1-13 星スライム酒
背嚢にしまい込んだ素材の重さを確かめながら、老人の工房へ向かう。相変わらず古びた扉だ。この街の錬金術師は、この老人以外に誰がいるのだろうか?深刻なポーション不足が解決するといいのだけれど。
老人の工房の扉をノックすると、すぐに返事があった。老人が扉を開けて出迎えてくれた。
「よく来たね。ほら、入りなさい。」
「ありがとうございます。」
すぐに本題に入る。
「お酒の素材なんですけど……よっと。これで合ってますか?」
星屑の結晶、星スライムゼリー、星スライムの魔核。そして結晶に包まれた黒いどろどろの、謎の物体。それらの素材を、作業台の上に乗せる。
老人はそれを手に取って確かめた。光にかざして、目が細めて見ていた。
「……これは。」
「わかりますか。」
「ああ。これだ。星降りのキュケオーンだ。」
聞いたことのない名前だった。
「これは、ううむ。美しい。これこそが、新たなスライム酒を造るのに必要な素材じゃ。」
老人はしばらく結晶を眺めてから、静かに置いた。それから、いたずらっぽく笑った。
「一つで充分な量が造れる。一つ返そう。」
「いいんですか。」
「うむ。」
受け取った星降りのキュケオーンを、背嚢にしまった。右腕のブラクベンが、この素材をロックオンしていることが感じ取れた。
老人はまた、紅茶を入れてくれた。
「待っている間、紅茶でも飲みなさい。」
老人は作業台に向かった。素材を調合し始める。結晶を砕き、ゼリーを溶かし、星降りのキュケオーンを加えていく。手際が淀みなかった。時々、手元が明るく光っている。これが錬金術か。
紅茶を飲むのも忘れて、ただその作業を見ていた。
しばらくして、小さな樽にとろりとした液体が満ちた。澄んだ黒の中に、結晶の欠片が浮かんで星のように瞬いている。
「できた。」
老人は樽に栓をして、こちらを見た。にやりと笑った。
「ガルルドに持っていこう。わしも行く。あいつの顔が楽しみだ。」
ガルルドの工房は、職人通りの突き当たりにあった。
扉を開けると、木材の香りがした。広い作業場に、加工途中の材木が並んでいる。奥で、ガルルドが若い男と並んで何かを削っていた。ゴンゴンと老人が扉
「ルメか。待ってたぞ。」
隣の若い男が顔を上げた。二十歳前後だろうか。体格がガルルドによく似ていた。男はこちらを見て、少し表情を和らげた。
「弟子のアベルだ。」
「アベルさん。ルメです。」
「……もしかして、ポーションをくれた人か。」
「はい。」
アベルは、赤髪の青年だった。健康的に日焼けした肌と筋肉が、彼の仕事人っぷりを物語っていた。
「助かった。仕事できずに、親方にどやされるところだった。ありがとう。」
アベルは頭を下げたあと、顔を上げてにっこりと笑顔を浮かべた。好青年だ。握手に応じると、がっしりとした職人の手だった。
ガルルドは僕の隣にいる老人に気が付いたようで、目を細めた。
「なんだ、ミリオも来たのか。」
老人はミリオというようだ。二人の間には、バチバチと火花散るような視線が交わされていた。
「樽一つ分持ってきてやったぞ。ありがたく飲むことだ。」
老人が樽を叩く。ガルルドはしげしげと眺めた。黒い液体の中で結晶が瞬いているのを見て、眉を上げた。
「……なんだこれは。本当に酒か?」
「ああ、酒だとも。おそらく、未だ誰も飲んだことのない、星スライム酒だ。ああ、すまんすまん。わしはちと味見したから、わししか飲んだことのない酒、が正しいな!」
「……ふぅむ……。」
ガルルドはしばらく黙って、じろじろと樽の中身を観察していた。それから弟子のひとりに、柄杓を持ってくるよう言った。柄杓で樽の蓋を割り、そのまま掬って口に運んだ。
目を閉じ、口の中でじっくりと味わっている。
ゴクリ、と喉が鳴った。
ガルルドの目が、ゆっくりと見開かれる。
「……なんだこれは。」
もう一口飲んだ。もう一口、さらにもう一口。それから顎鬚を撫でながら、長い息をついた。
「爺。とんでもないものを造りやがったな。」
ミリオが、いたずらっぽく笑った。
ガルルドは柄杓を机の上に置くと、大きく手を叩いた。
「アベル!仕事だ!」
「うっす!」
「ルメ。場所はどこにするんだ。」
そうか。場所……職人通りが良いとぼんやり考えていたが、正確な場所は決めていなかった。
しかし、僕が口を開く前にガルルドが続けた。
「ワシの工房の隣が空いてる。職人通りに素材屋があれば、職人どもが直接来やすい。どうだ!」
「確かに――」
「少年。わしの工房の横も空いているぞ?弟子もおらず、寂しかったのだ。どうだ、来ないか?」
ここでも、二人はバチバチだった。口論をする二人に挟まれ、僕はただ慌てることしかできなかった。しばらくたって、二人の息が上がるほどの激論が終わった。
「……ふう……。ルメ、わしの工房の横の方がスペースがある。店を大きくする気があるのなら、こちらにしなさい。」
「……はあ、はあ……。」
ミリオの口の端は、少し上がっていた。
ミリオの工房の横の空き地は、確かに広かった。
ガルルドとアベルが木材を運び込み、あっという間に骨組みが立ち上がった。腰の具合が悪かったのが嘘のように、ガルルドは動いた。アベルも手際がいい。彼らは建築業のプロフェッショナルのようだ。
昼を過ぎた頃、孤児院から走ってくる小さな二つの影が見えた。
リオンとヘレナだった。
「ルメにいちゃん!なにしてるの?」
「ヘレナ。リオン。二人で来たのかい?」
ヘレナが声を上げた。リオンはヘレナの後ろで、目を丸くして骨組みを見上げていた。
「お屋台出してなかったから。」
「通りの先に、ルメにいが見えて。」
「二人とも……今度からはシスターか、ライム姉ちゃんについてきてもらうんだよ。」
「はーい。」
返事だけは良いが、はたしてどうか。最近は素材屋にかかりっきりで、孤児院の子どもたちとの交流がおざなりになっていたか。反省。
「今はね、小屋と倉庫を建ててもらってるんだよ。素材屋の店舗になる。」
「おみせ!」
ヘレナが目を輝かせた。
ミリオが工房の扉から顔を出した。
「おや。小さいお客さん。どうぞ、中に入りなさい。紅茶を入れようか。」
工房の中は温かかった。ミリオが魔術機で湯を沸かし、茶葉の瓶を棚から取り出す。
四人で、湯気の立つカップを持ちながら、窓越しに作業を見ていた。
ヘレナが工房の棚をきょろきょろと眺めながら言った。
「ミリオさんって、いっぱいものがあるね。」
「ああ。長く生きていると、物だけが残ってね。」
「これなあに。」
「こらこら。触ってはいけないよ。」
リオンは窓の外から目を離さなかった。骨組みに板が張られていく様子を、黙ってずっと見ていた。
【Tips】
星スライム酒:どろりと黒い発泡酒。気泡がきらきらと煌いて、まるで夜空のよう。不思議な味だが、癖になる。疲労回復の効果がある。飲みやすさのわりに度数は高い。




