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素材喰らいのブラクベン~素材を喰らって強くなる右腕の怪物と、在庫無限の素材屋経営~  作者: 藍家アオ


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1-4 素材屋ブラクベン

 翌朝、屋台を引いて孤児院の門の前に立った。


 冬の朝日が、修繕したばかりの板を照らしている。ぼろっちいことには変わりないが、三日かけて直しただけあって、傾いてはいない。看板には『素材屋ブラクベン』と書いた。屋台の名前にするには少し物騒かもしれないが、他に思いつかなかった。


『オレサマの名前じゃねぇか。光栄だな。ギャハハハ!』


「お客さんが来てくれるといいんだけど。」


 麻袋から昨日の仕入れを並べる。


 スライムの魔核、二個。スライムゼリー、五個。粘液嚢、四個。スライム液、三個。


 板の上に並べると、思ったより少なかった。


「……寂しいなあ。」


『売れればいいだろ?』


 そうだ。売れればいい。でも、果たして売れるのか。


 探索者が迷宮で手に入れた素材の売り先は、錬金術師や薬師、革細工師といった職人たちだ。ただ、そういった職人に素材を買い取ってもらうには、顔をつないでもらうか、自分で売り込みに行くかしかない。探索者の間では、素材の売り先を確保することが一種の難関として知られている。


 僕には、そういった人脈が何もない。


 だからこそ、屋台を出すことにした。職人の方から足を運んでもらえるなら、人脈がなくても素材を売れる。はずだ。


 はずだが。


 この屋台に、見知らぬ職人がわざわざ足を運ぶ理由が、今の僕には何もない。


 それと、もう一つ問題があった。値段だ。素材に値段をつけなければならないが、相場がわからない。


 結局、全部の素材が売れたら、荷運びの日当よりちょっと安いくらいの稼ぎになるように設定した。


 安すぎるかもしれない。高すぎるかもしれない。


 売れゆきをみて調整していくしかなかった。値札を手書きで素材の前に立てる。果たして、これで合っているのか。


「……どうしようかなあ。」


『なんだ、もう手詰まりかぁ?まだ何も売ってねぇぞ!ギャハハハ!』


「考えているんだよ。」


 でも正直、何も浮かばなかった。


 とりあえず、素材を並べて待つしかない。それだけだ。


 待った。


 ひたすら、待った。


 午前中、孤児院の前を通る人は数人いたが、全員素通りだった。一人だけ立ち止まって看板を見た男がいたが、屋台をひと眺めして、また歩いて行ってしまった。





 昼になった。ヘレナが孤児院から昼食を持ってきてくれた。


「売れた?」


「全然だよ。」


「そっかぁ。」


 ヘレナは隣に座って、一緒に乾パンをかじった。ぬいぐるみを縫い直してもらったことや、窓の外を猫が通ったのを見たことなど、他愛のない話をした後、ヘレナは孤児院へ戻っていった。


 そして、また静かな時間が流れる。


『暇だなァ。』


「……そうだね。」


 返す言葉もなかった。


 午後になっても、状況は変わらなかった。二人ほど素材に興味を示して近づいてきたが、一人は値段を見て首を振り、もう一人は興味なさそうに去った。


 値段が高いのか、安すぎて信用されないのか。首を振られるだけでは理由がわからない。





 日が傾いてきた頃だった。


 一人の老人が、屋台の前で足を止めた。腰が少し曲がっていて、古びた外套を羽織っている。懐には分厚い手帳を抱えていた。屋台の素材を一つ一つ丁寧に眺めて、それから値札に目を落として、また素材に目を戻した。


 その目が、少し真剣だった。素通りした人たちとは違う目だ。


「ふむ。」


 老人はもう一度、素材を見渡した。


「スライムゼリーが、小銅貨一枚?小さき店主よ、なぜこの値段で?」


「えと……実は、値段についてはまだよく知らなくて……。」


 老人は目を瞑った。それから、ぽつりと言った。


「実はな、困っていたんだ。調合に使う素材が足りなくなって、いつもの探索者に頼んでも今月はまだ迷宮に潜れないと言われてしまってな。他をあたろうにも、伝手がすぐには見つからんかった。そこへ、この屋台が目に入ったわけだ。」


「じゃあ、ちょうどよかったですか。」


「ちょうどよかった、かもしれん。」


 老人は魔核を一つ手に取って、光に透かした。


「品質は悪くない。どこの迷宮で?」


「星屑の洞穴です。昨日潜りました。」


「なるほど、新鮮か。」


 老人はしばらく考えてから、言った。


「粘液嚢はわしは使わん。魔核を二つ、ゼリーを五つ、液を三つもらおうか。値段だが……」


 老人は値札をちらりと見て、


「少し安すぎる。これでは儲けが出んだろう。」


「相場がわからなくて。」


「そうか。では、こちらで相場に近い値をつけよう。それでいいかね。」


 突然の申し出に、僕は少し戸惑った。でも、断る理由もなかった。


「……はい。ありがとうございます。」


 老人が提示した値段は、僕がつけていた値段の三倍近かった。


 受け取った貨幣を手のひらに乗せながら、その重さを確かめるように握った。


 老人は素材を丁寧に鞄にしまいながら言った。


「わしがどれくらいの素材を欲しているか、わかるか?」


「……いえ。」


 老人はにやりと笑みを浮かべた。


「大体、それぞれ百ずつ、かの。」


「ひゃ、百!?」


「錬金術には大量の素材が必要じゃ。故に、素材は大量に買う。」


 あまりの量に思わず大きな声が出た。


「素材の使い道を知らないのでは、商売は難しいぞ。勉強しなさい。」


「……はい。」


 老人は去り際にもう一度振り返った。


「素材が入ったら、また来なさい。今日のような品質なら、買い取ってもいいぞ。」


「本当ですか!」


「うむ。老いぼれからの助言だが、よく周りを観察することだ。相場、需要、そういったものが見えてくるだろう。」


 その背中を見送って、僕は手のひらの銅貨をもう一度見た。






 日が暮れる前に屋台を片付けて、孤児院に戻った。


 シスターに今日の報告をする。売り上げは大銅貨二枚に、小銅貨五枚。素材は粘液嚢が四つ残った。


 シスターに銅貨を渡そうとしたが、受け取ってもらえなかった。やはり、これだけの稼ぎじゃ足りないのだろうか。シスターはただ僕の頭をなでるだけで、何も言わなかった。


 自室に戻って、今日のことを整理した。


 値段のつけ方が間違っていた。自分の労働を基準にするのではなく、素材そのものの需要と価値を基準にしなければならない。それには市場を見て回ること、素材の用途を知ること、その両方が必要だ。







 翌朝、シスターに聞いてみた。


「素材の本?」


「はい。スライム系の素材が何に使えるか、詳しく書いてある本が読みたくて。」


 シスターは少し考えて、棚から一冊引っ張り出した。表紙はすっかり日に焼けて、題名がかろうじて読めるばかりだった。


『初学者のための素材図鑑 第三版』


「これくらいしかないけど。古い本だから、情報が古いかもしれないわ。」


「十分です。ありがとう。」


 その日の昼過ぎ、屋台の傍で図鑑を広げた。客が来ない時間を使って、ひたすら読んだ。




 スライムゼリー。保湿性が高く、皮革製品の柔軟剤として広く用いられる。錬金術においては溶媒として使用されることが多く、他素材との親和性が高い。


 スライム液。粘性と潤滑性を併せ持つ。錬金術における溶媒として使用できるほか、染色の際に助剤として加えることで色素の定着率が上がる。薄めて使うと洗浄効果もある。


 粘液嚢。スライムが粘液を生成・貯蔵する器官。中の液体は接着性が高く、木工や皮革細工における接着剤の原料となる。また、一部の薬師は傷口の仮止めに用いることがある。




 なるほど。知らないことだらけだった。


 それぞれの素材に、それを必要とする職人がいる。革細工師、錬金術師、染物師、薬師。彼らは定期的に素材を必要としているはずだ。今日の老人がそうだったように、素材の調達に困っている職人が、この街にもいるかもしれない。


 まず、市場を見て回ろう。老人の言う通りだ。値段と需要は、自分の目で確かめるしかない。


「……やることが増えたな。」


 図鑑を閉じて、空を見上げた。


 屋台の前を、今日も何人かが素通りしていった。


 でも、明日やることは決まった。


 図鑑の続きを読む。市場を歩いて、職人の店と素材の相場を確かめる。そして、素材の仕入れも続ける。


 右腕がかすかに脈打った。


『おいおい、退屈だぜぇ。』


「明日、仕入れに行くから。」


『早く迷宮に行くことをオススメするぜぇ?素材を喰わせてくれりゃ、お前の役に立つ能力がてにはいるかもなぁ?』


 窓の外は、すっかり暗くなっていた。星が出ている。


 初日の売り上げとしては、悪くなかった。でも、まだ全然足りない。


 何をすべきかは見えてきた。それで十分だ、と思うことにした。

【Tips】

『素材喰らいのブラクベン』捕食能力

粘液嚢:スライムの生成量が少し増える。

スライム液:スライムを射出することができる。

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