


 襲い掛かる探索者に、一つ目の頭が粘着スライムを大量射出した。


 女は横に跳んで躱し、着地と同時に剣を振るった。ブラクベンの体に刃が当たる。甲高い音が響く。


『!』


 二つ目の頭が液体スライムを床に流す。足元が滑る。しかし女は体勢を崩さず、そのまま滑るように動いて距離を取った。


「すごい……。」


 彼女は、初心者ではなかった。華麗に動き、一撃も僕よりずっと強い。ブラクベンの焦りが、今は無いはずの右腕から伝わってきた。


 一つ目の頭が風属性スライムを連続射出する。速い。女は剣の腹で弾きながら後退する。二つ目の頭が形を変えた大きなスライムを天井に貼り付けた。そこから液体化して降り注いでくる。


 女は後退をやめ、前に踏み込んだ。降り注ぐスライムの雨の中を、剣を盾にしながら強引に距離を詰める。粘着スライムが腕や足にかかるが、構わず進んだ。


『クソッ!』


 双頭が悪態をつく。


 一つ目の頭が大量のスライムを生成し、床一面に展開した。粘着性と液体が混じった層がみるみると広がっていく。


 女が跳んだ。床を踏まずに岩壁を蹴り、空中に逃げる。しかし、二つ目の頭が軽量化した風属性スライムを空中に向けて連射した。女は空中で体を捻りながら剣で弾く。一発、二発、三発。四発目が腕をかすめた。粘着スライムが腕に纏わりつく。


 着地した瞬間に床のスライムに足を取られた。


『ギャハハ、ギャハハ……。』


 いつもより笑い声が小さかった。息切れしているかのようだった。


 女は動きを止めた。腕に絡みついたスライムに向けて左手の魔術を走らせ、粘着性を薄めながら引き剥がす。足元も同じように処理して、すぐに自由になった。


 女は左手を持ち上げた。掌の青白い光が強くなる。


「水よ、集まれ。」


 岩肌を伝う滴が、滝の水が、洞穴の湿気が。あらゆる水分が女の左手に吸い寄せられていく。両腕を広げたほどの、大きな水の塊が生まれた。


 魔術を前に、二つの頭が揃って固まった。


「食らいなさい。」


 水の塊が、二つの頭を同時に飲み込んだ。


 ばしゃあ、という音がした。床に広がっていたスライムが一気に流され、二つの頭にそれぞれ刻まれた紋章がまとめて消えた。スライムの生成が止まり、風属性の纏いが霧散した。


 あれ。このまま、ブラクベンが彼女に倒されたら、どうなるのだろう。もしかして、消える?それはいけない。子供っぽくて恐ろしいブラクベンだが、ちょっと愛着が湧いてきたというのに。


「ちょ、ちょっと待って……。」


 僕の声は届いていないようだった。女が踏み込む。長剣を鞘に収め、代わりに取り出したのは……。


「新種の、スライム……!欲しい!」


 大きな捕獲網だった。


『――ッ!!』


 網を見た瞬間、二つの頭が同時に、声にならない叫びをあげた。


 ブラクベンは、煙のように散れていった。二つの頭も、胴も、するりと空気に溶けていく。女の網が空を切った。


 右腕に、黒い感触が戻ってくる。紋章の赤が、いつもより少しだけ慌ただしく瞬いてから、静かに落ち着いた。


『……オレサマ、捕まるところだった。』


 ブラクベンの声は、珍しく低かった。


「お疲れ様。」


『ちょっと寝る。ギャハハ……。』


 右腕に、いつもの威勢はなかった。


 女は網を下ろして、その場に立ち尽くしていた。


 しばらく、ブラクベンが消えた場所を見ていた。


 それからこちらに振り返って、僕の右腕を一瞥した。


「あなたのだったの?」


「……えっと、はい……。」


 無表情な彼女は、ゆっくりとこちらに歩み寄りじっと僕の目を見つめた。


「私にくれない?」


「……ごめんなさい。」


 断ると、女は少し間を置いてから、短く息をついた。


「……そう。」


 諦めたのか諦めていないのかわからない顔だった。女は長剣を鞘に収め直しながら、ぼそりと言った。


「イレイヤ。探索者。」


 一瞬何のことかと思ったが、彼女の自己紹介だった。


「……ルメです。」


 イレイヤはじっと、右腕から視線を離さない。


「あの……僕、もう帰るので……。」


「……そう。」


 それ以上の会話は無かった。麻袋を肩にかけ直し、洞穴を出る。


「……。」


 イレイヤは無言で僕の後をついてきていた。


 背中に——いや、右腕のブラクベンに刺さる視線が痛い。冬の冷たい空気が、火照った体に染みた。


 右腕はいつになく静かだった。

【Tips】

『素材喰らいのブラクベン』捕食能力

水スライムゼリー:スライムを液体化することができる。

水性粘液嚢:スライムの生成量が少し増える。

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