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素材喰らいのブラクベン~素材を喰らって強くなる右腕の怪物と、在庫無限の素材屋経営~  作者: 藍家アオ


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1-9 驚くべき成果

 夜になった。


 孤児院が静かになった頃、自室の窓を開けた。冬の空気が入ってくる。星が出ていた。


「ブラクベン。行くかい?」


『待ってたぞ。ギャハハハ。』


 右腕から黒いものが染み出てくるように、ゆっくりと形を成していく。


 人の形だった。背丈は僕と同じくらい。輪郭はぼんやりと滲んでいて、顔はない。全身が黒いスライムで形成された、影法師のような姿。紋章の赤だけが、その体のあちこちに灯っている。


 背嚢を差し出した。ブラクベンがどれほどの戦利品を持ち帰るかわからないが、無理をしない程度に、ちゃんと帰ってきてくれればいい。ブラクベンが受け取る。スライムの手が、しっかりと革の持ち手を掴んだ。


『ギャハハハ。行ってくるぞ。』


「気をつけて。」


『スライムごときにオレサマが後れを取るか。』


 影法師は窓から出て、屋根を伝い、夜の街へ消えていく。黒い影が、星明りの中に溶けていった。


 右腕には、ぼんやりとした感覚だけが残っている。ここにない右腕を想い、窓を閉めて、布団に入った。まだ眠れそうにない。月明かりを頼りに、素材図鑑を読んだ。





 いつの間にか、寝ていたようだ。目が覚めたのは夜明け前だった。


 ゴンゴンと、窓を叩く音が鳴っていた。


 窓の外がまだ暗い。空の端が、かすかに青みを帯び始めている頃だった。


 窓を開けると、黒い影が屋根の上から滑り込んできた。背嚢を抱えている。ずっしりと、重そうだった。


『ギャハハハ!たんまり持ってきたぞ!』


「ちょっと。声が大きいよ。みんな寝てるんだから。」


『……ギャハハハ。』


 ブラクベンは律儀に小声で笑った。


 背嚢を受け取る。あまりの重さに、思わず取り落としそうになる。すぐに床に置いて、中身を広げる。


 スライムの魔核が五十三個、スライムゼリーが八十四個、粘液嚢が五十一個、スライム液が八十個。風スライムの魔核が十六個、風スライムゼリーが五十二個、軽量粘液嚢が三十個、風スライム液が四十八個。


「こんなに……何体のスライムを倒したんだい?」


『数えてねェよ。ギャハハハ。』


 ブラクベンは煙のように散り、右腕に戻っていった。紋章の赤が静かに落ち着く。


 素材を数えながら、自然と顔がほころんだ。老人への納品分は余裕で揃っている。今日の素材屋が楽しみだ。ブラクベンには感謝しないといけない。






 翌朝、いつもより早く屋台を出した。


 仕入れた素材を一種類ずつ並べる。残りの大量の素材は、老人への納品分は別に包んで、屋台の下に置いてある。外からは見えないだろうが、屋台はいつもより賑やかになった。


 通りを行く人々がちらりと見ていく。それだけだった。相変わらず、客は来ない。


『暇だな。ギャハハハ。』


「もう三日目だから、慣れっこだよ。」


 しばらくして、見覚えのある水色髪が通りの向こうから歩いてくるのが見えた。


 イレイヤだった。腰に長剣、背中に小さな袋。屋台の前に来ると、無言で袋を置いた。


「これ。」


 中を見ると、素材が入っていた。


 スライムの魔核が三個、スライムゼリーが五個、スライム液が四個、粘液嚢が三個。風スライムの魔核が二個、風スライムゼリーが三個、風スライム液が二個、軽量粘液嚢が二個。そして見慣れない素材が混じっていた。


 赤みがかったゼリー状のものと、橙色の魔核。それから、茶色がかった塊と、同じ色の魔核。


「これは……。」


 色からして、火炎スライムと土スライムの素材だろう。火炎スライムゼリーが四個、火炎スライムの魔核が二個。硬質粘液嚢が三個、土スライムの魔核が二個。


「ありがとうございます。買取代金を――」


「いらない。」


「でも、これだけの量ですし。」


「昨日のおわび。」


 昨日は、確かにいろいろあった。そのことを言っているらしい。ブラクベンを寄越せと言われないか心配していたが、無用だったようだ。


「……わかりました。ありがとうございます。」


 イレイヤはうなずいて、屋台の前に立った。素材を眺めている。いや、右腕を眺めている。


『おい。その女を退けろ。』


「そうもいかないよ。悪いけど、我慢してくれ。」


『……。』


 しばらく静かな時間が流れた。


 昼前に、老人が姿を現した。


 いつものように歩いてくる。思わず笑みが浮き出てきた。まさか、一日で素材を五十も集めてくるとは思ていないだろう。


「こんにちは。」


「うむ。今日はいい天気だな。それで、どうだ。調子は。今日ある分だけでも、と思ってきたが……。」


 僕は屋台の下から、素材を詰めた大きい袋を三つ取り出した。老人の目が見開かれる。


「……これは。」


「昨日依頼いただいた分です。ちゃんと数を揃えました。ご確認ください。」


 老人は素材を一つ一つ手に取って、確かめるように見た。長い沈黙があった。


「一晩で、これだけ揃えたのか。」


「はい。」


「……一体、どうやって……。」


「それは……秘密で。安心してください。悪いことはしていません。」


 老人はしばらく黙っていた。それから、ゆっくりと笑った。目尻に深い皺が刻まれる。


「そうか。秘密か。」


 老人は袋から革の巾着を取り出した。


「約束通り、色をつけよう。」


 手のひらに乗せられたのは、小銀貨が五枚だった。


「それと、これも。」


 続けて取り出したのは、小さな硝子瓶が三つだった。


 中に、水色の液体が入っている。


「スライムの素材から作った治癒のポーションだ。軽い傷なら塞げる。持っておきなさい。」


「……ありがとうございます。」


 小銀貨と硝子瓶を、大切に懐にしまった。


 老人は包まれた素材を鞄に収めながら、こちらを見た。


「一つ、話がある。聞いてくれるか。」


「はい。」


「これだけのものを揃えられるなら、定期的に卸してもらうことはできるか。月に一度でも構わない。その都度、相応の代金を払おう。」


 定期購入の契約だった。今回の取引は、小銀貨一枚分も色を付けてもらったばかりだ。条件が良いにもほどがある。断る理由は何もなかった。


「喜んで。」


 老人は満足げにうなずいた。


「ああ、助かるよ、本当に……。実は、もともと依頼をしていた探索者が失踪してしまってな……。ポーションの納品ができず、困っていたのだ。」


 老人は、溜息を一つ吐いた。心の底から、安堵しているようだった。


「わしは良い縁を結べたようだ。今後も頼むよ。」


「はい。」


 老人は踵を返して歩き出した。大きな荷物を両手に持っている。ああ、大変そうだ。


「おじいさん。持ちますよ。」


「いいのか?」


「はい、もちろん。イレイヤさん、屋台を頼めますか?」


「うん。」


 彼女なら、変な気は起こさないだろう。なにかあっても、屋台を守ってくれると信じて、素材の詰まった袋を抱え、老人の横を歩く。


『後で素材喰わせろよ!』


「わかったよ。」


 先ほどからもぞもぞしていたブラクベンは、何より喰い気が勝っているようだった。

【Tips】

治癒のポーション:軽度の怪我や体調不良を治すことができる。スライムの素材と薬草を使って調合することが可能な、錬金術初学者の練習におすすめのポーション。

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