1-10 大工には酒
老人の工房は、街の職人通りにあった。
錬金術師の工房らしく、扉の前から薬草と鉱石の混じった匂いがする。中に入ると、棚という棚に瓶が並び、作業台には見たことのない器具が置かれている。天井から乾燥した薬草が束になって吊るされていた。
荷物を置くと、老人がお茶を出してくれた。
「運んでくれて助かった。座りなさい。」
「ありがとうございます。」
向かいに腰を下ろす。老人は素材の包みを一つずつ棚に収めながら、こちらを見た。
「定期的な納品について、詳しく決めておきたいと思うのですが。」
「そうだな。改めて話しておこう。」
話し合った結果、月に二度、素材を届けることになった。品目は必要としているスライム系の素材を、必要とする分だけ買ってくれるらしい。代金はその都度、品質と量に応じて払ってもらえる。
老人は手帳を閉じて、こちらを見た。
「火炎スライムと土スライムの素材も仕入れていたな。」
「はい。」
「それらにも需要がある。揃えられるようなら、持ってきてくれると助かるよ。後は、まあ。何かあったらわしを頼りなさい。」
工房を出ると、昼を少し過ぎていた。このあたりは屋台も、商店も、人で溢れ賑わっていた。情報収集するときには、この辺りに来ることにしよう。
屋台に戻ると、イレイヤがまだ立っていた。
素材の並びが、来たときと少し変わっていた。見やすいように並べ直してくれたらしい。
「ありがとう。何か売れましたか?」
イレイヤは何も言わず、首を横に振った。
やはり客は来ない。少し早いが、今日はこのあたりにしておこう。片付けながら、ため息をついた。新規の客を確保するには、やはり工夫が必要のようだ。
孤児院に戻り、日課となったシスターへの報告に向かう。老人との定期取引のこと、今日の売り上げのこと。振り返ると、今日はいい日だった。
シスターは白湯を一口飲んで、静かに聞いていた。
「定期取引が決まったのはよかったわね。」
「はい。でも、屋台だと限界があって。」
「限界?」
シスターに僕の悩みを話す。孤児院の屋台は出せる場所が決まっており、人通りの少ない通りに出店しているため、どうしても新規客の確保には限界があった。老人の工房があるような、職人通りに足を運ぶ必要があった。
シスターは目を瞑って、考えている様子だった。
「そうね……。何か手を貸してあげたいのだけど……。」
どうやらいいアイデアは思い浮かばない様子だった。シスターと一緒に、頭をひねって考える。うーん、何かいい方法は……。
そのとき、扉がノックされた。
「入りなさい。」
扉が開いた。黄緑の髪の男の子が顔を覗かせた。リオンだった。
「……あの、邪魔だったら出直すけど。」
「大丈夫だよ、リオン。入って。」
リオンはおずおずと部屋に入った。僕の隣に立つと、床を見なが話し始めた。
「あのさ、シスターから聞いたんだけど。屋台、素材屋?手伝えないかなって。」
「ああ、助かるよ。リオンはどんなことがしたい?」
「なんでも。ルメにいの役に立てるなら。」
真剣な顔だった。リオンは僕と二歳しか変わらないし、今のところ学園に行く予定もない。頭も回る。孤児院にいる子どもたちの中で、これ以上ない人材だった。
「じゃあ、手伝ってもらおうかな。あ、ちゃんとお給料も出すからね。」
リオンがぱっと顔を上げた。
「ほんとに?」
「ほんとさ。ただ、今の屋台だと、ちょっと手狭になるかなぁ。リオンに手伝ってもらうなら、もう少し大きくしないとね。」
やはり、今の屋台一つの状況をどうにかして脱却したい。しかし、どうすればいいんだろう。
やる気に満ちたリオンの姿に、よく考えずとりあえず明日から、と言ってしまった。明日までに解決できるわけがないよなぁ。行き当たりばったりの発言を、早々に後悔することになった。
孤児院を出て、街を歩く。向かうは職人通りだ。頭を冷やしたかった。空は赤く夕焼けに染まっていた。
職人通りに差し掛かったとき、路地の脇に人が座り込んでいるのに気づいた。
大柄な老人だった。がっしりとした体格で、白髪まじりの顎髭が胸まで伸びている。道具袋を脇に置いて、腰を押さえていた。顔が少し歪んでいる。
「大丈夫ですか?」
青い顔をした老人が顔を上げた。
「……ああ、腰がいかれちまってな。動けん。」
うう、とうめき声を上げながら、大柄な老人は助けを求めた。
「少年、肩を貸してはくれまいか。そこの建物が、ワシの仕事場でな。そこまで……イテテ。」
「もちろん。立てますか?」
老人はゆっくりと立ち上がる。僕の肩に手を回す……のは、身長的に難しかったので、肩を掴む形だ。通りを挟んだところにある建物の看板には、ガルルド建設と書かれていた。
彼を連れて、開かれた扉の前まで行くと、建物の中から慌ただしく数人の男たちが出てきた。全員筋肉質だ。
「お、親方!どうしたんですかい?」
「ぎっくり腰だ。治癒のポーションあるか?」
男たちは顔を見合わせ、困ったように眉を下げた。
「それが、親方。治癒のポーションは、最近どうも品薄で。切らしちまってるんでさぁ。アベルのやつも、昨日指の骨を折ってそのままで。」
「なに?そうだったのか……イテテ……。」
この老人は、どうやらこのガルルド建設の親方のようだ。どうりで、これほど体格がいいのか。しかし、街では今、ポーションが不足しているのか。錬金術師の老人は景気よく三本も治癒のポーションをくれたのだが、貴重なものだったようだ。そういえば、あの老人は素材不足で困っていたな。それが原因だったりするのだろうか。
「困ったな……。」
「あの……。」
懐を探った。水色の液体で満たされた硝子瓶が三つある。万が一のためにとっておくつもりだったが、ここで渡しても、まあいいだろう。それに、ちょっとした下心もある。
「これ、使ってください。」
二つ差し出した。どうやらこの親方以外にも困っている人がいるようだったからね。治癒のポーションを見た老人が目を丸くした。
「これは!いいのか?」
「どうぞ。」
「……有難い。」
老人は一つ受け取って、口をつけた。しばらくして、表情が和らいだ。ゆっくりと立ち上がり、腰を伸ばす。
「……ああ、効く。よく効くな。どこで手に入れたんだ?」
「錬金術師のおじいさんに頂きました。」
「そうか。ミリオの奴か?」
老人はもう一つのポーションを受け取ってしまいながら、こちらを見た。
「いや、しかし。本当に助かった。何か礼がしたいな。何かできることはあるか。」
「お気持ちだけで。」
「そうはいかん。ワシはガルルドだ。大工をやってる。そうだな、秘密基地でも建ててやろうか?」
思ってもいない展開になった。本当に今日はついている日なのかもしれない。にやりと笑ってしまいそうになるのを堪えて、まずは自己紹介をする。
「ルメといいます。素材屋をやっています。」
「ほう。素材屋?素材を売っているのか?」
「はい。孤児院の前で屋台を出しています。」
ガルルドは少し考えてから言った。
「屋台か。それじゃ、ちと厳しいだろ。小屋でも建ててやろうか。」
思わず顔が上がった。
「本当ですか!」
「ああ。大工だからな。こういうときは、腕を振るってなんぼだ。希望はあるか?」
「そうですね……。」
ある程度、考えてはいた。考えないはずがない。店が大きくなったら。あれが欲しい、これも欲しい。こんな店が良い。しかし、それをすべて伝えるわけにもいかないだろう。治癒のポーション二つ分だ。
「素材を売るお店と、倉庫が欲しいです。」
「倉庫か。ふむ……。ううむ。」
老人は少し、考え込んだ。
「叶えてやりたいところだが、ちと予算オーバーか?少年、こんなことは聞きたくなかったが、少々金を出せるか?」
それはそうだ。人件費に、資材費。いくら品薄で記帳とはいえ、治癒のポーション二つで請け負えるような仕事量ではないか。
「……今は小銀貨五枚しか。」
ガルルドは顎鬚を撫でながら、少し考えた。
「五枚か。」
彼はしばらく黙っていた。駄目か……?様子を伺う。ガルルドは、ぽつりと言った。
「酒はあるか。」
「お酒、ですか?」
「ああ。大工には酒。仕事には酒だ。なんでもいい、酒を持ってきてくれ。それで、銀貨の代わりとしよう。」
お酒。僕はお酒には全く詳しくないが、しかし素材屋のため。これはやるしかないと、首を縦に振った。もちろん酒店の伝手などない。早速彼を頼ることにしよう。
【Tips】
『素材喰らいのブラクベン』捕食能力
土スライムゼリー:スライムを硬化することができる。
土スライムの魔核:スライムに土属性を付与できる。
硬質粘液嚢:スライムの生成量が少し増える。
土スライム液:硬化スライムを射出することができる。




